炎の第二両 鬼と虎の番
牙千代に前を歩かせて虎太郎はきょろきょろとあたりを見渡す。
「ちょw ここ、この前来た時と違いすぎててやばいでしょ! 牙千代さん。もうフルパワーでやっちゃってくださいよぅ!」
そんな風に言う虎太郎に、普段であれば同じテンションで「やっちゃいますか?」なんて返す牙千代だったが、無言で虎太郎の腹部をぶん殴る。
「それだけでいいの?」
牙千代は角を生やすとてくてくと歩みそして言う。
「主様、今回の黒幕。はっきり言って相性が悪すぎます。いわばあの変態天使の親玉みたいなのが来てるわけです」
変態天使とは以前、虎太郎の命を狙い、牙千代にズタボロにされた天使ノルエル。今や堕天し、虎太郎達の軍門に下り年中牙千代に欲情している。
「主様はあの時、寝たフリをされておりましたから、どの程度見られていたかは知りませんが、私の全力の責め苦で成すすべもなかったものの、彼女は滅びませんでしたよね? それの親玉です。あの天使ノルエル殿でも私と互角程度の力を持ってました。あとは分かりますよね?」
牙千代のフルパワーをして、今回の元凶。光神バルドルを倒すのは厳しいという事である。 虎太郎は光神バルドルに関して考える。不死身の神、されど弱点を持って死する。それに対して鬼神が死んだという話は聞いた事がない。それは物語だからなのか、牙千代をして殺しきれないという元凶。
「牙千代でも勝ち目がないの?」
「そうですね。もちろん無くはないですよ。対貴子用に残している私のとっておきがあります。いわばフルパワーのその先とでもいいましょうか?」
「ドラゴンボールで言うと?」
牙千代は腕を組んで少し考えるとこう言った。
「二十倍界王拳がフルパワーなら、その向こう側はスーパーサイヤ人ですね!」
「無敵か! 牙千代さん」
そのテンションに牙千代もフフンと笑う。そして続けてこう言った。
「但しはっきり言って使わなくて良いなら使いたくはないものですね。主様、もし使用の際はご覚悟を……お腹に風穴空けますからね」
「いや、死ぬから……ってそれしないとここの皆守れないなら……まぁやぶさかでもないけどね」
二人が並んで歩いた先、二人の仕事もまたこの中間車両の爆破、そして巨大な芯核のある先頭車両を残りの全戦力で叩くというもの。そしてその戦いには牙千代と虎太郎も参加するつもりでいた。
「ここにいる人達は、一生懸命生きて、そして皆優しいですよね。ですから、本来いてはならない者は同じく本来いるハズのない私達がけじめをつけるのが筋ですからね」
「まぁ、そうだね。コーデリアちゃんの御馳走喰いたいし、あと少し頑張りますか! あっ、牙千代さん万能ナッツ食う?」
頂きましょうと受け取る牙千代。二人の目の前には身体を炎で燃えがらせた何者かがいるのだが、極力無視して関わらないようにやり過ごそうとしていた。
(うわー、なんですかあれ? 滅茶苦茶燃えてますよ!)
(ファイアーマンだ! とにかく知らんフリしよう。あれが見える奴は馬鹿なんだよ。俺は何にも見えちゃいないよ! ホントだよ)
二人が何事もなかったかのようにミッションをクリアできる事は当然ない。身体を炎に包んだ何かは二人の前に立ち、語る事もなく炎の礫を投げつけて来た。
ジュッ!
牙千代がその礫を受け止め握りつぶす。
「ぬるいですね。あのタタリギもとい、祟り神になったバルドル殿の眷属ですか? いささか燃えまくってる事に心配ではありますが、私と戦うつもりならおよしなさい」
牙千代と見つめ合うとバルドルの眷属は炎をより燃え上がらせ、襲い掛かってきた。
「愚かですね」
その刹那。
バルドルの眷属は牙千代の腹部を刺し牙千代を燃え上がらせた。抵抗しようとした牙千代の口に自らの腕を当てその炎を持って牙千代を焼き殺そうとする。虎太郎は安全なところに離れると、ちょうどいい長さの金属の棒を見つけたので、それに万能ナッツを刺すと牙千代達に向けて焼き始めた。
虎太郎はフリッツから渡された爆薬を何処で使おうか考えていると、牙千代を真っ黒こげにしたバルドルの眷属は狙いを虎太郎に変える。それに虎太郎は驚く様子も逃げる動きも見せない。
「もし、俺の万事屋で働いてくれればガス代の節約になってくれるんだけどな……まぁそういうのだいたい聞いてくれないよね」
虎太郎に向けてバルドルの眷属は一体どれだけの高温なのか、めらめらと燃ゆる炎を投げつける。
その紅蓮の炎を打ち消したのは紫焔。牙千代の放つ温度のない炎。
鬼火。
「ファイアーガール!」
虎太郎がそう言うので牙千代は指をチッチッチと振る。
「式鬼の牙千代。また名を、ヤドリギマンブラック! 参上ぉ!」
ポーズを決めてそう言う牙千代、殺したと思っていた牙千代がピンピンしている事にバルドルの眷属は標的を再び牙千代に戻した。
「かかってきなさい!」
先ほどのように牙千代を燃やそうとしたバルドルの眷属に対して牙千代はその炎をうけて笑う。
ギンとした不敵な表情は虎太郎をして、余裕なんだろうなと思わせる。炎に包まれたバルドルの眷属は口を大きく開けると光を集める。
「牙千代さん、それ!」
何度なくバルドルの刺客達が放ってきた威光。さすがの牙千代でも中々にダメージを受けるそれ、それに牙千代も大きく口を開けた。
集めるは暗黒のエネルギー。お互いのため込んだエネルギーが放出される。光と闇は打ち消し合い牙千代もバルドルの眷属もお互いに無傷……
のハズだった。
ザクり。
「身体はもろいですね。どうせ、あらかたタタリギの肉体をベースにしているんでしょう。恐るべき力かもしれませんが、器が脆すぎます」
牙千代の爪に引き裂かれるバルドルの眷属。そして引き裂いたところから牙千代は自分の力を叩きこんだ。
「貴方は炎しか使えないかもしれませんが、私は鬼(災害)ですよ? たとえば雷」
バチバチと身体が帯電しバルドルの眷属に雷を落とす。さらに牙千代の攻撃は続く。
「例えば大気」
牙千代の手の中に風が渦巻く。それをバルドルの眷属に向けると、風は段々と大きくなり真空をつくる。
真空の下では炎は存在できない。炎が消えたバルドルの眷属はどうなるか?
自壊。
炎という鎧を着ていたタタリギをベースにした身体はそれを失った瞬間、跡形もなく消え去った。
「さて、主様。この車両。壊しますよ?」
虎太郎はフリッツに渡されていた爆薬を車両連結部に配置していく。一番後ろまで離れてから起爆スイッチを押すも起動しない。
「あれ……おかしいな」
何度かポチポチ押して起爆しない事を知ると虎太郎は舌をぺろりと出した。
「不発しちゃった!」
ぱこん!
牙千代が虎太郎の頭を殴る。
「てへっ! みたいなの主様がされると殺意しか湧きませんのでお気をつけを! まぁ、あの爆薬起爆させるか、ここを先頭から切り離すだけですよね? さして問題ではありません。角の生えている私がいるんです。どうぞ、ご命令を」
虎太郎はいつものあれを言おうとしてやめた。
「ヤドリギマンブラック! 必殺! 自爆あたーっく!」
なんとも縁起でもない事を言ってのける虎太郎だが、それしかないので牙千代は思いっきり爆薬に向かって己が拳を叩きこんだ。
「ちぇすとぉおお!」
牙千代の繰り出した高速のパンチは摩擦し、爆薬に引火する。爆風に驚く事もなく虎太郎は伸びすぎた前髪で隠れた瞳で一部始終を見終えるとこう言った。
「世界はヤドリギマンブラックの命を賭した自爆ですくわれた。だが、人間に悪い心がある限り、第二・第三のタターリギが現れるのだ」
さらには虎太郎のオリジナルソングのエンディングテーマを歌いはじめる。真っ黒な煙と爆炎の中、牙千代は凛とした表情で戻って来る。
「さて、主様。先頭車両でラスボス戦と行きましょう!」
「俺はここでずっとお祈りしてるよ」
「マザー2のラスボスみたいにお祈りしてるだけで倒せるわけないでしょう! 主様のお馬鹿さん!」
アハハハ、ウフフフと呑気な笑い声の後に虎太郎は死んだような顔をしてこう言った。
「ちょっと牙千代さん、やりすぎ」
牙千代が殴った衝撃で中間車両と先頭車両の切り離しどころか、中間車両は半分程吹っ飛んだ。
「一応、ミッションはクリアしてるハズです。主様、行きますよ」
物凄く面倒そうな顔をしながら牙千代に掴まれて先頭車両に飛び乗る。先頭車両は言葉通りの地獄だった。
「うっわー、引くわぁー」
虎太郎がそれを見て言う。巨大な心臓のような芯核。それを守るように聳える。恐らくバルドルであっただろうタタリギ。
不気味に変形しているのにも関わらず今だ自らを神であると疑わないのか、黄金の翼を広げ、第13アークのヤドリギ達を蹴散らしていた。
「主様、最終決戦ですよ! 」
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