トリップっ!

 玉藻の為にお茶を入れに行く牙千代は鼻歌なんかを歌っていた。

 とりあえず貴子を探さなくていい言い訳が飛び込んできたという所までは虎太郎と同じなのだが、その後に起きる事は牙千代本人への拷問なのだろうが、本人は全く気付いていない。

 茶葉を換えた濃いお茶を持って来る牙千代は今日の玉藻の訪問について質問した。



「しかし玉藻殿今日はどうしました?」



 玉藻はえへへと笑うとドーナッツの入っている箱を差し出した。



「お見舞いのお礼ぃ、お姉ちゃんがこれを持って行きなさいって言うからぁ」



 一瞬それを受け取り涎が出そうになるのを牙千代はなんとか制止する。おおよそ二十個は入っていそうなその箱。


(きゃー! 主様、高級菓子ですよ)

(まぁ高級というか俺たち金ないから買えないだけなんだけどね。ありがたく頂こうか)

(ですよね! ですよね! ではお皿に盛りますのでしばしお待ちを)


 刺身を盛り付ける為の錦鯉の絵が入った大皿にドーナッツをのせて牙千代は持ってきた。



「お茶請けは玉藻殿からいただいたドーナッツにしましょう」

「ボクは沢山食べたからぁ、お姉ちゃんとお兄ちゃんでどうぞぉ」



 お言葉に甘えて二人はもちもちする人気のドーナッツを頬張る。口の中で砂糖が溶け油と交る。

 牙千代と虎太郎の脳内でβエンドルフィンが分泌される。

 普段まともに栄養を取れていない二人にとっては麻薬に似た化学反応が起きたのである。ある種のハイ状態になり、結果ドーナッツ1個食べただけで。



「宇宙が見えました。行った事ないですが」

「俺はあと少しで人間という存在を超えれる気がした」



 特に何も入っていない市販のドーナッツ店のドーナッツで逝っちゃってる二人に玉藻は少々引きながら大皿を差し出した。



「そ、それは良かったですぅ。まだまだあるので沢山おあがりなさいぃ」



 一線超えた二人はドーナッツを無言で食べる。さすがに何も飲まずにガツガツ食べる二人を玉藻は気遣った。



「慌てなくても無くなりませんよぅ、ゆっくり食べるですぅ」



 脳内麻薬が出まくっている二人には玉藻の声、現実世界からの干渉はできない状態になっていた。

 ドーナッツを咀嚼する度に牙千代は宇宙の謎を一つずつ理解していき、虎太郎は奇数の完全数について解けかけていた。

 がしかし、彼らが人知を超えた領域に登頂するにはドーナッツが足りなかった。

 現実世界に戻ってきた時には山ほどどーナッツが盛られた皿には何も存在していなかった。そして、瞬間的に入ってきた情報量、二人の頭が限界を振り切った状態で導き出された記憶も緩やかに薄れていく。



「はっ!」

「ここは俺の部屋」



 玉藻はぬるくなったお茶を入れなおして二人に差し出した。



「逝っちゃってる所ぉ、ごめんなさいですがぁ、電話がなってますよぉ?」



 確かにリンリンとダイヤル式の緑電話が唸っていた。まだドーナッツを食べた余韻に浸りたかった牙千代だったがお茶を一気飲みすると電話に出た。



「お電話ありがとうございます。万事屋御劔です。は? 貴子? そんな人家にはいません。間違い電話です。二度とかけてこないでください。それではごきげんよう」



 ガチャンと電話を切る。

 それに玉藻は慌てて牙千代の顔色を伺いながら聞く。



「どうしたんですかぁ?」

「あぁ、玉藻殿は気にしなくていいんです。ただの間違い電話でしたから。あっ! 調子に乗ってお茶菓子全部食べちゃいました」

「はわわぁ、気にしないでぇ」



 苦笑している玉藻の手に虎太郎は棒付きのキャンディーをのせる。



「こんな物しかないけど」

「だから、どうしてそんな物持ってるんですか?」



 虎太郎はまたしても入手経路を答えないので牙千代は激怒しそうになったが、客人の玉藻がいるのでグッと堪えて虎太郎を睨み付けるに留まった。

 玉藻は牙千代に質問する。



「えっとぉ、貴子ってお知り合いですかぁ?」



 牙千代が青い顔で玉藻の肩に触れながら言う。



「そんな呪われた名前を言ってはいけません。玉藻殿、どうかその名前を忘れてください」



 玉藻が虎太郎を見るので虎太郎は笑って答える。



「従妹の姉さんなんだよ。一応住む所と仕事を与えてもらってる恩人になるのかな?」

「恩人なものですか! 生かさず殺さずをモットーに我々をこきつかってるじゃないですか、惑星を滅ぼしまくっている変身できる宇宙人の部下でももう少しマシな待遇ですよ」



 待遇だけならその宇宙人の方が上っぽいなとか考えながら虎太郎は玉藻に分かりやすいように説明した。



「その姉さんが何だか俺たちを遊びにつき合わそうとして誘拐されたフリしてるんだけどさ、面倒だから無視してるんだよ」

「……誘拐ぃ。もし本当だったらぁ」

「大丈夫大丈夫、貴子姉さんヤバいくらい強いから。何か国からかブラックリストに載ってるくらいらしいんで、むしろ本当に貴子姉さんを誘拐した奴がいたら多分もう生きてないと思うし、その人の事心配しちゃうよ」

「そ、そうなんですねぇ。じゃあ安心ですねぇ。ボク用事を思い出したんでぇそろそろ帰るですぅ」



 妙に焦っている玉藻に牙千代は少し残念そうな表情をする。



「そうなんですか、玉藻殿ともう少し話をしたいと思っていましたが近くまで送っていきましょう。主様もはやく」

「そうだね」

「あ、大丈夫ですぅ。帰りの車待たせてるですぅ」



 そう言って笑いながら玉藻は虎太郎の部屋から出ていく。


                   ★


 御劔貴子は高級マンションの最上階に住んでいた。毎日好きな物を喰らい好きな物を買う。好きな事をして暇を潰していた。

 戦争を起こさないというたった一つの約束事のみを全世界と約束してである。全世界より超大型人災としてマークされているが、その圧倒的な暴力性から被害を考えてそういった不平等ながら唯一貴子を縛れる条約の元に世界の頂点に立っていた。



「ふぁーあ、暇ね。読書も飽きたし、玩具に与えるカレーもできちゃったし、映画でも見に行こうかな」



 そう独り言を言って今日着る服を選ぼうとした時、貴子の首元に小刀が向けられる。



「動くな。命が惜しければな」

「別に惜しくないわ。さぁその小刀で私の喉を掻っ切ってみなさい。丁度良かったわ。退屈で退屈で死にそうだったのよ」



 そう言って貴子は何者かの手を持って自分の喉に小刀を向ける。



「えっ、ちょっと」



 持っていた小刀の切っ先がぶすりと喉を傷つける。



「いたっ、痛いなぁ。ふふふ、痛い」



 ぶしゅ。

 小刀を喉から離すと自分の首に触れてその血を舐める。



「はい、今から正当防衛」

「ちょっと!」



 貴子は狂気に満ちた笑みで襲撃者を投げるとマウントポジションを取り殴る。殴る。殴る。ただただ殴る。



「貴方、人間じゃないでしょ? だったら簡単に死なないわよね?」

「我は天狗の天海、人間風情が」

「あはは、人間風情がどれだけの絶望と苦しみを与えられるか教えてあげるわ」



 持ち上げると貴子はまっすぐその相手を見る。



「あら……」

「?」

「中々のイケメンじゃない」



 背中に小さな翼のある美青年、貴子は突然その青年に口づけをする。天海と名乗った青年は拒絶するもとてつもない力に押し込められる。

 口内を貴子に好き放題され解放される。



「これは、壊しがいがありそう」

「……貴様は何者だ。こんな」

「後ろは初めて?」



 イカれた瞳をする貴子に天海は全身の肌が粟立つ。それは猛獣に狙われた小鹿、当然のように訪れる死のようであった。



「おぉお!」



 貴子の部屋から逃げる天海、それを見て貴子は大きな声で数を数えだした。



「いーち、にー、さーん」



 天海は翼を広げてできる限り遠くへと飛ぶ。



「あれはダメだ」



 随分遠くに来た所で着地する天海、懐から財布を取り出すと自動販売機でお茶を買おうと硬貨を入れると後ろから缶コーヒーのボタンを押される。

 ゾク……



「みーつけた」



 貴子は抵抗する天海をひっぱり近くのラブホテルに連れていく。貴子はおとなしくなるまで天海を痛めつける。抵抗がなくなると肩を組んでこう言った。



「ダーリン、どんなお部屋がいいだっちゃ?」


(鬼娘とかけてるのか? この状況笑えないぞ)


「け、警察を呼んでくれ」



 受付には誰もおらず部屋に連れていかれる。一番広い部屋、それはそれは景色も綺麗で温泉なんかも設備してあった。



「じゃあ、この素敵なロケーションで殺しっこしようか?」



 貴子は上着を脱ぐと構えを取った。天海は手を掲げると何もない所より二振りの刀を取り出した。



「見たことのない構えだな」

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