結成!ローレッタ小隊

薬足りぬっ!

「ロール急いで! ギルが一番酷い、それに斑鳩も」



 装甲車内で横になる三人、新種タタリギとの接触から一番時間が経っているギルバードの顔、身体は腫れあがると言っていい程の発疹が出ていた。呼吸が荒く、斑鳩にもその兆候が出ていた。アールは二人よりもまだマシと言えたが、同じ症状が出てきている。



「分かってる。全速力で戻ってるから。シェリーちゃんも落ち着いて! 今凄い顔してるよ?」



 この中で一番、医学的知識を持っている詩絵莉だから今のこの状態が分からない。何か大変な事が三人の中で起きているんだと確信した。

 ローレッタにそう言われて詩絵莉はこの中で一番自分が取り乱していた事に気づき冷静さを取り戻そうとする。


 こんな時ですら万能ナッツを齧っている男の子。虎太郎に怒りすら覚えていた。今思えば、この少年は何もしていない。そんな虎太郎が三人を眺めている。

 文句の一つでも言ってやろうとした時、虎太郎が言う。



「喘息に近い症状と、蕁麻疹かな? あと体温の低下に呼吸困難。これアレルギーみたいだね」

「……虎太郎ってお医者さんか何かなの?」

「いや、普通の苦学生ですよ。でもこれ、多分なんかそんな感じだね。このくらいは一般人でも大体分かる症状だから。多分、斑鳩さん達って身体が異様に丈夫でしょ? だから、アレルギー反応も普通の人よりひどいんじゃない?」



 虎太郎達の世界は医療が自分達の世界より発達している。となればこの三人の治療方法を知っているかもしれない。



「どうすればいいの?」

「えっ……そりゃ薬がいるよ。牙千代なんだっけ? ルシア先生にニンニク食べさせた時にルシア先生が自分に打ってた注射」



 牙千代は頭のおかしな吸血鬼の医者が事合ある事にニンニク中毒を起こす際に投与している薬の名前を思い出す。



「確か、抗ヒスタミン剤じゃなかったですか?」

「それ! 牙千代えらい!」



 いやいやと牙千代は照れながら頭をかく、この二人はいつも変わらないテンション。なんというか抜けている。タタリギと戦闘する時ですら、自分達と違う温度感。落ち着いているといえば聞こえがいいが、多分これが素なんだろう。



「フリッツなら分かるかもしれない。とにかくはやくアークに」



 さっと詩絵莉の前に黒いお菓子が差し出される。ミルクチョコレート。



「カカオは鎮静作用があるらしいですよ」



 虎太郎がそう言って渡してくれたチョコレートを詩絵莉は受け取る。虎太郎は


「ローレッタさんとユーさんもいりますか?」



 なんて言って配り始める次第。

 その様子にわなわなと怒りを爆発させたのは牙千代。



「主様、なんでそんな物持ってるんですか? それどうやって買ったんです?」

「いや、和尚さんが檀家さんから……」

「またですか? また私に黙って檀家さんのお供え物一人でがめてたんですか?」

「牙千代さん! 斑鳩さん達の傷に障る、静かに!」



 鼻に手をあててしーっとか言う虎太郎を見て牙千代は怒りを溜める。



「虎太郎君ありがと、これおいしー!」

「うん、おいしいね」



 ローレッタとユーはもらったチョコレートに舌鼓を打ちながらそう言うので牙千代は虎太郎の背中をツンツンと押して言う。



「主様、私の分は……」

「丁度無くなった」



 そう言って今虎太郎は最後の一個のチョコレートを食べようとするので、牙千代はそれを奪うとパクリと食べる。



「うっはー! 脳に染みわたります!」



 虎太郎の世界では数百円で売っている市販のチョコレート。カカオよりも植物性油の味が先に舌に広がるそんな駄菓子であったが、この世界においては別格の品質を持ったチョコレートであった。詩絵莉もローレッタも美味しいとそう感じていた。

 その車内で一人、静かな怒りに打ちひしがれている少年。

 御剣虎太郎。



「牙千代さんやい。そりゃ酷くはないですかね?」

「は? 主様、どら焼き一人で食べちゃったじゃないですか! どの口がそれを言いますか? 恥を知りなさい!」



 口論が始まる車内。とにかくこの二人は食い意地が異常に張っているという事は皆分かった。詩絵莉も笑みがこぼれたところで二人について尋ねる。



「牙千代はヤドリギではないのよね?」

「えぇ、私は鬼神ですからね」



 鬼神なんて言葉、ローレッタにもユーにも理解はない……が詩絵莉の持つコレクションの中にはそういった名称も存在していた。ただし、詩絵莉の知る鬼神を銘打つ者はもう少し、猛々しく神々しい存在だった。


 牙千代はローレッタではないが、部屋に飾っておきたいくらいには綺麗な少女だと思う、キューティクルの黒髪はどうやって手入れすればそうなるのか、小一時間問いただしたいとすら詩絵莉は思う。



「牙千代は人間じゃないの?」

「えぇ、そうですよ。ですので、よほどの事がない限り死ぬ事もありません。あのタタリギとやらは厄介ですが、私でも足止めくらいはできるみたいですね……って詩絵莉殿は私が人間でないとか、鬼神であるとか信じるんですか?」



 ローレッタはできもしないのに口笛的な物をふきひゅーと空気の音がする。ユーはニコニコとみんなの様子を見て全く微動だにしない。

 虎太郎は詩絵莉と牙千代を少し見てから、隠れて酢昆布を咥えていた。

 そんな沈黙を破り詩絵莉はこう言った。



「信じるわ。貴女は斑鳩達を助けてくれた。でもどうして、ヤドリギの制服を?」



 それを聞かれると虎太郎がクックックと笑いだす。


(主様、またやるんですか?)

(いや、やんないとアレかなと思って)


 二人は斑鳩の前でやってのけたアレをしてみたが、ローレッタに爆笑されただけで、一発ギャグとして終わった。

 そして装甲車はやっと第13A.R.Kにたどり着いた。すぐに緊急事態という事で医療班が三人を運んでいく。



「お兄ちゃん! 大丈夫って言ったのに!」



 涙を溜めた美少女、コーデリアがギルバートにかけよるが、医療班が感染の可能性を鑑みて近づかせない。

 そんなコーデリアをローレッタが慰める。

 念のためにとユーも連れていかれ牙千代は断った。

 しばらくして付き添いから戻ったフリッツが現状を説明する。



「僕の専攻ではないけど、医療班の話は大体わかった。隊長達はアムリタが異常に何かに反応している。それも隊長達の生命力を奪うレベルでね。アレルギー反応に近いみたいだよ」



 それに詩絵莉は目を丸くする。



「それって抗ヒスタミン剤ってので治せるんでしょ?」

「さすがだね。うん。そうなんだけど、この第13A.R.Kには隊長達を治療しうる程の量は備蓄していないんだ。一応容体はマシになったけど、もっと沢山必要みたいだ。本部からの物資は期待できない……けどそれを待つしかないね」



 斑鳩達の回復は見込めないのが現実であるとそうフリッツは悔しそうに語る。何か方法がないのかと詩絵莉はフリッツを問いただすとフリッツは恐らく手に入るであろう場所を告げる。



「タタリギに占拠された医療施設がここから40キロ先にあるらしいんだ。だけど、そこは僕達人類がタタリギに奪われた場所」



 大小様々なタタリギが闊歩しているだろうと思われる。詩絵莉は後ろを見ると指示を待っているユー。そして焼いた万能ナッツを半分こしている虎太郎と牙千代。


(戦力としては私にロール。そしてユー。ワンマンのスリーマンセルは編成できる。牙千代がどんな戦い方が出来るのか分からないけど、式狼として数えれば……取り返す事はできなくて、も薬品回収ぐらいはできるんじゃないかしら?)


 詩絵莉は非現実的な考えを忘れる事にした。Y028部隊の主戦力が全て欠けた状態での作戦遂行なんて成功するわけがない。

 それに虎太郎と牙千代が参加してくれるという保証もない。ここは本部の支援を待つしかないのかと詩絵莉は爪を噛んだ。



「さて、話は聞かせて頂きました。詩絵莉殿。斑鳩殿達を治す為に薬を取りにいくんでしょう? 善は急げといいますし、早く行きましょう。めずらしく主様も乗り気ですしね」



 心を読まれたのかと詩絵莉は思う。自分達には何の得にもならないのにこの二人は能天気に準備運動なんかをはじめていた。



「虎太郎。アンタは何もできないんでしょ? 留守番しててもいいのよ?」

「あー、さすがにみんながあんな状態で何にもしないというわけにはいかんでしょ? それに家のマキロンが切れたから丁度欲しかったしね。まぁ詩絵莉さん安心してください。俺はご存知役立たずかもしれないけど、牙千代は殆ど無敵だから」



 珍しく虎太郎が牙千代を持ち上げるので、牙千代としても自分の主が下に見られるのも不味いかと補足する。



「主様もやる時はやるんですよぅ! でもまぁ本当に局所的にしか使えないというか……」



 褒めるつもりがやや貶してしまったが、虎太郎はあまり気にしていない様子。それに詩絵莉は目頭が熱くなったが、なんとか我慢して言う。



「ありがとう! ユーそういう事なんだけど手伝ってくれる?」



 待ってましたと言わん勢いで敬礼するとユーはにっこり笑う。



「了解しました! 詩絵莉隊長代理」



 少し照れる詩絵莉、しかし出撃するにしても許可が必要。どうやって牙千代達の事を説明しようかと思っていたところ、少し不貞腐れたようなフリッツがまさかの局長からの許可を持っていた。



「僕もついていくよ! 君達はどれが抗ヒスタミン剤かなんてわからないだろ?」



 ガラガラとガラクタのような何かを沢山持って来る。信じられない事にこれらの使用許可もフリッツは取ってきたという。



「今回は戦闘が目的じゃないから、きっと役に立つ物もあると思うんだ」



 普段の真面目な業務態度……そして少しずつではあるがフリッツは認められつつあった。戦闘には立てないが彼のこういうところは詩絵莉達も心底評価していた。



「シェリーちゃん、思い切ったね! でも私も大賛成だよ!」



 ここに異色のメンバーによる詩絵莉班が結成された。

 隊長代理、式鷹の詩絵莉。隊長代理補佐、式梟のローレッタと技師のフリッツ。式狼見習いのユー。そしてイレギュラーである式鬼と名乗る牙千代。そして何もできないが式虎と名乗る虎太郎。

 彼らの抗ヒスタミン剤獲得ミッションが始まる。

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