来たるっ!虎鬼、異世界っ!

 虎太郎と牙千代はとある寺の蔵掃除の仕事を請け負っていた。中にあるあらゆる物を外に出しては虫干しにし、中の蔵を掃除する。



「主様、こういう蔵を見ると御剣家本家にあった巨大な宝物庫を思い出しますね!」

「ソウデスネ」



 そう言ってぱたぱたとはたきをかける虎太郎。口を布で覆い、死んだような目で掃除を続ける。明日喰う米も危うい中でなんとか入ってきた依頼、とは言え重労働に見合わぬ報酬に虎太郎もただただ機械のようにはたきをかけていた。



「それが終わったら一度掃除機をかけますよ! 主様は雑巾濡らして待機しててください」

「ソウデスネ」



 完全に心を閉ざしたような虎太郎にさすがの牙千代もイライラしてきた。御剣六家、鬼と関わりの深いこの一族の中で虎太郎は鬼と共存する家の御剣。請け負ってきた仕事の中で色んな事件や厄介毎に巻き込まれてきた。

 しかし、今回はそうそうそんな問題は起きないだろうと牙千代は鼻歌なんかを歌って掃除機をかける。



「最近の掃除機はまさに初代のザンゲフの吸い込みばりですね! 主様」

「アレハズルカッタネ」



 そう言って腰掛けてどら焼きを頬張る虎太郎。その大きさや通常の五倍はあろうかと思われる。



「ちょっと! 主様何一人でそんな高級菓子喰ってるんですか! というか、何処から持ってきたんですか?」

「いやぁ、和尚さんが檀家さんからのお供え物って、これをくれたから一休み一休み。みたいな?」



 牙千代は笑顔で自分に指を指す。当然自分の分もあるのだろうという意思表示、それに満面の笑顔を見せる虎太郎は自分の持っているどら焼きを指さした。

 これを翻訳するとこうなる。



(主様、私の分のどら焼きはいずこに?)

(あぁ、そんなのないよ。何故か和尚さんこの一個だけくれて去っていったから)

(へぇ、そうなんですねぇ! それって二人で分けろ的なやつじゃないですか?)


 虎太郎は笑顔のまま、どら焼きを全部口の中に放り込むとお茶で流し込んだ。



「ひぃいいいい! 私のどら焼きが……何してくれやがるんですかぁ! 吐き出しなさい! いや、本当に吐かれても食べれませんけど」



 いつも通りの虎太郎と牙千代の会話。実は二人は見て見ぬふりをしている物があった。蔵の中にある石化している何か。



「主様」

「なんだい牙千代?」

「あれどうします?」

「どうするもこうするもなくない?」

「ですよね」



 牙千代がが指さす先はその石化している何か、そう言って掃除の続きをしようとしたとき、蔵の扉がガンと閉まる。

 嗚呼、やってしまった。それが二人の気持ち、これは間違いなく厄介な事の始まりなのだ。それに抗う事ができるのか

 虎太郎は牙千代に言ってみた。



「もう、壊しちゃえば?」



 牙千代は虎太郎のおでこをピンと刎ねた。牙千代の力の解放、それは虎太郎を牙千代自ら傷を負わす事。

 彼女の両手に暗黒の力が集まり、それを石化した何かに向けて放った。



「じエンドですよ!」



 牙千代の放った力に石化した何かは反応し、水を得た魚の如く活性化をはじめる。それは真っ暗で巨大な扉。

 これは入ったら確実に不味いと思えるそれを見て、虎太郎は言う。



「牙千代さん、どこでもどあー!」

「いえ、私も大山信代さん時代の方がすきですけど、冗談言ってる場合じゃ、なんかあれ吸い込もうとしてるので、主様気をつけて」



 と言ってる間に虎太郎は黒い扉に引っ張られる力に抗えず吸い込まれそうになる。そんな虎太郎は牙千代の髪の毛をつかむ。



「痛いっ! ちょっと、主様、そこは痛いですぅ、手を離してください」

「手離したら牙千代さんだけ助かるじゃないか!」



 全力で牙千代のキューティクルのきいた髪をわしづかみ、それに痛みを訴える牙千代、二人はわめきながら真っ黒な扉へと吸い込まれていく。

 今日は帰りに大ふんばつしてかっぱ寿司の食べ放題に行くはずだったのに、そんな後悔と怒りをかみ締めて牙千代は虎太郎の腹部をぶん殴った。手加減はしているが、ヘビー級ボクサーのそれに相当するパンチを受けて虎太郎は涼しい顔をしている。



「主様、大穴明けますよぅ! そぉれ! 久しぶりのぉ、鬼神砲ぉ!」



 再び暗黒のエネルギーをなぞの空間内で放つ牙千代、空間に穴を穿つ事、適わず。流れに身を任すまま虎太郎と牙千代は

 ぺっと吐き出されるように何処かに投げ出された。

 死んだような目で、虎太郎と牙千代は辺りを見渡す。荒野? えらく荒廃した世界が広がっていた。文明の破壊でもあったのか、それとも紛争地域なのか? 二人には知る由もないが牙千代がこうつぶやいた。



「貴子のやつが散歩でもしたんじゃないでしょうね?」

「やめよう。洒落にならないから」



 きゃあああああ!と

 そんな二人の耳に絹を裂くような少女の悲鳴が響いた。

 二人は顔を見合わせると声が聞こえる方へと走る。そこには十代、行っても14、5の少女とその少女の背後に幼い男女の子供たち。彼女らの視線の先には人の姿をした何か……瞳はもはや魂を感じず、無辜の三人へとゆっくりと近づく。



「牙千代さん、ゾンビだ!」

「えぇ、ゾンビですね主様。始めて見ました」

「初代のさ、エレベータのところでよく死んだよね?」

「あのショットガン取るなという方が、無理な話なんですよ」



 某テレビゲームの話をしていると、その人ならざる何かが雄たけびなのか、それともなんらかの反応なのか?

 オォォオオオと声を上げる。それに突如冷静な顔をした虎太郎は言った。



「牙千代っ!」

「はい!」



 牙千代は目にも留まらぬ速さで駆けると、その人の姿をした何かに飛び蹴りをかます。景気よく吹っ飛ばされたそれだが、すぐに起き上がる。



「やはり、生きてませんね。なら、ゾンビ退治の度定番といきましょう。そこな少女。子供たちの目を隠してください」



 ショッキングな物を見せないという牙千代の配慮に気づくと少女は子供たちの目を覆い。自分も目を強く閉じた。

 顎を蹴り上げると牙千代も飛び上がり、牙千代達がゾンビと呼ぶ者の首を手刀で刎ねた。牙千代は決まったといういい顔をして着地。

 ぱちぱちと拍手する虎太郎。



「天空ぺけ字拳みたいだ!」

「せめて極星十字拳と言ってください……倒せてないですね」



 落ちた首を拾うように二人がゾンビと呼ぶ存在は再び起き上がった。

牙千代は手に青い炎を灯す。そしてそのままゾンビと呼ぶ者の首をつかんだ。熱量のない炎。

 鬼火。



「鬼神砲ばっかり撃つのも、芸がないですからね。炎浄消滅しやがれです!」



 死体の中から何かが牙千代に突き刺さるが、それはゆっくりと灰と消えていく。

 ゾンビらしき何かを屠った二人は襲われていた少女と幼い子供達に振り返り笑顔を見せた。



「もう大丈夫だよ」



 よそ行きの虎太郎、髪の間から見える優しい表情に少女は思わず泣きそうになる。逆に幼い子供達は少し興奮した様子でこう言った。



「お姉ちゃん達、変な服着てるけどヤドリギ?」



 ヤドリギ、ヤドリギと言われる二人は顔を見合わせる。



(なんか宿木かと聞かれていますよ?)

(うん、きっとヤドリギマンみたいなヒーローが流行ってるんじゃないかな? 子供達の夢を壊すのも悪いのでここは一つのろう)



 牙千代と虎太郎は変なポーズを取ると歯を輝かせる。



「いかにも、万屋御剣として貧乏生活をするのは世をはばかる姿、俺こそはヤドリギマンイエロー!」

「同じくヤドリギマンブラック!」



 決まったんじゃないかと三人を見ると可愛そうな目で虎太郎達を見つめていたのでコホンと咳払い。



「はい、うそです。良くわからないところに来てしまったら君達がゾンビに襲われていたので正義の鉄拳を叩きこんだのが今の流れになります。ここ何処ですか?」



 幼い子供を連れた少女は虎太郎と牙千代がおかしな人たちである事は間違いないが、悪い人でもない事にクスりと笑った。



「タタリギから、私達を守ってくれてありがとうございます。私はコーデリア・ガターリッジです。この第13A.R.K.に住んでます」



 コーデリアはこの世界について色々教えてくれた。あのゾンビのような者の名称はタタリギ、そしてここはそのタタリギとの主導権争いに敗れ、追いやられた人々が暮らす世界、そして街。

 彼女がお手伝いをする孤児院の子供達が大人も知らない古いドアから外に出てしまった。そんなおり、運悪くタタリギに遭遇したという事なんだろう。

 虎太郎が何かを言う前に、虎太郎と牙千代の腹から化物のうなり声のような音が響く。それはコーデリアをしてこの二人はお腹がすいているんだと理解し、笑みがこぼれた。



「お礼に何かごちそうさせてください」

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