積み木崩しのグラスホッパー

怠惰とガンマン

 一方、第13A.R.Kアークではイライラしながら足を上下させる少女、詩絵莉。皆の帰りを待つだけという立場。

 さらにいつもそばで話していた斑鳩達は意識を失い運ばれている。

 極めつけは詩絵莉の横にいる少年である。



「あちあち! 焼けたなぁ」



 食堂からどれだけくすねてきたのか、万能ナッツをこれでもかという程食べている御剣虎太郎。大層な名前のわりに彼は今のところ何の役にも立たない。



「ねぇ、虎太郎。貴方は牙千代さんが心配じゃないの?」



 今、牙千代はメディスン・ファクトリーへと少ない戦力で薬を回収に行っていた。それは無謀にも思えるような作戦。それに虎太郎はアールよりも年下に見える少女を差し出した。



「牙千代さんねぇ……とりあえず皆さんを絶対に誰一人死なせないように頑張ってくれてると思いますよ」



 他人事みたいにそう言って万能ナッツにかぶりつく。それにさすがの詩絵莉も虎太郎の肩を掴むと自分の方に向かせて真直ぐに見つめて言う。



「なんなのそれ? 他人事みたいに」



 虎太郎はハァとため息をついて万能ナッツを食べる手を止める。そして無精に伸びた髪の毛の間から見え隠れする虎太郎の瞳と詩絵莉は目があった。



「俺はさ、牙千代さんを全然心配してませんよ。だって牙千代さんは確実に任務を遂行して帰ってきますって、詩絵莉さんこそ、仲間を信用できないんですか?」



 それは詩絵莉の逆鱗に触れるには十分だった。あの時の瞬間がフラッシュバックする。

 自分の引き金がフレンドリーファイアを起こした事件。



「分かった事を……」



 詩絵莉が虎太郎に怒鳴ろうとした時、緊急のサイレンが積み木街に響き渡る。それに詩絵莉が状況確認をはじめたので虎太郎は食べようとしていた万能ナッツを齧った。


『待機していたヤドリギ二十名が集団感染。原因は不明。一先ず保菌者と思われるY028部隊所属、隊長斑鳩、同ギルバート、同アールをハザードマニュアルに従い隔離する』



「そんな……嘘よ」

「多分、感染源は斑鳩隊長達じゃないと思いますよ」



 万能ナッツを食べ切った虎太郎がよいっしょっと立ち上がる。この動作に発言の全てに腹だしくて詩絵莉は虎太郎に当たった。



「なんでそんな根拠のない事が言えるの?」

「だって、もしそうなら少なくとも詩絵莉さんも感染してんじゃないんですか?」

「あ……虎太郎、よくやったわ! これをとりあえず局長達に……わっ!」



 虎太郎が詩絵莉を思いっきり引っ張り、虎太郎の胸に顔を埋める形になる。いきなり男の子にこんな事をされて詩絵莉は顔を赤く染める。



「いきなり何するのよ!」

「今、なんか通りました。ネズミ? なんだろ。これってアレじゃないんですか? タタリギ? かもしくは今引き起こされている保菌対象、じゃないですかね? 分からないですけど」



 虎太郎はただの人間であるが、良い目を持っている。そしてこんな状況でも全く慌てない肝も据わっていた。



「私には見えなかった。虎太郎、力を貸して! 保菌対象を私が撃つわ」



 そうこう言っている内に他の場所でも感染者が増えたという情報が入ってきた。虎太郎はきょろきょろと周りを見渡す。



「詩絵莉さん、ここって一体何人くらい人がいるんですか?」

「約四千人程よ……信じられないでしょ? 全部、タタリギのせい」



 少し辛そうな表情をする詩絵莉を見て、虎太郎は前髪で自分の表情を隠した。適当に後ろで縛っている髪が馬の尻尾のように刎ねる。



「虎太郎。きて!」



 詩絵莉に連れてこさせられたのは武器庫であった。各種銃器が並んでいる。そこで詩絵莉はカードを使って使用許可を取った。取り回しのよさそうなライフルを選ぶ詩絵莉。



「虎太郎は銃は使った事ある?」

「ふっふっふ、自慢じゃないけど僕等の世界は銃社会じゃないんです」



 ないという事で詩絵莉は適当にハンドガンを虎太郎に渡すが虎太郎はそれを受け取らない。



「俺はそういうのはいいです。それより、詩絵莉さん。サブウェポンにこれよくないですか?」



 イサカM37、銃身もストックも長い。今から狙撃をするというのにこんな銃邪魔で仕方がなかった。



「虎太郎、あなたが銃に関して素人という事はわかった……って何してんの!」



 虎太郎は糸鋸みたいな物でストックと銃身を切り落とした。片手で取りまわせる程度の長さにソードオフするとそれを詩絵莉に渡す。



「はい、これで使えるでしょ」

「虎太郎、あなた何者?」



 虎太郎はただたんに戦闘を行えるのが今詩絵莉しかいない為、ロングレンジ以外での武装を持っててもらわないと二人はジエンド。

 自分が頑張らなくていいための布石である。



「俺は理由あって頑張らないんです。だから詩絵莉さんに頑張ってもらわないといけないから」



 ここまで徹底して何もしようとしない虎太郎のふるまいを見て詩絵莉は逆に冷静になれた。そして笑いがこみあげてくる。



「もう、馬鹿ね」

「まぁ頭はいい方じゃないですね。学校も殆ど行ってないし」



 学校という言葉に詩絵莉は興味を持つ。今までコミックでは見て来たスクールユニフォームを着て学校に行くスチューデント達。

 そして詩絵莉は少し疑問に思った事があった。



「虎太郎は学生なの?」

「はい、高校生です」

「それって何歳?」

「十七歳です」



 驚愕の言葉だった。虎太郎はこの貫禄のある隠居態度を醸し出しながらコーデリアの一つ上。そして詩絵莉達よりも年下なのである。



「冗談……じゃないのよね」

「そんな俺老けてますか? 困ったな」



 虎太郎が金色の髪の毛を上げると、今まで髪で隠れていた虎太郎の顔と対面する。黒い瞳に異常に整った顔、生え際の髪の毛が黒い事から髪は染めているのだろうかと詩絵莉は思う。



「結構可愛い顔してるじゃない。顔隠さない方がいいわよ」

「いやぁ……この顔にも色々ありましてね。ははっ」



 御剣家特有の顔つき、それは否応なしに虐待者である御剣貴子を思い出すのだ。自分の顔がトラウマになる日が来ようとは虎太郎も思いもしなかった。



「まぁいいわ。感染報告があるところを赤で丸していくわよ」



 そう言ってこの積み木街の簡単な地図を取り出すと感染がおこった場所をどんどん赤丸をつけていく。



「どっかに一直線に向かってますね?」

「そうね。この先は……」



 詩絵莉と虎太郎は二人で「「あっ!」」と声を上げた。斑鳩達は保菌者として隔離されている。そしてその運ばれたところへ向かって一直線にこの感染源は向かってきている。



「狙いは暁達ね」

「これってタタリギなんすかね?」

「違うと思うわ。タタリギなら、感染じゃなくて捕食されていてもおかしくない。それが起きないって事は……タタリギじゃないんじゃない?」



 虎太郎はいまいちそのタタリギとやらについての理解が無かったが、今ここで起きている事は目の前で斑鳩やアール達が倒れたあれに似てはいまいかとそう思うが、あんまり詩絵莉を怒らせるのもアレかと思う。


(多分、俺が年上の女性を少し苦手なのは貴子姉さんのせいだな)


 ただ一つ詩絵莉と貴子との違いは詩絵莉は常識人であり、虎太郎を虐待したりしない。とにかく真直ぐな人なんだろうなと虎太郎は思う。



「斑鳩隊長達のところに何があるんでしょうね」

「隊長達を殺す事を目的にしているんじゃない? というのはありえないか」



 もし、そうなら立ちふさがる人々の中で一人くらい犠牲者が出てもおかしくない。虎太郎は分かってくれたかと遠い目をする。



「保菌対象にはあくまで感染原だけど戦闘になるような危険性はないのかもしれないわね……って私が言えばいいかしら?」



 嗚呼、バレたかと虎太郎は頷く。詩絵莉は決して頭が悪い女性じゃない。虎太郎の気遣い。年上に教えるのではなくそこはかとなく気づいてもらうという考えを見抜かれていた。



「まどろっこしいから、気づいた事はどんどん言って」



 そう詩絵莉が言うので虎太郎は頭を掻いた。



「詩絵莉さん達の中で特別な人っていますか? 例えば生まれが特殊だとか、何か皆にはない特殊な力を持っている人だとか」



 虎太郎の質問。

 それに詩絵莉は答えを躊躇した。当然想像できるのはアール。たった一人で式狼・式隼・式梟全てをカバーできるY028部隊の切り札にしてエース。



「えぇ、Y028部隊は選りすぐりよ。皆特殊な能力者と言ってもいいわ」



 間違ってはいない。ある意味では特殊部隊と言っていい程の優秀な人材で構成されている。だからこそアールの事を深く虎太郎には言えなかった。



「そうですか、その誰かを狙っているんだとしたら作戦が立てやすいんですけどね」



 サイレンと共にまた感染者が出た事が報告される。もう何百人の感染者が出たのか詩絵莉は数えるのをやめていた。

 隔離されたゲージに行く道中、一人のヤドリギがきょろきょろとあたりを見渡している。



「何かがいましたか?」



 詩絵莉の声かけにヤドリギの男は鼻血を拭いて倒れた。その時、男と詩絵莉の間を何かが通り抜けていく。多分質量のあるハズの何か……

 それは見えない。



「虎太郎、今の何か見えた?」

「ごめんなさい。詩絵莉さんと同じで何かいたなと思ったけど、全く見えなかったですね」



 先ほど虎太郎はそれの姿が見えたように思えたが今は全くもってその姿を捉える事が出来なかった。



「俺のゲームや漫画知識で言うと、対象は光学迷彩で消える事ができるのかもしれませんねぇ。光学迷彩っていうのは……」



 それは詩絵莉にも少々知識があった。消えたように見えるそう言った何か、もし虎太郎の言う事が正しければ対象を狙撃する事は出来ない。



「どうしよう虎太郎?」



 虎太郎に頼ってもどうにもならない事は分かっていた詩絵莉だったが、お手上げである事からこう言ってしまった。



「詩絵莉さんって、狙撃の腕には自信あるんですよね? 針の穴にとおすみたいな? 目に見えたら確実に狙撃できますか?」



 虎太郎は何を聴いてきているのかと思ったが、そこは詩絵莉のプライドが答えさせた。コインを一枚見せるとそれを虎太郎に渡す。



「そのサイズなら一キロ離れたところでもヒットさせられる自信があるわ」

「成程、じゃあ俺が詩絵莉さんの前に対象を出現させるから突然現れる対象を射殺する事はできますか? それがいつ出てくるか分からない。それも何処に出てくるかも分からない。そんな状況です」



 すぅと息を吸うと詩絵莉は不敵な笑みを見せる。



「当然、当てて見せるわよ」

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