TAKE A SHOT

 タタリギを憎む男は肩膝をついて葡萄を食べる少女に膝まづいた。少女の後ろには人馬一体のタタリギの姿。抑制剤により身動きはまったく取らない。



「対群最強の抑制タタリギがヨハネなら、単独最強抑制タタリギはこのマーシャルです。これらの量産体制も整いました。メシア様の光の一滴を頂いた事で、どうしてもクリアできなかった点が改善されました」



 ブドウを一粒食べてはメシアと呼ばれた少女はメディスンファクトリーでの映像を見て恍惚の表情をする。



「グレイゴリはバルハラに向かったね」



 その言葉を聞いて男は顔を覆って涙した。本当の我が子が死んだように、メシアは男を見下ろすと再び葡萄を食べる。



「やはりヤドリギミストルティンは侮れない。人間でありながら神の手先を滅ぼすなんて、だが喜びたまえ! ヨハネが悪神ロキを滅ぼした。ヨハネのアグニノヴァ神の威光は未完であの威力だ。全てのタタリギを滅ぼす日は近い」



 グレイゴリを単身、素手で破壊した人ならざる何かを消し去る光を見て少女は酔ったように喜ぶ。



「回収が完了しだいヨハネは完成を急ぎます。そしてワシリは13A.R.Kへの侵入を確認。標的へと向かっています」



 メシアと呼ばれた少女は葡萄を食べる事に飽きたのか、それを皿に戻すと自分の手を握る。そして開く、そんな行動を何度か繰り返してから言う。



「ボクの身体も長くはない。早く手に入れるんだ。バルキリの花嫁をね。あれがボク等の希望だ。世界からタタリギ、そしてヤドリギを消し去り、ボクが君達人類を守ろう。そう永劫に」



 自分の手をみてうっとりとするメシアに男は報告するのを躊躇しながら13A.R.Kに侵入したのが自分達が手配した者だけじゃない事を告げた。



「アガルタ本部がついに動きました。F30を、人狩り専門の特殊部隊を投入し、恐らくバルキリの花嫁を殺害する事が目的かと」



 それにメシアはニヤりと笑った。それはそれは神々しいを通り越した得も知れぬ恐怖を男に感じさせる。



「人類、何処まで愚かか、ボクは時折君達が狂おしい程に愛おしく、そして怒りを覚える。ワシリの尻尾を切ってスレイブをバルキリの花嫁に、マスターを戦闘用に変更。バルキリの花嫁を手に入れたらマスターの破棄」



 メシアの指示を聞いて男は意見した。



「ですがそれではワシリが!」



 はじめての意見にメシアは頷き、そして優しい表情を見せる。男の頭を撫で子守唄でも歌うようにこう言った。



「ワシリはバルキリの花嫁として生き続ける。君はそれともここで止まるのかい? 彼ら神学者は無駄死にとなる。彼らは思うだろう。博士、世界を救ってください。とね」



 男はその言葉を聞いて、崩れなく。



「おぉ! もうこれ以上大地に血を流してなるものか、メシア様、お救いください」

「あぁ、任せてよ。ボクの身体が手に入れば世界は平和になる」


                 ★



 誰もいない路地に向けてギルバートはナイフを持って突進する。見えてはいないのだが、直感的に感じる何者かの気配。

 一番は臭いだった。生臭いような人ではない何かの臭い。どんな反撃があるかは分からないが、気合だけでツッコんだ。



「いぁああああ!」



 上段に上がったと思ったギルバートはナイフを振るう。



「ギャアアア!」



 かすった。青い血が流れ、何もないハズのところから出血。ギルバートはすぐさま詩絵莉に通信を入れた。



「おい詩絵莉、ターゲットを見つけた。浅いが傷もおわせている」

「ギル、私の射程におびき寄せれる?」



 もう逃走にはいろうとしているハズだが、ギルバートは当然、詩絵莉の言う指示通りにおびき寄せるつもりでいた。



「虎太郎、まわりこめ!」



 虎太郎は何処から持ち出したのかレモンを齧っていた。ギルバートは目算で隠し持っていたナイフを四本全部投げる。三本は空を切り、一本は身体の何処かに突き刺さった。

 悲鳴と共に今まで姿を眩ましていた者が姿を露わにした。虎太郎は髪をかきわけてその何かを直視した。そして目の前にいるそれに向けて叫ぶ。



「カメレオン? くらえ! 忍法目つぶしの術!」



 レモンを思いっきり握りつぶして投げつけた。致命傷にはなりえないのだろうが、その激痛にカメレオンのようなそれは目をこする。


(あーあ、あれやると当分痛いのにな)

(おい虎太郎、どっからレモンを?)

(ギルやんさんも……ヤドリギってなんかエスパーなんですか)


 アイコンタクトの会話をしながらもギルバートはカメレオンのようなそれにつ追撃、そしてトドメをさそうとしたが、先が切れた尻尾でギルバートを迎撃する。



「って……」

「なんであのカメレオン、尻尾が半分から上ないんでしょうね?」

「知るかよ。それよりまた消え始めてる」



 見えなくなりつつあるカメレオンのような何か、そしてそこに駆け付けた他のヤドリギ、その手にはドラグノフ、フルサイズ弾の入るライフルを持っていた。ギルバートは虎太郎を掴んで退避、ヤドリギの射撃手が狙いを定めた瞬間、カメレオンのような何かは消える。そしてその刹那、ドラグノフを構えたヤドリギが襲われ、まさかのライフルが奪われた。



「おいおい、あの爬虫類、銃が使えるのかよ」



 逃走するカメレオンのような何かは姿を完全に消したが、空中をライフルが動いている。そして足が速い。

 もし、こいつが射撃を出来るというのなら、ヴァニッシュキリング姿なき殺人がこの13A.R.Kで横行する。ギルバートが追いかけるよりも数段早い相手。詩絵莉に連絡を取るギルバート。



「やべぇ事になった。高台に追い込む。あとは頼めるか? 相手はドラグノフもってやがる」

「は? どういう事?」

「話はあとだ、そっちに虎太郎が向かってる。あまり期待しない方がいいと思うが、何か策を持ってそうな感じだ」



 ギルバートも虎太郎に少しばかり期待している事に笑った。人をイラつかせる才能の持ち主かと思っていたが、あれで必ず一番良い方に物事が進む。思っているとハァハァと息を切らした虎太郎の呼吸が聞こえる。

 たたたたと階段を上がり、射撃体勢をとっている詩絵莉の横に立つ。詩絵莉はスコープから目を離さずに虎太郎に双眼鏡を渡す。



「おっ! あれですね観測役的な」



 虎太郎がそう言って双眼鏡を覗く。遊んでいるように見えて、なんともわざとらしいその反応。詩絵莉は虎太郎に聞いた。



「私の前にタタリギ出してくれるのよね?」



 そう言えばそんな事言ったなと虎太郎は思うと双眼鏡を眺めているフリをしながらコンタクトレンズを外す。



「俺は嘘はつきませんよ。でもその後俺が完全な役立たずになるから後はお願いしますね」



 完全な役立たずになる。

 今はまだ不完全な役立たずであるとそう虎太郎は言っているのだ。それは実に面白い。確かに虎太郎はこと戦闘においては本当に使えない。かと言って通常時も何か自ら動くような事もない。

 虎太郎は自分の指をペロリと舐めて風の向きを調べる。詩絵莉には銃を構え、狙い、そして撃つという動作だけを任せそれ以外の環境は虎太郎が担うという事なのだろう。

 そして虎太郎は突然、集中している詩絵莉の集中力を全部無くすような事を言う。



「詩絵莉さんってアーリーンってキャラのコスプレしてるんですよね?」



 スコープを覗いているハズなのに、景色が一切見えない。そして腹の底からなんだか恥ずかしさが湧き上がってきた。



「ちっ、違うわよ! フリッツね。余計な事を……それに今それ関係ある?」



 虎太郎は髪をかき上げる。虎太郎の瞳は見た事もない文様が浮かんでいた。それはすぐに普通の人間の目ではないと分かる程度に……



「とりあえず俺も邪眼キャラのコスプレをしている……という事で宜しくお願いします」



 ありとあらゆる現象を無かった事にする虎太郎の滅眼。代償はしばらく全く動けなくなるという事、使用は一日に一度が限界。

 それがフリ(コスプレ)なわけはないのだが、わざわざ詩絵莉の憧れるアーリーンの名前を出してまでそう言ったのは虎太郎にとってこの眼はあまり知られたくないものなのだろうと理解した。

 そして詩絵莉は乗る事にした。



「あとで合わせて写真でも撮る?」

「悪くないですね。もう、詩絵莉さんには奴の姿が見えるハズです」



 虎太郎がそう言うとカメレオンの姿をした何かは凄い速度で詩絵莉達がいる場所の対面にある建物に上っていた。

 本人は光学迷彩で見えていないつもりだろうが、あまりにも間抜けに見えた。あとは確実に射殺できるところにくるまで待つ。



「ぐっ……」



 虎太郎は辛そうに声を漏らす。恐らく、カメレオンのような何かが見えないという事を無かった事にした為、力を使い果たしたのだろう。



「虎太郎は休んでなさい。もう私一人で十分よ」



 そういうので虎太郎はペタンと座ってふぅとため息をつく。詩絵莉のスコープで眺めている先、カメレオンのような者も射撃ポイントを見つけたようで、構える。


(えっ……速い!)


 詩絵莉と違い、狙いを定めるという動作が無かった。銃の性能は飛距離という面ではカメレオンのような何かが持つドラグノフの方に軍配が上がった。

 反応の差は誤算だったが、詩絵莉はこのカメレオンのような者を射殺できる自信があった。だが、自らを救うという事までは不可能だった事が少しだけ後悔する。

 お互いが引き金を引く。

 本来は一瞬の出来事だっただろう。詩絵莉は覗くスコープの先、回転する弾丸を見ていた。これが狙撃手が死ぬ瞬間なんだ。そんな他人事のような事を考えていたらスコープから覗いている弾丸が回転しながら消えていく。



「えっ?」



 詩絵莉の隣で青い顔をしながら片方の眼を光らせている虎太郎。カメレオンのような何かが銃の引き金を引いたという事を無かった事にした。

 そして、カメレオンのような何かの頭を詩絵莉の放った弾丸が撃ち抜いた。



「……はいそうですかって休むわけにはいかないでしょ」



 カメレオンのような何かと同時に虎太郎もぶっ倒れた。

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