絶望を喰らいし者ども
それからは地獄すら生ぬるい責め苦だった。斑鳩とアールが態勢を立て直す前にバルドルはアールの頭を掴む。そしてギリギリと力を入れた。
「あぁあああああ!」
激痛に叫ぶアールにバルドルは言った。
「ほしかった。その力、だが。もういらん。そのまま死ね」
アールをぽいと投げるとバルドルは何もないところから光の槍を取り出すとそれを放り投げた。
「アール!」
援護しようとする斑鳩を見もせずにバルドルは撃牙のような腕を伸ばし制圧する。それを切り払おうとするが、バルドルには全く通じていない。斑鳩は今現在、バルドルが自分とアールを嬲っている事を確信していた。
戦闘能力の差を考えれば絶対にこのバルドルにもう誰も勝てない。なのに、自分達が生存しているのは、このバルドルが簡単に斑鳩達を殺さないという意味なのだろう。先ほどから斑鳩を何度となく殴り、血と吐しゃ物の混じった物を何度も吐いた。そして斑鳩は自分の無力を呪う。
アールの小さな体が金色の槍に貫かれるその瞬間。
「おりゃああああああ!」
ガスン! 物凄い音と共に、斑鳩のよく知る人物が撃牙一つをダメにして金色の槍の軌道を変えた。
それは斑鳩に負けず劣らず満身創痍のギルバート。
「よぅ、斑鳩。俺も混ぜろよ!」
恐らくあばらが何本かやられている。片方の目も開いていない。なのに、ギルバートは全く絶望してはいなかった。
そんなギルバートの姿に斑鳩は意気地が折れそうになる。
「なんで……この状況でギルは笑えるんだ?」
すぐにでも自分達を殺す事が出来る脅威。バルドルがいるというのに、ギルバートには余裕すら感じれた。
そしてそのギルバートの言葉。
「なんでって? 強い斑鳩とアールがいるからだろ? もちろん。俺もな。さっさとこの野郎ぶっ倒してリアの御馳走喰おうぜ。今回はとんでもねぇ腹ペコが二人いやがるから、リアも張り切ってやがる」
アールも身をひるがえし、地面に着地する。そして斑鳩にどう動けばいいのか、指示を待つ表情。
(俺は……お前たちが思う程強くない)
それは斑鳩の心の声のハズだった。そこにずけずけと入って来る二人。
「何をおっしゃいますやら、斑鳩殿が弱ければ、私の主様なんてどうなりますか? こけるだけで死んでしまいますよ」
「そうそう、俺をジュラル星人にしないでよ斑鳩さん」
半分くらい意味は分からなかったが、斑鳩は笑う。そう、どんな時もふざけているようでそれでいて真剣に今を生きている二人組。
「虎太郎……牙千代……」
締まらない顔で虎太郎が邪魔そうな前髪を揺らし、その隣で黒髪おかっぱの少女が嬉しそうに自分を見ている。
「たいちょー! 私もいるよっ!」
周囲を旋回するは四基の木兎。
『斑鳩、私もいつでも援護できるからっ!』
斑鳩は一人だけ世界に取り残されているようだった。
「木佐貫……詩絵理」
斑鳩はもう身体が悲鳴を上げているハズだった。もう一歩も動けない。楽にしてくれと心も媚び始めていたハズだった……
ギルバート、アール。虎太郎、牙千代。詩絵里にローレッタ。彼らの期待を込めた瞳。
それに斑鳩は応える義務がある。
「Y028部隊。行くぞ! 倒すは巨大芯核を守るタタリギ。いや、タタリ神、バルドル。俺達の故郷にこのデカブツを突っ込ませない。ここをこいつの最期の地にする!」
それを聞いて、最初に叫んだのはなんと虎太郎。
「おぉおおおおお! 燃えてキタぁああああ!」
続いて、その相棒牙千代。
「これは、あれですねぇ! 最終決戦に集う仲間達。フン、お前を助けに来たわけじゃない! とか言っちゃうんですよぉ!」
わけの分からないテンションだったが、大きく口を開けて次はギルバートが叫んだ。
「いくぜぇええええ!」
そんな中、若干ついていけないアールは手を真直ぐあげてこう言った。
「おー!」
そんなY028部隊を見てバルドルは言う。
「声を上げたから強くなれるとでも、思うのか?」
「「思う!」」
斑鳩に考える間を与えずに虎太郎と牙千代は叫んだ。彼らは熱い少年漫画やアニメを見まくってきた世代。
「とくに、金色とかになったら大概敵は負けるんだよね!」
「でも主様、最終話より三話前の金色は敗北フラグですよ!」
「あー、あるある!」
わけの分からない事を言っている虎太郎と牙千代にバルドルが向かってくる。笑いながら牙千代は虎太郎をぶん殴る。
「痛ぇーー! やっちゃえ牙千代さん!」
牙千代は少しばかり成長し、角を二本生やすとバルドルを思いっきりぶん殴った。バルドルの腕が砕ける。
「馬鹿なっ!」
そしてその隙を見逃すY028部隊ではなかった。アールが、ギルバートが両サイドからバルドルに攻撃を仕掛ける。回避しようとしたところに牙千代。
「死になさい!」
牙千代のメガトンパンチに身体にヒビを走らせるバルドル。全ての死角より牙千代はバルドルを破壊する術式をくみ上げているとバルドルはこう言った。
「よもや、我がここまで追い詰められるとは、
それは何だ? そう斑鳩が聞こうとした時、天より放たれた光で大地が咲けた。後部車両が消滅し、恐らく巻き込まれたヤドリギ達も多数いただろう。
一体何が起きたのか誰も分からないでいた。そしてそれを唯一知る人物、そしてそれをしっかりと目視できる人物。
局長と牙千代。
『Y028部隊、聞こえるか? あれは、タタリギが蔓延するずっと前からこの星の上空を監視する、もう命令系統が存在しないハズの……衛星兵器『オーディン』あれにアクセスする技術はもはや失われたはず……あんな物まで持ち出してくるのか、このタタリギは』
はじめて局長が弱音を吐いているような空気を皆感じる。そして牙千代は目を細くしながらこう言った。
「バルドルとやら、本当の畜生ですね。人間の魂をタタリギと共に縫い付けてます。聞くに堪えないうめき声が聞こえてきますよ……私達鬼とはそもそもの価値観が違うんですね。異界の神様とやらは」
牙千代が見た物をY028部隊の皆は視覚共有される。牙千代の力、それは本当にこの世の物とは思えない光景だった。人々は死ねず、苦しみ続け、衛星兵器のエネルギーの代わりを強いられている。
「下衆がっ」
斑鳩が吐いた毒、それをバルドルは嬉しそうにこう言った。
「先ほどのはただの挨拶だ。次はここを狙う。なぁに、我は光の神。光で死ぬ事はない。もとより貴様等人間に勝ち目などなかったのだ」
手出しできない場所からの一撃、それは絶望するには御釣りがくる程度には十分だった。そんな中、声を出したのは他でもないやる気のない化身。
虎太郎。
「牙千代さん、これ完全にダメなやつだ」
終わったとそう言ったのだと皆思った。元々やる気がない虎太郎に言われなくともそんな事は分かっている。もう負けなのだ……そう思った時、虎太郎の髪がふわりと上がる。そしてその目は憎悪。怒りを表していた。
「牙千代さん。俺はコイツを完全な現象悪と断定する。止めろ、このクソ野郎を!」
「あい、分かった。主様、痛いのは我慢できますか?」
「……少し、手加減を」
という虎太郎の言葉を無視して、牙千代は虎太郎の腹に穴をあけるとその内臓を引っ張り出した。吐き気を催すその状態、虎太郎の臓物を噛み、飲み込む。
「いでぇえええええ、死ぬぅぅうううう! 牙千代、ごふっ、たんまぁ」
牙千代は口のまわりを血で赤くしながら虎太郎の傷口を振れると今まで大けがをしていたハズなのに跡形もなくなった。
牙千代の鬼灯のような瞳がより赤く輝き、角は長く天に向かって伸びる。そしてタタリギに寄生されたアールをボコボコにした姿になると牙千代はこう言った。
「主様、天のうつけを滅してくる。ここは斑鳩殿達に任せてよいか?」
虎太郎は泡を吹きながら親指を立てる。
バルドルもY028部隊の皆もビビる。死の雰囲気をまき散らす鬼神・深淵鬼。その深淵鬼は空を見上げてそう言う。
牙千代もとい、深淵鬼がいなければこのバルドルを葬るのはいきなり難しくなる。それに深淵鬼はこう言った。
「斑鳩殿、その鬼神、鬼切丸殿の本当の遣い方、知っておるんではないのか?」
斑鳩は日本刀の鬼神鬼切丸を持つと深淵鬼を見つめる。
「ほんとうにあの使い方で正しかったんだな?」
「まさか、忌々しい貴子以外に、鬼切丸殿が心赦す者がおるとは誠に興だ。使こうてみせよ斑鳩殿」
深淵鬼に言われるがまま、斑鳩は鬼神鬼切丸を構えると、それを自分に向けた。
「鬼神力、解放」
そう言って自分の腹を突き刺す。そしてそれを抜いた。大けがのハズが、斑鳩の腹に怪我はない。それどころか、斑鳩の肌が黒く染まっていく。そして、鬼神鬼切丸は役目を終えたかのように消えていく。
「……力が、滾る」
斑鳩の掌から、大きな杭。まさに撃牙のようなそれが伸びる。
「それが斑鳩殿の角か、まさに牙だの……鬼神の眷属。さしずめ鬼人と言ったところか、名付けてやろう。鬼人・
斑鳩にそう言うと深淵鬼はふくよかな胸元から煙管を取り出すとそれを吸う。そしてバルドルにこう言った。
「もう少しそこで死刑を待っておれ、もう一人貴様を滅ぼす者を呼んでやろう」
深淵鬼は舞うようにアールの下へと向かう。アールはそんな深淵鬼を見てこう言った。
「牙千代なの?」
「いかにも、アール殿。あらゆる宿命を抱いた忌子だの? 今から、貴様等人間と愚かな祟り神に本当の神の力を見せてやろう」
アールの頭に深淵鬼は指を入れる。アールは瞳孔が開き、小さく悲鳴を上げた。そしてアールの髪が今の牙千代のように伸び、成長する。それはあの大暴れしたタタリギに寄生された時のアール。
今起きている奇跡に、Y028部隊の皆は空いた口が塞がらない。そして虎太郎はキレながらもぐもぐと万能ナッツを食べている。
「バルドルよ。人間を舐めるなよ。妾は席を外し、空の阿呆を滅してくる。貴様は人間に慟哭し、恐怖し、そして……静かに死んでゆけ」
そう言うと黒いエネルギーに包まれて深淵鬼は上空に上っていく。
深淵鬼がいなくなったところ、バルドルはあたりを見渡す。いつのまにか逃げ出している虎太郎に、姿を変えた斑鳩とアール。呆れながらも余裕の表情を変えないギルバート。
「よい、ここぞラグナロクを起こす」
バルドルの最後の負け惜しみと共に、最終ラウンドのゴングが鳴らされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます