襲来 アガルタ執行部隊F30
ケンケンと咳き込む詩絵莉を見て虎太郎は一枚の封に入ったマスクを渡す。それで今の症状を抑えれるとは全く思わなかったが、少しくらい遅らせる事は可能かもしれないなと虎太郎は思う。
「詩絵莉さん、これ使ってください」
「ありがと」
二人はY028部隊が隔離されているブースへ向かう道中、詩絵莉が虎太郎に質問する。
「虎太郎のご家族は?」
「両親に年の離れた弟がいますが、みんな俺の事知りません」
「えっ?」
新手のジョークかと思ったが、妙に達観した態度を見せる虎太郎にも何かがあったのだろうと察した。
「ごめんなさい」
「何故謝ります? あぁ、俺の不幸自慢? まぁ対した事じゃないですよ。生きてるし、見に行こうと思えばいける距離だ。それに牙千代と一緒にいるのは実に楽しい。牙千代がいる事でただの人間である俺は正義の味方になれる。あっ、これ牙千代さんには内緒でお願いします」
照れもせずに虎太郎が言った言葉『正義の味方』、詩絵莉は形こそ違えど虎太郎のその気持ちが分かる気がした。
「虎太郎、コミックは読むの?」
「あー、たまに図書館とかで牙千代さんと読みますね」
「このミッションが終わったら私のコレクション見せてあげるわ」
虎太郎は笑顔でそれを聞いていたが、なんとも不吉な台詞をこの詩絵莉さんは言ってくれるなと思う。
(それ死亡フラグって言うんですよ)
(そのフラグを壊すのがヒーローじゃない?)
(詩絵莉さんもできるんですね)
一頻り、ガス抜きできたところでやっと隔離されているフロアにやってきた。詩絵莉のカードキーを切ろうとした時、詩絵莉は虎太郎を突き飛ばし、自分も回避する。
「まさかF30……ウソでしょ?」
所謂、公式が認めた殺し専門部隊。殺人人形等と言われて噂話になっていたが、噂でしかないと思っていたその対象を見て詩絵莉は思った。
(小さい)
(なんか後ろからゲンコツくれてやれば勝てそうですね?)
(多分、近づいたら終わりよ)
虎太郎の冗談に付き合えない程度の緊張感。詩絵莉より頭一個分小さいそれは両手に小さな刃物を二つ持って詩絵莉の隙を計っている。
当然というべきか、ヤドリギなんだろう。2月30日、存在しない日に仕事を行う者。長い物を持っている自分では分が悪いと思ったが、先ほど虎太郎がソードオフしたショットガン。
あれなら牽制になると思った。
「虎太郎、これもってて」
「えっ? 重っ……」
詩絵莉が軽々取り回していたライフルの重さに虎太郎が焦っていると詩絵莉はF30から視線を外さずにこう言った。
「タタリギを殺す重さよ」
この状態、狙う相手は虎太郎。だが、詩絵莉を無視する事ができないF30は詩絵莉に仕掛けた。
蹴り、それをショットガンのストックではじく詩絵莉、蹴った反動でもう一撃身体を捻って蹴りを繰り出す。人間の動きを少しばかり超えてしまっているF30に悪態をついた。
「それなんてコミック?」
詩絵莉のこのブラックジョークの理由はF30の履いているブーツからも刃物が飛び出していた。
速くて鋭い、そして人を襲うことに躊躇がない。
だとすれば詩絵莉もこの相手にショットガンの炸弾をゼロ距離でお見舞いしてやる覚悟がいる。あの時を否応なしにもフラッシュバックした。
そしてその隙をF30は見逃さない。
「しまっ……」
F30が懐にいて刃物を振るう。
「ヤドリギマンソード!」
虎太郎がライフルを鈍器としてF30に向けた為、F30はすぐに半歩離れる。虎太郎の動きは遅い。なのに、詩絵莉もF30も接近に気づかなかった。
「説明しよう。ヤドリギマンイエローは1日だけ御剣家に伝わる拳法、『鬼神流』を無理やり教わらされて逃げ出した経歴の持ち主なのだ。その中で相手に気づかれない足運びのみ会得したのである」
と虎太郎が説明するとまさかF30が「くっ……」と苦言を漏らして撤退した。虎太郎の逃げ足の速さはここから起因するもので、その拳法自体は全く使えない。
「もしかして虎太郎、貴方力を隠してるの?」
「いえ、今のが俺の全力ですよ。俺に期待しないでくださいね。絶対後悔するので」
虎太郎はそう言うが詩絵莉はこの虎太郎への興味が尽きない。なんだか、手のかかるようでかからない弟のように思えてきた。
「あのF30、このアークに入ってきた感染源を倒すために派遣されたのではなさそうね。もし、そうなら私たちを見て襲ってはこないでしょ」
虎太郎もそれは感じていた。そしてその結論として二人が導き出した答えは……
「暁達が危ない」
「ですね」
厳重に隔離されているであろうフロアだが、既にここを守衛していたヤドリギは倒れている。虎太郎は脈をとるとまだ生きている事にうなづいた。
「集団アレルギー事件ですねホームズ詩絵莉」
「ワトソン君、これはタタリギらしきアレによるもの、そして次の事件は隊長達の身に……って何やらせるのよ!」
ノリノリで演じていたわりに恥ずかしくなった詩絵莉は虎太郎の先を歩く。この第
斑鳩、アール……そしてギルバートの姿が見えない。
「ギルが!」
虎太郎が落ち着いてという表情をしてギルバートが横になっていたであろう部屋に入る。どんな感染症かも分からないのに虎太郎は全く恐れることない。
「虎太郎、言いにくいんだけどその。気にならないの? 感染とか」
「あー、俺の一族異常に短命か頑丈かのどっちかなんですけど、頑丈な方は基本的に病原菌とかの耐性も強いんです。俺も一応その頑丈な方みたいで」
とはいえいくらなんでも無防備すぎる虎太郎はギルバートのベットを見て言った。
「ギルやんさん、自分で起き上がってそうですね」
乱暴に連れて行かれたという風では確かになかった。別々の区切られた部屋で斑鳩とアールは意識を失っている。
「もしかして、ギル。ここに来た何かと」
「多分そうですね。斑鳩隊長とアールちゃんを助けるために起き上がったんじゃないですか」
「無茶よ!」
虎太郎は斑鳩とアールを見ながら「そうですね。あの人体育会系っぽいから無茶しそう」とこれまた緊張感なく言ってのける。
ここにタタリギがいないのであれば、全て手動でロックをかけていけばいかにF30という特殊なヤドリギがいても早々簡単には破壊できない。
しっかりと施錠して、ギルバートをまずは探すことにした。
「虎太郎、多分ギルはそんなに遠くには行ってないと思うのだから、この拠点から離れすぎずに探索しましょ」
詩絵莉の目ならある程度、離れていても隔離施設に近づく物を目視できる。そして詩絵莉は知らないが、虎太郎もまた眼に関する力を持った者。
意外にもこの二人の相性はいいのかもしれない。
ギルバートを探していると、再び倒れている人々、そしてそれは軽い擦過傷と打撲。これはタタリギではなく、恐らくはF30。
「くっそぉおお!」
熱く叫び声が響く。そして虎太郎がつぶやく。
「あっ、いた」
青い顔をしながら白い着衣でギルバートはあの小柄なF30を相手に格闘戦を行っていた。ずいぶん切られたのか、両腕は血が滲んでいた。
詩絵莉は螺旋階段を見つけるとそれを駆け上がる。自分の距離でギルバートの加勢をするということなのだ。
「虎太郎はじっとしてて」
虎太郎は懐から万能ナッツを取り出して齧ると深いため息をついた。
「すみません。やばそうな人が来ました」
詩絵莉が見た先には先ほどの小柄なF30とは違い、2メートルはある巨漢。同じ仮面をつけている事からこの人物もF30なのだろう。
「えっと、ぐっどあふたーぬん! まいねーむいず、コジロウ・ササキ」
虎太郎は偽名を語ってみるが、巨漢の人物は身体に見合わない動きで虎太郎に襲い掛かった。詩絵莉の腰くらいはあるような腕を振りかぶるのをギリギリでよける虎太郎。
「虎太郎っ!」
「やばいやばいやばい! でも、詩絵莉さんはギルやんさんを、俺は大丈夫じゃないけど、なんとかします」
ものすごく不安になる事を言う虎太郎だったが、詩絵莉は虎太郎を信じる事にした。彼ならなんとかしてくれるんじゃないかとそんな風に感じ始めていた自分。
それに口元が緩み、ライフルを構える。
「うわー、殺されるぅ! 警察、牙千代さーんたすけてぇ!」
詩絵莉が考えを改めるのにかかった時間、わずか十二秒。
虎太郎は巨漢のF30に持ち上げられ、大ピンチだった。そして地面に叩きつけられた虎太郎。
ピクリとも動かなくなった虎太郎。それに詩絵莉は歯を食いしばって怒る。その巨漢に向けてスコープを覗いたその時……
「えっ?」
死んだか、身動きが取れなくなったはずの虎太郎が、ゆっくり動いてる。そしてその指をギルバートと小柄F30に向けている。
それに詩絵莉は理解した。巨漢のF30は油断しているという事。この少し間、詩絵莉がギルバートに援護する時間を虎太郎が稼いだのだ。
「ほんとに、虎太郎は本気でやってるのか、まったくわからないわね。でもありがと、十分よ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます