第二章 依頼ぬしっ!
それはまだ十才の虎太郎と牙千代のなり染め。
その頃の牙千代はもっとギラついた眼をして人間を寄せ付けようとはしなかった。
御劔家の座敷牢に捕らわれた牙千代、まだその頃にはその名前を呼ばれてはいなかった鬼娘が憎悪の瞳を向けてちょこんと座っていた。
「気分はどう? って聞いても最悪だよね? これご飯」
そう言って男の童が入ってくる。
手には食事の膳があり、それを座敷牢の中に入れる。もちろん憎い相手の施しを受ける気のない牙千代はそれを食べない。それでも懲りずに毎日三食持ってくる少年にさすがの牙千代も口を開いた。
「なんのつもりじゃ小童?」
初めて声を出した牙千代に少年は嬉しそうに笑う。
「やっと話してくれた」
なんだかしまったと思った牙千代は一層睨みを強める。だが、少年はそんな牙千代に笑顔で返した。
「僕は御劔虎太郎」
「みつるぎ、あの女侍の」
「女侍? あぁ貴子姉ちゃんだね。僕も同じ御劔姓だけど、違う家なんだ」
そこで牙千代は御劔の家について詳しく知る事になる。
どうやら自分が戦った女は破戒した者らしい事、そして今目の前にいる少年は何の力もなく脅威ではないという事。
「それで、捕らわれている鬼を見て笑いにきたか?」
「ううん、僕は鬼と共存する家の子だから、僕と共存してくれる鬼を探しているんだ。それが君」
そう言って虎太郎は手を出す。
牙千代は身体中に封印が施されており、満足に動けない。されど虎太郎の腕に牙千代は噛みついた。
「うっ!」
牙が食い込み血が流れる。今の牙千代でも人間の子供の腕くらい容易く噛みきれるのだが、腕から牙を離すと言った。
「妾を馬鹿にするのもいい加減にしろ! 鬼神・
少年は噛まれた所を拭くと再び手を出した。
「僕は本気だよ」
「ほんに腕を喰われたいようだの?」
「それで僕と共存してくれるならあげる」
年端もいかない人間の子供が腕一本くれてやろうと言う。それには牙千代も度肝を抜かれた。一体どんな環境にいればそんな考えになるのか、少しばかりこの虎太郎という子供に興味を持ち始めていた。
「もし、僕と共存して契約関係になれれば君は鬼の力を使ってここから出れる」
牙千代にもそれには理解があった。名前を与えてもらいその者に忠誠を誓うという条件さえクリアすれば封印されていても自分の意志通り力を行使できる。
古来より日本では、鬼を伏せる者達が今まで行ってきた行い。大抵術者に危害を加えない奴隷として使われてきた。
鬼の中では最大の屈辱という契約でもあった。
「妾が小童の鬼になると思うか?」
「うん、僕と君なら貴子姉ちゃんに勝てると思うから」
貴子とは自分が敗れた人ならざる何か。それに一度負けた自分とこんな何の力もない子供が束になった所で一刀両断されるだろう。
「つまらん冗談だの」
「僕は冗談は言ってないよ。だって、僕は君と貴子姉ちゃんの戦いを止めたんだから」
「なんと申した?」
牙千代は子供の戯言と思ったが、自分に向けられた貴子からの殺気、それを前にして敗れた自分が今ここで生きている事の信憑性の高さ。それでも尚疑う心があった牙千代に虎太郎は目を触って見せた。
それは目玉に薄いガラスの蓋のような物があり、それがコンタクトレンズなどと言う物である事を牙千代は知らない。虎太郎がコンタクトレンズを外す様を奇妙な光景を見るように眺めていた牙千代。
しかし、虎太郎の瞳を見た時、肌が粟立つような戦慄を覚える。
「なんじゃその目は……魔眼というやつか?」
今まで死合って来た者の中に特異な力を持つ者は大勢いた。そんな中には特殊な瞳術や眼力を持つ者もいたが、そのどれとも違っていた。
理解のできない不気味さ、そんな物を虎太郎の瞳から感じ取っていたのである。
「僕の唯一にして最強であり最弱の力。君の力と僕の力があれば敵はいないと思う」
反論の言葉が見つからない牙千代は何だか可笑しくなった。
「何が望みじゃ? よほどの欲がなければ妾の心は
「僕は……」
虎太郎の言葉を聞いた時、牙千代はいつしか憎悪の心が無くなっていた。一体何年、何百年ぶりにこんなに面白い事があっただろうかと思った。
「契約成立じゃ、必ず見せてもらう」
「もちろん」
真っ直ぐな虎太郎の瞳を見つめて牙千代は言う。
「妾の名前と、妾との条件付けを考えろ。その条件下では妾は力を行使できるようになる。そうすればこの呪いの状態でもここから出られる」
「名前か、今まで呼ばれてきた名前とかないの?」
牙千代は考える。
「鬼からは深淵鬼と呼ばれておったし、人里では鬼姫と呼ばれておった。寺子屋では牙千代と呼ばれておったかな? 色々まちまちで気にした事もないの」
「牙千代か、可愛いし呼びやすいからそれにしよう。あとの条件は」
そして虎太郎と牙千代の共存関係は始まる。条件付けが始まった時から虎太郎の事を主様と呼び牙千代は現在の知識を豊富に取り入れていく。
★
「はじめまして、
「よ、万屋の御劔虎太郎です」
ヤマトナデシコを表現するには今目の前にいる女性程適した人は少ないだろうと万人が思う。だが虎太郎と牙千代は目を合わせずに大量の冷や汗を流しながらその人物にお茶を出した。
「ありがとうございます」
「いえ、こんな物しかだせなくて、お茶菓子もろくに用意できず」
牙千代がいつもの様子で言うと虎太郎に視線を送る。チョコレートとかないんですが主様、というアイコンタクトに虎太郎は頷く。
戸棚の置くから芋羊羹を持ってくる虎太郎に牙千代は驚愕する。
(なんでそんな物が貧しい我が家にあるんですかぁ!)
という牙千代のアイコンタクトに虎太郎もアイコンタクトを送る。
(非常食、安心しろ牙千代。元来羊羹とはお茶菓子の王様、客人は出された事に感動し食べてはいけないのが暗黙の了解)
牙千代は手をポンとたたく。
(成るほど、これはすばらしいお茶菓子ですね。半永久的に使い続けれます)
二人してニヤりと嗤う。
「まぁ、美味しそうな羊羹ですね」
目の前の女性は爪楊枝でその芋羊羹をぶすりと刺した。そして花弁のような唇を開いてその花の中へと芋羊羹は消えた。
(どういう事ですか? 食べちゃいましたよ!)
というアイコンタクトに対して、まぁ待てとジェスチャーする。
(我々の贈り物を食べたという事は許してくれたという事だろう)
(成るほど、羊羹でホテルの一件がチャラという事ですね!)
彼女は牙千代が戦車と大暴れして半壊したホテルの依頼人、玉藻の保護者との事、玉藻は今怪我をして入院中なので代わりに挨拶に来たという事であった。
「今回、ホテルに住み着いた妖怪退治ありがとうございます。噂どおり、どんなお仕事でもこなせるんですね。素敵ですわ!」
黒い所がある二人には痛いくらいの笑顔を送ってくる黒坂という女性に牙千代は引きつった笑顔で答えた。
「もっ、もちろんですよ。何でも屋ですからね」
そう言った牙千代の手を黒坂は握る。
「まぁ綺麗な肌」
確かに牙千代の肌は白く珠のように美しい。それを舐めるように触る。ぞくぞくと背筋が寒くなる牙千代、虎太郎に助けを求めるがアイコンタクトで我慢しろと言う。
(主様、この人変態ですよ。変態っ!)
(綺麗な女性でマシじゃないか、ロリペドおじさんに撫でくりまわされるよりは)
(ちょ、そんな人に撫でくりまわされても主様はなんとも思わないんですかぁ?)
(仕事とあらば、そして今はその黒坂さんを刺激してはいけない)
言いたい事はわかるがさすがに手を離してほしいと、牙千代は腕を引っ込めてみる。すると黒坂は容易く離してくれた。
「ごめんなさいね。あまりにも綺麗だったから見とれてしまいました」
「そ、それはどうもです」
「お名前は?」
「牙千代と申します」
「貴女と私はずっと昔から一緒に生きていく運命かもしれないですね?」
あまりにも電波な発言に牙千代は気を失いそうになる。
涙目で虎太郎にアイコンタクト。
(きゃー、この人頭沸いてますよっ!)
(安心しろ、どうやら黒坂さんは前世女だ。妄想の世界に生きている
(やっぱり沸いてる人じゃないですかぁ!)
黒坂は涙目の牙千代を見ると顔を紅潮させて微笑んだ。
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