ギルバートと虎太郎の散歩

 虎太郎がゆっくり立ち上がり、さらにゆっくり巨漢のF30と距離を取る。その間に詩絵莉はギルバートに襲い掛かる小柄なF30に向けてライフルを構える。



(大丈夫……絶対大丈夫)



 巨漢の男が螺旋階段の下まできても詩絵莉は気にもしない。今のこの時間はタタリギと戦う事もできないただの人間、虎太郎が稼いだ時間なのだ。

だから無駄にはできない。巨漢のF30が階段の第一段目を踏もうとした時金属片が男にめがけて飛んでくる。



「これでもくらえ!」



 虎太郎は野球選手ばりのフォームで投げたそれを虎太郎の方向を見ずもせずにキャッチするとそれを虎太郎に投げ返して、虎太郎に向くと走り出した。

 巨漢を感じさせない速さ。



「うわきた!」



 虎太郎は走って逃げるが、巨漢のF30の足はすぐに虎太郎においついた。そこで虎太郎は不敵に笑う。



「しかたがない、俺の切り札。いでよ変態天使、ノルエル!」



 あの牙千代に欲情する変態、能力だけは桁違いな為、虎太郎の切り札としていたが、いつもなら喜んで現れるノルエルが出てこない。



「あれ、ノルエルさーん!」



 虎太郎の呼びかけに答えないハズはない。というかここに来てからその天使を一度も見ていない。虎太郎の出した結論。



「あっ、ごめんなさい。降参しまーす」



 両手を挙げるが巨漢のF30は撃牙みたいな腕で殴りかかってきた。それを避けると虎太郎は巨漢のF30の腕を抜けて逃げる。

 命がけの鬼ごっこに投じている虎太郎に若干気が散らされていたが、詩絵莉は小柄な方のF30と自分の銃、そして目が一直線で繋がった。



「ファイア!」



 引き金を引いた詩絵莉、それは脳幹を撃ち抜いたと思ったが、超反応で小柄なF30はそれをよける。

 だが仮面を破砕させた。顔を抑えてギルバードとの距離を取り退散。直撃はしなかったものの傷を負わすには至った。

 それに一段落。



「この距離のあれをよける。普通……」



 だから存在しない部隊なんだろうと、次は虎太郎の加勢をと考える。虎太郎は再び捕まって壁に思いっきり叩きつけられていた。それも一回や二回じゃない。

 ヤドリギであろうF30の力で一般人の虎太郎が叩きつけられている。死んでもおかしくないその状態にすぐさま薬莢を入れ替える。

 その時「おりゃあああああ!」という大きな声が響く。それは虎太郎を掴んでいる巨漢のF30に向かってギルバートが落下しながらエルボを叩きこむ様子。地面に突っ伏すF30だが、立ち上がると服についた土を落とす。



「おい、大丈夫か虎太郎……なんだこいつ」



 まだ本調子じゃないのにギルバートは体内のアドレナリンの大量分泌で症状が緩和していた。アールと斑鳩程至近距離でタタリギの毒素にやられなかった事も幸いしてなんとか戦闘ができる程の回復を見せた。ギルバートの参戦で形成が逆転したように思えた詩絵莉は螺旋階段の手すりを滑るように降りてショットガンを構え近づく。



「投降しなさい! アンタがいくらアガルタの特殊部隊でもやりすぎ」



 巨漢のF30は虎太郎を再び壁に叩きつけると離し、ギルバートとの距離をつめて右手で顔を握ると左手でギルバートの腹部に大砲みたいな一撃を叩きこむ。そして、ギルバートから離れると詩絵莉のショットガンに肘を叩きこむ。

 一瞬にして三人の戦闘力を奪った後に巨漢のF30は何処かに通信を入れると去って行く。それは自分の分が悪くなったから去ったわけじゃない。

 お前たち程度なら何時でも殺せるという力の見せつけ。



「いってぇ……なんだあいつ」



 ゲホゲホと咳をしながらギルバートが起き上がる。それに詩絵莉はもう使い物にならなくなったショットガンを見て答えた。



「フェブラリーサーティー」

「嘘だろ。ほんとにいたのかよ。本部のデマだと思ってた」

「今日見るまでは私もよ。それより、虎太郎」



 詩絵莉が優しく虎太郎を壁から引き抜くと詩絵莉は驚く。



「……大丈夫なの?」



 虎太郎はむくりと起き上がると身体についたゴミや土を払う。ちょっとした擦り傷や打撲なんかはあったが思いのほかダメージは少ない。



「いや、痛いですよ。でもほぼ毎日、親戚の姉さんの虐待を受けてるのでこの程度はまぁレクリエーション的な?」

「それ、誰かに相談しなさいよ!」



 本気で心配してくれる詩絵莉だが、虎太郎は苦笑するしかない。世界最大の暴力、形を持った絶望、そこに在る地獄。人類悪の化身。

 誰に相談すれば彼女を止められるのかと虎太郎は思った。



「もし、貴子姉さんがこの世界にいたら、喜んでタタリギ滅ぼしてくれると思いますよ」



 またまたと詩絵莉が笑う。もしこの世に貴子が来たら、この世界のヤドリギ達はそれこそ、タタリギを狩りつくした貴子という化物と人類の生存を賭けた戦いに身を投じる事になるだろう。

 果たしてどちらが彼らには救いなのか、考えるだけ無駄なので虎太郎はやめた。そしてギルバートに事の経緯を説明すると声をかける。



「ギルやんさんは身体大丈夫なんですか?」

「おう、あの後医療班がここにある薬を俺に重点的に投与してくれたらしい……多分容体から隊長とアールはもうダメだと判断しやがったんだろう。本調子じゃないが、俺も手伝える。ちょっとこの格好じゃアレだろ? 準備させてくれよ」



ギルバートの制服とナイフを二本、そして隠しナイフを四本装備する。撃牙を使った戦闘よりは、小さな感染源の何かとF30が敵となる可能性が非常に高い。その際の近接戦闘に関してはギルバートがいる事は心強かった。



「式狼のギルは感染源を発見したら私の距離に誘き出して、ここは式隼である私の仕事。虎太郎は……」



 虎太郎は仮面ライダーの変身ポーズをしながら「式虎」としきりに言うので頭をかかえつつも苦笑して詩絵莉は言い直す。



「式虎の虎太郎はとりあえず。いままで通り、死なない事」

「らじゃー!」



 三人の仕事は決まった。詩絵莉は斑鳩とアールが隔離されているフロアの監視をしつつ、ギルバートの連絡を待ち援護及び対象射殺。

 ギルバートはルートを決めての周囲探索。虎太郎はF30に襲われると一たまりもないのでギルバートと行動する事になる。



「虎太郎、お前十七なんだってな……正直驚いたぜ。斑鳩と同い年くらいかと思ってた」

「はは、斑鳩さんが童顔なんですよきっと」

「お前の世界では同い年の奴が一杯いるんだよな?」



 先ほど、年齢以外にも詩絵莉からギルバートは虎太郎の事を聞いていた。そんな中でギルバートは詩絵莉とは違う方面で学校というものに興味を持っていた。



「そうですね。もう、凄い沢山いますよ。俺はあんまり行ってないですけどね」

「なぁ、リアの奴がお前の世界にけたら、しっかり勉強できるものか?」



 虎太郎は腕を組んで考える。この第13A.R.Kアークにいる人と同じくらい學校というものに関わりのない虎太郎だが、コーデリアの容姿と性格を鑑みて恐らくこうなるであろう未来をギルバートに伝える。



「多分、リアちゃんは可愛いからとにかく男子にモテるでしょうね」

「それは困る!」

「いや、そんな事俺に言われても」



 虎太郎は真面目に自分や牙千代はこの世界でもいいかもしれないが、コーデリアみたいな優しい子は虎太郎達の世界の方がいいのかもしれないなとふと思う。



「まぁでも、誰もほっとかないですよ。それにしっかり勉強をして、すごく真面目に将来つきたい仕事なんかしてそうですね」



 遠い目で虎太郎はそう言う。自分の未来は今と変わらない時間を過ごして多分、死んでいく。その時も牙千代が看取ってくれるだろうから寂しくはないかとそう考えた。



「そうか、この前はここの方がいいかもしれないって言ってたけど、多分虎太郎達の世界は平和なんだな」

「まぁ、俺達の生活以外はそうでしょうね。ギルやんさん」

「あぁ、倒れてるな」



 犯人の姿は見えないが、ここでも人々が倒れている。倒れている人の回収が追い付かない、恐らく第13A.R.Kの機能は随分麻痺しているのだろう。そんな倒れている人に虎太郎は触れる。



「虎太郎触るな!」



 ギルバートの叫びも無視して虎太郎は気道を確保して、瞳孔の開き具合を見る。心音呼吸共に問題はない。が、早く薬が来て感染源を始末しないと大変な事になる。



「ギルやんさん、多分この辺にいます。ここを奴の最期の場所にしましょう。多分、これ以上は牙千代達が持って来る薬じゃ足りない」



 虎太郎のこの冷静な読み。今まで正直役に立たないと思っていたギルバートだったが、的確な判断と絶対に動じない姿。



「虎太郎。お前、医療の知識があるのか? それになんか初めて会った時と少し印象が違うんだが、牙千代の前だとお前無能の振りしてるのか?」



 詩絵莉は虎太郎が昼行燈で爪を隠しているとそう言ったが、妹がいる分ギルバートは虎太郎の行動に関してなんとなく感じれる物があった。



「ははは、牙千代さんには内緒ですよ。俺は基本的に何もしないというのがアイデンティティなんで」



 ギルバートは笑う。自分もまた妹の為に働き、戦い、時には自分を騙す事もある。それは全て、彼女、コーデリアの今後の為。

 ヤドリギである以上、自分の明日があるとは約束できない。そういう意味では虎太郎の行動が分からなくもなかった。



「お前の世界、行ってみてーな」



 虎太郎はギルバートをじっと見つめる。皆は似てもにつかないと言うがやはりコーデリアの兄だけあって、このギルバートもまた男前だなと頷いた。



「ギルやんさんも女の子が放っとかないかもしれないですね。コーデリアさんに似て男前だ」



 それにギルバートは痛いくらい虎太郎の肩を握る。

 さすがになんか怒られるかと思った虎太郎だったが、ギルバートはにかっと笑うとこう言った。



「あとで何でも美味いもん奢ってやる!」

「やたっ! マジすか……あの、ギルやんさん」

「あぁ、いるな」



 二人は路地の行き止まり、何も、誰もいない場所を見てそう言った。

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