ヤドリギは眠らないっ!

「フリッツ殿、どうですか? ありましたか?」



 フリッツはライトで照らしながら、薬品の文字を読む。そして今必要な薬がここにはない事に首を振ると言った。



「牙千代、タタリギは食べられないから涎をふいた方がいい。あとロール。ユーを見習って周囲に集中。牙千代ばっかり見てても仕事は終わらないよ」



 食用か実験用か、ここで飼っていたのか? 鶏の姿を模したタタリギを今しがた牙千代は屠った。そしてそれを見て指を咥えているので美味しそうと思ったのだろう。またそんな牙千代を見てデレデレしているローレッタ。フリッツはハァとため息をついた。



「こちらはスタッフの部屋とか食堂とかそういうフロアみたいだね。もう片方に飛ばしている木兎で向こうのフロアも把握できてる。向こうが本丸だったか……」



 ユーはマスケットでガラクタをはけながらフリッツとロールの踏み場を作っていく。斑鳩班にはない本来の部下の動き。



「ユー、そんなに僕等を上官扱いしなくていいからね」

「いえ、フリッツ隊長補佐はヤドリギではありませんから、ちょっとした怪我から惨事になります。保険はかけすぎていた方が良いかと」



 牙千代は底の厚い下駄で同じように瓦礫をどける。



「言われてみればそうですね! しかしフリッツ殿は偉いですね。ウチの主様に爪の垢でも煎じて飲ましてやりたいものです。ちなみに今は何処に向かっているんですか?」



 今牙千代達がいるフロアがハズレだったのであれば、元来た道を戻る方が安全であるが、フリッツは簡単に紙に地図を書いて皆に見せる。



「外から見た感じと、ロールの木兎の情報で大体分かったんだけど、この建物は今いる場所を仮にA塔としよう。もう逆サイドをB塔。高さは二十メートル程の5階建て、恐らくこのA塔はスタッフの住居兼会議室や研究室等が固まっている。B塔に向かうには一階と三階付近の連絡、一応少なからずこちらにも薬品の備蓄はあるみたいだけど、劇薬とか扱いに困る物もあるんだろうね? 薬品庫は恐らくB塔にある。かといってA塔も無視できない。このまま端まで調べながら一度一階に戻ってB塔を探索。牙千代にユー、余力は大丈夫かい? ロールはもう少し我慢してね。B塔に入れば木兎は二つで構わない」

「えぇ! 私だけ……でもまぁ頑張るよ」



 牙千代とユーは顔を見合わせてフリッツとロールを守るように前と後ろにつく。牙千代が力任せに遭遇する人型のタタリギを破壊し、芯核を潰し損ねた物を確実にユーが処理していく。

 いつのまにか牙千代はノリノリでこうインカムを入れる。


『こちら式鬼の牙千代。2階タタリギ、クリア! ユー隊員どうぞ!』

『牙千代ちゃん、打ち漏らしは二匹。こちらの殲滅も完了。どうぞ』


 牙千代は鷲掴みにしたタタリギを燃やしながらこう考えていた。


(ちょっと、今私。山猫は眠らない! みたいになってませんか)


 虎太郎と牙千代は極度の貧乏なので映画を見に行く事はないが、近所の公民館とかの視聴覚室でタダで見れる古い映画を見る事は度々あった。その映画の老兵のように確殺する牙千代。


『こちらフリッツ。牙千代。素手で大丈夫かい?』


 キター! と牙千代はインカムに手を振れる。そして言いたいその映画の名言を告げた。


『大丈夫です。私の拳はグッチ製です!』


 荒廃した世界にまともなブランド等あるわけもなくフリッツは何言ってんだこいつと思い。ローレッタはグッチは何か分からないが、意図は理解し、ぷーくすくすと笑う。


『こちらユー、グッチ製のヤドリギが牙千代ちゃんかい?』

『あ……いえ、すみません冗談です……』


 いち早く一階連絡通路、そして食堂へとやってきた牙千代は、刹那。腹部を貫かれる。しまったなとか、油断したなと牙千代は後悔した。


(全く、私の油断は私のせいですが……私が油断するのはここにいるタタリギが弱いのがいけないんです)


 と意味不明な理論を頭の中で展開して自分に致命傷を与えた者を見る。



「ライオンの次はサソリですか……ジャパリパークナイトメアモードとかですかね」



 牙千代はインカムを入れる。



『食堂に大型タタリギです。動きはこの前のライオンより俊敏ではないですが、かなりのタフネスがあると思われます』



 牙千代のインカムを聞いてフリッツの指示通り、ユーは弾丸をスラッグに変える。食堂の前までくると、何やら金属音のような鈍い音と大きな何かが暴れている事がすぐに分かった。


『こちらユー、食堂前に到着。牙千代ちゃん僕が突入するからタイミングの指示を』


 牙千代は大穴の空いた腹部、こちらの攻撃は厚い装甲の前にあまり意味をなさない。


(こんな虫けら私のフルパワーなら瞬殺なんですが……主様もいませんし、ここはユー殿に任せましょうか)


 牙千代は手に暗黒のエネルギーを溜める。今の自分が出来る必殺の一撃。鬼神砲、これならサソリのタタリギにも致命傷を与えられるだろう。


(恐らくあと1、2発しか今の私には撃てそうにないですね……燃えてきたぁ!)


 ピンチの主人公と自分を重ねる牙千代。絶対に死なないという自分の自負からできる恐ろしい遊び。とはいえ、牙千代の裏任務は誰一人として死なさない事。鬼である以上自分の欲に忠実で、鬼神である以上戦う事に喜びを感じてしまう自分を律する。



「ユー殿、今です!」



 扉がタタリギの射程から外れた事でユーは食堂の扉を蹴り破り侵入。全長10メートルはありそうな巨大なサソリの化物に向けて銃を構える。

 そして引き金を引く、バス! という破裂音がするもタタリギの堅い甲羅にスラッグ弾は刺さる程度にとどまった。


『フリッツ隊長補佐、スラッグ弾。対象に効果的とは言えません……どうしましょう?』


 タタリギを殺すにあたって、確実に芯核を撃ち抜くか傷つけるさく弾が好ましい。基本兵装としてフルシェット、大型用にスラッグ……基本中の基本ではあるが、今回のように異常に装甲が堅い相手を撃ち抜くのはフルサイズ弾等が効果的だが、一撃必中の射撃能力を要する為、それができるのは第13A.R.K.では当然、詩絵莉を含むエーススナイパーだけだろう。

 そのエースですら、式梟が先見し、式狼が作った隙を掻い潜ってので討伐となる。

 今ここにいる出来合いメンバーでは不可能。

 ローレッタに承認をもらいフリッツが下した決断。



「しかたない、撤退しよう」



 誰一人欠ける事のない確実な一手。それに対してユーは少し考えてから承諾。



「了解しました」

「気に入りませんね……ですがそれが指示なら仕方がありません」



 そしてもう一人の否定。それはよそ者。牙千代。息が荒くどう考えても怪我をしている彼女にローレッタは焦る。



「牙千代ちゃん怪我してるの?」

「大丈夫です。私は人間のようにヤワではありませんので、皆さんは撤退準備を、私はこいつを食い止めます」



 牙千代は特攻をかける。残っている鬼神力を絞り出しタタリギを蹴り飛ばす。タタリギを食堂の壁に吹き飛ばすも、サソリの鎌は牙千代の足をばっさりと膝から下切り落とした。



「私の足を……よくもやってくれましたね!」



 タタリギが暴れた事で食堂内部が見えるフリッツとローレッタは足一本奪われても武器の部品が壊れた程度にしか反応していない牙千代に戦慄する。そして牙千代は片足で地面を蹴るとサソリのタタリギに向かって飛ぶ。左手には黒黒とした力をため込みタタリギの大きなサソリの爪一つを粉々に破砕した。


 ギャアアアアアア!


 もがき苦しむタタリギは片腕を失い壁伝いに逃げていく。昆虫の一種であるサソリは痛覚には疎いはずだが、その反応は確かなものだった。

 それが脊髄反応だったのか……フリッツはその反応を見逃さなかった。



「アイツ……例の痛覚があるタタリギだ!」



 そしてそれならばと持ってきていた弾丸があった。現在のタタリギには対して効果的ではないが、生物相手であれば大きな効果が期待できる弾丸。

 逃げていくタタリギを見て、フリッツは食堂に入ると足を失った牙千代の止血にかかる。



「牙千代。なんでこんな無茶を……」

「フリッツ殿、足持ってきてくれませんか?」



 牙千代の言っている意味が分からないが、フリッツは軽い牙千代の足を拾って牙千代に渡す。すると牙千代は傷口と傷口をくっつけて少し苦悶の表情を浮かべた。完全に身体から引き裂かれたハズの牙千代の足がくっついている。止血用にもってきた包帯で傷口をしばると牙千代は立ち上がり軽くぴょんぴょんと跳ねる。



「完全にくっつくのはしばらくかかりそうです」



 牙千代の身体の構造に関してフリッツは自分の知識内で言える事を牙千代にに聞いてみた。それが間違っている事は分かるがそれしかない。



「牙千代。もしかして君は……タタリギなのかい?」

「違います。鬼神です」



 離れたところでそれを聞いていたローレッタはまたそれかと思うが、フリッツの反応は違った。



「鬼神ってまさか……最強・無敵の概念の事かい?」

「ほぉ……まさかそう来るとは思いませんでした……なるほどなるほど」



 フリッツもまた詩絵莉と同じく、コミック等から『鬼神』という単語を知る数少ない人物である。所謂鬼神の如き強さ等で使われるあれである。

 牙千代の場合は似て非ざる者ではある。実際に鬼と呼ばれる存在の神である。六匹存在する鬼神の中で下から二番目、牙千代としては神の末席に名前を置いていると自分を下げる。



「凄いや! 君達はどこからきたんだい? 牙千代が鬼神なら虎太郎は一体……」

「あー、主様はただのよたろうです」



 なんだかまた場が和んだ事で、ローレッタも食堂に入る。そして三人の元にかけよるとこう言った。



「もう鬼神ってなんなのよ! ケホケホ……あっ、やばいかな?」



 あのサソリのような形をしたタタリギが前回のライオンのようなタタリギと同じ、ヤドリギを蝕む者である可能性は非常に高い。

 現に今のローレッタのせき込みは症状が出る前のギルバートに酷似していた。それを見たフリッツは難しい顔をする。



「時間はあまりのこされていないかもね。僕も症状が出る可能性がある。そこでユーはこの弾丸を渡しておくよ。さっきのタタリギが次出て来た時に使ってほしいダムダム弾だ。倒せないにしてもダメージは与えられる。あとは牙千代でトドメを刺す」



 あの戦闘を見てフリッツはあのタタリギの攻略を考えついていた。もはや次の会敵があのタタリギの最期であると喜んでいる中、少し体調がすぐれないローレッタの木兎はこの建物と同じくくらいの大きさを誇る。山のようなタタリギを見逃していた。

 それこそが、最強最悪の怪物。

 滅びを願う者ヨハネであると誰も知らない。

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