張りぼて小隊の進軍

 男は試験管に抱き着き悲鳴にも似た鳴き声を上げた。



「おお神よ! あなたはなんという試練を私に与えるのですか……我が子シメオンが……シメオンが!」



 Y028部隊との交戦、そして男の言う抑制タタリギシメオンはそれを一網打尽にできる程の性能を保有していた。

 ドローンで撮影した映像では確実にヤドリギ達を死に至らしめる戦術が展開されていたハズだった。

 それなのに、途中で横やりが入る。



「なんだあのおぞましい漆黒の髪をした少女は……あれもヤドリギなのか? なら何故シメオンの餌食にならない……もう一人あれは試験体? まだ消費されていなかったのか……あんな者に私の子は……」



 何度もガラスに手を打ち付けるものだから男の拳からは血が流れる。



「君の手はそうやって怪我をする為にあるのかい?」



 どうやって登ったのか、研究施設の天井付近にあるパイプの上に腰掛ける少女。真っ赤なリンゴ、その香りをかぎながら男に尋ねる。



「メシア様、ですが私の選択で大事なシメオンが……」

「シメオンはよくやったよ。嘆くより褒めてあげるほうがシメオンもバルハラで喜ぶんじゃないかな? シメオンは三人のヤドリギを再起不能にした。大きな功績だ! 喜ぶといい。ボクが許す!」



 男は少女にそう言われると十字架を少女に掲げる。



「メシア様。奴らは医療施設跡に向かうようです。できればヨハネをもってシメオンの仇を取りたいところ、ですがまだヨハネのタタリギ抑制深度は運用に可能なレベルではありません。お導きください! タタリギとヤドリギを殺すラヴァサイドが通じぬ者を滅ぼす手段を……どうか」



 少女は小さく口を開くとリンゴを一口齧った。

 そして座っていたパイプから飛び降りる。

 それはふわりという擬音語がよく似合った。彼女には重力というものが存在していないかのようにゆっくりと男の前に降り立つ。



「このリンゴ酸っぱいね」



 そう言って男にリンゴを渡すと少女は三つの試験管を見て優しそうな表情を向ける。それは母親が子供を見るようなそんな様子だった。



「要は薬品を手に入れさせなければいいじゃないか! 仕留められなかったヤドリギが二人。あれを潰しに行くのはどうだろうか? そうだね! 今回はグレイゴリ。見据える者、君の出番だよ! そして、ヨハネの試験運用も同時に行おう」



 上昇していく試験管、その中には多足の化物の姿。ヨハネと呼ばれた化物の試験管は上昇していかない。



「可愛い坊や達、タタリギをそしてヤドリギに死の接吻を!」


                 ★



 いざ出撃という時に一つの問題が起きた。隊長である斑鳩が意識不明であるという状態、隊長補佐の詩絵莉が先陣を切る事には待ったがかかった。



「何故ですか! 斑鳩達が!」



 もしもの時、その際の各種処理や部隊引継ぎの為、詩絵莉の出撃もローレッタの出撃も認められなかった。

 口論は平行線をたどる。こんな状態ですら頭でっかちな上層部の判断にまさかの人物が提案をした。



「じゃあ俺が残るんで、どっちか一人が出撃はできやしませんかね? 一応俺は牙千代の雇用主、アンタ等の言葉を借りれば隊長です」



 にわかには信じられないが、牙千代はタタリギを何度も迎撃したという報告は耳に入っていた。そして局長からの出撃許可も出ていた。

 もしかすると虎太郎と牙千代は本部・アガルタからの使者なのではないかと、虎太郎のその言葉に従った。


 虎太郎と詩絵莉が外れた事で、ローレッタが隊長代理、フリッツが隊長補佐として医療施設を目指す事になる。

 実に嬉しそうに手を振る虎太郎の腹部を牙千代は数回殴りつける。それははたから見れば、ちょっとしたいちゃつきに見えなくもない。牙千代のパンチが相当な破壊力を持つが、普段から殴られなれている虎太郎の腹筋は常人のそれではなかった。



「では主様いってきますね!」

「うん。斑鳩さん達の薬みつけてきてね! あとマキロンの代わりになるのもお願い」


(えぇ! 石鹸とかあったらくすねてきます)


 普段通りのアイコンタクトを澄ますと、ローレッタが運転する装甲車の中で、フリッツが今回の作戦について話す。



「今回はローレッタの式梟としての力を存分に発揮してもらう事になる。少し辛いかもしれないけど短時間でできるかぎり早く空間把握をしたいと思う。任せていいかな?」



 ローレッタの能力、式梟が操る木兎を四基フルで稼働させる必要がある。いかにローレッタが類まれな式梟だったとしてもオーバーワークであった。

 それに、ローレッタは自身のこの能力に少し思うところもあった。だが、今回は場合が場合。自分が出来る事はなんでもする。



「おっけーだよ! でもシェリーちゃんがいないのは少しきついね」

 ミドルレンジ、ロングレンジから自分を守ってくれる詩絵莉がいない事の大きなディスアドバンテージが今は痛い程に分かる。



「それが、ユーは詩絵莉の代わりが務まるらしいんだ」

「えっ? ユーって式狼じゃないの?」



 話ながらだが、少しずつローレッタはアクセルを踏み込んでいく。四基のドローンを扱うローレッタからすれば自動車一つ運転するなんて、息を吸って吐くくらい容易い事だった。体の一部のようにぐんぐんと速度を上げる。



「うん。僕も驚きなんだけど、ユーは各種ヤドリギに近い性能をアンプルで発揮できるらしいんだ。その持続時間やおおよそ5時間。それがなんでなのかは局長とも話したんだけど、本部の回答を待つしかない。隊長の報告によれば、ユーの式狼としての能力は対して高くはなかったらしんだけどね。だから、ローレッタも詩絵莉が守ってくれているとは思わない事だよ。いいね?」



 詩絵莉程の腕を期待しろという方が酷い話である。そんな事より、ユーが式隼として立ち回れる事は非常にありがたかった。



「そして、牙千代は単騎掛けを任せたい。タタリギを倒す必要はない。タタリギを仕留めるのはユーがやるので、君は路を切り開いてほしい。一番厄介な仕事になるけど、式狼として今ここで一番戦力が高いのが君になる。できるかい?」



 フリッツはアールという現実を見てきたが、牙千代のように年端もいかない少女に一番槍を任せる事に胸が痛まないわけはない。

 そしてフリッツに牙千代は手を振る。それは拒否。



「フリッツ殿、間違ってますよ! 私は式鬼です! お間違えなく。あと倒してしまってもいいんですよね?」



 その冗談にフリッツは笑う。装甲車両で二時間近く走ったところ、一つの比較的綺麗な廃墟へとたどり着いた。メディスンファクトリーだったであろう場所。

 ユーは黒いケースを取り出し『鷹』と書かれたカプセルを注射器に入れると自分の首元にブスリとさした。



「パターンイヌイチリ」



 ユーの眼筋が異常発達する。そして銃を扱う為の筋肉、式狼の時とは違い腕のみが肥大した。その姿にフリッツとローレッタはユーを稀有な目みる。



「フリッツ隊長補佐、弾丸はフレシェットでいいですか?」

「うん。一発撃てばどれか一つはコアをつらぬくから人型であれば射程に入り次第即射で構わない。万が一大型で出た際にスラッグ弾もいつでも撃てるようにしておいて」

「了解しました!」



 侵入前だが、遠くに動きを見せた人型タタリギに対してユーはマスケットを向けると引き金を引いた。弾丸からは複数の小さな矢が放たれ、タタリギの身体を無数に貫く。



「大当たりですね! ユーさんお上手お上手」



 的当てゲームでもしているかのように牙千代は手を叩く。普段は車内待機のローレッタも現場についてくる。牙千代が先陣を切り、ヤドリギを蹴散らす。フリッツとローレッタをユーが守りながら牙千代が討ち漏らした者の処理。

 その間ローレッタは施設探索、抗ヒスタミン剤とおまけの消毒液を探す事、見つかれば脱出経路を確保しつつ突入。



「準備はいいかい? カウント5でいくよ! 5・4・3・2・1」



 フリッツのカウントが終わると共に隊長代理であるローレッタが高らかと言った。



「ゴーゴー!」



 牙千代は入り口をカーテンをめくるようにバキバキと破壊した。その馬鹿力に驚くのはフリッツだけ、施設内に突入した牙千代は走る。



「いきますよぉ!」



 元々ここにいた研究員だろうか? 白衣だったような物を着たそれらは牙千代に気づくと共にこの世から別れをつげていく。両手に青い炎を灯らせた牙千代の斬手刀。芯核の破壊をせねばタタリギを屠れない事を教わった牙千代は首、胴体と切り裂く。倒れない身体を蹴り飛ばして次で進む。

 牙千代の後ろからドンとマスケットの音が響くので、いくらかコアを破壊できなかった事を知る。


『いい感じだよ牙千代ちゃん、そのまま走って』


 インカムから帰ってくるローレッタの指示に従い牙千代は返事をする。



「わっかりましたー!」



 階段を上り長い通路を抜けると広いスペースへとたどり着いた。ローレッタ達がくるまで数分の猶予がある。



「ひぃ、ふぅみー……ぜんぶで七つ」



 人の原型をとどめていない深度の深いタタリギが牙千代を囲む。牙千代を見るとうめき声をあげて襲い掛かる。牙千代は暗黒のエネルギーを手に溜めると化物の頭を掴み、そのまま身体を裂いた。



「一つ」



 地を蹴ると一匹を地面に叩き潰し、同時に別の個体の芯核を握りつぶす。



「二つ、三つ」



 タタリギの死骸を別のタタリギに投げつけ、その瞬間に懐へ飛び込むとその身体を引き裂いた。



「四つ」



 残りの三匹を同時に破壊してやろうかと、牙千代は両手に力をこめる。



「バイオハザードみたいで実に興ですね」



 牙千代は残りにトドメをくれてやろうとした時、ドン・ドン・ドン! と三発の銃声。そしてそれは牙千代が倒そうとしていたタタリギを屠る。



「おや、残念ですね」

「牙千代、よくやってくれた。まさかこんなにスムーズに進むとは思わなかったよ」

「牙千代ちゃんは、ご褒美に今度私とお風呂に入れる権利を取得しましたー!」

「あっ、それはいりません」



 牙千代の頭をかいぐりなでるローレッタに牙千代は少し嫌そうな表情をする。このローレッタに少し似ている変態の事が彼女といると思い出されるのである。



「よし、ここを拠点にローレッタは木兎を使ってほしい。



 ホールのような場所から続く通路は三つ。今皆が来た道と、先の見えない暗い通路が二つ。



「まずは右からいこう。左には木兎を三機進めて」



 フリッツの指示通りにローレッタは木兎を操作する。

 遠足のように何とも明るい出だしだった。

 ここに、絶望を形にしたような何かがローレッタ達を待ち受けている。施設の壁を登り、適当な場所から施設に侵入した新種のタタリギ。

 見据える者が行動を開始した。

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