御剣たかこっ!
玉藻が帰った後、牙千代はネットをしたり、仕事の依頼がないか確認したりしながら時間もよいころ合いになったので夕食の準備をしていた。
「今日は増えるワカメちゃんを使ってお味噌汁を作りますっ」
エプロンをつけて鼻歌を歌いながら味噌を溶かしていた。
そんな時、普段横になっているだけの虎太郎が立ち上がり何処かに出かける準備をしていた。それに牙千代は声をかける。
「主様、お出かけですか?」
「うん、なんだか嫌な予感がしてここにいたらいけないような気がするよ」
その瞬間、牙千代にも悪寒が走った。
リンリンリン。
家の電話が不気味に鳴る。
「主様出てくださいよ」
怯える牙千代だったが、虎太郎は既に家から脱出していた。鳴り続ける電話に牙千代はもしかすると人質の貴子を殺したという朗報かもしれないと受話器を取った。
「もしもし」
相手は無言、そして少しして電話先の相手は話しだした。
「私、御劔貴子。今貴女の町内に入ったわ」
あまりの恐怖に牙千代は受話器を捨てて逃げ出した。これはまたしても貴子の遊びであるが、洒落にならない方の遊びであると牙千代の本能がそれを告げる。
(とにかくこの地域から脱出しなければいけませんね)
牙千代が逃げるとありとあらゆる通信手段を使って牙千代を追い詰める。見知らぬ人の携帯電話を通じて、街の電光掲示板を使って、牙千代を世界から隔離していく、見る者、物全てが信用できなくなり意気地が砕ける。
「ひぃっ、はう、はぁ、うぅ」
軽い過呼吸に陥りながらも牙千代は貴子から逃げようとする。
「あっ!」
躓いて転んだ時、目の前に電話ボックスを見つけた。電話と言う物に一瞬拒絶反応を示したが、今すぐにでも虎太郎の声が聴きたかった。
「じゅ、十円」
這うように電話ボックスの中に入って受話器を取ると十円硬貨を入れようとする。震える手は中々言う事を聞いてくれず、受話器を一度戻した時、電話ボックスの電話が鳴った。
「あぁ……」
この電話を取ってはいけない事は頭が理解していたが、牙千代はゆっくりと手を伸ばした。そして受話器を耳に当てる。
「もしもし」
「私、御劔貴子。左を見なさい」
恐る恐る左を見るとそこには小さく上を見ろと書いてあった。上を見ると次は右、下、そして右。
「私今、貴女の後ろにいるの」
「ぎゃあああああああ!」
牙千代は恐怖で気絶した。
★
「ん?」
牙千代が目を覚ますと良い匂いのするふかふかのベットの上、ベットから出ようとすると妙にすーすーする。
「なんですかこれわぁ!」
ベビードールに身を包んだ自分、そして意識がはっきりするとそこは貴子の部屋である事を思いだす。
「もしかして、私あの貴子に……いやいやないない」
貴子の部屋から出ると、カレーの匂いが漂う。
(そうか、今日はカレーの日か)
近くに貴子の気配も感じないので玄関から堂々と逃げようとした時、肩にひんやりとした手が添えられる。
「おはよう牙千代」
「おはようございます管理人さん」
どのような虐待が待っているのかと半ばあきらめていたら想像とは別の言葉が返って来た。
「お腹すいたでしょ? カレーを用意してるわ。虎太郎はもう食べてるわよ」
あの微妙なカレーかと思いながら内心妙に優しい貴子に警戒していた。
「やぁ牙千代」
苦しそうな虎太郎の表情、もう4、5皿はカレーを平らげたのだろう。死んだような目でスプーンを機械的に動かしていた。
「主様ご無事で」
「虎太郎ね。電車に乗って何処かに行こうとしていたのよ。貴女を置いて」
「え?」
「何処へ行こうとしていたのかしらね? 私に誘われてウチの家に来てカレー食べてるけど」
誘われたのではなく浚われたの間違いである事を二人は突っ込まない。
白いエプロンをつけた貴子は牙千代の手元にカレーを一皿配膳する。
「あ、ありがとうございます」
「今日は自慢のチキンカレーよ。ちょっとレアなお肉が手に入る所だったんだけど、羽根の部分だけしか手に入らなかったの」
牙千代は手を合わせて呪いの言葉を吐いた。
「いただきます」
「はい、おあがりなさい」
貴子の呪詛返し。
牙千代はいつも通り代わり映えのしないカレーを一匙すくうとそれを口の中に入れた。栄養の足りていない牙千代の脳をカレーのスパイスと油とデンプンが再びβエンドルフィンを分泌する。
「これは……」
「どう」
「美味しい、美味しいですよ貴子!」
牙千代の初めての反応に貴子も自然に笑みがこぼれる。そして牙千代の手元に水を用意しておかわりを聞く。
「いただきますよ。これだけの味ならいくらでも食べられます。私が食べてきたカレーの中で随一の味を誇ります」
まさかの貴子もここまで牙千代が心から褒めまくるとは思わなかったようでどんどん機嫌をよくしていく。
「そう? そうそう! これ食べさせた後に火あぶりにでもしようと思ってたけど止めたわ! 沢山作ったから持って帰って食べなさい」
「そうですか? それはありがたいです。火の車でしたし、このカレーなら飽きもきません。しかしこのチキンカレーの具、妙に固い肉ですねレグホンでしょうか? にしては弾力がありますし」
スプーンですくって骨と肉をしゃぶる牙千代、何の肉かはよく分からないが確かに味はよく良い肉である事だけは分かった。
「おいしいですね主様」
虎太郎はカレーの食べ過ぎでダウン、そんな虎太郎にクスクスと笑いながら牙千代は言う。
「普段のカレーよりはるかに美味しいからって食べ過ぎですよ」
「普段のカレーより?」
「えぇ、普段の貴子のカレーは言うなれば自称料理上手の女子が作ってくれたけど実際そんな美味しくなくてどう反応したらいいか困るカレーです。不味くはないけど、カレーってこんなんじゃないんだよね! みたいな……はっ!」
バキバキと貴子は素敵な笑顔を向けて指を鳴らしていた。今までに見た事のない殺気、それは牙千代が初めて死合った時ですらそんな様子ではなかった。
(主様、健やかに……私はここまでのようです)
持ち上げられるとそのまま牙千代は巨大なカレー鍋の中へとダイブさせられる。息が出来なくなった瞬間にあげられる。
あの水でする拷問のカレー版だった。
「どう天国と地獄を同時に味わう気分は?」
(天国なんかありませんから、あっ! もしかして自分のカレーの味を天国と比喩したのでしょうか?まさかそこまでお気楽な頭持ってたんですね)
牙千代がカレーに溺れるまでその虐待は続く。そしてそのまま虎太郎と牙千代は貴子のマンションから放り出された。
虎太郎はカレーの過剰摂取で動けなくなり、牙千代はカレー攻めにあって全身からカレー臭を発している。
「く、苦じぃ」
今にも嘔吐しそうな虎太郎と、乱暴にでもあったような絶望の瞳で牙千代はピクりとも動かない。
横目にそれを見て虎太郎は牙千代の身に起きた事の壮絶さを感じ取っていた。幾百も幾千も生きてきた牙千代がこんな状態になったのは恐らく彼女の気が遠くなる人生の中でも数多くは無かっただろう。
「帰ろうか?」
「……はい」
放心した瞳のまま牙千代はむくりと起き上がる。髪も下着のような服もカレーでベトベトになっている。
まるでカレーに犯されたような悲惨さ。
カレーまみれの牙千代の手を引いて歩く虎太郎、牙千代は段々悔しさやら恐怖やらで嗚咽が漏れ始める。
「…ふぇっ、えっ、えっうわーーん!」
毎度の事とはいえ今回は少し度が過ぎているなと思いながら虎太郎はカレーでぐちゃぐちゃの牙千代の頭を撫でる。
「はやくシャワーを浴びよう」
「うわーん、あーーん!」
牙千代の鳴き声が空しく響く、虎太郎は貴子が牙千代に対して妙に優しかったりいかれた仕打ちをする様子を見てある種のヤキモチのように見えたのだが、貴子がそんな振る舞いをする事はないだろうと考えを遮断した。
(まさかね)
★
「こちら、ファルコン1、任務に失敗した」
「こちらボス、結局牙千代ちゃんに負けたの?」
「違う! 我が捕獲しようとした御劔、御劔貴子は規格外すぎる。現に翼を一本もっていかれ、恥辱の限りを受けた」
「こちらボス、もういいわ。今までの小細工が通用しないという事は十分に理解しました。こうなれば少し卑怯ですが総力戦でいきます」
「こちらブラッド1、激しく同意する」
「こちらフォックス1、はげどうぅ!」
「こちらボス、どうしても私は鬼を手に入れなければならないの。現代最強の鬼使いとして牙千代ちゃんは可愛くて欲しいわ」
「こちらファルコン1、鬼神の力を解放した牙千代と我々では分が悪い」
「こちらボス、天狗の貴方がそれを? ファルコン1」
「こちらファルコン1、もう殆どこの通信意味ないですが、別次元の力を持っていると思ってよろしいかと」
「こちらボス、構わないわ。規格外には規格外を当てればいい。私の持つ
ブラッド1、フォックス1、ファルコン1である。ルシア、玉藻、天海はついに言っちまったと同時に思った。
そんなちょっと馬鹿な所も嫌いじゃない三人はとりあえずこう言った。
「御意」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます