より魔に近い者
「ギル!」
全てはスローモーションのようだった。ギルバートの頭が潰されると思ったその時、詩絵莉は二発目のディケイダーを放つ。それを超反応で避けるアールは周囲の光を集め、詩絵莉達に向けて放つ。
「きゃっ!」
詩絵莉の首ねっこを掴むとユーは回避行動に出た。今回の切り札なる対物ライフルがアールの放つ光によって使い物にならなくなった。
「なんなのよ! あのでたらめな力」
腰まで届くような白い髪を揺らしながらアールは痛々しそうな表情を向ける。誰しもが分かっていた。
まだアールの意識は死んでいない。それはどれほど残酷な事なのか、詩絵莉は意気地が折れる。
「どうしてよ……」
なんでこんな事になったのか、何故自分達は助けられないのか、ギルバートも怒りを爆発させる中、斑鳩とそれを見守っている虎太郎は冷静にその状況を見ていた。
「ギル、もう一度コンビネーション。クロウバイツシフト」
斑鳩は重い撃牙をバチンと外すと一騎掛け、その速度や上位互換のハズのアールの速度を越えていた。
「斑鳩さん、なんか危なっかしいな。メンヘラこじらせた貴子姉さんみたいな?」
斑鳩はアールとの距離を縮めると腰から抜いた特殊鍛鉄で鍛えたナイフを二本取り、アールの背中にいるタタリギに斬りかかる。
もちろん、致命傷にはならないが、反撃をしようとした時には斑鳩の姿はなく。ギルバートの重い撃牙が放たれる。
「くらいやがれぇ!」
アールの背中のタタリギに放つ撃牙、アールは口を開け、あの光を放とうとする。だが、ギルバートは回避行動に出ない。それは相棒を絶対的に信用しているから、クロウバイツシフト。大技を打ち込む為に斑鳩の超高速反撃による不意打ち。
斑鳩の手の甲はアールの顎を撃った。上を強制的に向けさせられたアールは空に向けて光の咆哮を放つ。
「ギルっ!」
ギルバートの撃牙、二打目。これはアール本体をぶち抜いた。そして斑鳩の非情なる判断。詩絵莉へのディケイダー指示。
「詩絵莉」
「ダメなの……ライフルがやられたわ」
「あの時か……」
アールは被ダメージに対して排除行動に出た。背中から生える大きな腕はギルバートを叩き潰す。撃牙で受け止めたがギルバートの身体中にダメージが響いた。
「がっ……」
一撃でギルバートの戦闘能力を奪うと次は横からなぐ一撃でギルバートは吹っ飛ばされ、気を失った。
「くっ……詩絵莉撤退だ。このままじゃ全滅する。ユー、ギルの回収を頼む」
斑鳩は構えるとアールに向かった。アールを今の戦力では殺しきれない。アールを守る巨大な腕をかわし、アール本体に蹴りを入れ、その反動で後ろに飛ぶ。アールが放つ光の咆哮を紙一重で避けるが、肌が焼かれ、焼きただれた。目に見えている部分だけでは回避しきれない。
「なんだこれは……」
斑鳩は考える。
本当にこんなタタリギがいるのか、一体自分は何と戦っているのか……アールの事を上層部、恐らくは本部はドレットノート。
恐れを知らぬ者という名をつけた。まさに今目の前にいるアールは攻守ともに優れていて名前の通りだろう。
このタタリギの事を本部は知っているんじゃないか、だが何故? 斑鳩は様々な憶測の中、一つだけ確実な事が分かっていた。
このアールは自分達では止める事が出来ない。斑鳩の身体能力は他の式狼を越えているかもしれないが、人間相手の徒手格闘でアールを止める事も殺す事もできない。
「くそっ……」
なんでこんなに人間はもろい? なぜタタリギはこんなにも強靭で、そして異常なまでの生命力を持つ? なんで? なんで? なんでぇ!
斑鳩の捨て身の一撃はアールに寄生するタタリギに大きな傷を残す。それに激痛を訴えるアールは斑鳩の腹部を思いっきり殴った。右側のあばらが全てもっていかれた斑鳩。対峙するアールはあの光を溜め始めている。
(ここまで……か)
それは斑鳩のたった人の思考。それにずけずけと入って来る何者か。
(まだですよ斑鳩さん)
半目を開けるとそこには役立たず。虎太郎の姿、斑鳩の手からナイフを奪う。今虎太郎がアールに立ち向かって勝てるどころか時間かせぎにもなりはしない。
「斑鳩さん、たまには俺達の事。頼ってくださいよ。一応、どんな仕事でも請け負う万事屋なんですから」
逃げろではなく、もうダメだ。斑鳩はふっと笑うとその戯言に付き合った。
「なら、なんとかしてみせろ虎太郎」
その言葉と共に虎太郎は自分の首を切った。それは自殺にしか見えない。それに遅れてアールの全てを焼き付くす咆哮が放たれた。
目を瞑り終わりを待っていた斑鳩。そしてそれを見ていた詩絵莉に意識を取り戻し気が付いたギルバート。
「光が……散らされてる」
だくだくと血を流す虎太郎。そしてその前に立つ何者か、黒く長い髪を風に揺らし、何処かの民族衣装を着た何者か……
額から長く反った角を二本伸ばし、その姿や生きている者とは思えない程に美しい。
斑鳩は息をしにくい状態でその者に言う。
「お前は……誰だ?」
斑鳩の頭の中には一人の少女の名前が浮かんでいたが、容姿が全く違う。だが、あの少女しかありえないと頭では理解していた。
「ほぉ、えらくやられたのぉ。斑鳩殿」
やはりこの女の事は知らない。自分よりも上に立つ者はいないと思うようなその態度に、人を喰ったような物言い。
「妾は、共にあの獣を殺したではないか、寂しいのぉ~。牙千代と斑鳩殿達が呼ぶ鬼の神。鬼神深淵鬼じゃ」
アールの放つ光を軽々しく散らしそのアールを見て牙千代こと深淵鬼は呟く。
「アール殿、魔導に堕ちたか?」
身体を引きずりながらギルバートがやってきて深淵鬼を見つめる。
「お前、本当に牙千代なのか?」
「よく妾の頭を撫でよったギルやん殿か、なんなら今の妾の頭、撫でるか?」
けけけと笑いながらかしずく深淵鬼にギルバートは苦笑する。なんせ、大人の色気を放つ女性を子供扱いできる程ギルバートも馬鹿ではない。
詩絵莉とユーもその場に集まると今までいなかったハズの成長した牙千代がそこにいて、わけが分からない状態だった。
「主様、それ放っておいたら死ぬぞ」
「牙千代止めて、くらくらする」
そういう虎太郎の首元を牙千代は自分の舌で舐めとる。それは妖艶で、見ている詩絵莉は顔を赤く染めるようなそんなエロティシズムを感じさせる。
「牙千代。アールちゃん、あのタタリギってのに憑りつかれてる。この世界の技術じゃ助けられない。タタリギを倒してアールちゃんを助けろ!」
「はて?」
「正義執行。逢魔が時だ!」
面倒そうに虎太郎を見る牙千代。ゆっくりとアールへ歩みよる牙千代にギルバートが先行した。
「牙千代。俺も手伝うぜ」
「いらん、ギルやん殿はそこで横になって傷を癒していると良い」
「だが!」
ギルバートが何かを言う前に牙千代はギルバートを睨みつける。
「三下の人間ふぜいが妾の前に立つな」
「ひっ!」
声を出したのは詩絵莉、ギルバートはあらゆる死のイメージを見せられ動けない。本能的に今の牙千代のやばさに何もできない中、たった一人虎太郎を覗いて動ける者。
「牙千代なんだな……」
牙千代はゆらりと振り返る。そして同じく斑鳩を睨みつけるが、斑鳩はその牙千代の睨みを受け止めた。
「ほぉ……まさかとは思うっておったが……成程のぉ……そうか、斑鳩殿。寝ておれ、鬼神の力見とうないか? 神も魔も凌辱し、平等に死をもたらす力」
牙千代が殺気をまき散らすとアールはそれに反応して突進してくる。アールの背中にある巨大な腕が牙千代を襲う。
「くはははは、アール殿。えらく不細工になったの? その腕いらんであろ?」
巨大な腕を引き抜く。
「キョオオオオオ!」
痛みに牙千代を振り払うと、光を集め咆哮する。大地を殺す光。それを牙千代は受け止め、そのままアールとの距離を詰める。
「芸が雑だの」
アールの腹部をずぼっと殴り、そのままもう片方の背中から生える腕を引き抜いた。そしてアールの髪を掴むとアールの喉に向けて手刀を向ける。
「さようならじゃアール殿」
「牙千代。調子にのるな! アールちゃんを救うんだ」
心底嫌そうな顔をして牙千代は言う。
「殺してくれとアール殿は言うておる。殺してやればよいのではないか?」
「牙千代。鬼の神とか言って人一人救えないのか? 俺の契約した鬼神はその程度か?」
カッ! と牙千代は虎太郎を睨みつける。そしてアールを放り投げると虎太郎にその爪を向ける。
「主様、あまり妾を困らせん事じゃ。いかに主様とはいえ、妾を侮辱するなら」
「いいからアールちゃんを助けろよ。出来るんだろ? 俺の牙千代ならそんな事は容易い。もう一度言う。遊ぶな」
そこにいた者達は虎太郎という存在に理解がおいつかない。目をそらしたくなるような死そのもののような牙千代相手に欠伸すらして話をしている。
「全く、主様はいつからそんな風にまぁよい……だが、背中の神経が繋がっておる。あれを外すのは中々に骨ぞ?」
牙千代の圧倒的な破壊力、そして異常なまでのタフネス。
それに対応するためかアールは姿が変わる。背中の腕は翼に代わり、突起部はアール同様に光を集める機関。
アール本体と共にそれらは光をチャージして牙千代を消滅させる光を放った。
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