切り札っ!

 ルシアは牙千代の腕をキャッチするとその血を啜った。



「今日はニンニク臭くないな」



 虎太郎は表情を変えずにそんな惨状を見ていた。ワインを一飲みすると黒坂は話し出す。

 そして面白そうに虎太郎を観察。



「ねぇ、牙千代ちゃんがあんな風な姿になっているのに御劔さんは何とも思っていないようですね」

「そんな事はないですよ。自分の家族が傷ついていたら不愉快ですね」

「じゃあ助けてあげる代わりに、私と取引しない?」

「取引ですか?」

「役に御劔は負けたって認める事と牙千代ちゃんを私に頂戴」



 その言葉に虎太郎の繭がピクりと反応する。それを目敏く気づいた黒坂は虎太郎の弱点を見つけたように喜ぶ。



「それは俺が決める事じゃないです。牙千代が黒坂さんの所に行きたいというのであれば俺は止めませんし、そう言うなら勝負をしたつもりはないですが負けも認めます」



 虎太郎の言葉は全て牙千代主体。



「全部あんな可愛い女の子に委ねるんですね」

「そういう契約ですから」



 契約。

 黒坂が一番知りたかった言葉、鬼と契る為には何らかの契約が必要、それは人間にとって都合のよい契約にする事が多く、その代わり契約を認めれば鬼にある程度の自由が与えられる。鬼の望む契約によって力は随分変わる。



「牙千代ちゃんは鬼神、なのにあの弱さ。貴方は相当な条件付けを牙千代ちゃんにしているんでしょう? 例えば人間を襲ってはいけないとか、私なら牙千代ちゃんの思い通りに生かしてあげる。三人とも、攻撃を止めて」



 黒坂の号令の元、玉藻達は手を止めた。

 片目は半分開かなくなり、切られた腕からは出血が止まらない。見るも無残な姿をした牙千代。牙千代の目の前まで来ると黒坂は牙千代を抱きしめる。血で汚れる事も厭わずに力強くぎゅっと。



「ねぇ牙千代ちゃん」

「……なんですか?」



 虫の息で牙千代は返すとその頭を撫でながら黒坂は優しく言った。



「私の所に来なさい。好きな物を好きなだけ食べて、いくらでも欲しい物を用意してあげるわ」

「……」



 虎太郎は黙っている牙千代の心がなんとなく読めた。


(あっ、地味に迷ってる)


 欲の化身たる鬼にとってあーいう囁きは最も強力だったりする。牙千代は何とか首を横に振る。



「私の何がいいんですか?」

「女の子! 私女の子が大好物なの」

「玉藻殿がいるではないですか?」



 黒坂は唇に手を当てて笑うと言った。



「玉藻ちゃんは可愛いけれど男の子なの、だから、鬼で美少女の牙千代ちゃんじゃないと私興奮しないの」



 虎太郎と牙千代は玉藻が男の子である事に少々驚きながら、狂気に満ちた黒坂の次の言葉を待った。



「そうですか」

「そうなの、牙千代ちゃんは手が一本ないくらいどうって事ないわ。とても魅力的よ。私の所に来なさい。大事にとってもかわいがってあげるから」

「お断りします」



 黒坂はまさかその言葉が返ってくるとは思わなかったようで唖然としていた。今まで見せた事のないような顔で黒坂は嗤う。



「どうして?」

「貴女気持ち悪いんですよ。私は貴女の物にはなりませんし、御劔の家も貴女には負けません。お分かりですか? 貴女、アウトオブ眼中なんですよ。これで用は終わりですね。帰りましょう主様」



 そう言って大怪我である事とか今の状況など顧みず牙千代は家に帰ろうとする。だがもちろん黒坂がそれを許すわけはなかった。



「……いらないわ」

「はい?」



 牙千代が面倒くさそうに聞き返すと黒坂は理性を失ったように叫び散らした。



「もういらないわ! 私に愛玩されたくないなら牙千代ちゃん、貴女を殺して私の物に、永遠になりなさい。みんな、彼女を殺していいわ!」



 牙千代に向けて容赦ない銃弾の雨、残った腕が蜂の巣のようになり、ルシアの攻撃をその状態で回避した先には銀色の刀身があった。



「さらばだ鬼よ」



 ゴロン。

 常人なら胃の中の物を戻したかもしれない。牙千代の胴体から頭部がボールのように転がった。それにはさすがに虎太郎も立ち上がる。



「あはは、これで牙千代ちゃんは永遠に私の物、残念でしたわね御劔さん」



 黒坂はふと虎太郎の様子がおかしい事に気が付いた。今まで牙千代がどんな状態でも我関せずを貫いていたのに、今の虎太郎は黒坂を睨みつけている。



「さすがに怒りました?」

「俺にやる気をださせたんだからそりゃ怒りますよ。牙千代があーなったら俺が頑張るしかないじゃないですか、どうするんですか? 四対一でやりますか?」



 虎太郎は玉藻達と黒坂見てそう言う。まさかこの状況を覆せるとは黒坂は思っていないが人差し指を立てて言った。



「いいえ、一対一にしましょう。役対御劔、どちらが本当の鬼使いなのか」

「いいですよ。その前に少し牙千代の様子を見に行っていいですか?」



 もう動かない物となった牙千代、それに黒坂は了承する。虎太郎は牙千代の頭部を拾うと口を開けさせる。

 そしてその牙で自分の腕を傷つけた。



「最後の別れは済ませましたか?」

「いいえ、では始めましょうか?」



 黒坂は小さな壺を取り出す。それにはお札が何枚も貼ってあり、いかにもわけありな空気がプンプンする。



「それなんですか?」



 虎太郎の問いかけに待ってましたと言わん勢いで黒坂は話し出した。

「役の家はどんどん衰退していき、化け物を封じる力も比例して弱くなったんです。そして現代では鬼なんて殆どいないのが現実、だから私は古い文献をもってして鬼を作る事にしたの、弱い化け物を集めては調合し、出来上がったのがこの剛魔土蜘蛛ごうまつちぐも、恐らく歴代最強の鬼と言っても過言ではないハズよ。この封印を解けば御劔さん、貴方は確実に死ぬでしょうね」



 虎太郎は牙千代の牙で傷ついた腕を拭きながら壺を凝視して頷く。



「多分それは永遠に訪れません。はやく出したらどうですか?」



 虎太郎の態度に黒坂は冷静に土蜘蛛の解放という形で答えた。



「オン、ヴァサラ、ウンケン、ソウカ……」



 壺から目に見える程の瘴気が漂う。そして黒坂の三人の従者が黒坂を支える。それ程までに強力な力なのだろう。

 しかし虎太郎には正直どうという事はなかった。



(この力を使うのって牙千代助けた時以来か)

「いでよ。最強最悪の剛魔・土蜘蛛!」



 壺が割れ、中より巨大な何かが出てきたハズだった。



「あれ……」



 しかしそれは何処にもいない。



「黒坂さん、引き分けです」



 虎太郎を見るとその瞳が輝いている。その様子にたじろいでいる黒坂を見て玉藻がマシンガンを発砲した。



「そんな」



 マシンガンの弾はゆっくりと元々の材料に分離して消えていく。



「滅眼と言われているんです。いかなる物も無かった事にする俺の持つ唯一の特殊能力です。黒坂さん。今までの行いで俺は黒坂さんを悪と判断します」



 パラパラと鳥の羽のような物が二人の間を舞う。それが何なのかという事より異形の目をした虎太郎から目を離せないでいた。



「ちなみに俺と黒坂さんは引き分けでしたけど、牙千代は負けず嫌いなんですよ。多分まだ負けたなんて微塵も思ってないハズです」



 黒坂は怯えたような瞳で言う。



「牙千代ちゃんは殺したわ、既にそこで死んでいるじゃない」



 はぁと虎太郎はため息をつくと大きな声でこう叫んだ。



「正義執行。逢魔ヶ刻だ。牙千代っ!」

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