タタリギの天使
隔離施設を半壊させ、アールは第13A.R.Kを逃亡した。というより、まだ残っている自我が仲間や大切な人たちを傷つけまいと、その場から離れる事を選んだのだろう。
ローレッタ達が集めて来た薬から血清を作りパンデミックは終息しつつあったが、何者かによる二段構えの策にまんまとはめられた。
そして現在血清を打った斑鳩とギルバート、そして詩絵莉。この三人を中心に上層部からの指示が下りて来た。
それに一番納得がいかないのがギルバート。
「ギル離せ」
「だったら、今の指示を撤回しろ斑鳩っ!」
そんなギルバートの腕を外したのはなんとユーだった。表情はニコニコしたまま当然の事を口にする。
「ギルバートさん、斑鳩隊長は上官です。その態度は見過ごせません」
普段であればギルバートにも冷静に判断できる頭があったかもしれない。割って空気を読まないユーに向かって一発くれてやろうとしたところ詩絵莉がユーの前に立つ。
「ギル落ち着いて、貴方も見たんでしょ?」
見たんでしょ? その後の言葉を詩絵莉は続けられない。何故なら、第13A.R.Kの式梟偵察部隊が現在のアールの居場所を木兎で特定した”ヒトフタサンマル”を持ってしてアールの完全なるタタリギ化が確認されたという。
「局長の配慮で俺達Y028部隊に介錯の許可が出た。準備ができ次第ヒトヨンマルマルに出撃、対象・
再び斑鳩は淡々とそれを読み上げた。アールのもっているポテンシャル。そしてタタリギ化した事による脅威からディケイダーは三発用意され、今その薬莢が入った袋は詩絵莉の手の中にある。
「俺は納得できねぇ!」
仲間であり、今まで数々の時間を共にしたアールを殺しに行くという事に頭では分かっていてもギルバートは拒絶を見せる。そんなギルバートを睨むわけでもなく斑鳩はギルバートを視界にも入れず言った。
「臆病者は足手まといだ。俺とユーでドレットノートの動きを止める。あとは詩絵莉に任せるいいな。苦しまずに終わらせやろう」
タタリギになった者はもう二度と元には戻れない。その当たり前の事実を前に斑鳩がアールにしてやれる事は、苦しむ時間を少しでも短くしてやる事だった。ギルバートは斑鳩に殴りかかろうとする気持ちを諫めて叫ぶ。
「うぉおおおおおおおおお! なぁあ!」
誰にぶつけたらいいのか分からない怒りと自分を落ち着かせる為の何の意味もない叫び。そんなギルバートが最初に視界に入れたのはいつもどおり万能ナッツを齧る虎太郎の姿。
今回は素揚げしているようでサクサクと緊張感のない音が響いていた。
「俺も行くに決まってるだろ。誰にもやらせない。俺達がおとしまえつけてやらねーとな。相手はアールだ。俺と斑鳩じゃないと動きを止める前にお陀仏だろ」
それに斑鳩はこくんと頷く。そして指示を変えた。
「俺とギルバートでアールの動きを止める。ユーは木兎を飛ばせれるか?」
それに少し苦笑してユーは答える。
「一基だけであればなんとか……一番苦手です」
「構わない対象はアール一人。詩絵莉が確実にディケイダーを撃てさえすれば問題ない。頼んだぞ」
このまま話が進んで行ってしまいそうだったのでむしゃむしゃと万能ナッツを食べ終えた虎太郎は手を上げる。
「今回は俺もついていきますね」
「ダメだ」
「まぁそう言われると思ってたので勝手についていきます」
斑鳩と虎太郎はしばらく見つめ合って、それが無駄な時間であると合理的に考えた斑鳩は「勝手にしろ」とそう言った。
準備はすぐに終わった。実際式狼である斑鳩とギルバートの武装が多いだけで、詩絵莉のディケイダーを放つキャノンは折り畳み装甲車の中に運び終えていた。虎太郎は食堂に万能ナッツをいくらかくすねに行き、ユーは最初から装甲車の中で待機している。
各々思いを胸にギルバートが運転して装甲車を出す。
「おい虎太郎。斑鳩が行ったようにお前何もできないだろ? 何しにきたんだ?」
虎太郎の無力っぷりは戦闘では恐ろしく顕著であり、今回の参加もまた役に立たない。下手すれば瞬殺で犬死になる。
「そうですね。俺は何にもできないかもしれませんね」
それは斑鳩達任せに聞こえる。じゃあなんの為にお前は来たんだと誰も言わなかった。何故なら虎太郎は大切なパートナーである牙千代を失った。そして虎太郎の気持ちを少なからずみな分かっているのである。
何もできなくとも見届けないと……
詩絵莉とギルバートは勝手にそう思い込んでいたが、虎太郎は違う。フリッツ達曰くぶっ殺されてしまった自分の従業員を回収しにいこうとそんな事を考えていた。
「牙千代さんならアールちゃん救えるかもしれないですから」
虎太郎の言葉の意味は誰にも分からない。妄言でも呟いているのかくらいで皆流す。偵察部隊が確認したアールの居場所は今だに動いていないらしい。
第13A.R.Kから40キロ離れた場所、そして偵察部隊はアールから5キロ離れた場所にて観測していた
Y028部隊の到着を確認すると簡単な引継ぎをして第13A.R.Kへと戻る。元々戦闘に特化した部隊というわけでもない。
誰もその事を咎めるわけでもないが、虎太郎は全員で総攻撃をしかけた方がよくはないだろうかと組織というものを全く理解せずに一人で考えていた。
「ここからは徒歩で行くぞ」
車の音にですら敏感になっている可能性のあるアールを確実に仕留める為の斑鳩の指示。それは今までの経験であればまず模範解答だったかもしれない。
目視でアールの姿が確認できたところで詩絵莉は射撃体勢に入る。その距離にして1000メートル。
当然この距離の射撃は精度が落ちる。ここからは詩絵理が自分のタイミングで距離を詰める。確殺の距離は300メートル。詩絵莉の真横で観測をしているユーは護衛もしつつ詩絵莉に合わせる。
そして斑鳩とギルバート。速足でアールとの距離を縮めていく。気づかれるまでは走らない。その距離が500メートルを切った時、斑鳩が速足から駆け出した。それに合わせるようにギルバートも走る。右と左で弧を画くように走る。
「!」
アール、いやタタリギ、ドレットトノートは二人の姿を見つける。大人になったアールとでも表現するのが一番正しいのか、ツンとした表情で舞うようにアールは斑鳩とギルバートを迎撃するがために動き出した。
「おい斑鳩。アールのやつなんかさっきより仰々しくなってねーか?」
「あぁ、後ろの部分は無かったな」
アールは何かを背負っているような姿。アールとその背中部分には違うタタリギが寄生している。
その規制しているタタリギはアールの羽のようだった。少なくとも影のシルエットは……実際には大きな人間の腕と手の平である。そんな物がアールの背中が生えている。その様子にギルバートは少し期待を膨らましていた。
「なぁ、あの後ろの部分取ればアール元に戻るんじゃねーかっと!」
世間話でもするようにギルバートはアールの背中から生える腕めがけて撃牙を放つ。アールの背中の手は撃牙を受け止めた。
「なっ……」
もう片方の腕がギルバートをぺしゃんこにしようと殴り掛かるが斑鳩はその隙を見落とさない。懐に入り込みアールの腹部に向けて斑鳩は撃牙を放つ。確実に避けられない距離。
「くっ!」
アールが大きく口を開けて何かを集めていた。それが何なのか斑鳩は知らないが、危険なものである。それだけはすぐに理解できた。
致命傷を与えられるチャンスだったが斑鳩は離れる。
そしてその判断は正解だった。
「シテ……コロシテぇ!」
アールの咆哮は大地を溶かし岩を焼き、荒野に見えなくなる程の傷を地面に作った。
「でたらめなっ……」
斑鳩は少し服と髪が焼けた事を後悔するより、こんなタタリギがあともう一人出てきたら世界を救うどころの話じゃない。
「アール、言葉が通じないとは思うが一応聞いておく。お前に眷属はいないよな?」
斑鳩の言葉に対して背中の腕を振るうアール。それが単調な事に気づいた斑鳩は叫ぶ。
「ギル。コンビネーション15!」
斑鳩がスライディングをしてアールとの距離を縮める。撃牙が発射されると防御態勢を取ろうとしたアールに後ろからギルバートが殴り掛かる。
「俺はここだぁ!」
不意打ち。
だが、あまりにも軌道が読みやすいコンビニネーションにアールは反応を間違えた。
バス!
斑鳩は撃牙を使うわけでも、何か指示を出すわけでもなく手元にある小さなハンドガンを放った。
そして斑鳩はインカムに触れてから叫ぶ。
「詩絵莉、ディケイダー。てー!」
詩絵莉は覚悟を決めると薬莢を取り出して引き金を引く。開封した時から存在が消えていくその弾丸に願いを込めたが、アールは撃ち抜かれたディケイダーの弾が身体に残っていないかとまさぐる。
そして高速で成長をよくしんさせるその弾丸を抜き取って捨てた。
ディケイダーを本能的に知っている厄介なタタリギとして斑鳩とギルバートは身構える。いつあの光を吐くのかも分からない。
アールは背中の腕を振り回す。
ギルバートはいまだアールを救う方法を考えていて、コンマ1秒タイミングがずれた。
ギルバートが一瞬記憶が消えるような錯覚を感じた。それは脳震盪からくる気絶である事をいまだギルバートは知らない。
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