宿木を枯れさす者 ナイトライダー

晴れた日に猫を拾う

 彼は目覚めた。そこは誰もいない冷たいベット、あるいは棺桶だったんだろう。彼は自分の役目を考えた。



「ユー、それが名前。ケルビム試験小隊最後の生き残り、称号はビショップ……目的はタタリギと交戦、そして戦闘データを取る事」



 棺桶のような寝床から起き上がると、辺りを見渡す。一体何年ここは使われていなかったのか、荒れに荒れ果てていた。そんな部屋からケルビム試験小隊の制服を見つけると埃を落として着替える。


 ユーは次に一番自分にとって大事な物を探す。そしてそれは黒いケースごと見つかった。中を開けると腐食もなく綺麗なままである事に安堵。

 その中身は注射器と四つの薬品。

 鏡に映った自分の姿を見て、これは誰だったかなと不思議な感覚に陥る。真っ白な髪と日に焼けていない真っ白な肌。



「ユーはユーか」



 自分が眠っていた理由も理屈も大体分かっていた。とりあえず本部の指示を仰がなくてはならない。その為にはこの廃墟からの脱出。

 それがユーにとっての最初のミッションとなる。元々ユーの収容場所であった試験小隊の駐屯地は、外から見て廃棄された事を確信した。

 ユーの持ち物はあの注射器のみ、何処に行けばいいのかも分からないが、一つだけ分かる事があった。



「何かが……いる」



 ユーは自分の口元が緩んでいる事には気づかない。ただ本能がそこに行くようにそうユーの背中を押した。

 そういえばここは、重病患者や大怪我の者。死期の近い者とその縁者達が暮らす隔離施設のすぐ近くに建てられていた事をユーは思い出す。

 自分のアジトがあの様子なら、恐らくはあの施設も同じ運命をたどったのではないかと一時間程全力疾走で走った先。


 そこではタタリギ……なのか分からない何かと、自分の知らない武器を装備した何者か達が交戦していた。

 四人一組だったか、二人は無残に上半身がなく、一人は頭から血を流して絶命。もう一人は巨大なガントレットのような物を大きな獣に向けている。



「指示はないが、現場判断により援護に入る」



 使い方の分からない武器を拾うよりは、ユーは大きな獣の前までくるとその顔めがけて拳程の礫を投げつけた。



「大丈夫ですか? 見たところ、最新型の装備と見受けます。アガルタ本部の戦闘部隊?」



 ユーにそう聞かれ、唯一まともに動ける女性のヤドリギはこの男は何を言っているのだという顔をして苦笑する。



「もし、私達が本部のヤドリギならもう少しマシな武器を持ってたかもしれないわね。貴方こそ、何処の所属の誰?」

「ユーはケルビム試験小隊所属であります。見たところ、階級がユーより上である貴官に指示を仰ぎたい。撤退? あるいは戦闘続行でしょうか?」



 目を大きく見開いた女性は少し考えるとこう言った。



「ユーさん、助力感謝します。撤退しま……私もなのね……げふっ」



 今まで元気だったハズの女性は大量の血を吐いた。



「あの怪物と遭遇してから隊員達が次々倒れて……あれの餌食になったの……私も長くない。お願い! あれを……私達のA.R.K.故郷に向かわせないで……この撃牙で」



 パチンと女性は外した撃牙をユーに渡すとゆっくりと息を引き取った。ユーは渡された撃牙の理屈を考えて理解すると手をポンと叩いた。



「凄い! これがアガルタの新兵器」



 巨大な四つ足の化物は猛獣のようにユーとの間合いを測る。ユーは黒い箱を取り出すと、それを眺めて狼と書かれた薬剤を注射器に入れる。



「この装備は恐らくパターンホロケウがいいね」



 そして自分の首元にそれを注射した。ぐんと筋肉が発達する。そして肌も少し赤みがかる。ユーは化け物との距離を一気に縮めると撃牙で殴る。このタタリギには痛覚がるのか、大きく口をあけてユーを威嚇。



「これがタタリギなら、コアがあるハズだけど」



 タタリギとして生物の姿をしているだけであれば生物学は何ら意味を持たない。が、ユーが見たこの化物はどうも生き物臭い。

 であれば心の臓は胸あたりにあるんじゃないかと決断する。


 咆哮する化物相手に突進をかけて、身体の下にもぐる。案の定化物はユーを押さえつけるので、ユーはその下から撃牙を化物の胸に向けて引いた。

 耳を裂くような声。撃牙の仕様上、重力に逆らって使う事には適してはいない。その為当たりが浅かったのか、致命傷には至らなかった。

 それ以上にユーが気になった事。



「こいつ、まともな痛覚があるのか?」



 痛みに怒り狂った化物はユーを思いっきり丸太のような腕で殴り飛ばす。撃牙で防いだが、撃牙は曲がり、ユーの腕も折れる。



「現場判断。敵戦闘能力向上。生存率極めて低し」



 壊れた撃牙を捨てると折れた腕を元の方向に戻してケースを見る。梟、隼と書かれた薬剤から最後の四本目に目を向ける。



「パターンカムイで相打ちが妥当なラインかな?」



 そう呟いて『神』と書かれた薬剤に触れた時、大きなエンジン音が聞こえたと思うと、撃牙をつけた人影が三人。

 あの化物に見事な連携を見せて頭に致命傷を与えた。化け物は雄たけびを上げるとこの戦場を離脱していく。

 ユーは、助かってしまったと内心がっかりした。



「大丈夫か?」



 声をかけてきた若い男、その傍らには一人の同じく若い男と幼い少女。恐らく何処かの小隊であると理解したユーは敬礼してみせた。



「ご助力感謝します。ケルビム試験小隊のユーです。アガルタ本部の部隊の方でしょうか?」



 その言葉にユーに手を差し伸べた男は少し笑って答えた。



「Y028部隊所属、隊長の斑鳩暁だ」



 もう一人の若い男はユーを見てどっと笑った。



「何処をどう見たら本部の部隊に見えるんだよ……って一人いたか、なぁ? アール。ケホケホ。俺は同じくギルバート、でこっちはアールだ」



 そう咽ながら男が背中をポンと押した少女、彼女とユーが見つめうと、二人は無言で固まる。そして暁とギルバートが思った事。

 似てる。

 雰囲気とかそう言った意味ではなく、単純な見た目、もしアールに人種というものがあるとしたらユーは間違いなく同じ人種であると言える程に似ている。

 そのくせ顔は似ていないから今の今まで気づかなかった。



「そちらのアール……さんはもしかして元ケルビム試験小隊の方ですか?」



 ユーの質問に関して暁とギルバートはそうなのか? という顔でアールを見るがアールは機械のように首をコクンと傾けると呟くように言う。



「……知らない」



 そんなアールの反応に最初に開口したのはギルバート。アールの頭をポンポンと叩くとユーを見て言った。



「だそうだ! 前会いませんでしたか? みたいな口説き文句はコイツには通用しねーからな! さて、落ち着いたところで撤退するか? 怪我とかしてねーか?」



 ユーは折れた腕を見せる。それはヤドリギとしては大した怪我ではないが、ユーは痛みを感じているようにも思えず暁は怪訝な顔をした。



「ケルビム試験小隊……聞いた事ないな」



 暁達に連れられて装甲車を見た時、ユーはペタペタとそれを触って聞いた。



「最新式の……」

「違う、ただ本部で使われている装甲車両ではある」



 車内でもユーはキョロキョロ見渡し、暁はユーの持ち物であるケースの中身を見て、それが何を意味するのかある程度の予測を立てた。



「ユー、お前は誰だ?」



 車内待機だった詩絵莉とオペレーターのローレッタは歓迎ムードだったのが、暁の一言で車内がずんと重くなる。そんな暁にユーは再び敬礼をすると言った。



「ユーはケルビム試験小隊の」

「それは先ほど聞いた」



 顔色一つ変えずにユーは車内の空気をさらに重くする。



「ユーはそれ以上でもなければそれ以下でもありません。そういう風に育てられました。今後は斑鳩隊長の指示に仰ぎ行動します」

「とりあえず帰ってからにしよう」



 その後は車内では空気を読んだギルバートと詩絵莉、ローレッタがユーにあれこれ話を伺い質疑応答を繰り替えし、結果として不穏な空気が増えた。

 このユーは時代が少しおかしい。

 何故なら、ユーは『ヤドリギ』を知らない。


 さらに言えば、先ほど斑鳩達が交戦した未確認生物。あれもタタリギだったのかは謎が多い。件の白虎討伐からアールの件とアガルタには信用におけない謎が多い。

 そしてこのユーもそういった類であろうとY028部隊の皆は感じていた。

 ただ一人、アールを除いて……


 彼らの寝床であり、人類の住処、積み木へと戻ってきてほっとしたのもつかの間、遠くから「……ちゃーん」



「おにいちゃーん!」



 と駆けてくる可憐な少女。ギルバートはその少女に手を振って笑顔を向ける。彼女はコーデリア、ギルバートと本当に血をわけた妹なのかと思うような美少女である。



「なんだ? お出迎えか?」

「ううん、違う。あっ! 大変なの。食堂に来て、斑鳩さんは局長室に行くように言伝を……」



 一体何が大変なのかと食堂に向かうと、そこは人々がざわざわと騒いでいた。二人の男女、男の方は斑鳩くらいの年齢で少女の方はコーデリア、あるいはアール。もしかするとそれより年下にも見える。その光景を見た後にため息をついた斑鳩は局長室へと向かって行った。

 そんな二人の両脇にはとんでもない量の皿。



「おいおい、あいつら万能ナッツのパスタあんなに美味そうに喰ってるぞ」



 今まで食べ物を相当食べてこなかったかのように二人の男女は食べるのを止めない。そんな二人の手元にコーデリアは水をトンと置く。

 すると男の方が口を拭いて。



「ありがとう」



 と言うと続いて何処かの民族衣装を来た少女がハイテンションで言う。



「コーデリアお嬢様、なんと感謝していいものか!」

「虎太郎さんに牙千代さん、お腹は一杯になりましたか?」



 コーデリアの質問に二人は「はい、先生!」と言った具合に右手を挙げた。

 そんな二人に興味を持ったローレッタはコーデリアに言う。



「リアちゃん、紹介してほしいな? とくにそっちの黒髪のかわい子ちゃん」



 そう言われたので牙千代と呼ばれた少女は「あるじさま」と小さな声で言うので虎太郎はゆっくりと立ち上がる。



「えっと、気が付いたらここにいた万事屋を営んでいる御剣虎太郎です。で、こちらは、従業員の牙千代です。ええっと、そこなコーデリアお嬢様を偶然お助けしたところ、こんなごちそうを頂いておりましてぇ。えー、本日は御日柄もよく……」



 と虎太郎がそう言うのでギルバートは目の色が変わる。詳細を聞いたギルバートはコーデリアをいくらか叱っていたら牙千代が悟ったような表情でいう。



「もうよいではないですか? コーデリアお嬢様の兄上殿……」

「ギルやんだよ。私はローレッタ。ロールでいいからね。牙千代ちゃん」

「おおそうでしたか、ではギルやん殿。私達がお守りする時点で、コーデリアお嬢様はこの世のあらゆる厄災から守られたと言っても過言ではないでしょう」



 何を言っているんだとギルバートは思ったが、コーデリアをこの二人が守ったという事で一つの考えが生まれた。



「もしかして、お前たちヤドリギか?」

「エタリギ? なんですかそれ?」



 クスっと笑った虎太郎は牙千代にこう言った。



「なんかすごく大きくて、バターとかで炒めると美味しいキノコの事じゃないかな?」

「それはあるじ様、エリンギんですよぅ! もうおっちょこいちょいなんだからー」



 そんな虎太郎は少し暗い顔をして「貴子姉さんがいないこの世界、楽園じゃね?」

 と言うので牙千代もまた暗い顔で「えぇ、実にそうですね」

 と返す牙千代。

 この二人はどんな地獄みたいな戦場からやってきたのかとY028部隊の皆は戦慄する。虎太郎と牙千代が住むA.R.K.アークとはそれほどまでに悲惨なのかと……

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