第五章 深淵鬼降臨っ!

 異常な文様の浮かぶ瞳、されど真っ直ぐな眼差し。そこにいた者は皆その瞳の虜になっていた。

 そんな虎太郎は死んだハズの牙千代を呼ぶとそのままゆっくりと倒れていく。

最初に反応したのは黒坂だった。



「な、何を馬鹿な事を・・・・・・最高の式使いは役家の役黒坂、私よ」



それを聞いて、玉藻達は頷くが、一瞬にして殺気を感じる。人ならざる玉藻達は黒坂よりも先にそれを感じ、しばらくして黒坂本人も異常事態に気がついた。

妙に濃い霧。

それが霧なのか、あるいは目の前に現れた女性が吸う煙管きせるの煙なのか、そんな事は黒坂達には関係無かった。

 その女性があまりにも美しく、そして恐ろしい。



「貴女は誰?」



 死そのものを感じさせるその女性に話しかける意気地がある黒坂に使い魔である玉藻達も戦意を取り戻す。



「妾か? もう忘れたのか? 寂しいのぉ、鬼神・深淵鬼しんえんき。今は牙千代と呼ばれておったが?」



 全員はそれが牙千代であるという事は薄々気がついてはいたが、あまりにも違う見た目、そして圧倒的な殺気がそれを同一とは頭が認める事はできなかった。



「せ、聖水で清めた剣で首を刎ねたのに、不死身の吸血鬼を殺す事だってできるのに!」



  取り乱した黒坂の言う事をある程度聞いて牙千代は煙管の煙りを吸う。その一挙動、挙動が神秘的なその動き。



「そうか、で? 鬼神の殺し方は調べておらんかったようだの? 妾は闇そのもの、夜そのもの、闇を切れるか? 夜を殺せるか? 人間風情が浅ましい。主様の瞳を使わせたのだ。それを冥土の土産に死んで逝け」



 決定した死を黒坂が覆う。



「黒坂ぁ、逃げてぇ!」



 スカートから重機関銃を取り出し牙千代に向けて躊躇せずにそれを放つ。

 ガガガガガガと命を奪う音が響く。そして、それを放った玉藻と黒坂は青い顔をして現実を見つめる。



「面白いのぉ、鉄の豆がバラバラと」



 左手から、弾丸がばらばら落ちる。あの瞬間に牙千代はその全てを掴んでいた。それは右手も同様でそれを見て牙千代は思い出したように言う。



「玉藻殿、逃がしてやろう。友としてな。人間に調伏され、さぞかし辛かったであろう。さぁ、はようっ!」



 ブルブルと玉藻は震える。その様子に黒坂は笑う。逃げてもいいよという無言の了承。それに玉藻は首を横に振った。



「嫌だぃ! 黒坂は僕の友達なんだぁ! 僕が守るんだぁ!」



 無謀にも玉藻は牙千代には通用しない機関銃を再び向ける。それに牙千代はハァとため息をついて語りだした。



「妾、一度してみたい事があっての? こうやって端午の節句に人間の童が豆をまくんじゃ、こうやっての。鬼はぁーそとぉっ!」



 手に持った弾丸を玉藻に向けて投げつける。



「キャン!」



 それは玉藻の身体を貫通し、致命傷を負わせる。動かなくなった玉藻から牙千代は別の者に視線を動かした。



「吸血鬼と言ったか? 貴様では妾には勝てんかったろう? よもや鬼神の力を全解放しておる。次はすり潰す程度はすまんぞ」



 それを聞いたルシアはクククと笑う。



「あの時と違い今宵は満月だ。満月の俺は真祖に匹敵する力を持つ」

「ほぉ、でどうする? その真祖とやら、鬼神より強いのかぇ?」

「無論だ! 因果すら曲げる真祖の力とくと見よ! ダークネスレイジ!」



 ルシアはそう言うと両の手より真っ黒な暗黒のエネルギーを放った。それに牙千代は触れると腕が消えた。

「この闇はすべてを飲み込む夜の夢、夢に喰われていなくなれ」

「のぉ、吸血鬼。貴様之ほどの力を持ちながら何故に人間につく、その黒坂という娘、その年齢にしては中々の力を持つがお前が従う程ではなかろう?」

「黒坂は俺に夜の世界をくれると約束した。そこに縁が生まれ、俺の世界が生まれた。玉藻の不思議の国とは比べ物にならんぞ! 我が力、魔王城」



 景色が変わる。

 禍々しい城を背に、人間の世界とは思えないような漆黒の町。



「終わりだ小娘。満月の夜に散れ」



 再び闇のエネルギーを放ち牙千代を包む。牙千代の身体は闇に飲まれて消える。そのあっけなさにルシアは自分の力に憔悴し、黒坂は「終わったの?」とルシアに聞く。



「あぁ」



 と言う前に突如闇の中より、ルシアの首を掴む者。

 もちろん牙千代。



「ふふっ、貴様。妾を闇の眷属と言ったよの?」

「そ、それがどうしたぁ!」

「妾、闇の眷属ではなく闇そのもの。鬼という者を貴様らは誤解してはおらんか? 貴様らのような異形の生物か何かと、妾達鬼は夜そのもの、消す事も殺す事もできぬ。鬼を滅ぼすには鬼を持って行うか、世界そのものを屠らんと無理だろうな」

「馬鹿な・・・・・・お前は真祖よりも上位の何かだというのか?」

「さぁの、じゃが貴様は妾の力でやられる。それだけは事実じゃな」

「くそぉおおお、ダークネスレイジ!」



 闇を掴むと牙千代はそれを取り込む、それに合わせてルシアが牙千代との距離を縮めた。そして牙千代の首に噛み付く。



「ならば、その力を取り込んでくれるわぁ」



 ごきゅごきゅと凄まじい勢いで牙千代の血を吸引するルシア。飲む度にルシアの身体が大きくなる。



「ほう、血を吸われるとは思いもしなんだ」

「なんだこの力、あふれてくる」



 ルシアは牙千代の血を奪った事で得た圧倒的な力、それを行使しようとした時、牙千代に次は噛み付かれた。



「なっ・・・・・・」



 牙千代の吸引力はルシアのそれとは桁違いだった。たった一吸いでルシアを干物のように干からびさせた。



「不味いの」



 大怪我の玉藻を抱えた黒坂、それを見て牙千代は一歩、近づこうとすると白銀の刀身が牙千代を襲う。



「なんじゃ貴様は?」



 日本刀を二振り構えた者。



「私は鞍馬天狗くらまてんぐ、名を天海」



 その名を聞くと牙千代の表情が真剣な物になる。



「天狗か、始めてみたっ」

「異国の者共ではお前にかなう事はなかったが、いかに鬼神といえども神通力を持つ天狗相手ならば畏怖するか?」

「全然」



 にやりと笑った牙千代はルシアが放ったような暗黒の波動を放つ。



「鬼神砲!」

「破ぁ!」



 持っている日本刀で天海は牙千代の力を切った。それには牙千代も驚き再び戦闘体制に入る。高速の剣をよけながら牙千代は自分の拳を叩き込む。

「天狗、どれほどの者かと思ったが鬼神の敵にあらず」

 天海は刀を合わせると一振りの刀に変える。

「大天狗でもなければ貴様と同じ舞台では舞えんか」



 天海が自分の力では到底牙千代には敵わない事を理解した。それでも尚力を高める天海。大怪我の玉藻、干からびたルシア、そして命を捨てようとしている天海。それらを見て牙千代は首をかしげる。



「はてな」

「なんだ?」



 牙千代は天海の問いかけに牙を見せてふふふと嗤う。



「貴様等、何故この人間に仕えるのかと思っての、どれも妾と比べると足元にも及びはせんが中々の手練れ、長くも生きてはおろう。その娘の力が強いとかそういうわけで仕えているとは思えなんでな? 何故だ?」



 天海は突きの姿勢を取るとそれを放ち同時に答えた。



「答える義理はない!」

「それもそうだの」



 ボキッ……

 天海が全身全霊の力を籠めて放った突きは刀ごと小枝のように牙千代に折られた。そして間髪いれずに天海の身体にも牙千代は力を叩き込む。



「終焉の時よ」

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