戦姫の帰還

 アールは暗い場所にいた。

 そこには何もなくてアールがただ一人いるだけ、誰かの声が聞こえたような気がしたけど、それが誰の声だったのか? そもそも誰だったのか思い出せないでいた。

 アールは闇の中にひらひらと飛ぶ一匹の蝶を見つけた。それは見た事のない蝶。そもそも蝶という生き物を見るのも随分久しぶりなのだが……

 それにアールはついていく、すると見覚えがあるような、それともないような沢山の人間が作られたであろう場所にたどり着く。

 そこで蹲っている少女。



「……大丈夫?」



 アールは声をかける。少女はアールを見つめる。瞳が両方空虚だった。そんな少女は答える。



「大丈夫じゃないよ」

「どうして?」

「私は貴女とは違って生まれてくる事ができなかったのだから」

「そう」



 アールはそこにいる者達が何なのか把握した。彼らは。いやそれらと表現した方がいいのかもしれない。それら全ては人になれなかった者達。

 誰かに死を願ったハズだ。楽になる事を望んだハズだった。誰かはその願いをかなえてくれようとしていた。

 が、その願いは成就される事はなかった。

 そう、本来いるはずのない者。タタリギとは違った少し嫌な雰囲気を持った者。そしてそれは見ているだけで危険な者だと分かった。

 されど、唯一自分を楽にしてくれる者だとも思った。



「牙千代……」



 ふと、もう一人の少年の姿を思い出す。終始何かを食べている虎太郎。彼にはうまいやつとまずいやつの区別はないのだろうかとアールは疑問に思う。

 あの変な二人、せっかく斑鳩が自分を止めてくれようとしていたのにその邪魔をして……そしてアールを本当の意味で助けて見せた。



「……みんなの所に戻りたい」



 今自分は何処を彷徨っているのか? あたりを見渡しても真っ暗な闇。それは人の言う死なのかとアールは他人事のように考える。



「あっ、ぱたぱた」



 赤黒い蝶。

 それは再びアールの目の前を飛ぶ。その赤黒い蝶を追いかけたところに、それは立っていた。寄生型タタリギ、そしてそれに寄生され異常な成長を遂げた。

 自分。



「邪魔をするの?」



 それは血の涙を流しながら襲い掛かる。今のアールには撃牙も、護身用のナイフ一本すら持っていない。



「くっ……」



 足元を回転させて退避する。



「お前は……アーカイブで見た事がある。翁雷、ジークプロト」



 アールが戦闘教育を受けている最中、あらゆるタタリギの知識も入れられていた。そんな折、企画段階で凍結したタタリギ。

 神学者計画。抑制タタリギという今のヤドリギとは一線を画す存在。タタリギを殺すタタリギ。作られているとは思わなかった。

 ジークプロトとアールが呼ぶそれは闇を照らす光を吐く。この光の咆哮に対して、Y028部隊の皆は絶望していた。

 だがアールは違った。



「その光は嫌いっ!」



 身体が焼かれようとも、アールは気にせずにジークプロトとの距離を縮める。受けると致命傷になる攻撃のみかわし、受けても対したダメージにならない攻撃は全て受けた。



「だぁ!」



 アールの掌底、そしてもう片方でジークプロトの頭を掴むとアールは膝に打ち付ける。そして最後にみぞおちに蹴りを叩きこんだ。

 アガルタ本部、F30と呼ばれた暗部達相手に培った格闘術。武器がないのであれば腕、足、牙。

 自分のあらゆる部分を武器とせよ。相手に痛覚があるのであればアールは狙いたい一撃があった。

 正中線四連撃。人間であれば四回は殺せるだろうと、格闘術を教わった相手が教えてくれた。タタリギには格闘術はほぼ役に立たない。

 だが、この相手ならなんとかなるかもしれない。何故なら、目の前にいる者はタタリギでも抑制タタリギでもないと何処か心の底で気づき始めていた。



「いくよ」



 アールはこのジークプロトに残像が見える程のフェイントをかける。式狼としての身体の力、ゼロ距離でジークプロトの攻撃をよける式隼の目、そして同時に戦術計測と安全地帯への空間認識を行う式梟。

 それが式神なのであると、アールは身体が湯気が立つ程上昇する体温。オーバーロードした自分の身体。

 ジークプロトは瞬間、七人のアールを認識した。それを片っ端から打ち砕いていく。

 残像・残像・残像。

 最後に見えたアールは破壊する前に消える。ジークプロトの反応を越えたアールの一撃。

 顎、喉、胸、腹部。

 キャノン砲のようなアールの四連撃にジークプロトは吹っ飛ばされる。闇の中アールは自分の手の感覚を確かめる。



「もう終わり?」



 アールが一歩踏み出す。するとアールの姿はヤドリギの戦闘服に、そしてもう一歩踏み出すとその腕には撃牙が……

 ジークプロトは立ち上がると姿を変える。直接撃滅する為の天使のような姿。鬼神の力を開放した牙千代をも追い詰めたジークプロト最強の形態。

 アールの動きを凌駕するジークプロト。アールの放つ撃牙のバンカーが曲げられる。そしてそのままアールの腕をありえない方向に曲げる。



「あっ……」



 アールの頭を掴むとアールの腹部を貫く。荷電粒子を集めるジークプロト。これを受けたら一巻の終わり。アールは自分を掴む腕に足をかけてそのまま振り下ろす。

 それは人外の戦い。

 お互いの傷が出来る音が旋律となり同時に戦慄を奏でる。ジークプロトの放つ羽に撃ち抜かれ右足が言う事を利かなくなる。



「いかるが……」



 アールは何故その名前を呼んだのか分からなかった。恐怖なんてした事はない。今日は生き残る事ができた。

 もしかしたらダメかもしれない。

 そんな風に生きて来たのにアールはあの物好きな連中の元に帰ろうと、生き永らえようとした。

 無情にもジークプロトは三門の荷電粒子噴出口から荷電粒子を集める。あれを受けたらさすがに一たまりもない。



「……うごけ、うごけぇ!」



 動かない足、神経でもやられたのか、こんなところで自分は止まりたくない。まだ眠りたくない。心が声なき声を叫んだ。

 その時、アールの前に沢山の生まれる事ができなかった者達が集まって来る。それはアールを守るように……



「何をやっているの? そこは、危ない」



 一番小さな子がアールに尋ねる。



「貴女は生(行)きたいんでしょ?」

「私は……生きたい」

「貴女が目覚めた先が地獄かもしれないんだよ? ならここで私達とゆっくり眠ろうよ。楽だし気持ちいいよ? 諦める事は気持ちいいの」



 アールは俯く。自分の動かない身体を見てそして前を見た。



「私は諦めない」

「どうして?」

「あなた達の為に私は生きなければならないから」



 アールの言葉を聞いて表情は分からなかったが、その小さな子は笑ったような気がした。そして口を開く。



「だったら、アールは足掻いて足掻いて、勝てるわけのないタタリギとの命の奪い合いの果てに死になさい。だから、私達が代わりにここで死んであげる」



 彼らは荷電粒子に包まれて消えていく。されど、アールを守る為に束になり、それらはアールが無事な事を見て……

 笑ったのだ。

 良かったと……そう聞こえた。



「……馬鹿」



 アールは一言呟くと、足の痛みもなく、傷だらけ怪我だらけだったハズの身体が軽い。腕には撃牙ではない何か、今アールが一番欲しい武器だった。



「星喰、これなら貴女を眠らせれる」



 アールが腕に装着しているのでアガルタ、単独最強撃滅武具。『星喰』強大な電力を消費する為、実践配備される事はなかった。個人使用が可能なサイズにまで小型化したレールガン。

 ジークプロトの荷電粒子砲。それに合わせるようにアールはレールガンを放った。荷電粒子を散らし、ジークプロトを飲み込む。

 ガン!

 星喰をパージするとアールはいつのまにか持っていた強化タングステンナイフを持つと走る。レールガンで露わになったジークプロトのコア。

 それに向けてアールはナイフを振り下ろした。



「ごめんね」



 あたりを光が包んだ。自分は目を瞑っていたのかとアールはゆっくりと目を開ける。その光の眩しさに誰が自分を覗き込んでいるのか分からなかった。

 だんだんと見えてくるその顔は瞳に光がない、されど安心する顔。



「斑鳩……」



 そして視界が広がる。



「詩絵理、ギル……ゆー」



 アールが目を覚ましたら詩絵理がアールを抱きしめた。「良かった。良かった」と彼女は泣いているようだった。

 何が良かったのか……ふとここにはいない二人の事が気になった。



「虎太郎と牙千代は?」



 アールの言葉にこの場の四人が微妙な顔をする。まさか、あの二人に何かあったのかとアールは起き上がる。

 装甲車の奥で虎太郎と牙千代はレーションをたらふく食べて大口を開けて眠っていた。

 疲れたのか……なんとも締まらない二人。そんな二人を見てアールは「ふっ」と笑う。

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