主様の夢っ!

「ほぅ……」

「アザゼルソード、神が私にお与えになった最強の剣です。この光輪の前に懺悔しなさい」



 もう片方の手で光輪を掴もうとして手が消滅。続いて腕、四肢を食いちぎって行き牙千代の身体は全て無くなった。ノルエルは辺りを見渡すがもうそこには牙千代の姿はない。

 途端に安堵する。



「手ごわい敵でした。ですが神よ。私を見守りくださっているのですね。後は御劔虎太郎を殺して下界での仕事を全うします」



 横になっている虎太郎へとノルエルは一歩、また一歩と近づく。虎太郎は寝息も経てず気絶している。



「しかし、こんな人間一人殺すのに今までの天使は何をしてきたんでしょうね? まぁ仮定はこの際どうでもいいです」



 虎太郎を見下ろせる距離にくると虎太郎の顔を見る。そしてノルエルは手を光らせる。床に転がっていたワインの瓶を持つと輝く手でそれをチーズか何かのように切った。切れ味も確認するとその手刀を虎太郎へ突き立てようとした。



「ぎゃあ!」



 ずてんとノルエルは大きく転倒、何かに足を取られてしまった。何事かと足元を見ると自分の足首を手が掴んでいた。



「ひぃいい!」



 手は段々とその先を作り出していき牙千代がそこに現れた。立ち上がった牙千代はノルエルの足首を持ち上げる形となりノルエルは宙吊りになる。



「はっ、離せっ!」

「闇で闇を消せないように、光には必ず影が出来ます。解意は示されましたよね? 私は殺せないんですよ。そこで貴女に一つ教えてもらっていいですか?」

「何おっ?」

「どうして主様を狙います? 私が言うのもなんですが主様は何処かに憾みを買う事もなければ殺しても何も得る事もない方ですよ?」



 牙千代の言葉を聞くとノルエルは突然表情が豹変していく。それは憎悪、牙千代は懐かしく心地よい感情だなと思いながらノルエルが虎太郎を狙う理由を静かに聞いた。



「御劔の血は神に背く物です。全て根絶やしにするようにと使わされてきました。その中でも神の力すら無効化する御劔の魔眼、滅眼を持つ御劔虎太郎は早急に排除するように言われました」

「神とは誰ですか?」



 牙千代の言葉にノルエルは首を横にふる。



「神はとても清らかで尊いお方、私ですら会った事も話した事もありません。ですが永劫の平和を作りたもう神の言葉は絶対、命に代えても御劔は滅ぼします」

「ノルエル殿、多分今まで主様を監視してきましたよね?」



 牙千代の質問にノルエルは自信満々に頷く。



「えぇ、貴方に気が付かれる事もなく、ずっとどんな人間か見てきました。地雷は踏むし、吸血鬼程度には殺されそうになるし、ププッ実際私が手を下す程の人間でもないです」



 ハァと牙千代はため息と共に嗤う。



「あの地雷の時助けてくれたのは貴女だったんですか?」

「そうよ! 神は御劔を滅ぼせと私に仰せたのですから私の手で」

「死ねば別にどっちでも良かったんじゃないですか?」



 ポタポタとノルエルは汗をかく。



「まぁいずれにしても主様を助けてくれてありがとうございます。そのお礼に命だけは許してあげます」



 それはノルエルにとっては地獄のような責めだった。腕をもがれる.

内臓を焼かれる。手加減をしているのかと言わんばかりの攻撃、ひゅーひゅーとノルエルが息を吸う音が聞こえる中、牙千代は次の一撃を叩きこもうと腕を振り上げる。



「ぅの」

「……なんですか?」



 殆ど喋れないノルエルに牙千代はペタンと座り込んで腹部に手を突っ込んだ。ノルエルは瞳孔を開いてその激痛に耐える。



「これで少しは喋れるでしょう? なんと言ったんですか?」



 翼は捥げ、全身傷だらけ、火傷だらけのノルエルだったが、声を出す事が出来るようになった。牙千代がそう力を送りこんだのである。



「どうして? どうしてこれだけの力があるのに人間なんて虫けらみたいな者の言う事を聞いているの?」



 牙千代はノルエルが無邪気な瞳で聞くさまに殴ろうとした手を止める。そして口元に手を置いて考える。



「では逆に聞きますが貴方はどうして神とやらに従うんですか?」



 それにノルエルは力の入った瞳で言った。



「神は私達をおつくりになった。だから私は神に従うのです。神は絶対の存在で最も美しく正しいからです」

「では分かりますね。私にとってのそれが主様だからです」



 ノルエルは驚愕した表情を見せる。そして牙千代の嬉しそうな表情を見てノルエルの胸が高鳴った。

 ドキン。


(邪な者なのに……なんて……なんて美しいのでしょう)


 ノルエルを包む光が僅かながら照度を落とし翼の純白も少し濁っていく。ノルエルはこれ以上耳を傾けてはいけないと思いながらも牙千代を攻撃する気は無くなっていた。



「そういえば、ノルエル殿」

「はい」

「天使という存在なんですよね?」



 今更だがノルエルは頷くと牙千代は自分自身に指刺して言った。



「神に仕える者という事だが、私も鬼の神、鬼神です。神に仕える者では私には到底太刀打ちできるわけないでしょう」



 ノルエルは自分の仕える神と牙千代は違うと言い返したかったが、牙千代の強さ、そして美しさに逆らう事がどうしてもできない。



「……そうかもしれませんね」



 認めてはいけないと頭では考えるが心がそれを許さない。ノルエルは自分の中の神を失わないように牙千代に言う。



「神はこの世界を救おうとなさっています」

「ほう」



 牙千代が耳を傾けるのでノルエルは胸を張って詩でもうたうように神について話す事にした。



「神は加護を受けた少女に力を貸し革命を起こさせた事もあります。愚かな人間の軍勢に対して天使の軍を派遣させた事だってあります。そして極め付けは悪魔との大戦争、悪魔の王であり最も美しかった堕天使を討った事など記憶に新しいです。ですが御劔という人間は神に背く力を使い一度天使を退けています。そんな危険な御劔の人間といるより、私と来ませんか? 貴女の力と美しさなら神も」



 クックックと牙千代は嗤う。ワインの瓶をもう一つ空にするとペン回しのようにくるくる回していた煙管を一口吸う。



「つまらんですね」

「な、何がです!」

「神とやらはつまらん奴ですね。その程度の事しかできないなんて、それも全て他者の力じゃないですか」



 そう言われてノルエルも黙ってはいられなかった。神よりも優れた者などこの世界には存在しないし、してはいけない。



「だ、だったら貴女の神である人間は大層ご立派なんでしょうね!」



 その言葉に牙千代はこくりと頷く。



「えぇ、私の命の恩人であり、私が全てを尽くそうと思っている方ですよ」



 倒れている虎太郎を見て目を細める牙千代にノルエルはなんだか嫉妬し、先ほどまで気絶していたハズの黒坂がむくりと起き上がって手を挙げた。



「私もそこの所、聞きたいわぁ」

「まぁいいでしょう。冥土の土産に教えてあげますよ」



 人間の黒坂と天使のノルエルはゴクりと喉を鳴らしながら牙千代の話に耳を集中させる。



「我が主様に私が従う理由、それは主様は世界平和を私に見せてくれると言ったからです」



 まさかの答えに黒坂もノルエルも目を丸くさせる。



「えっと、牙千代ちゃん、意味が分からないわ」

「そうですね。闇である貴女が平和を望む理由が私にも分かりません」



 牙千代は腹を抱えて笑う。



「別に私は世界平和なんて望んではいませんよ」

「だったら……」



 ノルエルを面白そうに見て牙千代は言う。



「人間が万物の霊長に立って今まで、世界平和が実現した事があったでしょうか? 恐らくないハズです。人々の闇は私達鬼並みに深い、世界を征服させた者がいないくらい世界平和は訪れない。何故なら全ての人間が世界平和だと思える状態が違うハズなのだか、某国では恐らく自国が全ての大陸と島を占領した瞬間を世界平和と言うかもしれません、あるいはそんな国を滅ぼした瞬間が世界平和だともいえるかもしれません。こんなに面白い事はありますか? 答えがはなから存在していないんですよ。ですが主様は私に世界平和を見せてくれると言ったのです」



「じゃ、じゃあ貴女と御劔さんの条件付けは? 一体どんな条件づけだと言うの? 天使をも超える鬼神の力を解放出来るなんてとても普通だとは思えないわ」



 牙千代は拳をぎゅっと握るとそれを黒坂の顔の前向けた。



「なんですか?」

「私の力の解放は主様をこの手で傷付けた時。それがギミックです」

「そんな、という事は牙千代ちゃんは好きな時に力を解放できるというの?」

「えぇ、まぁそういう事ですね」

「本来そんな事はありえない。いつ自分に牙を向くのか……あっ、私達と同じ」



 牙千代は黒坂が理解した事に満足して頷く。



「そういう事です。私と主様は共存しているのです。私は恩義もあるので従っていますが主様にはその気は毛頭ないハズです」



 ノルエルがワナワナと俯いて震える。その様子に牙千代は鋭い視線を送り静かに言った。



「まさかとは思いますが、まだやる気ですか?」



 ゆっくりと顔を上げるノルエルに牙千代は一歩退いてしまった。



「牙千代お姉さま」

「……はい? オネエサマ?」

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