正義執行っ!

 キャタピラをガラガラ鳴らしながら牙千代を轢こうと突っ込んでくる。それに向けて牙千代は腕を大きくあげて、それを戦車に向けて放った。



「えい!」



 ドォオオン!

 戦車の装甲に牙千代の手形が残ると戦車は牙千代の攻撃に数メートル後ろに下がった。戦車は負けじとエンジン音を唸り上げる。

 どう見ても象とアリのような関係だが、虎太郎には戦車が玩具の自動車程度の脅威にしか見えなかった。



「牙千代、正義執行。逢魔ヶ刻おうまがどきだ!」



 牙千代の勝利を一片も疑わずに虎太郎は言う。それを聞くと牙千代は瞳の色が鬼灯のように赤々と変わる。



「ラジャーですっ!」



 今生えたばかりの角から血が滴る。その血で濡れた角は宝石のように美しく見慣れていない人を魅了できるだろうと虎太郎は思う。

 戦車は砲筒を牙千代に向けて今まさに戦車たる最強の一撃を放とうとしていた。先ほど死なずとも致命傷を負わせたその一撃を放つ筒の前に牙千代は笑って立つ。

 戦車には感情などないはずだが微塵も牙千代に勝てない事を確信したかのように砲筒の狙いが定まらない。



「私は逃げも隠れもしませんよ? ちゃんと狙ってくださいね?」



 幼いながらも色気を感じさせる表情でそう言う牙千代。角を生やし鬼の力を解放した牙千代は本来の戦闘本能が色濃く出ていた。


(こんな状態の牙千代でも貴子姉さんにはボコボコにされるんだもんな。何者だよあの人……)


 もうこの結果が見えた戦いの行方よりも身内に虎太郎は恐怖する程リラックスしていた。そろそろかなと虎太郎が思った時。

 ドーーン!



「あっ、鳴った」



 花火でも見に来たかのように戦車が大砲を撃つ音を聞く。バシュっと聞きなれない音が混じる。

 そこではじめて戦車と牙千代を見る。



「成程、だいたい想像通りの物が飛んできてるんですね?」



 巨大な砲弾を受け止め、それを握り締める牙千代。肉が焼ける臭いが漂うが牙千代には少々の火傷をした程度にそれを見る。



「成程、大した物ですねこれは、沢山集めればそれなりの脅威です。ですが鬼神クラスには少しばかり力不足ですね。返します」



 そう言って野球選手ばりのフォームを取ると砲塔に向けて砲弾を投げ返した。それは戦車の中で鈍い音を上げる。



「某野球漫画では返ってくるんだけどな。さすがに大砲の弾は無理か」

「主様、いくつですか? そりゃ私はリアルタイムで見てましたけど……」



 アニメの話をしていると戦車から「きゃー」と聞いたような声が聞こえる。そして一匹の小さな狐が戦車から飛び出して行った。

 それに続くように最後の一体である案山子があちこちを燃やしながらよろよろと出てきた。その案山子の身体に牙千代は容赦なく手を突っ込む。そして中に何かを見つけるとそれを抜き出した。



「何か紙入ってますよ?」

「どれどれ」



 それは人型の紙、虎太郎は少し考えると言った。



「これは俺の漫画知識を持ってすると式神だな」

「マジですか? 私初めて見ましたよ!」

「牙千代も見た事ないんだ?」

「えぇ、きっと京とかには沢山いたんでしょうけど、あー、あと弱い鬼を使役する連中を懲らしめたりしてたんで、そういえばこの戦車片付けておきましょうか?」



 今の牙千代なら戦車を抱えてホテルの外に出る事も容易いだろうと虎太郎は許可する。すると牙千代は両手を合わせて構えを取った。



「えっ? ちょっと」



 見る見る内に牙千代の両手の中に何かのエネルギーが集まっていく。それは黒々としていて禍々しい。



「戦車の大砲、中々に興でした。私も私を楽しませてくれた戦車にお返しします。鬼神砲ぉ!」



 両手からその禍々しいエネルギーが放出される。それは戦車を吹き飛ばして、ホテルに大穴を開けた。完全に鉄の塊となった戦車と廃墟と化したホテル跡。



「これにてミッションクリアですね」

「さぁーて、何か美味い物でも食べて帰ろうか?」

「いいですね。主様、御当地ラーメンなんてどうでしょう?」



 あははと談笑をしながら二人はこの仕事が終わった事、そしてホテルから妖怪を駆除するハズがホテルそのものが大体駆除されてしまった事にどうしようか考えていた。



「あの、牙千代さん」

「はい?」

「やりすぎじゃね?」



 責任を押し付けようとする虎太郎に牙千代はキッと睨みつける。今は角も生えて好戦的な牙千代は殴りかからん勢いで言った。



「だって、戦車ですよ? あーしないと主様も守れないんですし……そうですね。これは全部戦車の仕業です。私達は妖怪との交戦時戦車まで投入してきた妖怪軍に機転をきかし戦車を退け勝利しました。しかし、戦車は砲撃をめちゃくちゃには放つものだからホテルは半壊。という事にしておきましょう」

「滅茶苦茶話すっとばしてるし……」



 なーんだそんな事かと牙千代は可愛く嗤う。



「誰も見てないじゃないですか」

「鬼だな」

「鬼ですから」



 地雷に戦車と何か府に落ちない所を感じながらも虎太郎は牙千代の手を引いて我が家に戻る事にした。

 疲れたなとか、あの玉藻という子とはどうやって連絡取るんだったかと思いながら全部家に帰って寝てから考えようと思った。


                  ★


 半壊したホテルから離れた林で無線機を片手に一人の幼女が通信を入れる。



「こちら、フォックス1。小隊全滅。敵戦力を大幅に見誤ってますぅ。負傷し近くの林で倒れてますぅ。至急救援待ってるですぅ」

「こちら、ブラッド1、了解。やはり人間相手の武力ではどうする事もできないようだな。どうしますかボス?」

「こちら黒坂くろさか……ゲフンゲフン、こちらボス、まずは玉藻じゃなくてフォックス1の回収、そして次のミッションに入ります。お任せしていいですか? ルシア先生じゃなくてブラッド1」

「……了解、フォックス1、すぐに私の所の救急車を向かわせる。そのままじっとしていなさい。頭は動かさずにな?」

「了解、待ってるですぅ」

「こちらボス、ブラッド1。相手は御劔の鬼です。貴方が負けるとは思いませんが吸血を許可します。何としても生け捕りにしなさい」

「こちらブラッド1、了解。満月と血があれば私に敗北はありません。ミッション名、オーガ・メイ・クライ」

「こちらボス、それはおよしなさい」

「……了解」

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