第13貸 魔女と少女と魔導書と

 セフィーがリュクルスが居なくなった事をリューナルから聞かされている時、冒険者支援協会でも問題が発生していた。


「それでは言い訳を聞きましょうか」


 窓口受付嬢にして冒険者支援協会の会長であるルーナが会長室で全身を萎縮させた鎧に身を包んだ騎士風の男2人を前に事情を聴いていた。


「えっと…その…あれは確か夕刻の鐘が鳴る少し前の事でした」

「夕刻の鐘が鳴れば交代の時間だったので、気を緩めたのは確かに否定しません」

「で、ですが、時間的には冒険者の方々が塔から戻ってくる時間です。いくら我々でも……え、あいや…事実、居眠りしてしまった事は間違いありませんが……」


 ルーナの鋭い視線に射竦められて、大の大人が項垂れて小さくなっている。

 2人の男は冒険者支援協会が雇っている塔の門番だった。

 地上に居た頃は国境の関所で働いていた事から門番をするようになったのだが、あろうことか夕刻の鐘が鳴る少し前に、2人はついついウトウトとしてしまった。

 塔から戻って来た冒険者に叩き起こされたのだが、それがルーナの耳に入り、絶賛説教中という訳だ。


「はぁ~。出入りをチェックする為に門番を置いているっていうのに、暇だからといって職務中に居眠りをするなんて……」


 彼らの話と叩き起こしたという冒険者の話から、その時間はほんの僅かだという事は分かる。

 時間にして30秒あったかどうかという所だろう。

 ルーナであっても疲れて眠くなったり、欠伸が出たりする事もあるので、そう強くは言えない。

 とはいえ職務中に居眠りをした事については厳罰を与えなければ、他の協会員に示しがつかない。


「けどおかしいんですよね」

「おかしいって何がですか?」

「いや、だってそうじゃないですか。2人同時に眠くなってしまうなんて……」

「そうですそうです。しかも眠気は急に襲ってきましたし」


 確かに2人同時に急にというのは不自然な気もするが、偶然が重なっただけとも言える。


「そういえば、夢だったのか分からないけど、小さな女の子に歌声が聞こえたような気が……」

「ああ、そういえば俺も子供の声で歌が聞こえた気がしたような……それと紫色の何かも見たような……」


 言い訳にしては要領を得ない2人の言葉にルーナはバンと勢い良く両手を机に叩きつける。


「ともかく今日の事は減給処分とします。今後は気を引き締めて職務に励むように。いいですね」


 ルーナの言葉に2人が返事をしようとした直後、会長室の扉が激しく開かれ、協会員の1人が部屋の中へと飛び込んでくる。


「ル、ルーナ会長!!一大事です!急いで下まで来て下さい!!」

「一体何があったというのですか?」

「ぼ、冒険者の方が血、血塗れで……ま、まずは来て下さい。詳しい話はそこで」


 余程の事態が起きたとみえて、動揺を隠せない様子だった。

 ルーナは門番の2人に解散を命じてから階下にある冒険者支援協会のエントランスへと急ぐ。

 そこには全身血塗れの冒険者が魔導師の女冒険者に膝枕をされて、回復魔法で傷の手当てをして貰っていた。

 傷はかなり深いようだが、回復が間に合ったのか一命は取り留めたようだ。


「一体これはどうしたんですか!?」

「…魔女だ……魔女にやられたんだ……俺は他の奴らより頑丈で運が良かったからなんとか逃げ出せたんだが……あいつらは……」


 血塗れの冒険者の男は上半身を覆う焼け焦げた鎧と半ばから折れた長剣を見詰めながら悔しそうに唇を噛む。

 ルーナは受付嬢をしている事もあって、彼らのパーティーの事はよく知っていた。

 戦士である彼がレベル15で最も強く、他のメンバーはレベル13の5人パーティーだった。

 現在は12階層から13階層にかけて階層毎のマッピングをメインに据えている。

 マッピングは冒険者支援協会からの正式な依頼だ。

 塔の最高到達記録は19階層だが、それはそこまで行った事がある冒険者が居るというだけの話。

 11階層以降は森のように木々が生い茂っていて、正確な地図が完全に出来ている訳ではない。

 モンスターの種類も多く、その生態も完全に把握している訳ではない。

 10階層までの迷路のような通路とほぼ固定のモンスターに比べて段違いに調査の難易度が上がっているのだ。

 そこで彼らのような適正レベルよりやや上の冒険者に依頼をして、詳細正確な地図の作成とモンスターの分布を調べて貰っている訳だ。

 彼らの様なパーティーは何組もあり、手分けをしてマッピング作業を行って貰っている。

 今では11階層の9割と12階層の6割程、13階層も約半分の地図が出来上がっている。

 14階層以降もマッピングは進めているが、適正平均レベルが20を越えてしまう為、作業可能な冒険者が少なく、未だ2割にも満たない。


「魔女とはなんですか?!新種のモンスターか何かですか?」

「…あれはモンスターじゃない……多分、妖精族の子供だ……」


 回復魔法が効いて来たのか彼の呼吸は安定してきている。このまま事情を聴き続けても命に別状は無いだろう。


「つまり同じ冒険者にやられたんですか?」


 それに対し冒険者の男は「多分」と頷く。

 そしてありのままに起こった事を話し始めた。


「俺達のパーティーは12階層のマッピング作業を終わらせて帰ろうとしたんだ……」


 今日の分の作業を終えて、彼らのパーティーは11階層へ降りる階段の前までやって来た。

 そこで紫色の何かが視界を横切ったと思った瞬間、どこからか子供の歌うような声が聞こえ、突然、睡魔に襲われた。

 全員がなんとか首を振って睡魔に抗ったが、続いて現れた巨大な炎の球が上空で炸裂。

 不意を突かれて避ける事も出来ず、降り掛かる火の粉の直撃を受けてしまう。

 分散しているにも関わらず物凄い火力で、鎧が溶かされていくのが分かった。

 完全に溶け切る前に魔法の炎は収まったが全身が正しく焼ける様に痛い。

 この段階になってようやく何が自分達を襲ったのかが見て取れる。

 いや、正確にはそれが何かは良く見えない。

 その姿はまるで朧が掛かった様に歪んでいて、なんとか人の姿を取っている事が判別出来る程度だ。

 恐らく水か何かの魔法で自身の周囲を障壁で覆っているのだろう。

 それならば先程の様な無差別に近い火炎魔法の攻撃でも自分の身は安全だろう。

 水の障壁の向こうの人物の影が手を上げたように見えた。

 そして子供の様な声が響いた後、無数の風の刃が渦巻き、炎で焼かれた仲間達を次々と斬り刻んでいく。

 彼は精一杯の力を込めて迫り来る風の刃に剣を振るう。

 だがそれは全くの無意味だった。

 風の刃は剣を半ば程から切り落とし、火傷を負った彼の全身も斬り刻む。

 続いて襲われた突風により、跳ね飛ばされ、彼は階下へと転げ落ちる。

 意識を失う直前に彼が目にしたものは妖精族らしき尖った耳とその上から垂れ下がる紫色の紐のようなものだけだった。


「……そして俺は通りすがりの彼女達のパーティーに命を救われて、ここまで戻ってくる事が出来たんだ」


 彼女達とは今、彼を介抱している回復魔導師のいるパーティーの事だった。

 彼女達は上の階の異変を感じつつも、彼の回復を優先させて急いで帰還したということだ。

 だが恐らくその判断は正しかっただろうとルーナは思う。

 もしその魔女とやらがまだその場に居たとしたら、彼女達も全滅していた可能性すらあり、その結果、魔女の存在は明るみに出なかった可能性があったのだ。


「けど何か引っかかるのよね」


 今の話の中でルーナは同じような事をついさっき聞いたばかりの気がした。

 子供の歌声。

 睡魔。

 周りから見えにくい姿。

 紫色の何か。

 いくらなんでも偶然とは思えなかった。

 いや例え偶然だったとしても、塔に脅威となる存在がいる以上、冒険者支援協会の長としてやるべき事はただ1つ。


「11階層以上の探索を行っている冒険者全員に通達!協会より緊急の討伐令を発します。討伐対象は通称魔女。彼から聞いた特徴と攻撃方法をすぐに纏めて、討伐パーティーに配布。急いで!!」


 ルーナの指示に協会員達が慌ただしく動き始める。

 冒険者に頼るしかない自身の無力さを感じながら、ルーナは祈る思いで周囲に指示を出していくのだった。




*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *




 リュクルスを探す為にも人手と情報が必要だと思い、セフィーは大地の根に向かっていた。

 あそこにはまだラースもいるだろうし、食堂という事で人も集まる為、情報も集まると思ったからだ。

 それに隣はすぐに冒険者支援協会だ。

 事情を説明すれば捜索を手伝って貰える可能性もある。

 リューナルは夫が目を覚ましたら、こちらと合流する事となっている。

 それまでに出来得る限り目撃情報等を集めて、少しでも手掛かりを見つけておきたい所である。

 その道すがら、向かい側からラースが走ってくるのが見える。

 何か慌てた様子だが、これから会いに行く所だっただけに丁度良かった。


「ラースさん、丁度良かった」

「セフィーさん、丁度良かった」


 2人の言葉がほぼ同時に同じ内容を口にする。

 セフィーからして見れば、リュクルスの事で協力を仰ぎたかったので、こうしてラースに出会えたのは僥倖だった。

 だがラースがセフィーを探していた理由までは分からない。

 

「え?もしかしてそっちも何かあったの?」

「ん?連絡を受けてこっちに向かってた訳じゃないのか?」


 微妙な食い違いにお互い戸惑う。


「とりあえず協会に向かおう。話は向かいながらって事で」

「はい。こっちも話したい事がありますので」


 2人は冒険者支援協会へと急ぎ、到着する頃にはお互いおおよその事情は飲み込めていた。


「流石に今の状況じゃ協会に捜索を頼むのは難しいね。まだ誘拐と断定出来た訳でもないし。探すとしたら僕らだけでやるしかないけど……」

「うん。でも協会からの緊急討伐指令は対象となった冒険者は余程の大怪我とか、動けない状態でない限りは強制。11階層以上の探索を進めている冒険者が対象になっている以上、私達も冒険者としてはそっちを優先させなければいけないのは分かってる……けど……」


 今、冒険者支援協会のエントランスには50人程の冒険者が集まっていた。

 パーティー毎に急遽作ったと思われる指令書と資料が配られる。


「資料を確認後、準備を整え次第、各自出発して下さい。塔の入り口前で適正レベルに応じた階層をこちらで提示しますので、その階層を重点的に探索して下さい」


 協会員の女性がざわつくエントランス内で大声でそう指示を出していた。

 それを聞いた冒険者達はぞろぞろと外へと出ていく。


「僕達も準備を……っとその前にリューナルさんを待たなきゃね」

「うん。大地の根で待ち合わせしてるから、そっちに行きましょう」


 セフィーとラースは一先ず大地の根で指令書を眺めながらリューナルを待つ。


「内容は通称“魔女”の探索及びその討伐。種族は妖精族の未登録の冒険者……か」

「最初に遭遇したパーティーは壊滅。1人以外は生還していなくて未だ生死不明。その1人が生還出来たから魔女の存在が明らかになったんだね」

「でも未登録だったら塔に入れないんじゃ?もしかしていきなり塔の中に落とされて混乱してて襲ってしまったとか?」

「いや、実はこの事件が起きる前に門番の2人が同時に眠ってしまうっていう事があってね。資料を見ると魔女は何種類かの属性の攻撃魔法を使用しているから、もしかしたら魔法で眠らされて、その間に塔に入ったんじゃないかっていう噂がされてるんだ。僕が聞いた話じゃ子供の歌声が聞こえたとか紫の紐みたいなのが見えたとか類似点があるらしい。それに塔の中に誰かが直接落ちてきたって話は今の所一度も聞いた事が無い。仮にそうだとしても敵意を向けていない冒険者を襲った時点で、協会としては脅威と判断して討伐対象にするしかないんだけどね」


 資料を読みながらラースの話を聞いて、ふと思い出す。

 居なくなったリュクルスもハーフとはいえ外見上は妖精族と同じ特徴のある尖った耳をしている。

 まだ成人していないので子供といえば子供だし、冒険者カードも発行されていないので未登録なのも間違いない。

 そして紫色の紐というのも彼女のツインテールが見ようによってはそのようにも見える。

 偶然かもしれないが、魔女がリュクルスを攫ったという可能性も浮上してきた。


(あれ?紫の紐みたいなのって……)


「もし戦う事になった場合、魔法に対抗する手段が欲しいね。セフィーさんは何か新しい魔法を覚えた?」


 セフィーは何かを思い出しそうになったがラースの言葉でその何かは泡のように消えてしまう。


「あ、うん。一応、マインドタフネスを覚えたけど……」


 今日の探索後に神殿でレベルアップ作業をしたのでセフィーはレベル13に上がっている。

 そのおかげでマインドタフネスを新しく覚えたが、この魔法は状態異常系の耐性しか上がらない。

 魔法で眠らせようとしてくるらしいのでそれに対しては有効かもしれないが、直接的な攻撃魔法に対する防御策は皆無だった。

 その事をラースに伝えると、仕方が無いという顔で他の対応策を考え始める。

 そこにようやくリューネルがやって来た。


「すみませ~ん。遅くなってしまいました~」

「あっ、リューネルさんこっちで……ってどうしたんですか?その格好!?」


 近付いてきたリューネルは魔導師としての完全装備に見えた。

 漆黒の鍔広の三角帽子に足先まで覆う長いローブはいつも店で身に付けているものと同じに見えるが、魔法の素質があるものが見れば、それに魔法の力が備わっているのは一目で分かる。

 その上、右手には身長と同じくらいの長い杖を持っている。

 先端についている宝石からも魔力が感じるので、何かしらの付与効果があるのが分かる。


「魔女の事を聞いて確信しましたぁ。多分、その魔女が娘のリュクルスです。なので~、お2人と共に塔に向かいたいと思いまして~」


 のほほんとした口調から突拍子も無い言葉が出て、セフィーは思考が固まる。


「えっ、そ、それは…あの……」

「あ、ルーナちゃんにはちゃんと了解は貰ってるから大丈夫大丈夫」

「あ、い、いえ…そうじゃなくて……」

「えっと、とりあえず出発しましょう。今は一刻を争う事態です。話は歩きながらという事で」


 セフィーの混乱する様子に堪りかねてラースが提案し、3人は塔へと向かう事にする。


「えっと~、どこから話をすればいいかしら?」

「まず娘さんが魔女だと確信したというのはどういう意味ですか?」


 思考停止中のセフィーを引き摺りながらラースが尋ねる。


「娘が居なくなった事は聞いてるわよねぇ?」

「はい。セフィーさんに経緯は聞きました」

「それじゃ~、その後から話しますね」


 リューネルが気が付いた夫に事情を聞くと、料理の途中にリュクルスが急に呆然と立ち尽くした後、何かに導かれるようにふらふらと店の方へ歩き出したという。

 どこに行くのかと尋ねようとしたら、リュクルスが何か言葉を発し、直後に眠気に襲われて抗う事も出来ずにその場で倒れてしまった。

 最後に見たのは魔導書の様な古い本を手に家の外へ出ていく姿だった。


「その話を聞いて、もしかしたら~と思って、魔具の保管庫を見てみたら、案の定、古代文明時代の魔導書の原本が1冊無くなっていたの~」

「……あっ、そういえば最初に合った時、リュクルスちゃんは古い本を読んでたような……」

 混乱の状態異常からようやく回復したセフィーが、思い出したように呟く。

「多分、それね~。いつの間に持ち出したんだか~」


 魔法書の原本は一度誰かが魔法を覚えても魔力が消える事は無い再使用可能な魔導書だ。その代わりに複雑な儀式が必要で、適切な手順を踏まなければ魔法を覚える事が出来ない。

 現在の消耗品扱いの魔導書はその複雑な儀式を、特製のペンとインクを使う事で簡略させた代物だ。

 

「これは~、本当は秘密なんだけど~、その原本を元に私は魔導書の写本を作っていたの~」


 本来なら写本を作る場合には作成者がその魔法を覚えていなければ作れないのだが、魔力の篭った原本が手元にあれば魔法を覚えていなくても作れるという事なのだろう。

 セブンスヘブンには最上級魔法の使い手は数える程しか居ないし、神級に至っては1人もいない。

 リューネル本人もレベル28なので神級魔導書の作製は行えないどころか最上級魔法もまだ習得出来ていない魔法があるはずである。

 にも関わらず、リューネルの店に置いてあった魔導書の中には神級の魔導書がいくつか並んでいたし、最上級魔導書まではほぼ全種類揃っていた。

 いくら昔の知り合いに頼ったとしてもそう簡単に揃えられるようなものではない。

 だが原本があればそれも可能だというのであれば、納得出来る。


「無くなったのは~一般攻撃魔法レベルの魔導書なの~。あの子は魔法の素質があったから、多分、それを読んで隠れて勉強でもしてたのね~。最近じゃぁ、一般魔法の魔導書なんて使う事が無かったから、全然気付かなかったわぁ~」


 確かに原本ならばただ読んでるだけでは魔法は覚えられないし、仮に覚えられたとしても魔導書からその魔力が抜け落ちる事は無い。

 魔法の詠唱文を覚えるのにはうってつけだったという訳だ。


「けれど~魔導書の原本には膨大な魔力が蓄えられているから~、レベルが低いと魔力に当てられちゃって、魔導書そのものに操られちゃったりするのよ~」


 そこまで聞いてセフィーもラースもリューネルが何を言いたかったのかようやく理解した。

 リュクルスが魔女だと言われた時は、優しくて純真な彼女が同じ人族を襲うなんてありえないので、そんなのは間違いであると思っていた。

 だが魔導書が彼女の意思とは関係無く操っているとすれば、そういう事が出来てもおかしくは無い。

 そして魔導書そのものが魔法を使っているのならば、素質に関係無く様々な魔法を使えてもおかしくは無い。

 攻撃魔法には閃光・火炎・氷結・風塵・大地・呪・電雷の7つの属性が存在する。

 資料によれば魔女は火と風と水の魔法を使っているので、これだけで既に3属性。

 更に睡眠を引き起こすスリーピングの魔法は呪属性の魔法なので、これで4属性は使える事を意味する。

 セフィーのように回復と付与という違う系統の素質を同時に持つ者は極稀ではあるが、同じ系統で別属性の素質を複数持つ者ならば、それなりに多い。

 だが大抵は2つまでで4つの属性の素質を持つというのはこれまで知られていない。

 これだけの条件が揃えば、魔導書が操っているのはほぼ確実と言えるだろう。


「だとしたら急がないといけませんね。もし僕達以外の他の冒険者が先に彼女を見つけてしまったら、娘さんが殺されてしまうかもしれません」

「はい、そうですね~。けど、申し訳ありません。今の私の足ではそれ程、急ぐ事が出来ないんです~」


 3人は既に塔に入り、転移魔方陣で11階層へと辿り着いている。

 リューナルが一緒という事で平均レベルが上昇し、3人の探索地域は事件のあった12階層になっていた。

 だが指定された階層に行くつもりは無い。

 リュクルスがどの階層に居るか分からない以上、全階層を探さなければいけない。

 既に出発前にリューナルを待っていた時間の事もあり、3人はかなり出遅れている。

 ただでさえ出遅れているというのにここから他の冒険者よりも先にリュクルスを探さなければいけないのだ。

 だがリューナルは急げないという。


「どうして!自分の娘の命が危ないかもしれないんですよ!!」


 ついセフィーが怒鳴ってしまうのも仕方が無い。

 だがリューネルは怒りとも悲しみとも取れる辛そうな顔を歪めて首を横に振る。

 そして徐にローブの裾を捲る。

 ラースは顔を赤くして慌てて顔を背け…ようとして出来なかった。

 ローブを捲ったそこには、あると思った細くて白い足が無かった。

 あったのは木製の太い杖の様なものが2本。

 両膝から下に向かってそれが伸びていた。それは義足だった。


「昔、冒険中にモンスターに足をやられてしまったの~。慣れたから歩くだけなら問題はないんだけど~、流石に走る事は出来ないんですよぉ」


 大怪我をして冒険者を辞めたとは聞いていたが、これ程の傷を負っていたとは知らなかったセフィーは絶句し、先程自身で言った言葉に後悔する。

 こんな状態にも関わらず、一時的とはいえ塔の探索に復帰したのは、それほどリュクルスの事が心配だったという事に他ならない。

 恐らくは誰よりも早く動いてリュクルスを探したいに違いないのだ。

 けれど身体が、足がそれを許してくれない。

 どれ程辛い事だろうか。 


「ごめんなさ……」

「ごめんなさいねぇ。無理を言ってついて来たのに私の方が足手纏いになっちゃって~」


 セフィーの言葉に被せる様にリューナルが謝る。

 おかげでセフィーは謝る機会を逸してしまった。

 そんな重くなりかけた空気を振り払うようにラースが話を変える。


「しかしどうやって探しますか?1つの階層だけでもかなり広いですし、どの階層に居るかも分からない」


 たかが3人で虱潰しに探すのは効率が悪過ぎる。

 冒険者支援協会が多くの冒険者に呼びかけたのは人海戦術で階層をくまなく効率的に探索する為だ。


「それはちゃんと考えてあるから大丈夫~。魔力をちょっと多く使うけどサモグラフサーチの範囲を広げれば、階層一つくらいなら全部見通せるはずよ~。その上で怪しい部分をウィスパーグリーンでピンポイントで調べれば、居場所はすぐに分かると思うわ~」


 ウィスパーグリーンは大地に語り掛けその囁きを聞くという上級魔法だ。

 この世界の全てには精霊が宿っていると言われ、火や水、土にも木にも精霊が宿っているらしい。

 その存在は確認はされていないが、この魔法を使うと土や木から囁きのようにそこで起きている事が聞こえる事から、木や大地に宿る精霊が喋っているのではないかと言われるようになったのだ。

 その上、リューナルはさらっと言っているが、魔法の範囲を広げるというのは簡単に出来るものでは無い。

 彼女は《魔法拡大》という技能を持っており、消費する魔力を倍増させる事で、その範囲も倍増させる事が出来る。

 この技能を持っているからこそ、範囲を拡大させる事が可能なのだ。


「流石、高レベルの魔導師になるとやれる事が大きくなりますね。けどどうせならもっと確実性を求めたいですね。セフィーさん、リューナルさんなら大丈夫だと思うから、アレを」

「うん、そうよね。リューナルさんは色々と自分の秘密を明かしてくれたし、私もそれに応えなきゃね。リューナルさん、これから起こる事に驚かないで下さいね」


 先程の後ろめたさも後押しし、セフィーは迷う事無くリューナルの手を取る。そしてありったけのレベルを貸し出す事を願う。


「え?なに?なんなのこれは~??」


 リューナルの身体に力が、魔力が、精神力が漲っていく。

 レベル28だったリューナルにセフィーが12レベル分を貸し出したのでリューナルのレベルは実質40となる。

 黒曜姫ユリイースに迫るレベルになっていたし、この地下世界では最高レベルを大幅に更新したに違いない。


「私には自分のレベルを他者に貸し出す事が出来る魔法があるんです。冒険者カードを見て下さい。12レベル分レベルも能力値も上昇しているはずです」


 セフィーに言われて確認すれば、レベルは上がり、能力値も格段に上がっていた。

 レベル30と40の能力値の急上昇が2回もあった為か、精神力も魔力も2倍近く跳ね上がっている。


「誰かに力を貸し与える事が出来るなんて~、おとぎ話に出てくる女神様みたいで凄いですね~」

「め、女神だなんて、そんな大したものじゃないですよ!」


 ふんわりとした笑顔でそんな事を言われて、セフィーは恥ずかしさのあまり顔を背けてしまう。

 レベルが下がって精神力が下がっているから、こんなお世辞でも恥ずかしくなってしまうんだ、と自分に言い聞かせて顔の火照りを冷ます努力をするセフィー。

 その裏でラースとリューナルが顔を見合わせて苦笑しつつ、リューナルはサモグラフサーチとウィスパーグリーンを併用して11階層を探査する。


「う~ん、この階層には~」


 レベルが急上昇したとはいえ、リューナル1人で階層1つ全てを探査出来るのなら、他の冒険者は不要なのではないかと思いつつ、ラースはリューナルの探査結果を待つ。


「この階層には居ないみたいねぇ。次の階層に向かいましょうか」


 セフィーの火照りが冷める間もなく、リューナルの探査が終了する。

 レベル上昇により精神力が倍増したのが功を奏しているようだ。


「そうですか。それならばすぐに移動しましょう」


 ラースはそう言うとリューナルを抱き上げる。いわゆるお姫様抱っこという奴だ。


「ひゃ!な、何をされているのですか~?!」


 堪らず驚きの声を上げるリューナル。今度は彼女が赤面する番だ。


「いえ、走れないならこうした方が速いと思いまして。ほらっ、セフィーさんも行きますよ。12階層への階段の場所はさっき確認して分かっていますので最短距離で行きますよ」

「えっ、ちょっとラースさん!待ってったら~!!」


 リューナルを抱え、ラースが背中の翼を羽ばたかせる。

 ふわりとした浮遊感の後、ラースが空を駆ける。


「ちょっと~!私、レベル1でステータス下がってるんだから、少しスピードを押さえてよ~!!」


 叫びながら全力で横を走るセフィーにスピードを合わせながら、3人は12階層へと向かう。

 ラースの腕の中でリューナルが


「あなた、すみません~。私、あなた以外の男性に抱かれてしまいました~」


 と、事実だけど誤解を招きそうな事を口走っているが、聞かなかった事にしてラースは次の階層へと急ぐのであった。

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