戦しゃっ!

「ふむ」



 てくてくと牙千代は酒らしき物を飲むフリをしている案山子から酒瓶を取り上げた。それに案山子は怒ったのか牙千代に襲いかかる。

 バシュ!

 何の躊躇もなく牙千代は案山子を切り裂いた。



「本当に案山子ですね」



 牙千代のその行動を合図に案山子が次々に今までの動きを止めて武器を持ってこちらに向いた。

 目はあるがこちらを向いておらず感情も何も読み取る事はできない。



「お仕事開始ですっ!」



 牙千代は案山子の群れを一網打尽にする。案山子だけあってタフネスはない。殆ど紙みたいな物であり、鬼である牙千代には負ける要素がない。

 鈍器やら棒切れで牙千代に襲いかかる案山子達。

 それを避けては牙千代の爪で切り裂く。また複数固まっている連中には牙千代は両手を合わせてこう言った。



「鬼神砲!」



 両手から何かエネルギーのような物が噴出し案山子達の群れを吹き飛ばす。



「妖怪と聞いて少し期待していたんですが、某テレビゲームみたいな構図じゃないですか、どうなんですか? 何か言ったらどうでしょうか?」



 虎太郎が少し離れた安全な場所で牙千代の働きっぷりを見ている。明らかに雑魚である案山子の群れ、それを追いかけては倒して行く牙千代。



「ここまでやられた妖怪も泣くかもしれないね……って違うか牙千代は大剣も持ってないし二丁拳銃でもないもんな」



 斧を構えた案山子の頭を持ち上げて他の案山子に投げつける。少し欠伸なんかをしながら牙千代は呟く。



「四人ひっつけたら消えてくれたりしませんかね?」

「牙千代、馬鹿な事言ってないであとどれくらい?」



 パンパンと着物の汚れを落とすと指を一本立てた。



「あと一つです。奥の部屋に逃げ込みました」



 そう、と後を追う事を命令しようとした虎太郎が宙に浮く、正しくは倒した案山子が立ち上がり虎太郎の自由を奪ったのである。



「おおっと」

「主様っ!」



 すぐさま牙千代が駆けより案山子を斬る。倒した案山子が次々に立ち上がってくる様子を見て牙千代がため息をつく。



「燃やしましょう」

「放火はやばくないだろうか?」



 牙千代はニヤりと嗤う。

 それは人には到底できないであろう冷たい笑い。そもそも笑っているのかもさだかではないのだが……



「鬼火は鬼が燃やしたい物だけ灰になるまで焼き尽くします。さすがにこんな鼬ごっこを長々と続けるつもりは私にもありません。はやく終わらせて観光でもしましょう」



 そう言うと牙千代は指に青い炎を灯らせる。それを振り払うように案山子達に向けて放り投げた。

 オォオオオォオオオ!

 案山子が叫んでいるわけではないが、燃える炎が変わりに慟哭。藁でできた案山子が燃え尽きるのに対した時間はかからなかった。それらを焼きつくすと牙千代はその燃えカスを踏みつけて言う。



「さぁラスイチを燃やしにいきましょう」



 手の中に青い炎を遊ばせる牙千代を虎太郎は見つめる。それに気がついた牙千代は不思議そうに聞いた。



「どうしました?」

「いや便利だなと思ってガス代が浮くんじゃないだろうか?」

「普通の炎と同じようには使えませんよ。ほら触ってみてください。熱くないですから」



 恐る恐る虎太郎が牙千代の手の中の青い火に指で触れる。



「ほんとだ」

「この炎でこの建物燃やそうと思ったら鬼の力の解放が必要ですし、主様にそれは一任してますので」

「まぁ牙千代が本気になるような事はそうそうないだろう」

「ですよねー」



 そう言って最後の案山子が逃げ込んだ扉を開く。

 そこは駐車場に続いていた。



「トラックに乗った案山子が襲ってきたりして」

「やだなー、そんな物で私を倒せるわけないじゃないですかぁ(笑)」



 そう言いながら二人は冷や汗をタポタポと滝のように流した。目の前には大砲が二人を狙い、轟轟としたエンジン音、むせるようなディーゼルの臭いが辺りを包む。

 それはキャタピラという名の足でゆっくりと征圧前進を始めた。



「牙千代、まかせた!」



 そう言って虎太郎は一目散に来たドアを抜けて走る。

 ドーーン!

 大砲が火を噴いたんだなと虎太郎は冷静に考えながらも全速力でホテルの入口を目指す。今ごろ囮になった牙千代はよくてミンチにでもなったろうかと思う。



「すまん牙千代、さすがにあれは怖い」



 十字を切ってから両手を合わせて牙千代の冥福を祈る。そう安らかに、それでいて自分を恨まずに眠ってくれと。



「なんの宗教ですかそれは?」



 虎太郎の横を並走する牙千代、彼女がここにいるということはアレもここに来るという事である。



「ここにいたら俺が危ないじゃないか」

「さすがに、主様あれはないですよ! 戦車ですよ? この平和なハズの日の本で戦車が襲ってきてるんですよ? 意味が分かりませんよ。地雷程度ならまだしもアレはさすがに私でも無理ですから」



 ガラガラガラと嫌な音が響く。


 ズガーーーン!


 壁をぶち破って目の前に戦車が現れる。絶対絶命の状態で牙千代が手に青い炎を灯らせて戦車に挑む。



「所詮は鉄の塊でしょうに! 溶かしてあげます」

「おぉ!」



 虎太郎の感嘆の声と共に牙千代はその拳を戦車に向けた。

 キン!

 そんな音が小さく響く。



「い、痛いです。これは、想像を絶するくらいに痛いですぅ」



 手を振りながら痛がる牙千代、それを眺めている虎太郎の直線状に戦車はその凶悪な砲台を向ける。

 こんな至近距離で大砲の弾なんて受ければ肉片も残らないだろう。

 そんな虎太郎の心の声も空しく大砲は発射される。

 ドーーン!

 咄嗟に牙千代が盾になる。牙千代の身体を吹き飛ばしてその巨大な弾頭は虎太郎を狙うが、金属片と輝く羽根をまき散らして虎太郎の前で大砲の弾はその役目を終えた。


(まただ……)


 何が起きているのかイマイチ分からない虎太郎だったが、弾込めに時間がかかりそうな戦車に警戒しながらもズタボロの牙千代に近づく。



「生きてる?」

「えぇ、なんとか……角の使用許可を願います」



 うつ伏せになったままそう言う牙千代に虎太郎は頷く。



「許可するよ」



 そう言うと指を牙千代の顔のあたりに持っていく。ゆっくりとその指の位置を確かめて、牙千代は小さく口を開ける。



「っ!」



 虎太郎が少し痛そうな顔をすると指から血がにじむ。そして血はポタリと落ちる。地面に落ちた血を牙千代はペロりと舐める。

 血を舐めると途端に元気になり虎太郎の指を舐める。

 それは妙にいやらしく、色っぽい。

 味わうように指をしゃぶった後、牙千代は喉をゴクりと大きく鳴らした。大砲が直撃したハズの牙千代の身体には傷一つなく、体力を全快させていた。

 そして額から二本小さな角が皮膚を破り少し血を流し生えている。



「元気100倍、もう負ける気がしませんよ。鉄塊」

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