天使っ!

「お嬢、逃げよ……」



 黒坂は逃げずにそこに立つ、玉藻を地面に優しく寝かせるとカツカツと牙千代に歩み寄る。死の匂いを漂わさせている牙千代に人の身に対峙する事に牙千代も少々の関心を見せる。



「御劔家の鬼神、深淵鬼。お見事です。我ら役家の完全なる敗北」

「やる前から勝負は見えておったろ?」



 牙千代の放つ強烈な瘴気で黒坂は意識が持って行かれそうになる中、真っ直ぐに立ちこう言った。



「私の、役黒坂の命を持って幕を降ろしてはくれませんか? そこにいる三人は私の協力者、私の式でもありません」



 牙千代は先ほど黒坂が飲んでいたワインの瓶を取るとそれをひょいと飲み干す。そして煙管を吹かした。



「ほう、それだ。妾が不思議だったのが貴様等の関係。術で縛っているわけでもなければ貴様が奴等に操られているわけでもない。貴様等は一体なんなのじゃ?」



 牙千代が今まで見てきた霊能力のある術者というのは使い魔を道具のように扱う。そして使い魔も恨みつらみを含みながら術者に強制的に従っていた。



「友達よ」

「ほう」

「私の家は貿易で大きくなったの、陰陽術なんてもう古いってね。世界中飛んだわ。でも私は一族の力を色濃く受け継いでいた。何処に行っても気味悪がられ、気が付けば友達と呼べる者は世界中で迫害を受けてきた妖怪や妖精なんて言われている子達、だから私は私と彼らが笑って暮らせる世界を作る。そして日本で御劔の名前を知った。鬼と共にあった一族、その一族と力比べをして鬼を奪えば業界でも有名になり……」

「はっはっは、あーっはっは」



 突然大笑いする牙千代、それに黒坂は言葉を止める。



「あまりにもつまらんでの、そして野望もこまい、それでは我が主様には勝てんのも分かるわ。とんだ茶番であった」



 牙を覗かせて、着物から牙千代の白い肌が見える。その美しさはこの世の者でないが故に出せる物なのかもしれないと黒坂は思った。



「牙千代ちゃん、どうぞ何処からでも」



 目を瞑って最期の時を待つ黒坂に牙千代はゆっくりと右腕を向ける。右手には禍々しい力がどんどん集まっていく。

 最初に妖怪退治をした時にホテルごと吹き飛ばしたあの力であった。それもあの時とは比べ物にならない。



「やぁだぁ……黒坂を……殺さないでぇ」



 玉藻が這って牙千代の足にすがる、それが少女の姿の牙千代なら何か躊躇もしたかもしれない。

 だが、今玉藻の前にいるのは鬼神。



「なんのつもりぞ?」

「やめてぇ」

「獣風情が妾に触れるな」



 ゴン。

 牙千代は思いっきり蹴り飛ばした。玉藻は人型を取る事も出来ずに尾の多い狐に姿を変えた。何も黒坂を守る者がいない事を確認して牙千代は手の中の邪悪を解き放った。



「それではの」



 黒坂も自分の最期を覚悟したその時。

 シャアーーーー!



「羽根?」



 大量の羽毛、それも黄金に輝いているそれが辺りを包んだ。牙千代の放った邪悪なエネルギーを吸い込み神々しく光り輝く者が頭上に現れたのである。



「ほう」



 牙千代はペロりと舌を出してその突然の来訪者を見つめる。それは四対の翼を広げた美しい少女。

 半目を開くとそれは人間の言葉を話した。



「私は熾天使してんしノルエル、そこにいる神の反逆者・御劔虎太郎の命を奪う為に汚らわしい地上に赴いた。そしてそこな悪魔よ」



 ノルエルは牙千代をチラりと見てそう言い放つ。



「妾の事かえ?」

「人間の世に不幸と死の匂いをまき散らす不浄なる者よ。このノルエルが消滅させてくれよう。神の名の元に命ず! 不浄なる者の名を答えよ」

「妾は鬼神・深淵鬼。いまは牙千代と呼ばれておるな」



 ノルエルの口元が緩み、牙千代に指を指すと大きな声でこう叫んだ。



「悪魔、キシンシンエンキ。またキバチヨ。この世界から消滅せよぉ!」



 綺麗な姿勢とポーズでそう叫ぶノルエルに鬼神となった牙千代も目を丸くした。何故なら、ノルエルはただたんにそう叫んだだけなのである。



「冗談で言っておるのか?」



 ノルエルはポタポタと冷や汗をかきながら、我に返ると腰に手を当てて次はこう言った。



「悪魔め、嘘の名を言ったな! 真名を教えなさい」


(成程の、こやつ馬鹿か)


「いずこから現れた何者やは知らんが邪魔をするならば貴様も消してやろうかの?」



 禍々しい力を両手に溜めて牙千代はクククと笑う。それにノルエルが倒れている黒坂や玉藻達を見て両手を握りかがむ。



「悪魔と神に背きし人間を止めようとした偉大なる勇者達よ。私はそなた達の行いを称賛し力を貸しましょう」



 黒坂は先ほどまでの緊張感がなくなり、ノルエルを見て息を荒げていた。確かにノルエルは童顔だがスタイルもよく可愛い。


(本当に黒坂の目的は虐げられた存在の国を作る事だったのだろうか? 自分の変態王国を……いややめておこう。変態の考える事に鬼神である妾が分かるわけがないしの)



「のぉ、ノルエル殿とやら」

「何?」

「そやつ、貴様に性的興奮を覚えておるが不浄な者ではないのか?」



 ノルエルはハァハァしている黒坂を見て微笑む。



「私は神の使い、いかなる者よりも美しい。だから下等な人間が私に欲情するのもしかたがない事です。では人間にご褒美をさしあげましょう。私に一つだけ何をしてもかまいませんよ」



 黒坂はそれを聞いて瞳孔を開いて言った。



「じゃ、じゃあノルエルちゃんのスカートの中を覗かせて」


(うわぁ……)


 牙千代はどうしてこんな奴を殺そうとしたのかと考え、やはり世の為には殺した方がいいのだろうかと少し困惑する。

 そしてノルエルは黒坂の願を聞き、白くすらりと伸びる足を前に出して黒坂の願に答えた。



「ハァハァ……はぁ!」



 黒坂の興奮は突然戸惑いにかわり、そしてぶっ倒れた。今殺そうとしていた黒坂だったが牙千代は黒坂に駆けよる。



「黒坂殿、どうした? 何を見た?」

「ズー」

「ずー?」

「動物園、引っ越し」

「何を言っておる。しっかりせぇ」

「……ぞおさん」



 その言葉を最期に黒坂は気絶した。牙千代はだいたい内容を理解してノルエルを取るに足らない者を見る目でこう言った。



「貴様も変態か」

「変態? これの事ですか?」



 ノルエルは黒坂曰くぞおさんを牙千代に見せる。牙千代は瞳孔を開いてそれを思いっきり蹴り飛ばした。



「……!」



 ノルエルはお腹を抱えて痙攣する。それは男にしか分からない強烈な激痛。ノルエルは涙を流しながら叫ぶ。



「貴様っ、卑怯な」

「卑猥な奴に言われたくはありません」



 牙千代の喋り方が普段虎太郎といる時の物に戻ってきていた。怒りや憎悪が段々と薄れてきている。



「聖なる力であなたを光と共に散らしてあげましょう

「性なる力って、ほんとキモいですね。そこの黒坂といい、お空からの変態といい。いいでしょう貴女も夜に返してあげますよ」



 ノルエルは牙千代の懐に瞬間移動したかのように近づく。そして輝く手で牙千代を貫こうとする。



「なんというか遅すぎて欠伸がでそうですよ」



 欠伸をしながらノルエルの後ろに牙千代は立つ。そして拳を握りしめるとそれをノルエルの頭上に叩き込んだ。



「きゃああ」



 ノルエルは黒坂の従者と圧倒的に違う点があった。それはタフネス、鬼神の力を解放した牙千代に本気で殴られても痛がる程度なのだ。しかし牙千代との力の差は歴然。

「死なないなら死なないで死んだ方がいいと思えるくらいの苦痛を与えてあげますよ」

 立ち上がる。

 叩き潰す。

 立ち上がる。

 叩き潰す。

 牙千代もそろそろ飽きてきたなと思った時、ノルエルは身体中に光を集めだした。大技が来る瞬間。



「八つ裂きにしてあげます邪悪な闇の眷属よ」



 光で出来た輪が無数に浮遊する。それは全て牙千代に向かって飛びかかる。咄嗟に直撃を防ごうとガードした腕が跡形もなく吹き飛んだ。

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