激神VS鬼神

 ドレットノート、そう呼ばれたアールに寄生したタタリギ。全てを消し去る光は牙千代の身体を半分消滅させる。

 斑鳩、ギルバート、詩絵莉の三人は身体の半分を失った牙千代のその傷口を見て驚愕する。空虚なのである。真っ黒で、そして何か無数の目がこちらを見つめている。

 言葉通り、化け物。それもタタリギという化物とはベクトルの違うオカルトじみた存在。そしてそれをここまで追い詰めるアール。

 もとい、ドレットノート。



「ははっ、アール殿。やりおるのぉ~、あの変態天使くらいの力は持っておるのか……面白いのぉ~まぁ元々妾達寄りだものの? だが、そんな光で鬼神を殺せるものかよ」



 消された分、牙千代は身体を修復させる。焼け落ちた着物共々綺麗な形での復活。



「次は妾の番じゃな?」



 牙千代の両手に暗黒の力が篭る。アールは四つん這いになると翼を向け、それを放つ。光のナイフのようにそれは牙千代を襲う。



「芸がない。実に芸がないぞアール殿。もう少し元のアール殿なら妾を楽しませてくれそうなのにの。残念で涙が出そうじゃ」



 ノーガード。

 全ての羽を受け、眼球が潰れる事も牙千代は厭わない。ゆっくりとアールとの距離を縮める制圧前進。

 牙千代の狙いは単純にアールをぶん殴る。



「キバチヨ……コロシテ」

「聞こえんのぉ……どうしてほしいんじゃ? のぉ? アール殿ぉ!」



 大振りのゲンコツ。それをゲンコツと可愛い名称で呼べるのかは誰にも分からないが、牙千代の一撃はアールを地面にめり込ませる。



「カァアアアア!」



 牙千代にアールの反撃。アールの翼はただのアクセサリーではなかった。機動力の向上。そして、アールが覚えている格闘。



「ほぉ、獣のようではなくなったの?」



 フェイントをかけてからのロー。それに牙千代の足元が不安定になると立て続けにハイキック。そしてアールは撃牙の代わりに羽を変形させたブレイドで牙千代の胴体を貫く。



「ぐふっ……」



 はじめてアールが牙千代に膝をつかせた。無敵とも思えるお互いの攻防。

 斑鳩達Y0288部隊は、フルパワーを開放した牙千代の規格外どころか次元の違う性能に眼を背けられないでいた。

 だが、虎太郎のみ真逆の事を考えていた。



「アールちゃん、強すぎだろ」



 アールは牙千代に向かって行っては返り討ちにあってはいるが、アールの攻撃力は牙千代に届いている。

 ぶっちゃけ、ヤドリギとは言え人間である。そんな存在が果たして牙千代という現象と並び立てるものなのか?



「斑鳩さん、アールちゃんって普通の人間じゃないでしょ?」



 虎太郎の結論。なんとなくはじめて会った時からそうじゃないかなとは思っていたが、今目の前にしてはっきりと確信した。

 牙千代(人外)と並び立つ者。恐らくアールもそういった類の存在なんだろう。それに斑鳩は口を開いた。



「多分……な。だが、今は俺の部下でY028部隊の大切な仲間だ」



 虎太郎はじっと斑鳩を見つめる。それに斑鳩は怪訝に思うと聞き返した。



「なんだ?」

「いや、斑鳩さんって大切な仲間ぁー! とか物凄い似合わないなって思って」



 なんだそれとぎこちなく笑った斑鳩は反論する。



「お前もこんなシリアスな表情と発言は似合わないぞ」

「ふっ、色々あるんですよ。俺も」



 昼行燈。

 この虎太郎という少年の目は死んでる。それは諦めている瞳ではない。本当に何もする気がない覇気のない目なのだ。

 そして、その奥にある本当に心を斑鳩は感じ取っていた。こいつは全てをあの目の前で暴れまわっている角の生えた女に賭けているんだと……



「虎太郎、俺をアールのところに連れて行ってくれ」

「ですよねー! あれ完全に牙千代さん、スイッチ入っちゃってるので本気でアールちゃん殺しちゃいそうですし、行きましょうか」



 腹に大穴を開けられた牙千代はその傷口を見せてから自分の手で覆う。すると今まであった傷が消え去る。



「アール殿、それはタタリギとやらの力では、ないのぉ! おかしいと思っておったんじゃ、この鬼神に傷を入れられるというその力がの」



 アールは三門ある光の放出口から牙千代にゼロ距離で光の咆哮を放つ。暗黒の力をため込んだ牙千代の腕ごと消滅させ牙千代の胸を貫通する。



「アール殿、その力永遠には吐けんので、あろ?」



 そういう人形のように牙千代は首をこくんとかしげて言う。焼かれた身体の事なんて全く心配もせずに牙千代は再び腕を生やし、開いた穴をふさぐ。



「妾は夜そのもの、闇そのもの、そんな光で深淵は照らせんよ。例えば、それが神とやらの力でもの、アール殿。人の身でよう妾についてきた。褒めて遣わそう」



 どんよりと周囲の空気が重くなる。息をする事もなんだが不快に思えるようなそんな空気で満ちる。



「なんだこれは……」



 ギルバートは信じられない光景を見ていた。それはギルバートだけでなく詩絵莉も、あのユーですら驚く。

 ここでもやはり斑鳩はそれらを何だか他人事のように見ていた。どこからともなくうめき声が聞こえ、牙千代にすがるように、元ヤドリギだったであろう亡者達が蠢きだす。



「ははは、この世界にも地獄はあるんじゃな……見ろ、これが人間の成れの果て、なんともみすぼらしくそして人間らしい。じゃが、タタリギ。貴様等はなんぞ?」



 牙千代の力に呼応して局所的な地獄が発生する。



「天を焦がす炎、見せてやりたいのじゃが、殺してしまうと主様が怒るのでな。今回はこれで手打ちにしてやろう。魂ぐらいの獄蝶恨葬」



 アールが吐く光を牙千代は暗黒のエネルギーで相殺するとアールとゼロ距離まで近づくとアールに口づけする。



「!」



 アールの体内に何かが入って来る。それに抗うようにアールは背中の光を集める機関で牙千代に全力の光を放つ。

 牙千代の頭を吹き飛ばし、そのままふらふらと倒れ込んだ牙千代に追撃の光の咆哮。

 跡形もなく牙千代を消滅させるとアールは満足したようにしばらくその場で雄たけびを上げる。

 その姿、破壊の女神と言えるのかもしれない。ただ誰しもが美しいとそう思えた。これはタタリギという者と終わる事のない争いを繰り返す人間に罰を与えに来た戦女神なのかもしれない。

 今や鬼神をも屠ってそれは次の対象、ひ弱な人間の魂を刈り取りに来た。アールはそれに抗おうと顔をそむける。



「イカルガァーーーー!」



 赤い涙を流すアール。アールの動きが止まった。恐らくアールの最後の抵抗だろう。アールは自分の腹部をさらけ出す。

 それは虹色の反射をするパールのようなタタリギのコア。それを撃ち抜けとアールの声にならない悲痛な叫びを聞いた。



「分かった。人類にあだ名すタタリギ。ドレットノート、撃滅する。アール、痛みはないすぐに終わらせてやる」



 足を引きずりながら斑鳩はアールに向かう。アールの背中の荷電粒子噴出口が開く。アールの抵抗から外れたその一基が斑鳩を狙うが、斑鳩は退かない。



「おぉおおおお!」



 斑鳩の持つ小型のナイフはアールのコアに刺さる事はなかった。何故なら斑鳩の腕は何者かにつかまれ、さらにはアールの身体から赤黒い蝶が食い破って出てくる。



「斑鳩殿、よい判断であった。じゃが、妾を信じれん事は少し反省せぇ」



 斑鳩にデコピン。「あっ……」斑鳩を気絶させると牙千代は斑鳩を物でも放るように投げた。それを虎太郎がキャッチする。



「牙千代。アールちゃんは助けられたのか?」



 アールの背中に寄生したタタリギは赤黒い蝶に食い荒らされ、瞳孔の開いたアールは段々と元の姿に戻っていく。



「知らん。タタリギとやらは影も形もなくなる程度にくろうてやったがの……主様達人間の言葉を借りればあとはアール殿の気力次第であろ」



 アールの元に詩絵莉とユーが近寄り、ユーがアールの脈をとる。そしてユーは首を振った。



「脈も呼吸も止まってます」



 ユーの回答に激怒したのは他でもない虎太郎だった。両目のコンタクトレンズを外し、異様な文様の浮かぶ目で牙千代を睨み、叫んだ。



「牙千代、何で殺したぁ!」

「だから知らんと……主様、妾もいい加減黙ってはおらんぞ? その御剣の魔眼で妾をどうするつもりぞ?」



 珍しく、虎太郎と牙千代がシリアスをしているところに突っ込んだのは詩絵莉。



「ちょっと二人ともやめて! 前にもこういう事があったの、ここにいる皆にだけは教えておくわ」



 アールはそもそも脈も呼吸もしていないかもしれないという事。人というには人の生命維持活動を行っていない。以前もこの状態から復帰してくれた。

 それを聞いた虎太郎は懐から万能ナッツを取り出すとそれを深淵鬼となった牙千代に渡す。



「あっ、ごめん牙千代さん」

「ふん! 私が失敗など今まで数える程しかないでしょうに!」



 そう言って万能ナッツを受け取りばりばり食べる。牙千代の喋り方が段々元の姿に戻り、見た目も最初の頃の幼女に戻る。

 グォオオオオ!

 その声に、虎太郎は牙千代に話しかける。



「ちょっと牙千代さん、なんか来ましたけど、お知り合いですか?」



 牙千代は冷や汗をかきながらくるりと振り返る。



「出たー! 光線吐くティラノサウルスですよ主様!」

「なんだと! それじゃほとんどゴジラじゃないか」



 とんでもないタタリギがやってきたというのに、虎太郎と牙千代は普段通り、少し考えて詩絵莉が叫ぶ。



「何やってるの! 逃げるわよ!」



 アールをおぶるギルバート、ユーは斑鳩を、詩絵莉は先に装甲車へと走る。虎太郎と牙千代はそのままそこを動かない。



「何やってる牙千代! 虎太郎ぉ!」

「詩絵莉さん、先に帰っててもらっていいですか? どうやら、俺の牙千代がこのティラノサウルスに喧嘩で負けたらしいんで、リターンマッチを仕掛けます」



 牙千代は煙管を懐に戻すと笑う。



「主様、俺の牙千代。というのは少々照れますね」

「そう? どうしたの? お年頃」



 虎太郎の冗談に牙千代はボコンと腹を殴る。相変わらず痛いなぁと虎太郎は思う。先ほどのようにフルパワーではない牙千代。



「これで十分ですよ。さっきみたいに奇跡みたいな事しなくていいでしょう? 主様、どうぞご命令ください」



 鬼神の力を開放した牙千代は異様に好戦的になる。フルパワー状態においては酔っているのか喋り方まで変わる。

 それは今だ虎太郎にも謎の現象であった。



「さぁ、来なさい! 金曜ロードショー、ゴジラ対鬼神第二幕ですよぅ!」



 ティラノサウルス型タタリギは先ほどアールが吐きまくっていた咆哮の完全上位版を発射せんが為に荷電粒子を集める。



「そう、それでしたね! 鬼神力もろくにない私を消してさぞかし楽しかった事でしょう。どうぞ撃ちなさい。それがいかに無意味な力であるかお見せしましょう」



 虎太郎は若干不安だった。フルパワー牙千代ならまだしも、今の状態は結構普通に敗れる事もある。



「ちょ、牙千代さん、それ大丈夫ですか? 俺は物凄く嫌な予感がするんですけど」

「大丈夫ですよぅ! 主様はおっちょこちょいなんだから。行きますよ! 超鬼神砲!」



 ティラノサウルスの咆哮と互角に撃ちあう牙千代。

 が、若干ティラノサウルスの方に部があった。火力はティラノサウルスの方が上かもしれないが、アールに寄生したドレットノートの方が驚異であると牙千代は考えていた。

 今目の前にいる者は所詮は爬虫類。



「そういえば、恐竜は隕石で滅んだんでしたっけ? それとも氷河期でしたっけ? あぁ種子植物でしたか? 貴方の地獄はどれだったんですかね?」



 二射目の荷電粒子を集めるティラノサウルスに牙千代は対峙して叫ぶ。



「まぁいずれにせよ、燃えてなくなれば全て終わりですよ。無間禍つ焔!」



 ティラノサウルスの足元から上空に湧き上がる火柱。それは一体どこまで届くのか、牙千代の言う天を焦がす火柱。そしてそれはティラノサウルスのタタリギを地面、そして地獄へと引きずり込んだ。



「うぉ! これ、牙千代さんの超必? もしかして、初めて見たんですけど!」

「ふっふっふ、主様。ヒーローは超必よりも強い奥義があるもんなんですよ! それは深淵無界と言ってですね! もうとにかく無敵です。まぁ貴子に敗れましたけどね」

「何それかっけぇ! 見せてよ!」



 テンションが上がる虎太郎に牙千代はライダーポーズを取ってそれをする振りをして見せる。大きな火柱を見たので慌てて戻ってきた詩絵莉とそれを見たギルバートはこう言った。

「何やってんだ(の)あいつら(あの子達)」


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