壊れた世界の英雄

「式隼部隊。ディケイダー開封。発射準備、テー!」



 移動要塞先頭車両の大半を占めるタタリギの巨大な芯核に向けて災害級のタタリギを屠る為に作られた決戦兵器ディケイダーを惜しみなく第13A.R.Kの式隼達は放って行く。

 巨大な芯核を守るように黄金の巨人がディケイダーを叩き落とす。



「なんだあれは? タタリギなのか?」



 最後尾と中間の車両を切り離したとはいえ60メートル級の金属の塊が第13A.R.Kに特攻をかけてきている。それも異様なタタリギといういらないおまけまでついて……

 冷静に状況を分析していた斑鳩は詩絵理に通信を入れる。



「詩絵理、必ず隙を作る。その一撃に全てをかけろ」



 そう言うと斑鳩はアールにジェスチャーで指示を出した。斑鳩とアールで、光神バルドルに直接攻撃をしかける。

 殆どの式狼は第一、第二作戦に出ており、戦力として数えられるのはアールと斑鳩の二人以外にはこの鉄火場を覆せるヤドリギはいない。

 撃牙を装備した二人は先頭車両に乗り込むとバルドルが守る車両の天井へと向かう。車両内は生き物の内臓のように、ビクンと動いている。



「アール、突破する。出来るか?」

「うん、斑鳩。それ持って行くの?」



 斑鳩は腰に刀を差している。それはなんとも不格好、というよりは不自然に見えた。タタリギを屠る事が出来る武器は限られている。残念ながらブレイドと呼ばれるような刃物ではタタリギへの決定打とはなりえない。



「この武器はあのバルドルとかいう奴を斬れる。詩絵理に撃たせる隙は俺が作る。アールはバックアップを頼んだ」



 斑鳩とアールは同時に生物の内臓のような壁に向けて撃牙を放った。赤黒い液体を吐き出すようにそれは大穴を開け、痛覚でもあるのか、苦しそうに車内を揺らした。

 目の前にある邪魔なタタリギでできたと思われる内臓のような物を潰しながらアールと斑鳩は進む。

 天井に上がる梯子を見つけたが。そこに正攻法で登りはせずに、グランドアンカーを使い、壁を蹴るように上がった。

 黄金の巨人を背に見た斑鳩はアールに指示を出す。



「フルサイズ発射」



 膝を地面につきスコープを覗くとアールは黄金の巨人に向けて大型ライフル弾を発射。その弾丸は黄金の巨人に着弾する前に蒸発した。



「化け物め。直接、あいつに攻撃をしかける」



 アールはマスケット銃をぽいと捨て、斑鳩に合わせるように奇襲をかけようとしたその時、アールと斑鳩の前に一人の人物が現れる。



「暁、バルドル様に迷惑をかけてはいけません」



 それは斑鳩とアールに優しい笑顔を向け、そして祈りを捧げる。その女性を見て斑鳩は見覚えがあるのか「シスター……」と呟いた。



「斑鳩、知り合い?」

「あぁ、俺が無力だった頃の被害者だ。シスターがここにいる事はありえない。バルドル、どういうつもりか分からないが、小細工はやめろ」



 そう言って斑鳩はシスターと呼んだ女性に撃牙を向ける。そんな斑鳩を見てシスターは目を瞑った。



「様々な事があったのですね? 暁。私は確かに、あの時死にました。信じられないのも無理はありません。それは貴方のせいではない。私を信用できないのであればその、恐ろしい武器で私を貫きなさい……ですが、血を流すのはそれで最期にしましょう。あのバルドル様は本当にタタリギを滅ぼしてくださるメシア様なのです。さぁ、暁。その狼の牙で私を撃ちなさい!」



 斑鳩はシスターに向けた撃牙を降ろす。それを見て、アールが撃牙をシスターに向けた。



「斑鳩ぁ!」

「アール。いい。下げろ」



 アールはタングステンナイフを手に取り、撃牙は降ろすが警戒していた。アールにとっては知らない人物。それもこんなところにいる人間がいるわけがない。されど、この人物は斑鳩に縁のある人物で、アールは判断できないでいた。



「嗚呼、暁。分かってくれたのですね? シスターだなんて、寂しい事は言わずにあの時みたいにお姉ちゃんと呼んでくれませんか?」



 そのシスターの言葉に、斑鳩ははっとする表情を見せた。それは何故、その事を知っているのかというそんな顔。



「……」



 シスターをじっと見つめて何も言わない斑鳩にシスターは嬉しそうに近づき斑鳩に触れる。それにアールはナイフを構えるが、どうやらシスターは斑鳩に危害を加える様子はなかった。そっと斑鳩を抱きしめ、斑鳩はシスターになすがままされるがまま抱擁を受けていた。



「大きく、そしてたくましくなりましたね? 私は大変嬉しく思います」



 邪悪さはなく、とても澄んだ瞳、そして優しい言葉で斑鳩を慰めるシスターにアールは戦闘中であるという事を一瞬忘れる。

 そして、アールを現実に戻すのは戦闘でもこのシスターでもなく。Y028部隊の隊長。アール直属の上司であった。

 アールは一瞬何が起きたのか分からなかった。斑鳩を抱きしめる女性を斑鳩は自分の獲物。刀を持ってして背中から貫いた。



「……な、なんで? 暁ァ……」



 斑鳩は刀を抜くとシスターの身体を乱暴に蹴り飛ばし、刀の血切りをするとシスターの首を横なぎ刎ねた。



「シスターはあの日死んだ。お前が誰であれタタリギ以外の何ものでもない」



 シスターと呼ばれた者は絶命する瞬間まで「違っ……」と何度かを懇願していたが、斑鳩は耳を傾ける事はなかった。



「アール、いくぞ。俺に合わせろ」



 身の丈にして優に5メートルはあろうかという黄金の巨人、それに臆する事なく斑鳩とアールは切り込む。



「……んっ!」



 あの重い撃牙を持ってアールは蝶のように舞、そして蜂のように刺す。さしもの黄金の巨人も撃牙の直撃を掃おうともう片方の腕でアールを襲う。



「甘いっ!」



 斑鳩の猛牛のような一撃が、するとのわき腹を穿つ。慟哭も悲鳴も上げるわけではないが、黄金の巨人はその大きな口を耳のあたりまで裂け、大きく口を開ける。



「「効いてる!」」



 二人は、この黄金の巨人を倒す事など微塵も考えてはいない。全ては最後のピース、詩絵理のギャラルホルンを叩き込む事のみに特化した動き。


『今だ我に楯突くか、ミストルティン』


 式隼達の援護もまた、黄金の巨人の体を削っていく。束になった人間の力。それに、はじめてこの化け物が押され始めたのである。それを木兎で確認していた局長は吼える。


“全軍、全ての火力を敵首魁、神を名乗る黄金のタタリギに集中、Y028部隊の斑鳩とアールの援護に回れ ”


 おぉおおおおおお!


 第13A.R.Kに住まうヤドリギ達の雄たけびが、大地を、大気を振るわせた。この理不尽な災害を許すまじと、滅亡への恐怖が完全勝利への希望へ、死への不安が明日を繋ぐ熱意に、皆一様に一つの思いとなった。

 タタリギ、許すまじ。


『あれだけ我を恐れていた貴様らが……どういうことだ……我は神ぞ? 不死身の光神バルドルぞ?』


 黄金の巨人が苦悩する。それは見ていて何処かこっけいでもあった。斑鳩はこのバルドルに、独りよがりの正義と平和の概念に対してこう言った。



「答えは簡単だ。俺たちの世界に、お前はいらない」



 ギュン! 斑鳩とアールはグランドバンカーを使い、クロスして飛ぶ。その瞬間ブーツに取り付けてある強化タングステンナイフでバルドルを切り裂いた。

 大きな十字傷、それは今か今かと狙いを定めていた式隼達の引き金を一斉に押させた。1の、10の、100の崩壊弾が黄金の巨人を打ち抜く。第13A.R.Kに備蓄されていた全てのそれを撃ち尽くした。そしてそれは黄金の巨人の体にすぐ効果が現れる。


『寒い……身体が滅ぶ……また我は……滅ぶのか?』


 そう弱音にも似た言葉を吐いたバルドルに斑鳩は冷たく、そしてなんとも表情を感じさせない顔でこういった。



「そうだ」



 力関係では絶対的優位を保っていたはずのバルドルが滅ぶ。それはいかに潜在能力が高かろうとも、身体はハリボテのようなタタリギ。タタリギといえど、無限の生命ではない。

 有限。無限の魂を支えるにはいささか足りなさすぎた。


『……おもしろく、無し』



「「??」」



 バルドルはそうつぶやくと壊れていく身体のままこう言った。


『今の今まで我はそち等、人間を救おうと、平和を与えようとそう尽くしてきたが……だが人間は我を徒なした。我を必要としない。それもいいだろう。一度は滅んでやる事も考えた……だが、やはりミストルティン。貴様らは生かしておけぬ。もはやこの世界もいらぬ。貴様らの望みどおり、滅びを願う神。タタリギ達の神として我君臨せり』


 巨大芯核は膜のような物に守られ、式隼達の狙撃を無効化していく。そして砕け、溶けていくバルドルが目を開けていられないような光に包まれた。


『光あるところに影が生まれる? 全てを消し去る光の前に、影生まれる事なし、喜べ人間達。我が直接滅殺してくれようぞ』


 光の球体に見えていたそれは、人、アールと同じくらいの姿に形成されていく。両腕は撃牙を模したような形状。中性的な肉体に、空虚なされど強い光を放つ瞳。背中には機械的な翼、そしてケーブルのような尾を生やした。

 天使? いや……これをスコープ越しに見ていた詩絵理や木兎で状況を見たフリッツはこう思った。


“ドラゴンだ!”


 神は怒り狂い、その姿をに変えた。斑鳩とアールはサンバイザーを下ろすとその姿を見て少し同様する。

 そしてそれは目の前のドラゴン。バルドルに心を読まれる。


『貴様等、矮小な人間の考えることなどお見通しだ。小さくなった。弱くなったに違いない。そうであろ?』


 図星、あの巨大な体躯を持つ巨人より、この小柄なバルドルの方が確実に制しやすい。斑鳩はバチンと撃牙を外す。ヤドリギ、式狼の生命線ともいえるこの武器を外した理由。

 腰に挿していた日本刀、否。鬼神鬼切丸を抜いた。



「お前を殺すに、撃牙では足りない。だが、これならどうだ?」



 その鬼神鬼切丸を見てバルドルはほぉとうなづく。

 斑鳩が構え、バルドルが仕掛けてくるのを待っていたその時、アールと斑鳩は何をされたのかも分からないまま、吹っ飛んだ。そして意識が一瞬飛ぶ。



『だめで……あろ?』

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