牙千代死すっ!

 ユーは少し怪訝な表情、フリッツは空いた口が塞がらなかった。

 牙千代の姿がどう考えも成長している事。今までまな板のような胸元はふくよかで、髪の毛も背中の方まで伸びている。しかし、そんな事より頭の皮膚を突き破り、赤い血を滴らせている二本の角。

 牙千代という存在が鬼であるという事の証明。



「ユー殿。フォローをお願いします。ローレッタ殿が傷つけられた怒りで角の力は解放されたようですが、主様がいないので鬼神その物の力は全く使えません」



 そう言って牙千代は自分の手をぐーぱーぐーぱしてみせる。消え入りそうな真っ黒なエネルギー。

 それを確かめている間にサソリ型のタタリギは牙千代に巨大なハサミを振り下ろす。それを牙千代はキャッチするように軽々しく受け止めると腕をねじ切った。

 そしてサソリ型のタタリギを殴り飛ばす。


 ドォオオオオオン!


 先ほど牙千代が弾き飛ばされたように次はサソリ型のタタリギが壁に激突する。指をボキボキと鳴らしながら牙千代はゆっくり歩く。



「先ほどまでの私より単純な物理暴力に関して今の私は百倍強いですよ?」



 今までびくともしない装甲。弾丸をしてはじめて撃ち抜けたそれにヒビが走る。牙千代はサソリ型のタタリギの全体像を見てから呟く。



「ローレッタ殿を傷つけたのはその尾でしたね?」



 サソリ型のタタリギが動き出すよりも先に牙千代は再び大砲みたいな鉄拳を叩きこむ。ドゴンと再び壁にめり込む。相当分厚いコンクリートにすっぽりサソリ型のタタリギはめり込む。

 ぴくぴくと動く尾を掴むと牙千代はそれを引っ張った。



「あなた達は芯核を潰さないと死なないんでしょ? 何処にあるかは存じませんが、その尾っぽじゃまですねぇ」



 ばしゅっと嫌な音と共にサソリ型のタタリギの身体から毒針のついた巨大な尾は別れを告げる。ポイと牙千代が捨てると尾は青い炎に包まれて消えていく。


ギャアアアアアアアア!


 と本来のサソリにはないであろう胴体にある口から叫び声が聞こえる。そんな口めがけて牙千代は再び殴り掛かる。



「五月蠅い口ですね」



 腕を捥がれ、尾も失いサソリ型のタタリギは逃走しようとする。その行動にやはりフリッツはおかしいとそう思ってユーに指示。



「ユー逃がさないで!」

「了解しました」



 牙千代の圧倒的な暴力に見とれていた二人だったが、このサソリ型のタタリギはここで倒してしまわないといけないと本能で理解できた。一度会った時より二回り程大きく、強くなって戻ってきたタタリギ。これを次逃がすと、次はどうなって出てくるか想像するだけで寒気がする。

 ユーの放つ弾丸はタタリギの内部で破裂するダムダム弾。芯核の近くで破裂すれば少なからずダメージを与えられる。さらに言えば、痛覚のある生物に対しては圧倒的な威力を誇る。

 ユーは弾を込めると発射。そして薬莢をすてると次弾装填。そういう動作のように次々に発射していく。あまりの痛みに逃走を止めたタタリギは残りの腕を振りかぶる。

 その状態ですらユーは避ける動作を取らない。



「ユー殿、ナイスです。その腕も頂きます」



 今、タタリギが最も恐れる者。

 牙千代。

 彼女がユーの背後から飛び出した。牙千代はタタリギの腕をへし折り、タタリギの目の前に降り立つ。そして外骨格を掴むとユーに指示を出した。



「ユー殿、この皮をめくりますので、芯核が見えたらその銃を撃ってください」



 まさかそんなという牙千代の提案。今のタタリギには両腕も尾も確かにないが、既に再生が始まってきている。



「全く堅い殻ですねぇ! はぁああああ!」



 めきめき、みしみしと音が響く、そして牙千代の力の前にサソリ型のタタリギの外骨格も体組織も悲鳴を上げ耐えきれなかった。

 バリバリと、そしてそのあと柔らかい筋繊維がちぎれるぐしゅっとした音と共に、観音開きの如く牙千代はタタリギの皮を破り捨てた。



「ユーどのぉおおお!」



 牙千代が開いた先にはバスケットボール大の球体がどくん、どくんと脈を打っていた。タタリギをタタリギたらしめる物、芯核。生命を維持する部位の為、即座に修復をしようとするが牙千代が破いた皮膚をひっぱるので上手くいかない。


 グギャアアアアアア!


 代わりに片方の腕をハサミでもなくただの棒のような形状に再生させ牙千代に向かって振り下ろす。

 ユーはダムダム弾を込めると至近距離から牙千代に当たらないようにその弾丸を芯核に向けてはなった。

 ギュンという音。芯核そのものも再生を試みようとするが、それよりも先に内部で破砕した弾の欠片が死という概念をタタリギに叩きつけた。牙千代の頭にタタリギの腕が振れる瞬間。芯核を中心にタタリギの身体は瞬間冷却されたように凍り付き、なんと最後にサソリ型のタタリギは人間の姿を一瞬見せてから爆ぜた。

 芯核を失ったタタリギの最期、それを見て牙千代は言う。



「中々に綺麗な散り様ですね」



 成長した牙千代はぶかぶかだったヤドリギの制服が次は窮屈そうにしていた。むぅと呻く牙千代にフリッツは言う。



「牙千代、ユー。お疲れ様。ただちにロールを連れてここから脱出するよ!」



 ここからの脱出は最初に来たルートを辿っていけばいい。殆ど全てのタタリギを滅ぼした為、遠足の帰りと言ってもいいだろう。ユーが先頭を走り続いてフリッツ。ローレッタを背負った牙千代はフリッツの背後を守りながらの帰路。

 この薬品施設から出ると全員深呼吸をはじめる。やっと終わったという安堵感、装甲車両に乗り、第13A.R.Kアークへと帰る。

 それで終わりである。が……運命というものはフリッツ達を簡単にはこの地獄から逃がしてはくれない。


 ズシン。ズシン。


 地鳴りが響く。それが何者かが接近しているという事を意味する事に誰も疑わない。今まで牙千代達がいた建物の後ろからそれは顔を出した。

 巨体。建物の半分くらい十数メートルの体躯を持つそれの名を牙千代は呟いた。



「恐竜ですか?」



 ダイナソー。フリッツもその名前は図鑑か何かの資料で見た事があった。そしてこの目の前にいる者。それは本来であれば半分程度の大きさのハズである最凶最悪の肉食恐竜。



「ティラノサウルス……なのかい? それもタタリギの」



 それは牙千代を見ると首を回しながら雄たけびを上げた。そして大きく口を開ける。それは周囲の何かを集めているように見える。



「ユー殿、ロール殿をお任せします。フリッツ殿。二人共はやく車に」

「牙千代はどうするんだい?」



 牙千代は残り一発。先ほどの戦闘で使わなかった残りの鬼神力を振り絞る。ここであの恐竜が放とうとするそれは間違いなく全滅級の何かだと牙千代は悟った。

 恐竜はチャージが終わったのか、牙千代達に向けて光のブレスを吐いた。それは荷電粒子を集めた砲撃である事をこの誰も知る由もない。



「鬼神砲ぉ!」



 牙千代の放つ暗黒のエネルギー。それは恐竜が吐く光をある程度軽減させるが牙千代を飲み込む。



「がぁあああ……これは、厳しいです……今の私の鬼神砲では歯牙にもかけませんか」



 牙千代の両手を真っ黒に焦がす。そして第二射の準備に入っていた。



「牙千代はやく!」



 そう言うフリッツに言われて牙千代は装甲車に向かって走る。そして装甲車のリアボディに触れるとこう言った。



「傷と凹みは後で直してください」

「牙千代、君は何を言ってるんだ!」



 インカムごしにフリッツの声が響く。



「フリッツ殿は、斑鳩殿達を助けるまでがミッションですよ。必ずロール殿もお願いしますね」



 装甲車を牙千代は思いっきり押した。それは恐竜の射程距離から外れるのを見送って、大口を開ける恐竜に向かって悪態をつく。



「今回は、やられてあげますよ」



 恐竜の放つ荷電粒子砲に牙千代の身体は跡形もなく消滅する。牙千代を消滅させた後、恐竜のタタリギは誰もいない廃墟で何度も雄たけびを上げる。

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