第14貸 意思と意志
セフィー達3人が12階層に上がった途端、むせ返るような鉄錆の臭いが鼻を突き刺し、顔をしかめる事になる。
周囲には至る所に壊滅したパーティーの冒険者のものであろう血痕があり、この場で凄惨な事態が起きた事が容易に分かる。
一番最初に12階層へ向かう冒険者と共に救護班が同行した筈なので、魔女に倒された冒険者達は既に運ばれていっただろう。
生死は不明だが、この血の量を見る限りは絶望的な気もする。
「少し場所を移そうか。ここはちょっと酷過ぎる……」
ラースはリュクルスと接点は無いが、セフィーにとっては妹の様な存在であり、リューナルにとっては実の愛娘である。
階段付近では、リュクルスが――彼女の意思とは関係無くとも――あの凄惨な現場を作り出したという現実をまざまざと思い起こさせてしまう為、ラースはそれに配慮して場所を移動する事にしたのだ。
セフィーもリューナルもラースの気遣いに心の中で感謝しつつ、少しだけ離れた場所へと移動する。
「それでは、調べますね~」
落ち着いた所で、リューナルが意識を集中させ、12階層を探査する。
12階層は魔女が目撃された階層という事で、かなり多くの冒険者が派遣されていた。
そのおかげで熱源が多く、探査に時間が掛かっている様子だった。
「…これは~…違うわねぇ……えっと~こっちは~……」
セフィーとラースは周囲の警戒をしつつ、リューナルの探査結果を待つ。
この階層に多くの冒険者がいようと、今居る場所はモンスターが巣食う塔の中だ。
いくら高レベルといってもリューナルは探査に集中して魔力を相当消費しているし、セフィーはといえば、リューナルに全てのレベルを貸してレベル1。ラースもレベルを借りていないのでレベル10。
12階層の適正レベルは14なので、もし今モンスターに襲われたらひとたまりも無いだろう。
周囲はある程度見晴らしは良いとはいえ、木々に囲まれているので、何時何処からモンスターが現れるか分からない。
だから警戒を疎かにする事は出来ない。
「……こ、これは~……もしかして見つけたかもしれません~」
「よしっ…と言いたい所だけど、こっちも見つかってしまったみたいだ」
リューナルが怪しい熱源を発見した直後、木々の間からクロウバットと呼ばれる、蝙蝠の羽を持つ黒い烏の群れが姿を現す。
その数は5体。
「セフィーさん!急いでレベルの受け渡しを!リューナルさんは魔力を温存しておいて下さい!!」
ラースが指示を出しながらクロウバットに向けて空を駆ける。
オーガブレードと彼のスピードがあれば、セフィーがレベルを受け渡しする時間くらいは稼げるはずである。
「リューナルさん!手を!!」
「はい~」
リューナルの差し出した手をセフィーはしっかりと握り、レベルの返却を行う。
レベルが元に戻るのと共に魔力の最大値と現在値も上昇。
ありったけの付与魔法をラースに掛けて支援をした後、続けて自身にも付与魔法を施し、ラースの元へと急ぐ。
「ラースさん!加勢しますので、下まで誘き寄せて下さい!!」
現在ラースとクロウバットは上空で戦っている為、加勢しようにもこのままではセフィーの攻撃が届かない。
近くにある木を登れば届くかもしれないが、そんな不安定な場所ではいい的になってしまう。
「いえ~、そんな必要はありませんよ~。『大地よ。その力を賦活させ、恵みの力を与えよ~。其の声に応え、悪意ある魂を縛り浄化せしめん~』エンタグルバインドぉ~」
セフィーの言葉を遮り、リューナルが力ある言葉と共に発した魔法は、周囲の木々に活力を与え、枝が急成長する。
伸びた枝はまるで人の手のように空を飛ぶクロウバットを覆い包み、その動きを封じてしまう
「今のうちにやっちゃってくださ~い」
「ちょっとリューナルさん!魔力を温存して下さいって言ったじゃないですか!」
ラースはリューナルを嗜めつつ、出来た余裕でセフィーから全レベルを借り受ける。
そして一呼吸で枝に絡まれ動けない5体のクロウバットの脇をすり抜けていく。
地面へ降り立ち、オーガブレードを鞘に収める音が鳴ると同時に、5体のクロウバットの身体はほぼ同時に両断される。
セフィーを除外すれば、レベル22とレベル28で平均レベルは25である。
この2人がいれば12階層の敵など瞬殺だった。
「ふふふ~。これでも一時期は19階層まで上り着いたパーティーの1人ですよ~。この程度の支援くらい問題無いわよ~」
「ですが……」
「それよりも戦闘が長引いてしまって~、リュクルスがどこか他の所に行ってしまっては意味がありませんから~」
何かを言い掛けたラースだったが、リューナルの言い分は正論だったので、自身の言葉を飲み込む。
確かに今回の目的は塔の探索でもモンスターを倒す事でも無い。
一刻も早くリュクルスを見つけ出して、助け出す事だ。
それに体力と魔力の現在値は最大値と現在値の割合から算出される事がここ数日の検証で分かっている。
体力や魔力の現在値が最大値の半分だった場合、レベルが高かろうと低かろうと、そのレベルの最大値の半分になるので、同じ魔法を使用するにも高いレベルの時に使用した方が効率が良い。
リューナルは確かに階層探査で上位魔法を使用して相当な魔力を消耗しているが、高レベル時に使用していた事もあり、まだ4割近く残っている。
魔力は時間経過と共に回復するし、最大値が高ければ高い程、その回復時間も早いので、温存しなくても大丈夫と思ったのだった。
「確かにリューナルさんの言う通りですね。折角、戦闘も早く終わったんだし、無駄話は終わりにして先を急ぎましょう。早くリュクルスちゃんを助け出してあげないと」
セフィーの言葉に2人は頷き、リューナルが突き止めたリュクルスが居ると思われる12階層の奥へと進む。
そこで待ち受けているものが何かを確かめる為に。
* * * * * * * * * * * *
ゴォゥという激しい音と共に剣士の全身を灼熱が襲う。
手にした大盾を前に掲げ、熱の直撃から身を守る。
火炎魔法による攻撃をなんとか耐え凌いだ剣士だったが、続け様に放たれた大地を走る電撃によって身体は痺れ、思うように動けなくなってしまう。
大盾を支えに片膝を付くだけでなんとか留まったのは、彼の背後に守るべき仲間がいるからか、それとも冒険者としての意地か。
剣士はキッと正面にいるであろう魔女を睨む。
その姿はぼやけていて小さな人影が分かる程度だが、そこから発せられる膨大な魔力だけは肌で感じ取る事が出来た。
その魔力は麻痺して動く事すらままならない剣士の頭上に集まっていき、冷気を生み出す。暫くすると冷気は固まり、人の身長の倍はあるであろう巨大な氷柱へと変化する。
なんとか目線だけを動かして、巨大な氷柱を確認した剣士は姿のはっきりしない魔女を忌々しく見つめながら言葉を吐く。
「くそっ、この魔女…いや化物め……」
鋭い先端を持つあんなものに貫かれたら、手にした大盾など物の役にも役に立たないだろう。だが、彼のパーティーには動く力が残っている者はもう誰一人としていない。
僅かに呻き声が聞こえてくるので、なんとか命は取り留めているようだが、自分が死んだ後には、他のメンバーも次々と止めを刺されてしまうのは明白だ。
もし気紛れで魔女が止めを刺さなかったとしても、ここはモンスターの巣窟でる塔であり、戦闘不能状態であれば結果は然程変わらない。
多くの冒険者が魔女狩りの為にこの階層を探索しているはずだが、事前にパーティー毎に探索範囲が決められている為、助けが来る事も期待出来ない。
運良く助けが来たとしても、この階層を探索している冒険者は彼らと同程度のレベルのはずで、到底、魔女には敵わないだろうし、仮に逃げようとしても怪我人がいる以上、そう易々と逃げ切れるとは思えない。
「もうここまで……か……」
地上で待っているであろう婚約者の顔を思い出しながら、剣士は生きる事を諦めた。
それまで生き残る為に気を張って意識を保っていたが、それも諦めた瞬間に失われていく。
徐々に意識が途切れていく中、誰かの声が聞こえた気がするが、彼にはそれを確かめる余力は既に残ってはいなかった。
* * * * * * * * * * * *
「『大気を巡る赤き流れよ~。我らが前に立ち塞がる熱き壁となり、魔の力を減じる力となれぇ~』フレイムウォ~ルゥ~」
「ラースさん!今のうちにあの人を!!」
意識を失い倒れ行く剣士に向けて落とされた氷柱をリューナルが炎の壁を生み出して受け止める。
氷と炎が爆ぜ、蒸気が巻き起り、辺りを白く包み込む。
その間にラースが最速で剣士まで向かい、体当たりするように氷柱の射程外まで突き飛ばす。
直後にラースの背後で、炎の壁を突き破った氷柱が地面を穿つ。
ラースが突き飛ばした剣士は壁にもたれてぐったりとしているが、意識を失っているだけのようだ。
突き飛ばしたせいでそれなりの怪我はしたかもしれないが、命を失う事に比べれば全然軽いといえよう。
「間一髪でしたね」
周囲を蒸気が包む中、ラースが辺りを見回すと3人程が倒れているのが見える。今ほど突き飛ばした剣士のパーティーメンバーだろう。
まだ息はあるようだが、魔女らしき人影から敵意が自分に向けられているのを感じる。どうやら介抱している余裕はなさそうだ。
「リュクルスちゃん!」
「リュクルス~!」
セフィーとリューナルが人影へ声を掛けている中、ラースは周囲を警戒する。
ここに来る間も魔法による爆発音等が相当響いていたので、モンスターが音に引き寄せられて集まってくるかもしれない。
その前になんとか出来れば良いが、どうなるかは分からない。
相手は未知数の力を持つ魔女なのだから。
緊張した面持ちで彼は尚も魔女となったリュクルスに呼び掛け続ける2人を見守る。
「リュクルス~!お願いだから、答えて下さい~!!」
「……お母…さん……お姉…ちゃん……」
人影からか細い声が聞こえてくる。
それと同時に人影を覆っていた霧のようなものがゆっくりと晴れていく。
そこにはその声の主である少女の姿があった。
あどけないが整った顔。
妖精族であるリューナルから受け継いだ特徴ある耳。
そして左右の耳の上辺りでまとめられた紫色の長く細い髪の毛。
紫色の紐のようなものを見たという証言があったが、その正体はこれの事だろうと理解する。
「リュクルスちゃん!私達の事が分かるの!!」
「…セフィー…お姉ちゃん……助け…て…………」
「うん!今すぐ助けてあげ…」
「……とでも言って欲しいのか人の子よ?」
リュクルスの意識がまだあるという事に希望を感じたセフィーだったが、その後の感情の感じられないリュクルスのものとは思えない声音にセフィーはビクリと身体を怯えさせる。
その感情すら浮かんでいない瞳に戦慄を覚える。
「お前達の事はこの娘の記憶を読み取って知っているぞ。セフィーお姉ちゃん。そしてお母さん」
声はリュクルスそのものなのに、とてもおぞましいものを聞いている気分になる。
「やっぱり~、完全に魔導書に操られているようね~」
「操るとは異な事を。この娘はこの塔の頂きに到達する為の力を欲し、我を求めたのだ。娘は力を、我は肉体を求め、互いに利を得たに過ぎぬ」
魔導書に限らず、魔力を持つ武具や道具は意思を持つ事があるという。
この理屈はモンスターと同じだ。
モンスターは魔力の籠った人形だという説があり、魔力そのものが意志を持ち、人形たるモンスターを動かしている。
人形であるから血が出る事も無く、人族にとって致命傷となり得る攻撃を受けても生命力が残っている限り動き続ける事が出来るとされている。
人族が魔力を体内に溜め込んでも魔力の意思に乗っ取られないのは、膨大な魔力を経験値に置き換えて、レベルアップという魔力に対する抵抗力を身に付けたからだと、地上世界の学者は説明している。
だがその抵抗力が無い、あるいは低いものが膨大な魔力を体内に受け入れてしまったならどうなるか。
それが今現実に目の前で起きている事象だった。
「この娘の願いを聞き届ける事が我に課せられた使命。それを邪魔する者は誰であろうと全て消し去ってくれよう」
リュクルス、いや魔女は歌うように詠唱し、頭の上に巨大な火の玉を生み出す。
その大きさは大人1人を包めるほど大きく、太陽のように眩しい輝きを放っている。
「お母さんとお姉ちゃんは苦しまない様に一瞬で消炭にしてあげるから安心していいよ♪フレイムボール!」
魔女の可愛らしくも禍々しい力ある言葉と共に巨大な火球が振り下ろされる。
フレイムボールは火属性の一般魔法の中でも最初期に覚える魔法だ。
普通の場合は拳大の大きさであり、レベルが高くなっても顔と同じくらいの大きさが精々だろう。
だが、目の前の炎の塊は常軌を逸した巨大さだ。これ程の大きさと熱量を持つ魔法を果たしてフレイムボールと呼んで良いものだろうか。
下手をしたら上位魔法であるフレアボールよりも巨大で高威力にも思える。
「リューナルさん!!」
セフィーは咄嗟にリューナルに飛び付き、手を握ってレベルを貸し与える。
リューナルはセフィーが飛び付いた直後からフレイムウォールの詠唱を始め、レベルの上昇が完了すると同時に魔法も完成する。
「フレイムウォ~ル!フレイムウォ~ル!!フレイムウォ~ル!!!」
巨大な火球に対抗する為、魔法拡大で何倍にも拡大させ、更に何層も重ねて炎の壁を展開する。
レベルが上がり魔力量が増えたにも関わらず、ごっそりと魔力が消費される。
フレイムウォールは接触したものの魔力を相殺して攻撃を防ぐ魔法である。
にも関わらず、1層、2層と炎の壁を消滅させているのに火球の威力は衰える気配を見せない。
「くっ!2人とも僕に捕まって!!」
ラースは低空を滑空し、セフィーとリューナルに手を差し出す。2人が掴んだのを確認すると力の限り、火球から離れる様に飛ぶ。
その直後に最後のフレイムウォールは破られ、フレイムボールが地面で炸裂する。
轟音と熱風が荒れ狂い、周囲の木々を薙ぎ倒す。
直撃は免れたものの、その余波はラース達に襲い掛かり、吹き飛ばされる。
茂みに吹き飛ばされたおかげで軽い怪我で済んだセフィーが逸早く起き上がり、周囲の状況を見回す。
近くにはリューナルが倒れているが、呻き声が聞こえるので意識はありそうだ。
だが左の義足が根元から折れており、これでは杖を支えに立ち上がるだけで精一杯だろう。
「セフィーさんも無事みたい…だね……」
頭上からラースの声が聞こえ、仰ぎ見ると木の枝に絡まれて宙吊りになっているのが見えた。
熱風の余波をまともに受けたのだろう。
背中の翼は焼け焦げて、所々赤く血で濡れている。
「もう。折角苦しまない様にしてあげようとしたのに避けちゃ駄目じゃない。あっ、そうか苦しい方が好きなんだね」
魔女は、楽しそうな笑みを浮かべる。
その笑顔は、まるで新しい玩具を与えられた子供のよう。
「そもそも私達は死ぬ気なんてない!絶対にリュクルスちゃんを助け出すんだからっ!!」
セフィーは力一杯叫ぶ。
絶対に諦めないという意思表示ではあるが、それは同時に虚勢と自身を鼓舞する言葉でもあった。
こうでも言わないと意思とは関係なくこの場から逃げ出してしまいそうだった。
それ程、魔女は全てにおいて圧倒的なのだ。
だが、今の魔女、いやリュクルスの姿を目の当たりにして、見捨てて逃げ出す事などセフィーには出来なかった。
動けないリューナルから貸し出していたレベルを戻してから、セフィーはゆっくりと立ち上がり、魔女に顔を向ける。
「威勢だけは良いみたいだけど、お母さんもセフィーお姉ちゃんも、そしてそこの鳥の人もすぐに殺してあげるよ。ううん、さっき言った様にじわじわと苦しめて、最初に一瞬で殺されていれば良かったって後悔させてあげるよ。楽しみだな~♪」
リュクルスの顔と声でそんな事を言われると怖気が走るが、もうセフィーの心には魔女の言葉は届かない。
彼女の視線はその瞳にしか集中していない。
セフィーは視線を逸らさないまま、ゆっくりと一歩を踏み出す。
「楽しい?本当にそうなの?」
「うん、当たり前じゃない。この力があれば塔の頂上なんてあっという間。セフィーお姉ちゃんが教えてくれた地上の風景を早く見たくて仕方ないよ。だから邪魔はしないでくれる?」
「なら何故あなたは泣いているの?」
「泣いている?誰が泣いているというの?」
「うん、そうだよね。大好きな人を自分の手で傷付けるのは心が痛いよね。泣き出したくなるよね……」
「だから一体何を言っている!誰と話をしているのだぁ!!」
魔女の言葉を無視して言葉を続けるセフィーに苛立ちを感じた魔女が無数の風の刃を周囲に生み出し、セフィーへと放つ。
頬を腕を足を、風が切り裂いていく。
だがセフィーはお構いなしに更に一歩前へと進む。防ぐ気も避ける気も無く、ただゆっくりと歩を進めているだけなのに、風の刃はセフィーを掠めるだけで致命的な一撃となりえない。
何故こんな無防備な小娘に攻撃が直撃しないのか。魔女にはその理由が全く分からない。
苛立ちながら更に風の刃を増やすが、やはり直撃させる事が出来ない。
「自分の頬を触ってみなさい。それが何か、リュクルスちゃんの記憶があるなら、あなたには分かるはずよ」
セフィーに言われて魔女が頬に自身の手を当てる。
そこは濡れていた。
そして今も尚、瞳から溢れ出るもので濡れ続けている。
「涙を流しているのは私?…我?………我が…私が……泣いている…だと?」
魔導書によって身も心は操られているかもしれない。
だがリュクルスの意思は、その奥底で今もまだ抗い続けているのだ。
瞳から溢れるように流れ出る涙がその証拠だ。
それが分かったからこそ、セフィーも逃げ出したい気持ちを抑え、希望を捨てずにここに居る。
「ラースさん、リューナルさん。援護して下さい。リュクルスちゃんを助け出します」
セフィーが静かな口調で背後の2人に声を掛け、更に一歩を踏み出す。
風の刃が肩口を裂き、纏っていたマントローブが外れ、宙に舞う。
マントローブは暴風に煽られ、そして刃の1つで切り裂かれる。
その奥からオーガブレードを手にラースが飛び出す。
翼の痛みを堪え、無理矢理に羽ばたかせ、魔女へと迫る。
「そのような攻撃など届きはしない!グランスピア!!」
魔女の正面の地面が盛り上がり、岩で出来た鋭い槍がラースの片翼を貫く。
バランスを崩したラースが魔女の脇をすり抜け、後方の木の幹にぶつかる。
だがラースの行動のおかげでセフィーを襲っていた風の刃は消え失せている。
補助魔法のように効果を発揮している時間が長い魔法と違い、対象を攻撃する攻撃魔法は詠唱の都合上、同時に別々の魔法を使用する事は出来ない。
それは世界の常識であり、どんなに膨大な魔力を持っていても覆る事は無い。
ラースの特攻に魔女が思わず別の魔法を使用してくれたおかげで、セフィーが近付けないよう動きを妨げていた風魔法は消えた。
そのチャンスを逃さず、セフィーはその瞳を見据えながら即座に魔女に向けて駆け出す。
「来るな来るな来るな来るなぁ~!!!」
強い意志を宿したセフィーの瞳にまっすぐ見つめられ、魔女は恐怖を感じていた。
無限とも言える魔力を持ち、強大な魔法を繰り出す魔女を相手に何故そんな目が出来るのか。
これまで戦ってきた人族は、皆、この力に恐怖と畏怖を感じ、絶望に打ちひしがれていた。
そして最後には必ず、他の誰かを蹴落としてでも醜く逃げようとするか、絶望して無駄な抵抗をせずにただ死が訪れるのを待つか、自分だけは助けてくれと懇願するかのどれかだった。
「何故怯えぬ。何故逃げぬ。何故絶望せぬっ!たかが小娘1人の為に何故自らの命を危険に晒す!!」
魔女はリュクルスの口調を真似る事も忘れて叫ぶように言葉を放つ。
同時に無数の氷の矢を周囲に生み出し、セフィー目掛けて撃ち放つ。
だがセフィーは臆する事も避ける事も考えずただ真っ直ぐに走る。
「させませんわ~!」
リューナルが残った魔力を注ぎ込み、セフィーの周囲にフレイムウォールを展開させ、氷の矢は炎の壁に遮られ次々と蒸発していく。
水蒸気で視界が歪む中をセフィーはただ真っ直ぐに突き進む。
「くっ、アクアヴェ……あっ……」
魔女が次の魔法を発動させるより先に、セフィーはとうとう魔女の目の前まで詰め寄った。
身体には無数の切り傷が刻まれ、赤く染め上げている。
革の胸当ても固定具が切れ、いつの間にか外れているし、その下に着ていた服もボロボロ。
結っていた赤い髪も解け、半ばからばっさりと切れている。
顔は泥と血で汚れ、誰が見ても満身創痍の様相だ。
だがその瞳だけは力強い意志を宿して、真っ直ぐと
「命を賭けてでも助けたい。助けなきゃいけない。理由なんて無いよ。ただそう思っただけ。リュクルスちゃんも、そしてあなたも……」
涙に濡れている
そして自らの思いを全て注ぎ込みながら語りかける。
「リュクルスちゃん。あなたの夢はただ地上の空を、太陽を見たかっただけ?違うでしょ。自分の力で地上に出て、その目で、その心で、空を、太陽を、あなたが知らない全てを感じる事じゃなかったの?」
言葉と共にセフィーの身体からレベルという名の力が抜けていく。
「約束したじゃない。冒険者になったら一緒に冒険しようって。そして一緒に地上に行こうって」
「……お姉ちゃん……セフィーお姉ちゃん…………私…私は……」
セフィーから抜け出たレベルは繋いだ手を通してリュクルスに注がれ、そのレベルを強制的に上昇させていく。
「たった1人で頂上に辿り着いたって寂しいだけ。自分独りで地上に出たって、感動なんかしない。ただ虚しいだけ。信じられる仲間と自分の力を精一杯使って辿り着くからこそ、喜びも感動も味わえるんだよ」
涙に濡れた瞳に僅かに光が灯る。
「セ…フィー…お…姉……ちゃん………」
セフィーは優しく微笑みながら言葉を続ける。
「戻って来て、リュクルスちゃん。そして私達と一緒に地上を目指そうよ。一緒に感動を分かち合おうよ」
リュクルスの瞳から更なる涙が溢れてくる。
それと同時に彼女のレベルは10を越え、はっきりと意識が浮上して来る。
「……ごめんなさいごめんなさい……セフィーお姉ちゃん……ごめんなさ~い……」
先程まで感じていた畏怖も強大な魔力も感じない。
ただそこには涙で顔をぐしゃぐしゃにしたただの少女がいるだけ。
「おかえりなさい、リュクルスちゃん」
セフィーは優しく頭を撫で、その胸に抱く。
リュクルスはセフィーの胸に顔を埋めて、関を切った様に泣き叫び、ただひたすらに謝罪の言葉を繰り返す。
その拍子に懐に仕舞っていた古い魔導書が零れ落ち、地面へと落ちる。
同時に胸の中で泣きじゃくっていたリュクルスの身体が弛緩し、セフィーは慌てて抱き締めて崩れ落ちるのを防ぐ。
そして自身の身体に力が戻ってくるのを感じながら、大きく息を吐く。
「なんとか賭けには勝ったみたい…ね……」
リュクルスの温もりを胸に感じながら、セフィーはペタンと地面へと座る。
安堵感に包まれながら、徐々にその意識が遠退いていく。
(あっ…皆の怪我を回復させなく…ちゃ……)
最後にラースとリューナル、そして最初に倒れていた冒険者達の事を気に掛けながらも、そこでセフィーの意識は完全に闇に閉ざされていった。
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