変質しゃっ!
「あら牙千代ちゃん風邪?」
牙千代のマスクを見てそう言う黒坂。
「いいえ、これにはちょっと訳が」
「ふふふ、いらっしゃい。玉藻ちゃん喜ぶわ。こっち」
黒坂に言われてエレベーターに乗る。その間も少々やばい目で黒坂は牙千代を見つめていた。息も荒く虎太郎でも同じ空間にいるのが少々辛いなと思っていた時、牙千代が虎太郎の服をガシっとつかむ。
(主様、やばいです。ケダモノですよ!)
「しかし、えらい長い事エレベータ上に上がってますね?」
「玉藻ちゃんの病室、最上階の三十階ですから」
「さっ、三十?」
「はい」
地面が段々と遠くなっていく。それに牙千代は「わぁ」と感動し、それを見て黒坂はハァハァといかがわしい息をもらす。
「着きましたね」
虎太郎の予想通り、高級ホテルのような病室が並び、どうやら屋上はプールになっているようだった。
「こちらに」
黒坂に誘導されて玉藻の病室に行くと、包帯を巻いた薄幸の美幼女の姿があった。今にも消えてしまいそうなその姿に虎太郎よりも牙千代が駆け寄る。
「玉藻殿ぉ!」
牙千代の姿を見ると玉藻は笑う。
「おねえ・・・・・・ちゃん、あぅ」
「玉藻殿、しゃべってはなりません! 一体なんでこんな」
ボロボロの玉藻を労わるように牙千代はベットに寝かせ、その手に稲荷寿司の包みを持たせた。
「これは?」
「稲荷寿司です。これを食べてはやく元気になってください」
そう言って包みを開けると玉藻の口から涎が垂れる。
「良かったわねぇ、玉藻ちゃんの大好物じゃない」
ニコニコ笑う黒坂に軽蔑の眼差しを送りながら箸で牙千代は稲荷寿司をつまむ。
「私が食べさせてあげましょう。はい、アーン」
「あーん」
小さく口を開いた玉藻の隣でだらしなく大きく口を開ける黒坂を無視して玉藻の口の中に稲荷寿司を入れる。
「やーん、おいしいのぉ」
そう言って嬉しそうに喜ぶ玉藻に虎太郎も頬が緩む。可愛いは正義とはよく言ったものだなと心底思った。
「こんな可愛い子が一杯いるとこっちまで元気になりませんか? 御劔さん」
「えっ、はぁ。そうですね」
「可愛い者はみんな纏まった所にいるのが自然の摂理なんですよ」
それはどうだろうと思いながら適当に話を合わせていく。
コンコン。
病室をノックする音、そして入ってきたのは銀髪色白の男だった。一瞬死人かと思ったが、どうやら彼は玉藻の主治医らしい。
「どうかな? 具合は?」
もしゃもしゃと稲荷寿司を食べる玉藻は主治医をみるとケホケホと咳をする。
「うっ・・・・・・」
「無理しちゃいけないじゃないか!」
黒坂が玉藻の背中をさすり主治医に聞く。
「先生! 玉藻ちゃんは玉藻ちゃんは大丈夫なんでしょうか?」
(なんだこの三文芝居は)
虎太郎はじとっと彼等を見つめているが、牙千代はハンカチを出してその様子を眺めていた。
「先生殿、どうか、どうか玉藻殿を!」
主治医の男は月が出ている夜空を見て寂しそうな笑みを牙千代に向ける。
「ベストは……尽くすつもりだよ」
「先生殿!」
主治医が来てからえらく体調不良になる玉藻と悲劇のヒロインじみた黒坂、そしてそれに何とかできないかと躍起する牙千代。
なんだか自分だけが取り残されたような感じだなと思いながら時間を見るともう二十二時、さすがに迷惑だろうと虎太郎は言った。
「牙千代、帰るよ。もう遅いし玉藻ちゃんの傷に障る」
「そうですね! すみません話し込んでしまいました。それでは玉藻殿、健やかに。黒坂殿、先生殿、玉藻殿を宜しくお願いします」
あわわと何故か慌てる黒坂、そんな様子に少し怪訝に思いながらも虎太郎達は病室を出た。そしてエレベーターに乗ろうとしたその時。
パチン!
突然院内が真っ暗になる。
「停電だ」
「ですね。明かりをつけましょうか?」
そう言うと、牙千代の手から青い炎がメラメラと燃える。お互いの顔を見合ってこういう状況に起こりうる事を想像。
「きゃああああああ!」
ガシャン!
パリン!
「荒事ですね。しかも今のは黒坂殿の声、きっと彼女なら大丈夫でしょう」
ただ会いたくないというだけで何の根拠もない事を牙千代は言ったが、それを虎太郎は首を横に振る。
虎太郎と牙千代が玉藻の病室に戻ると、そこにはガラスが割れ黒坂が倒れていた。そして、玉藻の姿は何処にもない。
「黒坂殿しっかり、これはいかに?」
牙千代が駆け寄ると黒坂は牙千代に抱きつく。
牙千代は瞳孔が開きぞわっと寒気が走る。
「玉藻ちゃんが、連れさられて・・・・・・月を見たら先生が突然、お願い! 玉藻ちゃんを助けて」
「え、えぇ、分かりましたから離してください」
そう言って黒坂から離れて虎太郎の後ろに隠れる牙千代、虎太郎は辺りを見渡し状況を理解する。
「稲荷寿司を食べ終わり、それで謎の化学変化が起こり玉藻ちゃんが消えたか」
「み、ミステリーですね。主様」
的外れな推理をする虎太郎に黒坂はツッコむ。
「違います! 玉藻ちゃんが連れ去られたって言ったじゃないですか、あっちに」
割れたガラスの先、そこは屋上へと続く階段が見えた。
「あの医者、玉藻殿に一体何を・・・・・・まさか」
牙千代は黒坂を見て、驚愕した表情をする。
(あっ、黒坂さんと同タイプの相手じゃないかと今思ったな)
「これはいけません。すぐに助けに行きましょう。主様、さぁ!」
「はいはい」
二人は屋上へと駆け上がる。
そこは海外のホテルを意識したような屋上が一面プールとなっていた。そんな屋上のボイラー室の上に人影が見える。
「牙千代あそこ」
虎太郎が指指すとその人物は黒いマントをはためかせ飛んだ。
「あっ、飛んだ」
「はっはっは、まさかこの病院にこの俺以外に人外の者がいるとは思わなかったぞ」
「同感ですね黒坂殿だけでも手がつけられないのに全く、同性愛者に幼女愛好者と、人外化生のたまり場ですかここは! そこのロリコン、玉藻ちゃんを返しなさい」
牙千代にロリコン呼ばわりされて黒マントの男はあせる。
「違う。俺は至ってロリコンじゃない!」
「だまらっしゃい! 年端もいかぬ、それも怪我で身動きが取れないのに連れ去って。しかも貴方は人の命を守る立場でしょうに! それを医者という立場を逆手にどれだけの幼女が貴方に傷つけられた事か」
「ちょっと、ちょっと待て! 話を聞け!」
「だまらっしゃい!」
そんなやり取りが延々と続きそうだったので虎太郎は黒マントの男に助け舟を出す。
「あの、玉藻ちゃん返してもらえますか? 返してくれれば貴方の性癖に関しては問い詰めるつもりはないので」
「主様もだまらっしゃい! 女の敵ですよ」
「牙千代、まぁ話くらい聞いてあげようよ」
黒マントの男は虎太郎に懇願の表情を向けて、そしてやっとまともに話せる事でコホンと咳払いして話し出した。
「俺はこの病院の院長であり、そして古来より吸血を生業としてきた吸血鬼」
「親のすねかじりで病院を与えてもらって昔から幼女に興奮する変質者の間違いでしょ?」
牙千代の容赦ないツッコミに黒マントの男は表情をゆがめる。
「ほんと、そこから離れてくれ。話を続けるが、ルーマニアの古城で一人誰に知られるわけでもなく滅びを待っていたこの俺の力を必要としてくれた人間がいる。人を襲わずとも血を提供し、そして俺に対等の敵を用意してくれた」
「幼女は決して貴方と対等ではありませんからね?」
「違うと言っているだろう!」
激昂した黒マントの男は牙千代に殴りかかった。見事に吹っ飛ぶ牙千代を虎太郎は走ってキャッチする。
「人外化生というのはホントみたいですね」
「ようやく分かったか、俺の名はルシア・イルグベン。名乗れ、同じく闇に生きる眷族よ」
虎太郎の腕の中から飛び出すと、牙千代は殴られた所をさする。
「牙千代です。変質者」
牙千代はそう言うと虎太郎の視界から消える。何とか人の目で追えるスピードでルシアの懐に到達すると思いっきり殴り返した。
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