北京ダックっ!
「二人ともよく来てくれました。ああん! 牙千代ちゃんのその恰好おいしそう」
「ははっ、ありがとうございます。そして近寄らないでください」
黒坂と玉藻に迎えられるとその巨大な屋敷の中に入った。屋敷の中には大きな鬼の石造が一体。
それを虎太郎が眺めていると黒坂は言った。
「それは役の先代が使役していたと言われる後鬼です」
「後鬼ですか?」
牙千代がピクりと反応するのをチラ見しながら黒坂は自慢げに話した。
「えぇ、当時都を脅かしていた鬼の頭領です。あまりの力に都の陰陽蓮も手を焼いていたとか、先代は数年に及ぶ山籠もりの修行で他を寄せ付けない法力を身に付け後鬼を調伏し使役させたそうです」
「へぇ、凄いな」
関心する虎太郎に黒坂は呆れ顔で質問する。
「御劔さんの家も鬼と関わり鬼を使役する家なのでわ? 何か面白い話があれば今日の食事のスパイスにでもと思うのですが」
虎太郎は頭を掻きながら苦笑して答えた。
「特にそんな黒坂さんの家みたいな凄い話ってないんですよね。俺の家は鬼と共存していく家ですし、争いごとをあまり好まない家系なんですよ」
「あらそうなんですか」
口に手をあてて黒坂は勝ち誇ったような態度でオホホと笑う。
「かの有名な酒呑童子に一矢報いたのも私の家系の者だったりするんですよね」
「あー、酒呑童子の叔父さんですか!」
突然信じられない所に喰いつく虎太郎に黒坂は余裕の態度を崩さずに頷く。
「あら、御劔さんもさすがに知っていて?」
「はい、小さい頃よく遊んでもらいましたね。釣りに連れて行ってもらったり、山の幸を取りに行ったり、お酒飲まなかったらすごい優しい人だったんですよ」
虎太郎の昔話に牙千代うんうんと頷く。黒坂はプルプルと震えながらなんとか笑顔を作って言った。
「そ、そうなのへぇ」
「黒坂、お料理冷めるのぉ」
玉藻に言われて我に返ると、黒坂は虎太郎と牙千代をとてつもなく広い部屋へと通す。そこにはターンテーブルがあり前菜の準備がされていた。
「高級中華料理店みたい」
虎太郎の言葉に満足したように黒坂は二人に席につくように言った。
「さぁ、口に合うといいのだけれど」
前菜は生春巻きとカルパッチョ。
牙千代は虎太郎にしか聞こえないように特殊な力を使う。
(主様ぁー、主さまぁー。刺身ですよ刺身! 何年ぶりでしょうか? そもそも中華に刺身なんてありましたっけ?)
(昔テレビで言ってた。刺身は元々中国のものなんですよ! って)
(あれ嘘ですよ)
(えっ、そうなの? でもまぁこんな生のタンパク質取る機会なんて中々ないじゃないか、この際胃に入ればなんでもいいんだけど)
わくわくしながら虎太郎は生春巻きを食べると頭をガタンとターンテーブルにぶつけた。
「主さま!」
突然の出来事に黒坂達も驚く。数分後に虎太郎は頭をゆっくりと持ち上げて小さくこう言った。
「美味い。水菜がシャキシャキしてて中に入ってるチーズが凄いアクセントになってる」
「そんなに美味しいんですか? わ、わたしも」
綺麗な箸使いで牙千代は小さく切った生春巻きを食べると虎太郎同様テーブルにガンと頭をぶつけた。
二人はいつもギリギリの生活をしているのであまりにも高価な物を食べると一瞬フリーズする。
海老焼売、乾物のスープどれも美味いという一言では語りつくせないような品々ばかりだった。
「さぁ二人とも前菜だけでお腹一杯になられたら困るから余興を入れましょう」
すると一緒に席についていた玉藻がテーブルから離れたステージに向かう。
「おや、玉藻殿」
バターの味がする唐揚げにレモンと塩をかけると牙千代はそれをパクりと食べて玉藻の余興を見る。
玉藻は双宝剣を鞘から抜くと構えた。
「剣舞ですか」
「剣舞?」
虎太郎はカニの入ったチャーハンを皿を持ってガツガツと胃に溶かし込んでいく。パラパラの米粒に虎太郎の手は止まらない。
「ちょっと主様食べ過ぎですぅ!」
食事で揉めていると玉藻は二刀を持って凄まじいスピードで回転し踊る。その姿には牙千代と虎太郎も手を止めて合いの手を入れた。黒子が現れ油と火を用意する。それを投げると油と火が交わり火炎の雨となる。
「玉藻殿危ない!」
牙千代が叫ぶが玉藻は華麗に回転し炎の雨を切り裂いていく。炎の雨は玉藻の剣の上で轟轟と燃え上がる。
「綺麗ですね主様」
「うん」
黒坂は玉藻の姿を見て満足しているように頷く。玉藻はさらに舞を舞おうとした時、足を滑らせた。
「やっ……」
そして玉藻は剣を離す。剣は回転の速度がつき虎太郎に向かって飛んだ。その様子を虎太郎ただ見ている。
バシッ!
「主様お怪我は?」
「ありがと、大丈夫」
牙千代は箸で玉藻の持ってた剣を受け止める。玉藻の舞よりも神業的なそれに黒坂は胸をときめかせ、牙千代は怒鳴る。
「玉藻殿、危ないですよ! 私じゃなかったら主様即死です」
「ごめんなさいですぅ」
しゅんと小さくなる玉藻に虎太郎は牙千代を諌めながら玉藻の頭を撫でる。
「俺は大丈夫だから、玉藻ちゃんそれにしてもすごいね」
「今日の為に沢山練習したのぉ」
そっかそっかと虎太郎はもう一度玉藻を撫でる。気持ちよさそうに目を細める玉藻に牙千代は言う。
「玉藻殿、いくら友人とはいえ主様にもしもの事があったら私は玉藻殿を殺さないといけない所でしたよ! 本当に気をつけてくださいね」
「はいですぅ」
黒坂がニコニコと笑いながら手をパンパンと鳴らす。
「御劔さん、本当に失礼しました。それではメインの料理が運ばれてきますのでお楽しみを」
仮面をつけた一人の男が料理の乗った台車を持って現れる。北京ダックに上海ガ二、子豚の丸焼き、それは虎太郎と牙千代を気絶寸前に追い込むには十分な御馳走だった。
「あ……主様」
「あぁ、牙千代俺もだ。これが夢じゃないかちょっと俺の頬殴ってくれないか?」
「わかりました」
ペチン!
牙千代のビンタは虎太郎の頬に小さな紅葉を残す。それを見て黒坂が牙千代のところに走って近寄った。
「ああん、牙千代ちゃん。私にも今のくださらない?」
「お断りします。近寄らないでください。私は今化け物のようなカニと鳥と豚を食べる事に死力を尽くすつもりです」
牙千代がそれらの味を想像していると虎太郎は真っ先に皿を持って仮面の男の元へ北京ダックを切り分けてもらいに行っていた。
「あぁ! 主様ずるい」
牙千代も皿を持つと虎太郎の後ろに並ぶ。そして虎太郎に笑いながら話しかける。
「北京ダックとは話には聞いてましたがどうやって食べるんでしょうか?」
「中国版クリスマスのチキンなんじゃないかな? 俺も知らないけどさ」
そう言って二人でふふっと笑う姿を黒坂は見ると歯切りした。
憾みの篭った目で二人の様子を見て自分を諌めるように水を飲む。虎太郎と目が合った時にはニコニコと笑顔を絶やさないでいた。
「これが北京ダック」
皿に乗っている北京ダックは何か薄皮で野菜と共に巻かれた虎太郎の予想を斜めに行く食べ物だった。それをひょいと食べながら虎太郎は咀嚼して牙千代に耳打ちする。
(これ、微妙に不味い)
(ちょ、主様失礼ですよ! 失礼! 何か変な臭いしますけど絶対美味しいですって……まずっ)
日本ではあまり口にする事のない香料が二人の口には全く合わなかった。箸が止まっていると黒坂がそれを見て言った。
「お口に合いませんでしたか?」
「いえ、とても美味しいですよ。ねぇ牙千代」
「はい、そりゃもうおいしゅーございます」
牙千代は皿に乗っている北京ダックをささっと食べてしまう。それに黒坂はぱぁああと笑顔になると手をパンパンと叩いた。
「ほら、お客様のお皿が空ですよ。ルシアせんせじゃなくて料理長」
仮面をつけた男は慌てて北京ダックを持ってくる。そして山盛りに牙千代の皿に北京ダックを置いた。
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