勝利っ!
牙千代はその聡明な頭脳でノルエルの言葉を理解しようとする。姉という存在は自分よりも年上の雌、同種族を指す場合が多い。そんな自分にも狂気的ではあるが大層尊敬していた姉がいた。
しかし、このノルエルに姉と言われる所以がない。もしかすると生まれはノルエルの方が早い可能性だってあるのだ。
(どういう事でしょう? 何かの奇策でしょうか)
「あの、ノルエル殿、お姉さまというのは?」
ノルエルは瞳を潤ませて頬を染める。何度もチラチラと虎太郎と牙千代を見直していく。
「私は間違っていました」
「間違い?」
「はい、本当に信仰すべき者はなんなのかという事です」
段々とノルエルの翼が漆黒に染まっていく。それはカラスのような澱みのない綺麗な黒。純白だった翼はいまや見る影もない。
「ちょ、ちょっとノルエル殿、羽根が! 何か色が」
ブチっ。
ノルエルは一枚羽をちぎる。少し傷みを感じたのか表情をしかめてちぎった羽根を見た。
「堕天しちゃいましたねぇ」
あははと笑うノルエルに黒坂もさすがに驚いて問いかける。
「それってまずい事じゃないんでしょうか? 天使は戒律に厳しいと聞いた事がありますし……主に漫画とかで」
黒坂の問いにノープロブレムと指を振りながらノルエルは答える。
「間違いなく天使の軍勢が私を捕獲、あるいは駆逐しに大群を遣わすでしょうね。神の御心のままに……ふっ」
いやらしい笑みを浮かべるノルエル、さすがの牙千代も心配になり聞く。
「それって大丈夫なやつなんですか?」
ぱぁあああっと笑顔になるとノルエルは叫ぶ。
「心配してくれるんですね! お姉さまぁ」
「いえ、まぁそりゃ大丈夫なのかなーって私でも思いますよ。貴女、私程でもないですが結構強いですし、それを捕えようと言うのであれば貴女よりも強い者が必然的に来るわけでしょう?」
「お姉さまがいるんで大丈夫ですよ!」
「あぁそうですね……って今なんとぉ?」
「私は只今より御劔虎太郎様を崇め、心身共に牙千代お姉さまに捧げると決めたんです」
「神は?」
「姿も見えずに命令ばかり出す愚かな神は……死にました(私の心の中で)」
ノルエルは牙千代に向かって指を指す。牙千代は堕天すると性格やマナーまで悪くなるのだろうかと天使という謎の種族について呆れる。
「天使の軍勢がきたら、お姉さまはこう言うんです。ノルエルにお仕置きをしていいのは私だけですって」
(えぇ! 言いませんよ! 私そんな事言いませんよ!)
牙千代は段々小さい普段の姿へと戻って行くがそんな事よりもこのノルエルというイカれた堕天使の言動が気になって仕方がなかった。
「そして、私を守る為にお姉さまは強力な天使長達と戦うんです」
(なんですか天使長って、長なのに一杯いるんですか?)
「全ての天使の屍の上でお姉さまは私を抱きます」
(だきませーーーん)
妄想全開のノルエルを見ているとノルエルの目が明らかにヤバい事に牙千代は気がついた。その瞳は見た事がある。
と思った瞬間、同じ殺気を背後から感じた。
「……く、黒坂殿、お前もか!」
両者、牙千代に欲情している。
(ひ、ひ……ひぇえ)
黒坂だけならまだしも、ノルエルは股間を膨らませてゆっくりと牙千代に近づく。
天使は性別がなく両性具有。
「お姉さまぁ、凸凹しましょうぉ!」
「牙千代ちゃぁん、エッチしましょ」
「五月蠅い! 黒坂殿は自重なさい!」
牙千代は虎太郎の前まで逃げると、手をポンと叩いて得策を思いついた。自分を諦めさせればいいのである。
「二人共、お気持ちは全然嬉しくないんですが、お二人のお気持ちには私は答えられません!」
深々と頭を下げる牙千代に黒坂もノルエルも言葉が出ない。
「お姉さま?」
「牙千代ちゃん?」
(よし! なんとか乗り切れそうですね)
牙千代は虎太郎を見て寄り添うとこう言った。
「私は主様ラヴなんです!」
「ラヴ?」
ノルエルは嬉しそうに、黒坂は親の仇を見るように虎太郎を見る。そう、牙千代の作戦は虎太郎の事が好きだから二人を諦めてもらおうという作戦。
(ふふふ、さようなら変態ズ)
しかし、牙千代の考えは浅はかだった。
「なーんだそんな事ですか?」
「そんな事?」
「私は女であり男なので、お姉さまには男の部分を、主ゴッドには女の部分をささげますよぅ、ハァハァ虎太郎様萌え」
(こいつはヤヴァィ!)
ピキーン!
「何ですかこのプレッシャー」
牙千代は超反応で死角から何者かが襲ってきている事を感じ取った。振り返ると虎太郎に向かって手斧を振り下ろす黒坂の姿。
「貴女はどさくさに紛れて何をしているんですかぁ!」
牙千代が斧を持つ手を受け止めると逝った目で虎太郎を見る黒坂にサブいぼが出来るのを我慢して牙千代は抑える。
「こいつがいなければ牙千代ちゃんは私のものぉ」
「主様が死んでも貴女の物にはなりませんから、落ち着いて!」
必至で虎太郎を守ろうとしている牙千代をよそに虎太郎が心なしか離れている事に気が付いた。
(はて、主様ってこんなに離れていましたっけ?)
しかし前門の虎たる黒坂と後門の狼である元天使が血走った眼で牙千代に襲いかかる。虎太郎の安否を確認する為にちらりと見る。
またしても虎太郎が少し離れている。離れていく先には黒坂邸の入口もとい出口があった。そこで牙千代は嫌な予感を覚える。
「もしかして主様起きてます?」
「……」
それは微妙な動きだった。だがしっかりと牙千代は虎太郎が扉の方に向かって進んでいる瞬間をとらえた。
「あー! 主様一人だけ逃げようとしてますね!」
その叫び声と共に虎太郎はむくりと起き上がるとダッシュで出口に向かって走って行く。何時頃のどのタイミングで虎太郎が気がついたのか牙千代には知るよしもなかった。
「ま、待ってください! ず、ずるいですよぉ」
有無を言わさずに虎太郎は走る。それはかの邪知暴虐な王に友人を人質に取られた男のように、潔くも男らしいフォームで虎太郎は走る。
結果。
牙千代は激怒した。
「主様はいつもいつもいつもいつもぉ! そうやって面倒事を私に押し付けて自分だけ楽しようとするんです」
牙千代の両手に暗黒の力が集まっていく。それにはさすがに欲情していた黒坂とノルエルも怯える。
「お姉さま、それはちょっと」
「牙千代ちゃん落ち着いて」
「問答無用」
邪魔な二人を吹き飛ばすと牙千代はその暗黒のエネルギーを虎太郎に向けて放った。
「鬼神砲!」
黒坂の屋敷を半壊させて暗黒のエネルギーは遥か東の空へと消えて行った。逃げる虎太郎とそれを追う牙千代。
「もう、今回は許しませんからね!」
普段中々見れない光景に街の人達は今日も平和な日常を時と共に刻んでいた。
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