斑鳩隊長っ!
作戦会議と言うと聞こえはいいが、ギルバートとコーデリアの部屋。元、アールとコーデリアの部屋に一同が介して今までの整理をする。
「別の世界から来た……というと別のアークって事か?」
ギルバートは当たり前の事を言うが、それに虎太郎と牙千代は両手にコーデリアが焼いたパイを持って一心不乱に食べる。
食堂であれだけ食べていた二人の何処に食べ物が入るのかと見とれていたが、水で喉を通した虎太郎が皆にこう言った。
「信じられないと思いますけど、この皆さんとは全く違い世界の人間です。何故なら、俺達の世界はタタリギもいなければヤドリギもいません」
この場を収める立場にある斑鳩暁は胃に穴が開きそうだった。わけの分からない事を言う二人、それだけでなく、もう一人身元不明のヤドリギがいるのだ。
「虎太郎と牙千代と言ったな? 君達はコーデリアをタタリギから守った。君達がヤドリギでないならどうやって?」
虎太郎は牙千代に指を指す。
「牙千代さんがぶん殴って燃やしました」
「ちょっと主様! 私がなんか悪い事してるみたいじゃないですかぁ! 違うんですよ! 斑鳩殿。襲い掛かるタタリギに蹴りをおみまいして。首を飛ばしても死なないので、この炎で消滅させました」
ポゥ。
牙千代の手には青い炎が灯る。それにも驚くが、牙千代は素手でタタリギを撃退した。そんな事が可能なのか……この空気をぶち壊した者。
「それにしても牙千代ちゃん、かーいいね?」
牙千代はぞわっと身の毛がよだつ。ここに来てからやたらとスキンシップの激しい女性。木佐貫・ローレッタ・オニール。可愛い物が好きとの事で牙千代はその眼鏡にかなってしまったようだが、実にその眼付手つきとおっさんくさい。
「ローレッタ殿! 今は大事なお話の席ですよ!」
「そんな事言わないで……おっと?」
牙千代を引っ張っり助け出したのはこの場でややツンとした表情を虎太郎と牙千代に向けていた女性。泉妻 詩絵莉。
「ロール、牙千代さんの言う通りよ。少し遊びすぎ……と、ところでその牙千代さんの服は一体何でできているのかしら?」
着物。絹で作られたように見えるそれに興味深そうに見つめているので牙千代は「触れてみますか?」
というので「いいの!」と言ったとたん少し恥ずかしそうに牙千代の袖に触れる。
「凄い何これ!」
今まで触った事のない手触りそれ、そして詩絵莉の持つコミックコレクションの中に牙千代が来ている服の情報があった。
「ユカタっていう服なの?」
「あー惜しいですねぇ! 浴衣は下着で、私のは振袖というタイプです。こうやってひらひらっと袖を振れるんですよぅ」
「へぇ!」
アールもコーデリアも興味深そうに牙千代を見つめている中、虎太郎のこの普通すぎる感じにギルバートはバンと虎太郎の背中を叩く。
「まぁ、くよくよすんなよ! 必ず元の場所に帰れるだろうからよ」
「はぁ、どうも」
全くくよくよしてはいない虎太郎はこの中で異質の空気を放つ男に一礼をした。するとその男は少し驚く。
「お前たち、そこまでにしておけ。もう一人イレギュラーがここにいるんだ」
全員の視線が集まるのは、虎太郎が頭を下げた男性。ユー。と名乗り、聞いた事のないヤドリギの部隊に所属する存在。
ユー。
ポカンとした顔をして皆を見るユーに斑鳩はため息を吐くと、彼に問いかけた。
「お前がケルビム試験小隊という事は分かった。今までどうやって過ごしてきて何処にいたんだ?」
「はっ! 斑鳩隊長。私はケルビム試験小隊のアジト。アークジィβを拠点とし、現在までタタリギの生態研究と消滅実験を行っておりました」
斑鳩の意見としては、成程。全然何を言っているのか分からない。これに尽きた。ある程度答えられる情報を用意した上で、局長室に行きたかったが、このユーも、何処から来たのか分からない二人組もあまりにも自分達と空気感が違う。
「ふぅ、したがない。ユーと虎太郎に牙千代。一緒に来てもらう。ここの局長に君達を紹介する」
それにユーははっ! と素直に聞き、虎太郎と牙千代は何の事やらという顔をして斑鳩についていく。
「あまり無駄口をたたかないでほしい」
そう斑鳩に言われていたので虎太郎と牙千代は敬礼ポーズを取り、それに影響されたユーもまた真似る。
(局長ってどんな人ですかね主様?)
(う~ん、多分、凄く歴戦の戦士みたいな感じで多分裏社会のドンみたいな奴だよ!)
(もう主様ったらぁ!)
アイコンタクトでそんな話をしていると斑鳩はやや豪華な扉をノックし挨拶した。
「部隊識別番号Y028、斑鳩隊・隊長……式狼、斑鳩 暁。入ります」
「部隊識別番号Dβ ケルビム試験小隊……ユー。入ります」
このアークでの作法のような入り方をするので牙千代がどうするんですか? という顔をするので虎太郎もまた言った。
「屋号3162鬼。万事屋御剣。管理者御剣虎太郎。また従業員牙千代はいりまーす!」
完璧だと思えたが、斑鳩が頭を抱えているので、やらない方が良かったんだなと二人は反省する。しばらくの沈黙の後部屋の奥から声が聞こえた。
「入れ」
そして部屋に入った時、虎太郎と牙千代は局長らしき人を見て驚いた。
(ちょっと、主様、完全に想像通りの人出てきましたよ?)
(いや、ごめん牙千代さん。俺笑い堪えれそうにない)
(ダメですよ! これ絶対笑ったらダメな奴ですからね! ほら、斑鳩殿若干睨んでますって!)
小さな声でくっくっくと笑う虎太郎の声は聞こえない。それよりも、簡易的に報告を受けた内容をウィルドレット・マーカス局長は今一度見てからこう言った。
「ケルビム試験小隊……聞いた事がないな」
「局長もですか?」
斑鳩はこの局長ならあるいはと思ったが、やはり知られていない実験部隊。自分達よりも本部アガルタに近い可能性が極めて高い。
「そっちの二人は?」
「はっ! アークの外周でタタリギを殲滅駆逐した協力者になります。ですが、ヤドリギではないと」
「信じられんな。お前たちは何処から来た?」
ウィルドレット・マーカス局長の言う事は正しい、過去何十年もタタリギを倒す事ができる存在はヤドリギ以外にあり得ない。
「えっと、町田の方から……あの町田マートのあるすぐ近くのボロアパートの」
虎太郎と牙千代しか知りえない話を虎太郎が言うので、牙千代が肘で虎太郎をツンツンと叩く。
(絶対、知りませんから! ここは素直に言いましょう)
「えっと、この世界とは違う場所から来ました」
虎太郎の突然のカミングアウトはウィルドレット・マーカス局長の目を点にする。斑鳩ですらこんな表情の局長見た事がないというのが彼の感想。
「冗談で言ってるのか?」
それに少しイラついた牙千代が前に出る。
「冗談で異世界からやってきました! なんてこの場で言うバカが何処にいます? 残念ながら事実なんですよ。私達の世界にはタタリギなんていませんし、ただタタリギより危険な御剣貴子という化物はいますけどね」
貴子がいないものだから好き放題言う牙千代に虎太郎は閉口する。そのやりとりに今にも斑鳩が何か言いそうだったが、開口ウィルドレット・マーカス局長は笑った。
「ふっふっふ。確かにな。ここで冗談を言う馬鹿もいまい。斑鳩隊長、三名ひとまず君に預ける。所属不明とはいえヤドリギと、ヤドリギではないにせよタタリギを撃退できる戦力だ。願ってもないな。ケルビム試験小隊についてはアガルタに確認依頼をだしておこう。以上下がってよし」
「はっ!」
斑鳩が戻るぞという視線を送るので黙って三人は従う。帰りながら斑鳩は虎太郎と牙千代にこう言った。
「局長はああいわれたが、君達はヤドリギじゃない。だから戦闘に参加させるような事はないので安心してほしい」
やりぃ! というゲスな顔を虎太郎がするのを牙千代は見逃さなかった。
「斑鳩殿。私達も働く必要があります。タタリギというのがこの前張り倒したような連中であれば私達も力になれますよ! 一宿一飯の恩は返さねばなりませんし、この世界で生活していくのに資金も必要でしょう」
斑鳩はまだ虎太郎と牙千代が別の世界なんて場所から来たなんて思ってはいない。彼らは何か妄言のような事を言っているんじゃないか?
だが一つ、興味を持った質問を考え付いた。
「虎太郎に牙千代。お前たちの住む世界はここより平和か?」
当然平和な世である。
だが、虎太郎と牙千代は自分達の日々を思い起こすとほぼ毎日貴子からの虐待に始まり、足元を見た報酬での重労働。
定期的に行われる貴子のカレーパーティー。
二人は顔を見合わせてこう言った。
「「いえ、ここよりも地獄かもしれません」」
現実逃避……ではなかった。斑鳩は厄介者を押し付けられたような気になっていたが、まんざらでもない気分になっているのは何故か? それは分からない。
「今日のご飯はなんでしょうね!」
タタリギを屠ったというのはこの今晩の食事を楽しみに表情を緩ましている少女。アールという一例を見てきたので斑鳩も舐めてはかかっていない。が、この牙千代にあのタタリギを倒すビジョンがどうし
ても浮かばない。
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