鬼となり、獣となりて

 斑鳩は牙千代が担いでいる撃牙を見て、それを誰が作ったのか瞬時に理解する。そしてその運用方法かつ使用目的も同時に理解した。



「虎太郎、牙千代。説教は後だ。その撃牙をこちらに。そして離れてろ」



 斑鳩のその指示に対して虎太郎は頭を抱えてクックックと笑う。そして牙千代もまたふふっと意味深に笑った。



「斑鳩隊長、俺達に黙って後ろにいろって? このぉ! 式虎の御剣虎太郎と」

「宵闇の紅一点、式鬼の牙千代といえば私の事ですよ」



 フリッツにヤドリギとは何かを簡単にレクチャーされた事で虎太郎と牙千代は一度やってみたかったと、ポーズをつけてそう言った。



「式虎に式鬼?」



 懸念な表情をする斑鳩、冗談のつもりだったがやや信じてしまっている。そんな様子に虎太郎は牙千代を見る。



(あれ? ここは何馬鹿やってんだ的な事を言ってくれる手はずだったんだけど……)

(主様、斑鳩殿はもしかすると私達が考えるより、すごく真面目な人なんじゃないでしょうか……)



 二人で顔を見合わせると斑鳩に頭をぺこりと下げた。



「嘘ですごめんなさい。でも、斑鳩さん、具合悪いんでしょ? なら、俺と牙千代を信じてくれないかな?」



 積み木の街にいた時から虎太郎には覇気のようなものを全く感じない。そしてそれは今も変わらない。だが、猫の手でも借りたい今の状態。

 斑鳩は賭けてみた。



「遊びじゃないぞ?」



 頷く虎太郎。

 そして、斑鳩の前で牙千代が信じられない行動にでる。虎太郎の腹部をぶん殴ったのである。虎太郎は少し痛そうな顔をして言った。



「じゃあ、牙千代。あとは頼んだよ」

「虎太郎、お前は来ないのか?」

「俺は、ヤドリギのみんなや牙千代と違ってただの人間だから。いや、ただの人間より弱いかもしれない。カロリーが常に足りてないし」



 そう言う虎太郎の頭をぺしーんと牙千代は叩いた。



「それは、主様がしっかり働かないからですよ。でもご安心ください斑鳩殿! 今の私なら百人力です」



 ユーはニコニコと至って変わらない様子。斑鳩は自分がおかしいのかと錯覚していた。何故なら、先ほどまでここにいた牙千代の姿はアールと同じくらいかそれより年下に見えた。

 が、今はどうだろう? 明らかに何歳か成長している。それに伴い髪の毛も伸び、やや服の丈が短くなっていた。



「牙千代なんだよな?」

「はい、私は主様と共存する鬼神です。斑鳩殿、ご指示を」



 夢でも見ているのかと斑鳩はこの冗談じみた二人に不思議と笑みがこぼれた。そして斑鳩は息を吸うとこう言った。



「敵能力は今だ未知数。死ぬかもれないぞ?」

「いえ、私がついてます。誰一人として死にません。どうかご指示を」



 受け取った試作型撃牙を牙千代に渡す。



「それをあいつの胴体に打ち込む。できるか? トドメは俺とユーで決める」



 フリッツに教わった撃牙の仕組みがまさかここで効いてくるとは思わなかったなと虎太郎と牙千代は思う。ちらりと虎太郎を見ると虎太郎はいつもどおりこう言った。



「逢魔が時だ牙千代。正義執行!」



 ゆっくりと頷くと、牙千代は右腕に感じる違和感。撃牙を装着すると斑鳩、ユーを見て牙千代は言う。



「いつでも構いませんよ」

「よし、なら行くぞ! 散開。目標は新種タタリギ。ユー、牙千代に一撃を叩きこませて隙を作る」

「了解しました! 隊長」



 三人が駆ける。ユーは左側から弧を画き、斑鳩もまた右側より同じ動き。空間制圧をしつつタタリギの撃滅が開始された。

 斑鳩の思考がしまったと思う。何故なら、牙千代は新種タタリギに対して真直ぐに突っ込む。

 恐怖という物がないのか、牙千代は新種タタリギの眼前に対峙した。



「しまった! ユー、援護を……」



 新種タタリギの前足が牙千代に襲い掛かる。それを牙千代はよけるわけでもなく、左腕で受け止める。変な方向に曲がる牙千代の腕。

 牙千代は腕一本犠牲にして、新種タタリギの胴体に撃牙アラクネを叩きこんだ。



「この一撃が、歴史を変える! 嗚呼! これ一度言ってみたかったんですよぉ!」



 ズドンと新種タタリギの腹部に打ち込まれたバンカー、それだけタタリギは苦痛に顔を歪め、耳を裂くような悲鳴を上げる。撃牙アラクネは暴れれば暴れる程に体内にめり込んでいく。

 逃走をしようと新種タタリギは逃げ出すが、20メートル程の距離から逃げられない。特殊ワイヤーで繋がったそれは牙千代と力比べ。

 一度刺されば簡単には抜けないバンカーの痛みに新種のタタリギは怒り狂う。



「牙千代、腕は大丈夫か?」



 斑鳩の言葉に牙千代は変な方向に折れ曲がったハズの腕を見せる。何もなかったかのように無傷のそれ、ヤドリギの再生能力でもここまで早くはない。牙千代は魚の一本釣りでもしているようにワイヤーで繋がったタタリギを抑えている。



「斑鳩殿、この通り問題ありません。あの者に介錯を」



 牙千代に言われ、確かに今こそ勝機。後方待機の二人に連絡。



「ローレッタ。戦局が変わった。ここで新種を撃滅する。木兎を頼む。木佐貫はスラッグからフルサイズにバレットを変えて待機。俺とユーでコアを炙りだす。見えた瞬間俺達に構わず撃て、新種は牙千代が押さえている」



 斑鳩の指示と情報量は後方待機の二人を驚かすには十分だった。先ほど決死隊として出たハズの斑鳩から、180度戦局が変わった状態での通信。

 さらにはあの牙千代が新種のタタリギを止めているという。



「タイチョー、了解しました。しぇりーちゃんも準備万端だよ」

「分かった! タイミングは任せる」



 斑鳩は地面を焼けたゴム跡で焦がしながら動き続ける。斑鳩の回復力もヤドリギである以上並みではない……が牙千代のように腕一本犠牲にしてタタリギを仕留めるような真似はできない。代わりに確実に撃牙を叩きこむタイミングを見計らう。


 今だ牙千代が鬼神とやらの戯言は信じてはいない。本部の新型ヤドリギかなにかだろうと……されど、尋常ならず能力である事は確か、アールにせよ牙千代にせよあの真似はできないが、人間はそれを訓練と経験で賄える存在であると……



「見えた! ユー合わせろ!」



 ユーの能力は式狼としてははっきり言って及第点のレベル。それは斑鳩班だからというわけではない。13アーク内の式狼でもユーを越える逸材はいくらでもいる。

 ただし、ユーの能力は言われた仕事に関して怖れなくこちらの希望通りの動きをしてくれる事。


 もう一人自分がいるようにクロスして新種ヤドリギの死角から標準の撃牙を放った。怒り狂い我を忘れていた新種のタタリギが新たな激痛で自我を取り戻す。

 グォオオオオと唸り、斑鳩とユーを見つめる。

 されど、深くめり込んだ撃牙アラクネ、さらに二発の撃牙が穿った大きな穴からは、タタリギの心核がはっきりと見える。



「なんだあの分泌液は?」



 今まで見てきたタタリギのコアとは違う何か、斑鳩の今までの経験から、もう一つのコアがこのタタリギには存在しているのか……あるいは、このタタリギのコアを何かが寄生していると……



「ユー、詩絵莉を待たずコアを破壊する。いいな?」

「了解です!」



 牙千代の方はまだまだ余裕がありそうだった。一旦ここを考えずにコアへの直接攻撃をかける斑鳩。

 何かがおかしい。このタタリギはヤドリギに対する抑制能力を除けば明らかに弱い。だからこそ感じる不気味感。

 ユーは新種のタタリギの攻撃をめくり、懐に入ると心核に撃牙を放つ。新種のタタリギはこの距離でそれを交わした。


 笑顔のユーに向けられるのは鎌のように発達した爪、それがゆっくりとユーに襲い掛かる。

 ユーはその瞬間に恍惚の表情を浮かべていた。それは死への恐怖からくるものなのか、斑鳩は撃牙をパージすると地を蹴った。



「ユー!」



 ユーを全力で押し飛ばす斑鳩、体調が万全なら完全回避もできただろう。だが、ユーを助ける。その行動の後までは斑鳩の身体は反応してくれなかった。



「ぐぅう!」



 斑鳩の肩の肉がえぐられる。激痛、そして痛み以外の何かが体中を駆け巡る感覚。一瞬嫌な予感がしたが、斑鳩のすぐ横を鈍色の弾丸が高回転して通過する。

 華が散るように新種のタタリギの心核が撃ち抜かれ、バラバラに砕けた。

 倒した!

 そう思った斑鳩だったが、体組織を崩しながら、新種のタタリギは今尚動き、斑鳩に牙向いた。


(なんだこの化物は! 本当にタタリギなのか?)


 新種のタタリギは斑鳩の目と鼻の先で氷が解けるように、消えてなくなった。異常な寒気がする中通信を入れる。



「新種のタタリギの撃滅を確認。詩絵莉よくやった! ローレッタ記録をまとめておいてくれ。ユー肩を貸してくれないか?」



 ユーは斑鳩の指示に従い肩を貸す。



「体調、バイタルチェックをオススメします。体温が低いです」



 斑鳩は笑って頷く。

 あの大暴れしていた新種のタタリギを仕留める事ができたのは、ヤドリギではない少女、牙千代。よくあんなに長い事一人であのタタリギに力負けしなかった。


(本当に式鬼なんてクラスがあるのか? 今度調べさせよう)


 牙千代が駆けよって来るその姿は初めてあった時と同じようだった。「斑鳩殿、お怪我は?」なんて心配してくる。

 そしてその相棒である虎太郎はやはり蒸した万能ナッツを齧っていた。

 それ美味いのか? と疑問を投げかけようとした斑鳩だったが、ゆっくりと地面に倒れていく。



「斑鳩隊長!」

「おぉ、斑鳩殿ぉ!」

「ちょ! 斑鳩さん、牙千代これダメなやつだ! 車の二人を呼んで!」



 そんな声が一通り聞こえた後に斑鳩の意識はなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る