アレルギーっ!

「ほぉ、女童と思ったが恐ろしい力だな。しかし、夜の、そして月の出ている日の俺には遠く及ばない。お前に恨みはないがお前を欲している人間の為に生け捕りにさせてもらう」

「まさか、玉藻殿だけに飽き足らずにこの私も? 恥を知りなさい!」

「そんなにデカイ口を叩いていられるのも今の内だ」



 牙千代の腕をつかむとそのまま腹部を強打する。そして牙千代の目を見つめる。



「なっ、身体が」

「言うことを聞かないだろ? 俺の瞳術だ。直に思考も言う事を聞かなくなる」



 ルシアの言う通り牙千代の表情には生気が無くなっていた。牙千代の肩に手を置くとルシアは嗤う。



「お前、御劔という名前らしいな。鬼と関わってきた一族、そしてその中でも特殊な瞳術を持っているんだろ?」



 そう言われて虎太郎は珍しく驚く。



「何処でその事を?」

「ある人間にお前の事も一族の事も教わった。短命であり、呪われた一族だと」

「俺の家はそうでもないけどね」

「お前の瞳術見せてみろ」

「ごめん、無理だな。使える状況は限られているし、瞳術って言う程の術でもない。俺はただの一般人だよ」

「御劔という家は異能力者の家系だと聞いていたが違うのか?」

「あぁ、俺の家以外の御劔家はそうらしいけど、残念ながら俺は違うよ。だからこういう荒事はその牙千代に全部任せてる。牙千代が負ける事は殆どないし」



 虎太郎は反応の薄い牙千代を見てハァとため息をつく。そんな余裕の虎太郎にルシアは言った。



「だが、その切り札も今は俺の手中だ」

「そうか、一つ聞いていいか?」

「何だ?」

「玉藻ちゃんは、まぁいいとして牙千代をどうするんだ?」



 虎太郎の言葉にルシアが次は驚く。



「お前、知ってて」

「その牙千代が玉藻ちゃんと仲良くなったからな。で? どうなんだ?」

「この娘を欲している者はどうか知らんが、俺は夜の時間をもらう事にする。夜には俺が何をしても許されるようにな」

「成程、悪か」

「俺がルールとなれば悪ではなくなる」

「それは無理だ。俺がお前を倒すからな」



 面倒くさそうな虎太郎が言うと説得力が薄かったが、ルシアはそれを面白そうに返した。



「普通の人間なんだろ? それともやはり何か力を隠し持っているのか?」

「いいや、俺は普通の人間だ。だけどお前は俺に負ける」

「面白い。ならば自分の飼っていたこの娘に殺されろ! 奴を噛み殺せ!」



 牙千代がその命令に従い虎太郎に襲いかかる。口を大きく開けると虎太郎の腕にガブリとかぶりつく。

 そして虎太郎を思いっきり突き飛ばす。

 虎太郎はプールへと飛ばされ落ちる。そんな状態で虎太郎は叫んだ。



「牙千代。逢魔ヶ刻だ。正義執行!」



 そう言うとドボンと水の中に沈んでいった。



「ホントにただの人間だな。さっきのもハッタリか、おい。奴にトドメをさせ」



 牙千代はルシアの方向を向くとグーでその顔をぶん殴った。



「なっ……」



 ルシアは牙千代の異変に気が付く。頭より二本の角が生え、その角からは宝石のような血が滴る。それだけではなく、牙千代の姿が先ほどより3つ、4つ成長しているのである。着ている服はそれに伴い露出する所を増やす。

 ヘソ出しルックとなった牙千代を見てルシアが尋ねた。



「それがお前の本来の姿なのか?」

「いいえ、ですが角を生やした私は少々自重を知りませんよ?」

「ならまたお前を操るまで」



 ルシアの瞳を直視しながら牙千代は再びルシアの顔面を殴った。ボカンと良い音がして吹っ飛ぶ。どういう事か理解できないルシアに牙千代はゆっくりと歩み寄る。



「貴方のそれは格上の者が格下の者に効果があるいわば催眠術ですよ。今や立場は逆転しているんです。そのような児戯が私に通じると思わない事です」



 牙千代にいいように殴られるルシア。さすがは吸血鬼と言ったところで傷は負えど死ぬ事はない。それ故に顔は見る影もないくらい悲惨な物になっていた。



「懺悔の時間です変質者、玉藻殿を返して死になさい」



 ルシアの首を持つと牙千代は嗤う。



もやしてあげます」



 牙千代の手形の焼けどがルシアの首に残る。



「調子に乗るなぁ!」



ルシアは腕を巨大な獣のように変異させる。それに牙千代は一言「ほぅ」と普段使わないような言葉を吐いた。

ルシアの巨大な獣の腕が牙千代を襲う。その丸太のような太さの腕は若い樹木のような牙千代のか細い腕に止められる。



「これが同じく鬼の名を持つ者とは嘆かわしいですね」



 ルシアの首は焼けただれるが、ルシアは持っていた輸血パックをガブガブと飲み干す。すると瞳に力が戻り。牙千代の腕を引き剥がした。



「血を得た吸血鬼を舐めるなよ。それに月夜、満月程ではないが俺の力は数倍に高まる」



ただのビックマウスではない事が見るからに分かる。



「さぁどうでしょね」



 そう言って勝ち誇った牙千代の隙を見てルシアは牙千代の首元に噛みついた。



「あら、まだ抵抗するんですか?」



 ルシアの傷は段々と癒え、逆に力がみなぎる。



「お前の血を吸ってやった。これでドローだ。おぉ、なんという力だ!」



 フルフルと震えるルシア、少しは骨がある相手になったと牙千代が喜んでいると牙千代の予想しない事態が起きた。



「おえぇえええええ!」



 ルシアが吐いた。



「はい?」

「なんだこの血、うぇえええええ」

「ちょ、ちょっと吐くのをお止めなさい。私の血がゲロ不味いみたいじゃないですか!」



 あまりものゲロゲロと吐くので牙千代はルシアの背中をさすってやる。



「ハァハァ、すまない。ニンニクの極度のアレルギーでな」

「いえ、私も人に会うのにニンニクたっぷりのコロッケを食べてきたので、その点には申し訳ないと思っています。私の血は実際超絶美味しいんですからね!」



 輸血パックで血の補充をし直すとルシアはポーズを取り直す。

 まだ少し青い顔でこう言った。



「中々に美しい姿をしているが、ニンニクの匂いをプンプンさせる女など俺の従者には必要ない」

「そうですか、それは残念です。ニンニクの匂いをさせる女でも構わずに側において置くような心の広い殿方に女の子は惹かれるんですよ」

「そうかそれは残念だ。俺はそこまで心は広くないからな。一瞬で殺してやろう」



体調を戻したルシアは高速移動し、牙千代の後ろにつく、牙千代は涼しい顔でその状態に身を任す。ルシアの腕がギロチンの刃のように代わり牙千代の首を狙う。

ガキン。

牙千代の爪がギロチンの刃もといルシアの腕を掴む。そしてそれを躊躇無く砕いた。



「馬鹿な! これならどうだ」



もう片方の手を蝙蝠の大群と化して放つ。



「面白いですねそれ」



 牙千代は面白そうに笑うと、蝙蝠一匹一匹を叩き落としていく、それはそれは物凄い速さでそれらを叩き落とす。

 牙千代の手が無数の残像を残して見える。



「貴様、一子相伝の暗殺拳の使い手か?」

「寝言は寝てから言ってもらえますか? 次は貴方の番ですよ」



 ルシアは牙千代の戦闘能力の高さに自分との戦力差を理解し、刺し違える覚悟で突進をかけた。

 牙千代は何かを袋から出すとそれをルシアの口の中に放り込んだ。それを咀嚼もせずにルシアは飲み込んだ。



「美味! せめて、貴様もろとも……」



 牙千代は人差し指をチッチッチと振ると一言。



「貴方はもう死んでいます」



 ルシアは牙千代の言った意味をゆっくりと理解していく、冷や汗がポタポタとたれる。そして段々ルシアの息が荒々しくなっていく。



「まさか、お前が食わした物は……」

「そのまさかですよ。一つ六十円、肉まさの若奥様特性ニンニクビーフコロッケです。最後の晩餐には少々豪華すぎたんじゃないですか?」



 ルシアの身体に発疹が次々に現れる。そしてアナフィラキーショックでルシアは泡を吹いてぶっ倒れた。



「人の弱みに付け込み夜な夜な、幼女を狙う医者とか何処のエロゲですか? 悪は滅ぶべしです」



 ルシアは消えゆく意識の中で地面にロリコンじゃないと指で書いたがそれを牙千代が見る事もなく、牙千代は虎太郎の元へと向かう。



「主様ぁ! 終わりましたよぉ」



 プールの中に浸かりながら月を見ている虎太郎に牙千代は飽きれて言った。



「何してるんですか? 主様」

「いや、月見しながらプールに入れるなんて一生ないだろうなって思ってさ、あとずぶ濡れだしどうしようかなって思ってたところ」



 牙千代は手をポンと叩くと倒れているルシアの服をはぎ取った。



「主様、この変態の服で申し訳ないですがこれに着替えてください。そのままだと風邪ひいちゃいますよ」

「何処の羅生門だよ」



 とは言うも虎太郎はルシアの服を着ると倒れているルシアに一礼して屋上を降りた。もう消灯しているようで院内は暗く玉藻の無事も確認できたので牙千代達は病院を後にする。


                  ★


 病院の院長室で事の全てを見ていた者はインカムをつけると通信を入れた。

「こちらボス、ブラッド1がやられました」

「こちらフォックス1、残念でしたねぇ」

「こちらボス、ブラッド1聞こえますか? ダメですね。後で抗ヒスタミン剤の点滴をしてあげましょう。それにしても御劔の鬼は想像を絶します」

「こちらファルコン1、お嬢、ではなくボス、次は趣向を変えましょう。一騎打ちを所望しますが、もう一人の御劔、御劔貴子を拉致。主従関係のようなので貴子が誘拐されたら奴らも従うしかないかと」



 院長室の椅子に背中を預けてボスと呼ばれる者はコーヒーに口をつける。



「熱っ!」

「ボス!」

「黒坂大丈夫?」

「こちらボス。えぇ、大丈夫です。後で氷水を頂戴。話を戻しますが我々が仕留めきれていないのにその上位関係の者を狙うというのはいかがかしら?」

「こちらファルコン1、御劔家とは元来短命の一族、御劔虎太郎の身体が強いのであれば、貴子は必然的に弱いとみていいのでは?」



 少し考えて用意された氷水を口に含むとボスは頷いた。



「こちらボス、それはいい考えね! 次こそ牙千代ちゃんを手に入れましょう」

「こちらファルコン1、了解した。鬼と天狗どちらが上かお見せしよう」

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