狼は眠れない

 何度も潰してきた人馬一体の抑制タタリギに牙千代は突進をかける。抑制タタリギの突きをめくると背後を取る。



「背骨取りましたよぉ!」



 先ほどから飽きるほど斑鳩が見て来た牙千代の心核潰し。タタリギの身体に穴をあけてこのタタリギをも屠るとリアルとは違う物を見ていたが、牙千代の一撃は抑制タタリギの身体を突き破る事は出来なかった。



「無駄だ。闇の眷属よ。光と共に散れ」



 牙千代は抑制タタリギに振り下ろされ、槍のような腕で腹部をぶすりと刺された。さらにもう片方の腕は光を集めていく。

 それに対して両手に暗黒のエネルギーを溜めてそれを放つ。

 少女、もとい光神バルドルと名乗った少女は顔を歪めていう。



「無駄無駄ぁ! それは貴様が潰してきた量産型ではなく我が力の片鱗。統率型抑制タタリギ。元々斑鳩の身体を手に入れる迄の依り代だが。貴様等ヤドリギや闇の眷属如き、傷一つつけられるわけないだろ? そのまま我が威光の前に死ねぃ」



 統率型の光を受ければ牙千代もただでは済まない。斑鳩は地面を蹴ると牙千代救出に向かう。



「斑鳩、何をしている?」



 そしてそれを邪魔する光神バルドル。撃牙を指一本で止めるような化物。真向からやりあえば斑鳩は逆立ちしたってこの光神バルドルには勝ち目はない。



「牙千代を離せ。あいつは俺の部下だ」

「ならん。あれは闇。暗黒。このバルドルが最も消去しなければならない存在。消える様をそこで見ているがいい」



 ザクっ!

 間髪入れずに対抑制タタリギ用の薬品を塗ったナイフを頭に突き刺した。神等というふざけた相手であろうと脳への一撃であれば少なからずダメージを……



「これもダメか」



 斑鳩は距離を取りまず自分の身の安全。牙千代には悪いが今は彼女が豪語する不死性に賭ける。

(どうする。考えろ)

 斑鳩の攻め手が決まるよりも前にバルドルは斑鳩との距離を詰める。手持ちの武器は撃牙。残り二本のナイフ。そしてもう一つ。



「ここだっ!」



 グランド・アンカーを放つ斑鳩。バルドルはそれを咄嗟に避けるので斑鳩はアンカーが壊れる事も厭わず牙千代救出に飛んだ。

 牙千代の着物の裾を掴むと身体を打ち付けながらも抑制タタリギの光線を回避。



「大丈夫か牙千代?」

「すみません。助かりました」

「まずはあのタタリギから潰す……がっ……」



 斑鳩の腹部から腕が生えていた。バルドルは斑鳩のアンカーと同等の速度でおいかけ、これを狙っていた。



「少し手荒な真似をしたが、斑鳩を手に入れたあとはこの身体と融合するだけ」



 ぐつぐつと牙千代の足元から邪悪な力がにじみ出る。



「バルドル殿でしたか? その汚い手を私の斑鳩隊長から離しなさい!」

「子ネズミが、最後の底力か? 何故人間に肩入れするのかは分からないが、人間を救うの我等神々であり、貴様のような者ではない」



 牙千代は饒舌に語るバルドルの頭をぶん殴る。そして斑鳩の身体から腕を引き抜く。どばっと流れる血液。



「バルドル殿。一応、私も鬼神。神に末席を置く身として言わせてもらいましょう。これが神のする事ですか? 斑鳩殿は人間。この怪我は放っておいていい怪我ではありません」



 牙千代は斑鳩の傷口に触れるとその血を舐める。



「実に懐かしい味です。そして実に甘美で美味い」



 斑鳩の傷口をぺろぺろと舐める牙千代。ゴクりと喉が鳴る。牙千代は心の奥底にある何かが爆発しそうだった。


(食べたい……この人間)


 そう思って牙を光らせるが牙千代はそれ以上に暗黒の本能が叫ぶ物があった。



「まずは、バルドル殿。あなたから地獄に送ってあげましょうか?」



 斑鳩の傷は牙千代によって止められるが意識は今だ戻らない。人間の血を吸った牙千代はやや気分が高揚し、あふれ出す闇その物としての力を手にこめる。



「鬼神力があれば、貴女なんて一瞬で消し炭にしてあげるんですが、この力でも十分でしょう。鬼というものがいかに恐ろしい者かその身に刻みなさい」



 牙千代は抑制タタリギに暗黒のエネルギーを放つと同時にバルドルに殴り掛かった。バルドルは牙千代の拳を受け止めるつもりがそのまま力まけして壁に激突する。



「そっちの木偶の坊殿も少しくらい身体が堅い程度で調子にのらないでくださいね」



 牙千代の放つ暗黒のエネルギーに完全に圧倒される抑制タタリギ。鬼神力を伴わずとも怒りと人間の血を舐めた事で鬼本来の力が身体を破る。

 抑制タタリギが反撃してこない事を見るとバルドルに追撃をかける。バルドルの目に指を突っ込むとそこから鬼火で焼く。



「その身体、人間の少女のように模したタタリギですか……だから痛覚があなたにはない。よく出来た擬態です。どら、バラバラに動けなくなるまで解体してあげましょう」



 牙千代に拷問のような責め苦を受けるバルドルだったが、身体は潰されても痛痒は感じさせない。



「闇の眷属よ。もう一度言う。光と共に滅せよ!」



 牙千代にバルドルがやられっぱなしだったのはこの牙千代を一瞬で黙らせる術式の構築に時間がかかっていたから、筋繊維や血管がむき出しの腕を上げて、それを下げる。

 たったそれだけの事だったが、牙千代の身体は何重にも黄金の剣に貫かれる。そして今までに感じた事のない痛みと、苦しみ。



「かはっ……これは……結界ですか」

「滅びえぬ闇よ。貴様を少々、過小評価していた事は謝ろう。だが、封じてしまえばどうという事はない。そのまま永遠になれ」



 牙千代はやられたという気持ちで一杯だった。光線で消滅でもしてくれればいくらでも復活する手段はあるが、こうして神格を持った何かで封印をされるという事。これこそが一番具合が悪い状態だった。



「そこで見ているがいい、斑鳩と融合し神の権限を全て取り戻した我が姿をな」



 身動きの取れない牙千代の目の前で斑鳩に憑りつこうとしているバルドル。

(何処か身体の動くところは……殺界できないのは困りものですね)

 バルドルが斑鳩に触れようとした時……

 ズバン。



「なんだ、これは貴様何をしたっ!」



 牙千代を見て睨みつけるバルドルに牙千代は思い当たる節がない。



「いえいえ、誤解ですよ! 私はこの通り何もできませんから」

「たわけ、ここは一階だ。暗黒の力による斬撃、貴様以外にこんな事誰が出来る?」

「いえいえ、誤解と五階をお間違えですか? それ全然笑えない上に完全に私濡れ衣ですからね! ちょっと」



 標的を牙千代に変えたバルドル。なんだか腑に落ちない牙千代だったが、とりあえず自分であればどんな拷問を受けても死ぬ事はないし、とりあえず安堵。

(全然期待してませんが主様。あと超期待してますよアール殿。……ユー殿は安らかに)



 斑鳩は目を開けると昔自分がいたアークにいる事に気づいた。



「夢か?」

「そう、夢ね。でもこれは醒めない夢。斑鳩暁。貴方は死んだの、弱いから」



 そこには見た事もない長い黒髪をした女が立っていた。それはあの力を開放した牙千代よりも邪悪で醜悪で、そしてただただ怖いと、あの牙千代にすら感じた事のなかった感情が斑鳩を支配する。

 そして、その恐ろしいくらい同時に美しい。



「嗚呼、俺は弱い」

「嘘ね。貴方は何処か自分ならやれる。自分は強いとそう思っているところがあった……実際のところどう? 貴方が集めて来た仲間達。一癖はあるものの確かに強い。でも貴方は違う……少々要領がいいだけ、貴方は貴方が思っている以上に弱い」



 弱いと言っている。

 それを尚、突き詰めてくるこの女は一体なんなのか……斑鳩は押し黙り彼女の言葉を聞いた。



「貴方の今の力をもってしても、貴方はここで起きた惨状は救えない」



 それは見たくもない想い出。それを強制的に映像として見せてくる。斑鳩に手を伸ばして助けを懇願する女性、皆怯え、恐怖し生きたいと、否。

 死にたくないと叫び続けた。

 そこにやってきたヤドリギではない女。手に持った獲物でばったばったとタタリギ達を切り伏せていく。なんだこの情景は……

(俺はこの時、何で生き残ったんだ? 今思えばありえない……)

 あらかたその女性がタタリギを切り伏せ、周囲が安全になったところでその女性は去って行く。

(待て……)

 女性が去った後、遅すぎる救援のヤドリギ達。



「ここに生存者がいるぞぉ!」



 そんな声が確か聞こえたハズだった。

 斑鳩は目の前の女性に静かに言った。



「何故あの時、俺を生かした?」

「さぁ、なんででしょうね? 絶望した人間がどんな顔をしてその後を過ごすのか見てみたいと思ったからかしら?」



 斑鳩はブチ切れた。

 今まで誰にも見せた事がないような表情で、手に持つ撃牙をその女性に放つ。それが通用しないと分かっていてもこの憤怒をこの女性にぶつけなければ気が済まなかった。



「いいわぁ、そう。貴方は怒れる者なのよ。稽古をつけてあげる。来なさい」



 女性は獲物を捨てると向かってくる斑鳩を滅多打ちにした。膝の皿を割られ顎を砕かれ、あばら骨を力任せに折る。



「痛い? 痛いわよね? でも……貴方の痛みってこんなものかしら?」



 ズタボロの斑鳩、恐らく誰にも避けられない最速の隠し打撃。打撃と共にナイフも飛ばし一矢報いようとしたが、その女性はナイフを紙一重でかわすと、斑鳩の裏拳を捌き、その腕を膝で叩き折った。



「あ……あぁ……」

「立ちなさい斑鳩……貴方は止まる事を許されない。諦める事すらも許されない。貴方は人々を不幸にする。されど、貴方は死なない」

「……な……ぜ」



 こんなにも弱いのに死なないわけがない……



「あなたは仲間を盾にしてでも目的を果たす。貴方はそういう人間。だから貴方は死なないわ。仲間の命を喰らい生き永らえる。貴方は狼、いいえ皇神かしら? 本心を露わにしなさい。さすれば貴方は絶対に負けない」



 斑鳩の中の消えかかった炎が灯る。確かに、自分の中にはそんな一面もあるだろう。だが、仲間を贄に目的を果たそうと思った事など一度としてない。

 黒い炎が燃え上がるようなイメージを感じた。この女が捨てた武器、それを拾う。



「ぐぁああああああ!」



 身体が焼かれるような痛みが走る。気が狂いそうなその痛みの中で斑鳩はその武器の鞘から刃を抜いた。



「……これでも」



 よろよろと誰でも避けられるようなそれをその女性は真っ向から受ける。赤く、そして黒い返り血を斑鳩は浴びた。



「及第点ね暁。ご褒美に私の鬼神鬼切丸。一度だけ貸してあげる」

「お前は……だれだ?」

「別の世界の貴方、とでもいえばいいかしら? 弱すぎる私」



 目が開いた瞬間、斑鳩はいつの間にか持っていた刀を振るった。

 そしてそれで牙千代を縛る何かを切る。



「大丈夫か牙千代」

「ぎゃああああああ! 斑鳩殿。それは鬼切丸殿ぉ! そんな物ははやくポイしてしまいなさい! 危ない女がやってきますよ!」

「会ってきた……違う世界の俺だとそう言った」



 それに牙千代はじとっとした目をして、斑鳩の顔をくっつくくらい覗きむ。



「どうした?」

「違いますよ。あのミーハー、斑鳩殿がイケてるからいい加減な事を言ったんですよ。あれは人類悪の化身。御剣貴子。斑鳩殿の中にあるのは恐らく……これは斑鳩殿が自分で知る事でしょうね。では斑鳩殿も起きた事で、ずらかりましょうか?」

「あぁ、このタタリギ共を片付けてからな」



 バラバラになった撃牙を見て、斑鳩はあの道具が自分の身替わりになってくれていたのかと使った事もない刀を構えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る