エピローグ きたくっ!!

 私は少々薄くなってきたお茶を入れてコトンと主様の手元に置く。



「ありがとう」



 私達の前にはスーパーのお弁当が配膳されている。今日は十二月二十四日、日本の一般家庭ではチキンやケーキ等のご馳走が並ぶ楽しい日、もちろんそんな贅沢をするお金は私達の家にはないので少しばかり頑張ってスーパーで三割引されていたから揚げ弁当を購入したのです。 これでも随分生活費を削った出費なんですよ!

 その代償はネットサーフィンの二日間禁止、仕事依頼でのメール確認以外はパソコンを起動しない。当分はふりかけご飯、それも1日1食となったわけです。

 粛々と食べる私、唐揚げは最後に食べる為に手をつけてはいない。ご飯は付け合わせのおしんこと金平で食べ進める。

 これがなんとも微妙な空気が流れているので主様はお茶をすすって話しかけてきました。



「おいしいね」

「・・・・・・はいそうですね」

「今年は雪が降るかな?」

「・・・・・・だといいですね」



 言う事はこれくらいしかないんでしょうか?。

 私は今日くらいは慎ましくともケーキを食べて、大きなチキンを主様と並んで食べようと思っていたのです。



「この唐揚げどこ産かな」



 カチン!

 この一言が私の我慢の緒が切れた瞬間でした。



「食べ物が何処産かなんて今の私達が気にできる事ですか? まずは飯ありなんですよ! 贅沢したいですよ畜生! 今頃この半径20キロ圏内はどこの家庭もパーティーですよ。ケンタッキーのバケツが並んで調子に乗ったお母さんが普段作りもしないデイップ作ってリッツ貪るんです。嗚呼羨ましい!」



 欲望の化身、鬼である私だってが駄々くらいこねます。

 ですがそれでも普段滅多に食べられないスーパーの弁当は食べ続けます。主様は何故か時計を見たり妙にそわそわしていますし、それがさらに私をイラつかせます。

 なので平穏を取り戻す為、楽しみに私が取っていた唐揚げをむしゃむしゃと食べ始めます。

 これは想像以上の美味しさです。あの柔らかい衣と独特の胃を刺激する美味い匂いに私はしばらく頬を染めて咀嚼する事を強制されます。

 これ以上に優しい強制はあるでしょうか? いや、ありません。


(想像以上においしかったですね)


 最後まで惜しむように味わって飲み込むと、妙に暗い顔をして私は薄ら笑いを浮かべました。



「ご馳走様、私はこれからケーキでも絵に描いて眺めます」

「それはいくらなんでも悲観しすぎやしませんかね?」

「えぇ、でしょうね。でも食べれないならせめて想像の中のケーキくらい現実の絵に表しても誰にも文句言われませんよ」



 誰にも迷惑はかけないでしょうが、さすがの主様も呆れています。それにしても人間の遠く及ばない存在、神の使いですらねじ伏せる鬼神と呼ばれた私の行いにしてはあまりにもみみっちいのですね……



「ふんふんふーん♪・・・・・・はぁ」



 楽しいのか楽しくないのかしていてとても惨めになる私の姿、主様はお茶をすすりながら、弁当の付け合せである柴漬けを食べています。主様もまだ十代の青春まっただ中のハズなのにじじいくさすぎます!

 その時、主様の部屋のインターフォーンを押す音が微かに聞こえた。

 何故微かに聞こえるかというと何処かで断線していて音は鳴らないのでカスカスと音が聞こえた後に玄関をドンドンとたたかれます。



「くっ、この後に及んで貴子が馬鹿にしにきたんでしょうか?」



 今、貴子がフライドチキンでも食べながら家に来たらさすがの私も泣くだろうかと思いながら、怯える私をそこで待機させて玄関に向かう主様。



「はーい!」

「御劔さんですか? 荷物が届いてます」



 主様はやっと来たかと荷物を受け取ってサインをした。宅配の男性は主様には絶対できないであろうにこやかな笑顔を見せて帰って行った。

 受け取った物は小包くらいの大きさ、それを持って部屋に戻るとストレスで死んだような瞳をしている私の姿を見て主様は微笑む。



「牙千代」

「ひぃ・・・・・・あ、あるじしゃまあ」



 漏れるかもしれないとはしたない事を思いながら主様にしがみつく私、さすがにクリスマスまで貴子に虐待されるなんて絶望があれば私はこんな世界を修正しようと思います。

 しかし、どうやら貴子ではなく宅配屋さんだったようです。主様の持っている紙袋を見てそれはなんでしょうか? と質問しようとした時、主様は普段通りの表情で私にそれを押し付けるように渡した。



「???」

「メリークリスマス」



 へっ? え?

 理解するのに数分かかった私でしたが紙袋を丁寧に開けるとそこには赤いマフラーが入っていました。



「主様これって」

「最初に玉藻ちゃんの依頼でもらったお金で買ったんだ。多分またお金残らないだろうなと思ってたし、牙千代には普段世話になってるからね」



 そういえば何か買ってましたね!

 ……主様、ラブ!

 そんな私達を祝福するように外にはパラパラと雪が降り出した。なんという都合よくて物わかりのいい空なんでしょう。



「主様、外行きましょう外」

「えぇ、寒いし、外行っても何も買えないからいいよ」

「そんな事いわずにー」



 嫌がる主様を無理やり外に出して夜道を歩く、もしかしたら積るかなとか思いながら、これで明日から依頼あれば最高だなとか思いながら私は真っ白な高級コートに身を包んだ黒髪ぱっちゅん女を無視しようとした。



「あら、お手て繋いで仲良さそうね」

「貴子姉さんこんばんわ」



 くだらない奴に会ったなとか、お前はオタサーの姫かとか思いながら早くその場を乗り切ろうとしたら貴子はどうやら予定がある様子です。



「時間ないから私行くわね」



 ほっ。



「言い忘れたけど、家賃あと一週間後だからね」



 私は古の時代より恐れられてきた鬼、その中でも神の位置に存在する鬼神、その強さや日の本を駆け巡り、その愛らしさや世界中から求婚を受けたものでした。

 そんな私がただただ土下座をするしかない、平成という貨幣経済が具現化した魔物。お金がなければ心が荒みます。



「主様、仕事探しに行きますよ!」



 とりあえず世界平和よりも年を越す事を真剣に考えてみようと思います。

 ね? 主様。

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