バルキリの花嫁 ジーク・プロト

本当の目的

 ゆらゆらと揺れる虎太郎の頭。気が付くと虎太郎の視線は随分高いところにあった。体中に力が入らないのは瞳の力を使ったからである事を虎太郎は理解。



「絶景かな……」



 虎太郎が冗談を言うと虎太郎を揺らしている者から声をかけられる。



「おっ、気が付いたか?」



 それはギルバート。あの後、詩絵莉は気を失った虎太郎の肩を組んで階段を下りた。ギルバートと落ち合うとギルバートが虎太郎をおぶって今にいたる。



「まさか、この年でおんぶをされるとは思わなかったです」



 虎太郎は自分の足で歩かなくていいというこの状態はどれだけ楽なんだろうと満喫している。



「ねぇ、虎太郎。一体、あの時何をしたの?」



 詩絵莉はあの時、死ぬはずだった。カメレオンのような姿をしたあの化物と刺し違えるハズだったが、弾が消滅した。



「まぁ、ちょっとした手品ですよ」



 虎太郎はいちいち説明するのが面倒なのでそういう事にした。詩絵理は虎太郎が持つ妙な力であると分かりながらあえて聞く事を辞めた。きっと本人としてもしゃべりたくないんだろうと勝手に納得する。

 虎太郎が指を指して二人に言う。



「あれ、Y028部隊のみんなが帰ってきたんじゃない?」



 見覚えのある装甲車両。後ろがべこりと凹んでいるのは彼らの遭遇した何かの壮絶さを物語る。しかし、あれは牙千代がぶん殴った痕である事を詩絵莉とギルバート、それに虎太郎は知らない。



「薬が見つかったのね!」



 二人は何やら入館処理をしているローレッタ達の元へと走る。ユーに支えられているローレッタの具合はすこぶる悪そうで、フリッツとローレッタは暗い顔をしている。

 それも虎太郎を見てより表情を曇らせた。虎太郎は二人と目が合うと手を振る。そんな中、ローレッタは辛いだろうに虎太郎の元へきて悲しい表情をした。



「ごめんなさい虎太郎君。牙千代ちゃん……私達を守って」



 フリッツも頭を下げた。



「彼女がいなければ僕達は全滅だった……だけど……」



 それに詩絵莉とギルバートも俯く。牙千代は死んだのだ。このタタリギと命の奪い合いをしている世界では当然毎日のように起こる悲劇。

 それを聞いて虎太郎は懐から煙草でも出すように万能ナッツを取り出すとそれをパクリと食べる。もぐもぐとよく咀嚼してからごくんと飲み込んだ。



「あぁ、そうなんだ。でも他のみんなが無事でよかったよ。とりあえず薬をみんなに打たないとえらい事になってるから」



 虎太郎は牙千代の死をさらっと流した。そんな事よりも病人をという虎太郎の判断に、冷酷というより、Y028部隊の皆は脱帽だった。悲しむ事はいつでもできるが、それは今の優先順位ではないと虎太郎は毅然とした態度で振る舞っている。

 とそう思ってしまっていた。

 医療班にあるだけの薬を渡すと医療班はそれを使ってちゃん投与できる準備を始める。



「ロールあなたも休みなさい。暁達と同じ症状が出てるわ」



 そう、ローレッタは隠していたが、制服で隠れている部分に蕁麻疹が出始めていた。そしてまだ薬が届いていないのにギルバートが立ち上がっている事に驚くが、多めの投薬とギルバートの気合が症状を改善させている事に場が和む。



「ここも大変だったのよ。最初に虎太郎がネズミくらいの大きなの感染源を見つけて……虎太郎。おかしくない? 先ほど、私が撃ったのは人間サイズはあったわ。虎太郎、本当にネズミくらいの大きさだったの?」 



 虎太郎ははじめて感染源を見つけた時の事を思い出す。詩絵莉をかばった時に見たドブネズミくらいの大きさの何か、あれは確かにいた。



「見間違いかなって考えてみましたけど、あれやっぱりいましたよ。って事はどういう事なんでしょうね」



 虎太郎が分からないと言った風に首をかしげる。担架に乗せられて運ばれていくローレッタを見送りながらフリッツは詩絵莉達の話を聞く。そして詩絵莉を見てフリッツは言った。



「詩絵莉、君もロールと同じで検査を受けてきた方がいい症状が出だしてる」



 虎太郎の渡したマスクが役に立ったのか随分発症を遅らせていた。



「ううん、私は後でいいわ。それより、私が射殺したあれ……一体ライフルなんて持って何をしたかったのかしら」



 フリッツは詩絵莉達がおいかけていたルートを見ながらある事に気づく。



「このタタリギなのかな? 銃を持っていたクリーチャーはあの高台に上ったんだよね?」



 フリッツは何かを考えながら虎太郎達に質問する。あたりを見渡しながらフリッツは「やっぱりそうか」と一言呟くとこう結論つけた。



「このクリーチャーの狙いは恐らく局長だ」



 虎太郎達は斑鳩やアール、ギルバートを狙っていると踏んでいた。まさか狙いが局長。あのカメレオンのような何かの射撃ポジションは局長が用事で局長室を離れる時に通るルートが射程に入っている。



「……あいつ、射撃の態勢に入るのが異常に速かった。多分、局長が移動するわずかな時間を狙えるわね。第13アークをめちゃめちゃにしてる間に局長の暗殺が目的だったの?」



 フリッツはペンを咥えると目を瞑る。



「それも、目的の一つだったんだろうね。このパンデミックが終息に向かっても局長が殺害されたとなると、立ち上がりは随分遅れる。でもそれは詩絵莉によって防がれた」



 そして皆が想像した最悪の事態。



「「侵入者はもう一ついる!」」



 そして、それこそが斑鳩とアールを狙っている何か、そうと分かったら皆走り出す。ぜぇぜぇと肩で息をしている詩絵理を見てギルバートは叫んだ。



「ミイラ取りがミイラになってどうする。詩絵莉はまず医療班のところいってこい

フリッツ、詩絵莉を頼む」

「……うん、ギル。隊長達の事頼むよ」



 答えるかわりにギルバートはにかっと笑う。虎太郎を背負いながらだというのに速い。後ろからついてきているユーが驚くくらいには中々異常な体力の持ち主だった。



「おい、ユー先行できるか?」

「はい。任せてください」



 ユーは隼と書かれたアンプルを首元に刺して走り出す。ユーの身体能力は式隼として特化した身体に変わっていく。目頭の神経が発達する。

 そんな様子を見てギルバートは黙る。代わりに虎太郎はギルバートの背中の上で聞く。



「ギルやんさん。ユーさんって何者ですか?」

「俺にも分からねぇ。だけど、あいつ何だか嫌な予感がする」



 アンプルを変えてヤドリギとしての性能を変える事が出来るなんて聞いた事がない。決してユーのヤドリギとしての性能は高くない。

 但し、どんな訓練を受けて来たのか、身体能力と戦闘技術は大したものだった。自慢ではないが、ギルバートは式狼の中では自分の能力は上から数えた方が上だと思っていた。ヤドリギとしての総合能力では斑鳩やアールに劣るかもしれないが、式狼単体としての能力は恐らく一番秀でている。

 そんな自分とユーは並び立ってずとも腐らない程度に立ち回っている。



「ケルビム試験小隊ねぇ……最初はアールの式神のプロトタイプかと思ったが違うな」



 何せユーはアムリタを使った形跡がないらしい。あのアンプルの中身もアガルタ本部に調査依頼を出しているが正確な情報は降りてこないだろう。



「ギルやんさん、銃声が……」

「ユーか!」



 ギルバートの思考を遮断するハンドガンの銃声。ヤドリギに支給される9mmハンドガンの音が斑鳩とアールが隔離された施設前で聞こえる。



「大丈夫かユー! なんだこれ」



 F30に狙われないように全てのロックをかけていたハズの隔離フロアの壁が破壊されていた。それは人の手によるものではない。

 何故なら、うねうねとうねる何かに向けてユーが弾丸を放っている。



「ギルバートさん。中に隊長とアールさんが」



 ユーは真面目な顔で牽制射撃を繰り返す。空になったマガジンを捨てて発砲を止めめない。ギルバートは中がどうなっているとか気にせずに叫んだ。



「虎太郎降りろ! 俺は中に突入する」



 虎太郎を振り下ろすと虎太郎は猫みたいにくるくると回って着地。そして少しハァとため息をつくとギルバートに続いた。



「虎太郎危ないから戻ってろ!」

「まぁ、大丈夫ですよ」



 いちいち怒鳴るのも時間の無駄なのでギルバートは化け者が壊した壁の穴から中に入る。タタリギなのか、妙に長いそれは斑鳩達の隔離病室へと続いている。



「斑鳩ぁ!」



 触手のようなそれは斑鳩に今からみつきそうになっていた。ギルバートは思いっきり触手を殴る。ぎりぎりで斑鳩を救い出したギルバート。次はアールのフロアへと思った時、ギルバートは目をそむけたくなるような光景を見た。

 触手のような何かはアールを持ち上げ、その背中にかみついたように見えた。



「てめぇ!」



 ギルバートの叫び、意識を失っているハズのアールが瞳を開けた。



「アール、すぐ助けてやるからな! 待ってろ」



 アールはギルバートの姿、そして斑鳩、虎太郎とみて、表情を歪める。



「あぁああああああああ!」



 触手のような何かはアールに吸い込まれていくように縮んでいく。ギルバートは虎太郎に斑鳩を預ける。

 そしてアールの病室のガラスを殴り壊すとフロアに侵入しアールの背中に張り付く何かを引っ張ろうとした。

「がっ!」

 触手に鞭のようにギルバートははたかれ、胃の中の物を戻しそうになった。ギルバートと目が合うアールはこっちに来るなと顔を振る。

 虎太郎の腕の中で斑鳩は意識を取り戻した。



「あれは……アールなのか」

「はぁ、ギルやんさんが助けに行ってるっぽいんですけどあれ、離れた方がいいですね」

「ギル、戻れ」



 斑鳩が目を覚ました事でギルバートはニカっと笑う。



「起きたか寝坊助。ちょっとあばらをやっちまった……でもアールを助けねーとな」



 アールの背中に触手は周囲の壁を破壊して外に出る。アールが破壊した壁から虎太郎達も外に出るとアールにおかしな変化が見えた。

 アールの髪の毛が腰のあたりまで伸びている。



「なんだありゃ……」



 ビクンと反応したアールは再び苦痛に叫ぶ。



「いやぁあ……なぁああああああ! シテ」



 何かをアールが言おうとしていた。それを虎太郎もギルバートも理解できない。アールは手足が伸び、胸がふくよかに大きくなる。そう骨格が変わっているのか……成長しているのか、もはや真っ白く長い髪を携えた美女。

 そこには皆の知るアールの姿は無かった。

 そして斑鳩だけがアールが何を言わんとしたかったのかしっかり聞き取っていた。



「アール、殺してほしいのか……」



 シテ。

 コロシテ。

 それは虎太郎とギルバートにもはっきりと聞こえた。

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