風雲急を告げるっ!

 Y028部隊に招集と任務指示が来たのは牙千代がローレッタとコーデリアに髪を弄ばれ、虎太郎は蒸した万能ナッツを頬張っている時だった。

 斑鳩が何やら資料を持って表情を曇らせている。そんな様子に虎太郎は牙千代にアイコンタクトする。


(斑鳩さんっていっつも難しい顔してるよね?)

(そりゃ、主様と違って率先して組織を引っ張る隊長さんですから、気苦労も絶えないんですよ)


 二人のエスパーにも似たアイコンタクトにもう一人の参加者がログインした。


(うん、斑鳩はいつもそう)

(おや、アール殿)


 虎太郎はなんだこれと思いながら斑鳩の説明に耳を傾けた。



「補給部隊が未確認のタタリギに襲われ救難連絡を送ってきた。それが二十分前、今は連絡も途絶えている。恐らく俺達がユーと会った時に交戦したアイツである可能性が極めて高い」



 より動物的なタタリギ、動きの速さ、攻撃力の危険性は折り紙つきだが、痛覚のような物が存在し、従来のタタリギより迎撃はしやすい。

 そこで斑鳩の下した判断。



「至急現場に向かう。ユーも参加。虎太郎と牙千代はここでコーデリアと留守番だ」



 虎太郎は突然元気になり敬礼をすると「らじゃー!」と言うので呆れた牙千代はその指示に物申した。



「斑鳩殿、私達おもに私がいた方が何かと役に立つと思いますよ?」



 斑鳩と見つめ合う牙千代。虎太郎達は不確定要素すぎて連れていけないというのが大きな理由だった。

 そんな微妙な空気の中牙千代の頭が大きな手でがしがしと撫でられる。



「おわっ! ギルやん殿。何をするんですか、あぅ」



 ギルバートの撫で方は上手かった。牙千代は気持ちよさそうに目を細めるのでそんな牙千代にギルバートは咽ながらいう。



「けほけほ。っ、淡が切れないな。まぁ、あれだ! 俺達に任せとけって、リアの事宜しく頼むわ」

「ギルやん殿、風邪ですか?」



 先ほどからギルバートはよくせき込む。皆の注目が集まる中、ギルバートはいつも通り笑って見せた。



「風邪かもな! まぁ大丈夫だ。全然戦える」

「……お兄ちゃん」



 心配するコーデリアもギルバートは撫でる。そして「大丈夫だって」とウィンクしてみせた。そんな様子に詩絵莉は悪戯っぽくこう言った。



「おかしいわね。馬鹿は風邪ひかないって言うのに」

「ギル、馬鹿じゃないの?」



 アールが素直にそう聞くのでギルバートは二人に突っ込もうかとして頭を掻いて笑う。いつものY028部隊。

 三人新顔がいるが、大丈夫、いつも通りだと。



「帰ってきて悪いが準備ができたら出るぞ」



 今までの談笑していた空気からがらりと皆表情が変わっていく、それは獲物を狙う獣のように鋭く隙が無い。牙千代はそーっと自分の主、虎太郎を見ると何処から取り出したのか塩をかけて蒸した万能ナッツを食べていた。

 それに比べて斑鳩達のこの姿、牙千代はわなわなと震える。



「主様、恥ずかしくはないんでしょうか? 命を賭して生活を今を守ろうとしている斑鳩殿達についていかずして、それでも主様は男の子ですか?」



 虎太郎は珍しく前髪を払うと牙千代を見つめる。視力が悪いわけではないがその目にはコンタクトレンズ。虎太郎は万能ナッツを牙千代の口元に持って行く。それを牙千代は無意識にパクリと食べる。



「あのさ、牙千代。俺達がついていったら邪魔じゃないか? 俺達はこの世界の事も何も知らないし、それを斑鳩さんも考えての判断だと思うよ? 牙千代が存分に暴れられるかもしれない世界だ。だけど、俺達はこの世界の人間じゃない。目立った行動は避けるべきだろ」



 珍しくまともな事を言う虎太郎。虎太郎はさらに万能ナッツを取り出す。一体何個くすねてきたのかと思う牙千代だが、虎太郎の言う通り、ここは虎太郎達の身元引受人である斑鳩の指示に従う事が一番かとその場に正座する。


 虎太郎に至っては横になって自分の部屋のようにくつろぎはじめた。そんな虎太郎にコーデリアはクッションいりますか? なんて甘やかすものだから虎太郎はその厚意に甘える。



「ふぅ、主様。仕事です! 何か私達に手伝える事をしましょう。時にコーデリアお嬢様、私達にお手伝いができる事なんてありませんか?」

「お嬢様って……あはは、コーデリアでいいよ牙千代ちゃん」

「おや、それではコーデリア殿」



 そんな時、コーデリアの部屋に尋ねてくる若い男、それも少し慌てている。



「フリッツさん、慌ててどうしたんですか?」

「斑鳩隊長は? どうしても使ってほしい撃牙があって、相談したかったんだけど」



 未確認タタリギ討伐の為にもう出撃した事を聞いたフリッツは悔しそうな顔を見せた。そんなフリッツに牙千代は話しかける。



「何かお困りですか?」

「君達は……あぁ、例の! なぁに、僕が作った道具をね隊長にオススメしたかったんだ。今回のタタリギ、話を聞いたところから予想するに昔作った道具が役に立つかもしれないんだ」



 目をキラキラと輝かせてそう言うフリッツに虎太郎はお茶をずずっと飲むと昼寝をする振りを始める。当然それに気づいた牙千代はフリッツにこう言った。



「フリッツ殿! 是非それを見せてほしいんですが」



 まさか、こんな可愛い少女に自分の作品が興味を持たれるとは思ってもいなかったフリッツだったが、すぐに牙千代を自分のラボへと招いてくれた。牙千代は当然虎太郎を連れていく。



「これが従来の撃牙。この無骨で原始的な形状は、壊れない。扱いやすい。抜群の破壊力。運用において三拍子そろっているんだ。だけど僕が作ったのはこれ」



 パイルバンカーのような運用をする撃牙のバンカー部分に突起物が沢山ついている。



「返しがついてる?」



 虎太郎の言葉にフリッツはまたも表情が明るくなる。



「よくわかったね! ええっと」

「虎太郎です。でこっちが牙千代」



 ぺこりと頭を下げる牙千代。

 虎太郎と牙千代は資料用か飾ってある斑鳩やアール達が着ているヤドリギの制服を見つめているとフリッツが「着てみるかい?」

 と言うのでお言葉に甘える。


 そんな二人にクスりと笑い、改めてフリッツは話をしていた撃牙についていろいろ教えてくれた。多人数による射出。バンカー部が外れるようになっている。タタリギの行動制御および、鹵獲に使えないかとフリッツは考えたが、タタリギの性質上。この道具は失敗という代物だった。殆ど痛覚という物が存在せず、そしてタタリギは鹵獲にも向かない。



「今回の未確認タタリギははっきりとした痛覚があるんじゃないかって報告を聞いたからこの撃牙・アラクネが使えるかなってね」



  撃牙は重い。飾ってあるそれを見上げるようにフリッツは話していたが、牙千代はひょいとそれを持ち上げて虎太郎に言う。



「これを斑鳩殿に届けましょう。お手伝いくらいは当然しますよね?」



 はいはいと虎太郎は面倒くさそうに牙千代と共にフリッツのラボを出る。フリッツは「待って!」と声をかけるも牙千代はもう片方の手で虎太郎を引いて凄い速さで出ていく。

 牙千代の怪力はヤドリギなのかな? というフリッツの予想、そして新しい道具を使うのに何の届も出していない。それに困ったような顔をしたがフリッツは自分のできる事はこの申請かと虎太郎と牙千代が走っていった方に背をくるりと向けて局長室へ続く通路を向かう。


                  ★



 斑鳩達が現場に来た時、補給部隊は誰一人として欠けずにそこにいた。物資のいくらは捨てなければならなかったという。



「乙型一種が二体出てきた時は死を覚悟しました」



 一体何が起きている? と聞くまでもなく200メートル程離れたところにそれはいた。あの時、ユーを助けた際にいた謎のタタリギ。

 それが乙型一種を喰っていた。喰うというよりは解体すると言った方がいいのかもしれない。どろどろに解けた乙型一種は何を物語っているのか、斑鳩は全員に指示を出す。



「ローレッタ。周囲の状況を観測、詩絵莉。スラッグ弾を用意して待機。アールとギルで朱槍を任せる。俺とユーは二人の補助だ。いいな?」



 補給部隊には簡単な治療を施して、アークに戻るように指示した。何故なら、ここは今から戦場、いや狩場になる。タタリギを許せぬ獣達の……

 それぞれ、斑鳩の指示を受けた皆はいつでも構わない事を斑鳩に返答。それに頷くと斑鳩は「いくぞ」と冷静にかつ事務的に言った。


 猛獣のようにギルバートと、それに合わせるようにアールが駆ける。式狼と式神、あのギルバートに確実に合わせているアールの背を見ながらさすがだなと斑鳩は安心する。



「俺達もいくぞ」



 ユーは何かの薬剤を首に打つと同じように斑鳩に続く。アールも狼として数えるなら今ここには腹をすかせた四匹の狼が獅子のようなタタリギを襲う。乙型一種を解体していたハズの新種のタタリギはギルバートとアールの姿を見て、雄たけびを上げた。


 キョォオオオオオオ!


 10メートル、その距離に近づいた時、ギルバートは何もないところで膝をついた。そしてこう言う。



「アール、ユー、斑鳩っ! 近づくな! 何かおかし……ごふっ」



 こぶし大の血をギルバートは吐き、何ともなさそうだと思われていたアールも片方から鼻血が流れる。

 それは斑鳩自身も身をもって感じた。高熱時のような倦怠感、そして急激に体温が下がるような何か、身体中が何かを拒絶している不快感。



「アール。ギルバートを連れて退避。できるか?」

「うん、大丈夫」



 そう言うアールの動きもだいぶ悪い。そこにあの新種が襲い掛かる。やられるとそう思った時、ユーがこの状況でなんの身体の不調も感じさせずに新種のタタリギの方に撃牙を放った。耳をつくようなタタリギの悲鳴。ユーは斑鳩に肩を貸して離脱。詩絵莉の援護射撃もあり、タタリギは傷を癒しながら、こちらの様子を伺っている。



「タイチョー! 一体何があったの?」

「分からない。毒ガスか、奴に近づいた時突然こちらの戦力を奪われた」



 装甲車に戻るとギルバートを横に寝かせる。息が荒く、発疹ができ苦しそうに息をしているギルバート。斑鳩もぜぇぜぇと肩で息をし、アールは物言わないものの相当なダメージを受けているのは必至だった。



「今、ここでまともに動けるのはユーお前と、俺だ。あのタタリギは他のタタリギを殺していた。タタリギを無効化できるなら俺達ヤドリギに対しても同じことが言えるだろう。あいつはここで仕留めてデータを取らないと大変な事になる」



 今まで倒してきたタタリギには戦闘能力だけならもっと強力な者がいた。だが、今回のタタリギは危険性のベクトルが違う。斑鳩は気だるそうにユーを見つめるとユーはにっこりと笑う。



「了解しました! 斑鳩隊長。是非、指示を」



 嬉しそうにそう言うユー、そんなユーを見て斑鳩も笑う。斑鳩はギルバート、そして辛そうに半目を開けて斑鳩を見るアール。二人を見て詩絵莉にこう言った。



「もし、俺に何かあったらここから離脱してくれ」

「ちょっと隊長、何言って!」

「命令だ。ローレッタ援護頼む」



 アールとギルバート程ではないせよ、斑鳩もあのタタリギの何かを受けて相当なダメージを受けているハズだった。このタタリギの情報を得る。それは隊長として、ヤドリギとして人類の脅威の弱点を得る為、最善の行動だった。


(俺は、死ぬな)


 斑鳩は確信した。あのアールでさえあの様である。旧式の自分ならギルバートと同じ状態に陥るだろう。だが、この状況に耐性のあるユーがいれば一矢報い何か回収できるかもしれない。



「ユー、あのタタリギの体組織一つでも手に入ったらすぐに離脱しろ。いいな?」

「了解しました!」



 聞き分けがここまでいい部下は斑鳩班にはいない。あのアールでさえ場合によっては自分の考えに反する。腹が据わったところで斑鳩は走り出そうとした。

 その時空耳か?

 声が聞こえる。



「斑鳩どのぉ!」

「斑鳩さーん!」



 なんとも緊張感のない声。

 斑鳩とユーの目の前には虎太郎と牙千代、それもヤドリギの制服を着ている。そんな二人に斑鳩は聞いた。



「なんで来た?」



 それに虎太郎は「えーっと助っ人に」と言う。そして牙千代は手をポンと叩くとこう言った。



「来ちゃった!」

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