出来損ないのありがとう

 真っ黒な雨が降っていた。

 それは、ケルビム試験小隊の廃棄処分が決まった時だろう。死刑が決まった重犯罪者達を実験にタタリギを殺す為の強化人間を生み出す実験。

 ケルビム超人計画。前頭葉を切除し、タタリギより精製したアムリタ・ゼロを血液に流す事で数時間タタリギと同等の身体能力を得る。


 皆、ロボトミー手術により言われた事を卒なくこなすただの人形。ポーン、ルーク、ナイト、ビショップ、そしてクイーンと称号がつけられた五人はいずれもユーお前と呼ばれていた。

 使い捨てのアガルタ最高機密、何も残らないハズだったのだろう。

 ある日、一番強く、そしてリーダー格であったクイーンが人が変わったかのように、皆に戦闘に行くのを止めた。

 意味が分からず、その日の戦闘でルークとポーンが殉職した。

 翌日、ナイトが眠りから覚めない。一番年下だったビショップはクイーンに麻酔薬を撃たれ、コールドスリープされる。

 最後に見たクイーンは恐らくケルビム試験小隊最後の戦いに出たのだろう。


(あぁ、そうか……僕の名前は×××。多分タタリギ化した学友達を皆殺しにした大量殺害者だ)


 目を開けると二体のタタリギ相手にアールが苦戦して、虎太郎は何かを考えながら安全なところで離れている。



「虎太郎君。策はあるのかい?」



 そう言って走り出すユー。明らかに今までと違う反応に虎太郎はアールに視線を送る。


(言葉どおり、頭の打ちどころが悪かったのかな?)

(えっ……分からないけど)


 二体の抑制タタリギに邪魔され、拘束しなければならない対象は梯子を上り逃げていく。されどそんな事を気にする様子もなく虎太郎はこう言った。



「そいつら破壊光線みたいなの撃つじゃないですか、同時に撃たせて相打ちに……みたいなのが俺が読んできた漫画とかの攻略法でね」



 ユーとアールが同時に思った事。


(これダメなやつだな)

(うん……多分無理)


 とは言えこの強靭な抑制タタリギをヤドリギ二人で倒す事は出来ない。であれば、虎太郎の言うくだらない戦法もやらないよりはマシだろうと同時に考えた。



「アールちゃん、コンビネーションできる?」

「うん、大体全部」



 ユーはいくつかしか会得していないし、知らない。優等生アールを見て苦笑しながらユーは指示を出す。



「リボルバーシフト。これくらいしかできない。あとは俺の動きに適当に合わせてもらえるかい?」



 とんとんとユーはステップを踏む。それにアール「分かった」と答えるので距離を詰めたユー。

 戦闘の素人、そしてこの世界において何人かヤドリギを見てきたが、ユーは恐らく才能があまりない方だろうと思っていた。

 が、今や彼の動きは斑鳩やギルバート。そして今共に駆けているアールと見劣りしないように、そして一番に感じる事はあの笑い顔が無くなった事。それらを見て虎太郎は一つの仮説を立てた。彼は脳になんらかの損傷を受けたか、受けさせられたか……


 虎太郎のやるべきことは一つ。周囲を常人では理解できない情報量で頭に入れていく。そして鏡の役割をしそうな物を叩き壊していく。

 虎太郎の異常行動に関してアールもユーも何とも思わない。二人も気づいていた。虎太郎がやる気を見せないのは必要ではないから、食べ物を食べ続けているのはカロリーが足りないから合理的かつ省エネで大一番で行動するため。



「虎太郎君があんなに動いているの僕初めて見たかもしれないよ」



 そう言いながらミドルサイズの撃牙で抑制タタリギの足を執拗に狙う。アールは荷電粒子砲を撃たせる為にわざと抑制タタリギの射程に入ってフェイントで回避行動を繰り返す。



「……撃ってこない」



 そもそも二人の攻撃に関してダメージを受けているのかも分からない。かわるがわるアールとユーは片方の抑制タタリギに受けているのかは分からないダメージを蓄積させる。

 そして、ユーは判断した。

 虎太郎の夢物語は諦め、虎太郎の言う方法で一匹だけでも片付けようと。アールは自分の動きに綺麗に合わせてくれる。ならそれはさして難しくはない。



「アールちゃん、スイッチ!」

 陽動と攻撃を変わる。その指示にアールはぐんと後ろに戻り、ユーが前に出る。陽動のハズが攻撃を開始するユーに一瞬戸惑うがアールはハンドグレネードを取り出しそれを構える。



「ユー、遅い!」



 フェイントをかけるのが遅い。というより抑制タタリギの眼前に姿をさらけて待っているようなそんな姿を見せる。

 それは誘っているとアールも遅れて気づき、そしてまずは各個撃破であるという指示が言葉を発せずとも伝わった。虎太郎は両手を血まみれにしながらあたりに壊したガラスや金属破片をまき散らす。

 その意味やアールもユーも分からないが、とりあえずは虎太郎の事は無視して抑制タタリギに荷電粒子砲を撃たせる。一匹を無視しての攻めなので回避行動が非常に重要。それ故、抑制タタリギが荷電粒子を放とうとする前に回避行動をとらざるおえなかった。

 その安全性をユーは捨てた。

 二体の抑制タタリギの槍が襲ってくる中、ユーはそれをなんとか回避。そして業を煮やしたのか片方が口に光を溜める。



「アールちゃん今だっ!」



 アールは両腕のダイヤルを回すと両方をナックルに変える。撃牙の要領で打撃に特化した武装。入り乱れる戦局の中アールは素早く荷電粒子を吐こうとしているタタリギの顎めがけてその渾身のナックルを下から打ち上げる。

 そしてアールとユーは緊急退避、転がりお互いの無事を確認する。アールとユーが仕掛けた抑制タタリギの吐いた荷電粒子砲はもう片方の胴体に大穴を開けコアを消滅させた。溶けていく抑制タタリギ。



「こいつらは、僕等の完成形。統率型抑制タタリギ。通称フェアリー。そしてこのタイプは単独行動型マーシャル。アールちゃん。備えて、今ので奴は統率個体に情報を送り、フィードバックされた情報を元に進化する」



 アールは言っている意味が理解できないでいると、先ほど二人で攻撃をしかけたマーシャルというタタリギの姿が変わっていく。槍はもっとシャープに、そして足はもっと太く頑丈に……。



「っ!」



 アールは変体途中のタタリギに攻撃をしかける。それにユーは叫んだ。



「ダメだアールちゃん!」



 アールは腕輪を回すと50口径を発射。身をひるがえしてタタリギの身体に乗るとコアをいぶりだし動力部を破壊するつもりで持たされたC2を叩きこんでやろうとそこまで考えていた。



「……がっ」



 今までなかった突起物がマーシャルから伸びてアールの腹部を強打する。アールは壁に激突。頭から血を流すと意識を失った。

 それには虎太郎も一心不乱に作業をしていたが走ってアールの元へ行く。それを見逃さないマーシャル。

 ドドンと爆発が巻き起こる。ユーがC2を撒いてマーシャルの目をくらました。頭に触れないようにアールに触れる虎太郎。



「アールちゃん、大丈夫? 俺の事分かる?」



 全く微動だにしないアールの首元に触れる虎太郎。脈は……ない。息も……していない。



「まじか、アールちゃん!」



 焦る虎太郎にユーは冷静に言う。



「多分アールちゃんは大丈夫。虎太郎君。お願いきいてもらっていいかな?」

「なんです?」



 虎太郎にユーは一つのカプセルと注射器が入った箱を渡す。それは今までヤドリギの力をユーに宿す薬。



「アムリタ・ゼロ。それを使えば六時間程、ケルビムの力を得れる。それを斑鳩隊長に、最期に成すべき時に使ってくださいとお伝えしてもらえるかな?」



 それを受け取ると虎太郎は髪をかき上げてから聞く。



「ユーさんは?」

「あのマーシャルは今の世にあっちゃダメな物なんだ。多分、僕もね。そして今アールちゃんがその状態だから、虎太郎君はアールちゃんを連れてドクターを」

「一人で喰いとめれるわけないでしょ! ユーさん、アンタ死ぬつもりでしょ?」



 虎太郎のその言葉にユーはほほ笑む。



「うん。僕の残りの時間は少ないんだ。本来ここに僕が存在している事が奇跡に等しいんだ。ここから逃げ出してももうあんまり持たない身体なら。ここで自分を消耗する事を僕が選ぶのは僕の自由でしょ?」



 虎太郎にはそれはおかしいと止められない。ユーは何かを思い出し自分のやるべき事も同時に思い出したのだろう。



「ユーさん、俺はサヨナラはいいませんよ」

「うん。じゃあまたね」



 アールを背負う虎太郎を見てユーは虎太郎に言う。



「アールちゃんは多分、この世界の希望の体現者だと思う。僕等とは違ってね。だから、守ってあげて」



 虎太郎もまたこのアールがどこか人ならざる者である事は薄々気づいていた。斑鳩達ともこのユーとも違う。

 どちらかと言えば初めてあったタタリギ。あれに近いような。この少女の出生についてなんとなく予想して歯を食いしばる。



「虎太郎君。あれ、言ってくれないかな?」

「あれ?」

「牙千代ちゃんに命令する時に言うあれ。言ったら振り返れらずにドクターを追って」



 虎太郎と牙千代のアイデンティティー。正義の言葉という厨二パワーワード。それに虎太郎は頷く。



「逢魔が時だユーさん! 正義執行!」



 ユーは人間らしくとても嬉しそうな顔を見せた。



「ケルビム試験小隊あらため、Y028斑鳩小隊所属。ユー。ナイトライダーで行きます!」



 ユーは『神』と書かれたアンプルを自分の首元に刺す。虎太郎がゆっくりと梯子を上る中、一瞬見えた物は人馬一体型のマーシャルに初めて会合したあのライオンのようなタタリギが噛みついている様だった。

 それが何なのか虎太郎は分かっていたがもう振り返らず上る。虎太郎が梯子を上り切った所はこの移動要塞の外に続くさらに長い梯子だった。


 四つ足のタタリギ、ヤドリギもタタリギをも殺すタタリギ。ナイトライダーに姿を変えたユーは進化したマーシャルに言う。



「不完全とはいえ、お前ひとりを道連れにする程度は容易い」



 牙と爪でマーシャルに襲い掛かる。当然上位個体であるマーシャルには通用しない。



「僕にはタタリギを殺す力があるんだ」



 かみついた牙からタタリギを殺す猛毒を注入していく。遅効性のそれをまってくれるマーシャルではない。両腕の槍がユーの目を貫き、胴体にも穴を開ける。



「それがどうした? それがマーシャル(最強)のフェアリーか? 僕は死んでも離さないぞ! だって、だってさ! 最期にこんな素晴らしい仲間ができたんだ。いいだろう? お前たちとは違うんだ」



 マーシャルは大きく口を開けて光を集める。

 ユーが噛みついたところからマーシャルの融解は始まっているがマーシャルの荷電粒子はどんどん集まっていく。さすがにこれを直撃されればマーシャルを殺しきれない。

 どうにか死んでくれとユーは願うが無情にも荷電粒子砲は発射された。



「ちくしょう!」



 ユーの叫び、そして光線が放たれる。

 が……ユーを射抜く事はなかった。ユーは殆ど見えない目で死の間際だというのに笑いそうにになった。



「彼は天才か……?」



 屈折。虎太郎が散らかしたゴミのような金属片やガラス、それらはマーシャルの吐いた光を屈折させ一点に集める。

 そう、発射口にである。今となってはそれを虎太郎が狙ってやったかなどユーには分からないが、マーシャルは自身の必殺の一撃を持って頭を吹っ飛ばした。

 あとはユーの毒でマーシャルのコアを破壊すればそれで終わり。

 マーシャルの再生よりもユーがマーシャルを融解する方が早い。残りの時間をユーは自分の想いに馳せる事にした。



「虎太郎君。僕を信じてくれてありがとう。詩絵里さん、僕を気遣ってくれてありがとう。コーデリアちゃん、美味しいご飯をありがとう。ギルバートさん、式狼としての戦い方を教えてくれてありがとう。ローレッタさん、僕を上手く使ってくれてありがとう。フリッツさん、便利な道具をありがとう。アールちゃん、一緒に戦ってくれてありがとう。牙千代ちゃん、Y028部隊にみんなを助けてくれてありがとう。斑鳩隊長、僕を仲間に入れてくれて……」



 ありがとう。

 沢山のありがとうを胸にユーの魂は天に召されていく。そしてナイトライダーになった時に飲み込んだ残りのC2と共に動力部を吹き飛ばす。

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