ミッションこんぷりーとっ?
タタリギを憎む男は食事を取るテーブル席でグラスに薄い琥珀色の液体を注ぐ。パンとスープ、そして大きな肉料理。それを二人分配膳する。
「やぁ、豪華な食事だね」
男の背後に突如現れる少女、少女は男の対面の席につくとグラスを持った。その香りを嗅ぎ、ゆっくりと回す。
「ヨハネは一目散にメディスンファクトリーに向かったみたいだね。グレイゴリを追ったのか? それとも何か滅ぼさねばならない者がいるのか……実に興味深くはないかい?」
少女はグラスを置くと次はパンをつまみちぎる。食べるというよりは食事をするフリをしているような少女に対面の男は言う。
「ヨハネはまだ8割程の完成度。メシア様に頂いたあの光も数回しか使えません。それだけが私は不安でなりません」
男はゆっくりと食事を口に運ぶ。まともな食材、それをあたりまえのように食べる男、そして食べるフリをしている少女。
これをもし第13A.R.Kの人々が見たら驚くだろう。こんな食材が一体どこにあるのかと?
アークにおける生産プラントでは大量の万能ナッツが作られ各種製品の代用品になっているがここには万能ナッツは存在しない。
「ふぅ、食事を取る……それはなんと愚かしく、恥ずべき事なのでしょうか?」
食事を終えた男は少女を見る。すると少女は回していたグラスの液体を飲み干した。
「光あれ……ボクが許そう、他の者の命を奪う。食事という行為を……ボクもまた嗜好品の一環としてこうして物を口にする事がある。君達か弱き人間に光あれ!」
少女は液体を飲み干した事でグラスをゆっくりテーブルに置いた。用意されている食事には一切手をつけない。両手で自分の頬に触れながら少女はほほ笑む。
「この機にバルキリの花嫁を手に入れよう。ワシリを出す。メディスンファクトリーの彼らが万が一、第13A.R.Kに戻って来れたとしても、そこは生けとし生ける者が誰もいない死霊都市と化しているだろうね」
少女は席を外して研究施設に向かうと残る最後のカプセルを動かした。そこには何もいない。カプセルは上がっていくと溶液を輩出した。
その様子を恍惚の表情で眺めている少女、代わりに男は不安の色を隠せない。少女に跪き、十字架を掲げる。
「メシア様、このナグルファルにはもう守護する者がおりません。ロイヤルガードのマーシャルは実用段階にすらなく……」
男の言う言葉、今アガルタの精鋭に攻め入られれば簡単に陥落してしまうという事実。それを知ってもなおメシアは笑みを崩さない。
「君はボクの力を疑っているのかい? ボクの本来の身体はなくとも、この世界を
怯えるように男は何度も頭を下げる。
「そんな事はありません……ですが万が一メシア様に何かがあれば」
メシアと呼ばれた少女は男を撫で甘い声で囁く。
「大丈夫、すぐにナグルファルの守護神ヨハネが戻ってきてくれるさ」
★
「牙千代ちゃん、足は大丈夫なの?」
先ほど切断された足で平然と牙千代は地に立ち、歩んでいる。それに牙千代は頭を掻きながら笑う。
「随分力を消耗しましたが、大丈夫です。早く薬を手に入れて皆さんに楽になって頂きましょう!」
てくてくと歩く牙千代。力を消耗したというが、B棟に入ってからも破格の戦闘能力は健在だった。それよりも明らかに問題が生じてきているのはローレッタ。
先ほどからけんけんと、胸で咳をし始めている。それに伴い木兎を使役することにも支障がではじめていた。
「ロール、大丈夫かい? あまり意味があるかはわからないけど、これを」
ガスマスクをフリッツは渡すとそれをつけようとしてやめる。この中でローレッタの次にこの症状が出る可能性があるのがフリッツ。そして彼はこの中で最もひ弱であると言える。
「本当に我慢できなくなったら、借りるね」
そのやせ我慢を見てユーはインカムを入れる。
『こちら、ユー。ローレッタ隊長代理の生命維持が微減。早急にミッションを遂行されたし』
牙千代の耳にそれが届く。あといか程力が持続するかは分からなかったが、牙千代の瞳がほうづきのように赤くなる。
『こちら牙千代。了解しました』
今までとは違い、暗黒のエネルギーを纏わせた手はタタりギを狩るのではなく、人であった者、動物であった者の存在をこの世から抹消させていく。牙千代の征圧前進の跡に残る物は何かがいたであろう黒い影のみ、けり破り進んだ先に何かの研究をしていたであろうフロア、そして酸化している物も含めて多種多様な薬品が並んでいる部屋にたどり着いた。
『こちら牙千代。ミッションクリア。薬品置き場と思われる場所に到達しました』
それにフリッツ達も安堵し、足早に牙千代が作った道を走る。ローレッタの咳の頻度が先ほどが増えている事のみが不安だったが、薬品置き場にとフリッツ達が到着すると入り口をユーが見張り、フリッツはあれこれと薬品を見比べていく。牙千代は苦しそうに息をするローレッタに声をかける。
「ロール殿、もうじき楽になりますからね! お気を確かに」
「……えへへ牙千代ちゃん、気を紛らわせたいからこっちきて」
「はい?」
そういってローレッタに近寄ると牙千代をローレッタは抱きしめる。ヌイグルミのような扱いを受ける牙千代だったが、そこに不快感は感じない。
(まったく、人間とはどうしてこんなに脆いのでしょうか)
(それはね……みんなで守り合うからだよ)
(ロール殿もこの技を……Y028部隊。侮れませんね)
テレパシーのような視線での意思疎通。虎太郎と牙千代の専用会話と思っていたが、アールといいローレッタといい平然とログインしてくる。それに笑うと牙千代はしばしローレッタの抱き枕としての任に努めた。症状の改善とまではいかないが、一時的にローレッタを仮死状態にするくらいは牙千代の力があればできる。
「やれやれ、これで少しはマシでしょうか?」
牙千代を抱きしめて牙千代の頭にローレッタは自分の頭を乗せて意識を失っていた。あとはフリッツがここで薬品を見つけてくれればそれで終わり、一時間程経った頃、フリッツの叫び声が聞こえた。
「あったー!」
完全なるミッションクリア、牙千代もユーも安堵の表情を見せた。フリッツがリュックにあるだけの薬をいれ、一人で持ち切れない分は牙千代にも持ってもらう。
「これだけあれば当分は症状を緩和できると思うんだ。はやくここから脱出して医療班に渡そう」
ぺしぺしと顔を叩いてローレッタを牙千代は起こすとミッションをクリアした事を告げる。それにもう一度ローレッタはぎゅっと牙千代を抱きしめてから離れた。
「みんなお疲れ様、早急にここから脱出します」
それにユーは綺麗な敬礼を魅せる。そしてそれを見た牙千代は同じく敬礼してみせた。
(うっはー! 私、カッコよくないですか!)
帰りのルートは三階に降りて連絡通路を目指す。連絡通路の共通フロアに到達すればあとは安全な帰路を取れる最短である事。
「では、牙千代隊員。ザコの一掃に参ります!」
再び走り出す牙千代。すぐにタタリギの姿が全く見えない事に気づく、とりあえずそれを後方へと連絡を入れる。
『こちら牙千代。タタリギが全くいません。注意してください。この先に何かがいるとみて間違いないでしょう』
何かではなく、あのサソリ型のタタリギが待ち構えている可能性。牙千代は舌打ちをチッとする。残された力は殆どない。
(ユー殿一人では厳しいでしょう。ロール殿は走るのも辛そう。先行逃げ切りの鬼神砲にかけてみますか)
両手に暗黒のエネルギーを集め、じりじりと連絡のフロアへと入る。まわりを見渡してもサソリのタタリギはいない。
『チェックポイントにはあのタタリギはいません』
全員が集まって安堵したその時、天井を突き破り一回り大きくなったサソリのタタリギが落ちて来た。虚を突かれた登場に牙千代の反応が遅れる。
「きしん」
現在の牙千代が放てる一撃は不発に終わり大きな尾で飛ばされ壁に激突した。そんな中冷静に反応したのはローレッタ、そしてフリッツ。
「ユー、ダムダム弾を奴に!」
「私が目くらますから、態勢を立て直して!」
この反応、さすがは数々の死線を繰り広げて来たローレッタ。そして技師として最善手をもっている事とその運用を信じているフリッツ。
「はい!」
ユーはダムダム弾を込めると狙わずに放つ。それを立て続けに三発。ユーにはそもそも恐怖心のような物が欠落している。言われた仕事を確実にこなす。
四発目の弾丸を放った時にサソリ型のタタリギが異常に苦しみだす。それを見てフリッツは叫ぶ。
「芯核にかすった! ユー、そのまま続けて!」
「了解……ガッ……」
振り回した腕でユーも叩きつけられた。一瞬意識を失ったユーめがけて巨大なハンマーのような腕が振り下ろされる。
牙千代は回復までにもうしばらくかかる。今唯一動ける者。
ローレッタは地面を蹴った。元々戦闘員として現場に立つ事は殆どない彼女だったが、運動能力は人を優に超えていた。
「ユー君!」
滑り込みユーを助け出すとユーのマスケットを拾って銃を撃つ。近距離という事もあり狂いなくそれは被弾する。
(射撃訓練依頼だけど結構当たったね)
ローレッタは銃ごとユーを突き飛ばす。これ以上は動けない。あの大きなサソリの尾がローレッタを襲う、
「ロールっ!」
フリッツの叫び、ユーは突き飛ばされた反動で再びローレッタの救出に向かう。ユーが庇った事で巨大な毒針の直撃は避けたものの、ローレッタの肩は毒針に切り裂かれる。
そしてローレッタは目を大きく見開くと意識を失った。
フリッツの元にローレッタを避難させマスケットを向けるユー。さらにサソリのタタリギは身体を大きくしていく。
そんな中、ゆっくりと身体全体を真っ黒なオーラに包んだ牙千代が歩いてくる。
「虫けら風情が、よくもやってくれましたね?」
血の滴る二本の角が生え、真っ赤な目をしてサソリのタタリギを睨みつけていた。
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