第四章 虎太郎っ!

「主様、手紙が届いてますよ?」



 虎太郎はトーストにマーガリンを塗りながら届いた手紙を器用に開ける。そういう所は本当に凄いなと牙千代は思いながら手紙に目を通す虎太郎の反応を待った。



「黒坂さんからだ」

「あぁ、玉藻殿の所の、何て書いてるんです? もしかして請求書?」

「晩餐会に来ないかって書かれてる」



 虎太郎から手紙を受け取るとそれに素早く目を通す。



「確かにそうみたいですね。でもこれ、なんでしょうね?」



 牙千代が指差した所を覗き込むとお互いの式の力比べを率直に申し込むと書かれていた。虎太郎は両手をあげて「さぁ」と言うので牙千代は「ハァ」とため息を返す。



「いずれにしてもお呼ばれです。ドレスコードで行きましょう」



 フンフン♪ と鼻歌を歌いながら牙千代は少ないよそ行きの服を選ぶ。虎太郎はあまり服装には興味が無かったが相手への礼くらいは考える。


(しっかし、いつも牙千代が買ってくるスーツは堅苦しいし、これでいっか)


 着替えを済ませてお互いが再び顔を合わせる。牙千代は黒のイブニングドレスにケープを羽織っていた。良いところのお嬢様と言った所だろう。

 そして、そんな牙千代は虎太郎の格好を見て怒る。



「主様、なんですかその格好は! コスプレですか? キモいですよ!」

「いや、普通だから」

「普通じゃないですよ! そんな男子学生の格好なんかしちゃって主様、ついに頭イカれましたか?」



 そう、虎太郎は何処かの高校であろうブレザータイプの制服に身を包んでいた。髪はボサボサで眠たそうで、妙に達観したところがある虎太郎は学生には全く見えない。



「いや、現役の高校生ですから」



 牙千代は両手で虎太郎の年を数える。そして虎太郎を上から下まで舐めるように見て驚愕する。



「マジですか?」

「マジです」



 虎太郎は学生証を警察手帳のように牙千代に見せると牙千代は観念した犯人のように頭を垂れる。



「主様、学校なんて行ってましたっけ?」

「生きる事に精一杯で全然行ってないな」



 牙千代は虎太郎との生活を改めて考え直す。朝起きて、仕事のチェック、もちろん仕事なんてないのだが、その間だいたい虎太郎は眠るか食べるかしているだけだった。



「私はなんという過ちを犯していたのでしょう。学生たる主様の勉学をおろそかにして、仕事がない万屋業なんかしていただなんて」



 妙に凹んでいる牙千代に虎太郎は声をかける。



「まぁ俺そんなに頭よくないし学校行くより働いていた方がマシかも」



 それは働き者の台詞に聞こえなくもないが、いつもサボる事を考えている虎太郎が言えばその説得力や皆無に等しかった。そんな事よりも学生の虎太郎という者に牙千代は興味を示す。学校ではどんな感じなのか、はたまた友達はいるのか。



「主様って学校ではどんな感じなんですか? 部活とかやってるんですか? というか行った事って本当にあるんですか?」



 虎太郎はボサボサの髪を櫛でときながら普通に答える。



「部活は茶華道部でクラスでは別段普通だよ。成績は中の下で特に仲が悪い生徒も仲がいい生徒もいないかな」

「ちょっと、ちょっと待ってください! なんで部活入ってるんですか?」

「は?」

「主様系の人は基本的に帰宅部が普通なんですよ」

「何を勝手な」

「大体お茶なんてたてられないでしょうに」

「うん、お菓子食べれるしまぁいいかなって思ってさ」



 牙千代は成程食い意地かと理解する。



「お花を生ける時なんてどうするんですか? 主様センスの欠片もないように思いますけど? もしかしてお茶菓子だけもらうなんて卑しい事してませんよね?」



 言わせておけばえらい攻め立てるなと虎太郎は思いながらあんまし参加した記憶が少ない華道の部活を思い出す。



「おっ」



 ポンと手を叩くと奥にある小汚い鞄から一枚の写真を牙千代に見せる。



「これこれ、力仕事とか任されるんだよ。男子俺しかいないから」



 段々と牙千代の顔色が悪くなる。


(えっ? 何言ってるの主様、このターンで俺実はモテるんですよ展開ですか? そりゃないですよ。主様みたいなろくでなし、私みたいにしっかりした娘がいないとダメなんだからぁという関係だったじゃないですか……)


 牙千代は中々可愛い年上、同期、年下の女子に囲まれて楽しそうにしている虎太郎の写真を見て閉口する。



「この中に彼女とかいたりするんですか?」

「うん、いないよ」

「ですよねー、そう思いましたよー」



 ほっと安心すると牙千代は晩餐会に行く準備に戻る。牙千代の髪型のセットが終わると牙千代はボサボサの虎太郎の髪の毛を綺麗に整える。そしていざいかんとした時、部屋をノックする音。



「御劔虎太郎様と牙千代様はいらっしゃいますか?」



 玉藻が来る時は勝手に入ってくるが、ノックをする相手は顔が見えないので貴子かもしれないという恐怖から牙千代は部屋の隅で震える。

 しかたがないので虎太郎が出ると身なりの良い中年男性だった。



「あの、どちら様でしょうか?」

「私、役黒坂様おかかえの運転手でして、本日の晩餐会のお迎えに上がりました。どうぞこちらへ」



 アパートを出て大きな道にまで行くとやたら胴の長い車が停車していた。それが知識の中には虎太郎もあったが個人使用している人ってやはりいるんだなと感心する。


(きゃー、主様、リムジンですよ! リムジン)

(見りゃ分かるよ中に色々御馳走とか入ってるんだろうな)


 期待を乗せて乗車すると中には軽食と飲み物が設備されているだけで二人は心底ガッカリする。それに運転手は笑って答えた。



「黒坂様のお屋敷で御馳走を振る舞う事になっているのでリムジンでお腹いっぱいになられては困りますからな。はっはー」



 それもそうかと虎太郎と牙千代は普段殆ど乗る事のない車の車内で景色を楽しんでいた。牙千代は楽しそうに鼻歌なんかを歌っている。



「あ、主様あれ」



 牙千代が指をさすとママチャリに乗った貴子が刀を背負いながら全力でペダルをこいでいる。



「ねーさんだ。まぁでもさすがに気が付かないでしょ。俺達こんな車に乗っているだなんて分かるわけないしさ」



 虎太郎の考えは甘かった。

 自転車をリムジンに近づけると背中の刀を抜く。それに運転手は動じずにこう言った。



「大丈夫です。この車は機関銃で撃たれても壊れない強度、ましてやあんな刀では」



 バリン!

 牙千代側のガラスが粉々に砕ける。この運転手の言った事は嘘ではないんだろう。しかし、その常識の外側にいるのが御劔貴子。

 虎太郎は大声で叫んだ。



「運転手さん、アクセル全開で!」



 一瞬茫然した運転手だったが、アクセルを踏み込む。貴子との距離が徐々に離れていく。後ろを見ると貴子の乗った自転車が貴子に耐えられなくなり大破していた。



「あれは?」

「この地域でよく確認される盗賊の類です」



 牙千代の適当な嘘に運転手は頷く。いや、貴方もそんな事信じないでくださいよと思いながらガチガチに震えている牙千代の頭を虎太郎は撫でた。



「ここが黒坂様のお屋敷です」



 虎太郎が寺か何かだと思っていた長い塀、一体どれほどの広さがあるのやらと思っていたら牙千代はさっそく見栄を張った。



「御劔の本家クラスの広さがありますね」



 虎太郎も本家と言えば本家なんだが、六つに分かれている御劔の家で六家のリーダー的な行いをしている人が住んでいるお屋敷は確かに大きい。

 単純に最も常識人という事で他御劔家の人間からも満場一致でリーダーになっただけなのだがそれだけに御劔家は常識人が少ない。



「しかし、お金持ちだと思っていたけど桁違いだな」



 絵に描いたような金持ちに虎太郎は驚きより呆れが先にきていた。門をくぐると屋敷まで十分程車で走る。



「あっ、あれ黒坂さんじゃないかな?」

「玉藻殿もいますよ」



 そこにはガントレットをして正装している黒坂と民族衣装のような物に身を包んだ玉藻の姿が見え、こちらに手を振っている。

 牙千代は車を降りると手を振ってゆっくりと駆ける。それに続いて虎太郎も後を歩いて追った。

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