三人娘と遠い隣町
澄岡京樹
「遠い隣町」
奇妙なことに、我々の住まう『
加えて補足するが、どでかい山がそびえているわけでもない。異常に夜の訪れが早いのだ。そして町の人々は、それを疑問に感じることもなく、ただただそれを享受して生活している。奇妙で仕方がないが、事実なのだ。
当然、我々より歳をとるのも早い。実際それは損なのではないかとも思ったのだが、彼らは別にそれほど気にした様子もない。そしてそれを伝えに行った仲間が帰ってくることもなかった。
一抹の恐怖もあったが、いい加減気になって夜も眠れなくなっていた私は、鮮凪町に向かうことにした。
鮮凪町は、トンネルを越えたらすぐだ。時刻は午前十時。探索する時間は十分にあるだろう。
「はぁ、永海町から来たんですか。……いいんですか?」
鮮凪町に着いて早々、道行く少女に声をかけるとそんな答えが返ってきた。その声色はなんとなく憐れみが混ざっているように感じた。……なぜ、私はそんなことを言われたのだろう。
「えぇ……だって、時間の流れが違うらしいですよ? あなたひとりぼっちになっちゃいますよ」
ひとりぼっち? 私が? なぜ? 不思議なことを言う少女だ。むしろ隔絶されているのはそちらではないか。我々よりも時が早く流れる世界で過ごす君たちこそ、我々と同じ世界を生きられない。ひとりぼっちなのは君たちの方だと思うのだが。
「……わたしぃ、あんまり難しいことわかんないですけど、ここには長いこといない方がいいと思いますよ」
それだけ言って、少女は高校に向かって歩き始めた。
……それにしても、体が重くなってきた。慣れない土地故か、ストレスが私の体力を奪ったようだ。
「はがほがへが!?」
日向ぼっこをしている高齢の女性に話しかけると、入れ歯をすっ飛ばすほど驚かれた。……なんなんだ一体。私が永海町からやってきたことがそんなにおかしいか! 腹がたつ。腹がたったので高齢女性の入れ歯を拾うこともなく先を急いだ。ここでは話にならないからだ。
……こうなったら、鮮凪町に住むというライコウという男に会うほかない。あの男は博識と聞く。ライコウならば、私の疑問を氷解してくれるかもしれない。そんな思いを胸に、私はライコウの屋敷に向かった。
……足が重い。……少し、歩きすぎたようだ。ライコウの屋敷に着いたら、少しだけ休ませてもらおう。
「ハァ……またか」
ライコウの屋敷の前には数人の救急隊員が駆けつけていた。それを庭から眺めていたライコウが、ため息まじりに呟いたのだ。
「なあカゲツキ。これで何人目だ?」
「うーん……1030人目ですねぇ。今年って意味ならまだ一人目ですけど」
「……懲りねえのな、あいつら」
自分たちと外とでは世界の法則が異なっているということに気づけていない……そういう意味合いでの言葉であった。
「そんで、ライコウさん?」
「なんだ」
側近の男――カゲツキがライコウに尋ねる。
「彼らにこのことを伝える術はないんですかね」
「ねえよ。…………俺たちにゃあ、電脳世界にダイブする術なんざねえからな」
夕刊鮮凪に、小さな記事が載った。内容は、——筋肉が退化した永海町の人間が、ライコウの屋敷の前で死亡したというものだ。死因は熱中症だという。
城島マキナは、放課後になると決まってカフェに行く。一人ではない。友人の杉林アリスと柏谷エリザとだ。
そして、カフェテラスでカフェオレを飲みながらマキナは呟いた。
「ねぇアリス、エリザ。ちょっと聞きたいことあるんだけど」
彼女にしては珍しく神妙な顔つきだったので、アリスとエリザはつい唾を飲み込む。
「永海町ってさ、なんであんなにげっそりした人ばっかなんだっけ」
「「…………」」
飲み込んだが、そのあまりの天然発言に、唾を飲み込むほど真剣になった自分たちがバカだったと思った。
「なんかあの人たちひとりぼっちみたいなことは聞いたことあるんだけどぉ、今日あそこの人にあったからさぁ、気になっちゃって——って、二人とも聞いてる?」
「聞いてるよー。ねーアリス〜?」
「うん聞いてる。……なんつーかねマキナ。あんたそんなことも知らなかったのね」
ふわふわとした口調で話しながら、エリザはワッフルを頬張る。それを半目で眺めつつ、アリスは口を開く。
「あのねマキナ。竜宮城の……えーとつまり永海町の人たちはね、数百年前から電脳世界で一生を過ごしているのよ」
「えぇ、マジ?」
「マジよ、マジ」
……そう、2215年の人類は、増えすぎた人口に依る居住区の過密化に対するアンサーとして『電脳世界への精神の移住』を行ったのだ。肉体はコールドスリープで保管され、長い時を越えて尚生存している。そして精神は、長く永く引き延ばされた電子の世界で、肉体が死滅するまで生き続けるのだ。
とはいえ、永海町のある島国、日本はむしろ人口が減少しているため、電脳世界への移住は任意のものとなっている。……そして、現実世界で生きる人々からは、永海町は電子の竜宮城と呼ばれている。
「あぁー、聞いたことあったわそれ」
「……あんたさぁ、ホント歴史に興味ないよね」
「自分から知る気がないからなぁ」
「マキナちゃんホント我が道を行くよね〜えへへ〜このワッフルおいしい〜」
エリザのマイペース加減もどっこいどっこいなんだけど……とアリスは呟きつつ、マキナの語った、歴史を知る気がないという言葉に関連した考えが浮かんだ。
「そうか。外界に興味がないんだ、竜宮城の人たちって」
「んえ? 私の逆パターンってこと?」
「そうそう、理解が早いところは流石ね、マキナ。……多分さ、竜宮城の人たちさ、自分たちが……ううん、自分たちだけが取り残されているってことをさ、忘れたかったんじゃないかな」
違う時間を生きているのは、外の世界ではなく電子の世界を漂う自分たちであるということを忘れるために、彼らは外の世界との繋がりを消してしまおうとしたのではないだろうか。……アリスは、そう考えたのだ。
「難しいこと考えるよね〜アリスはさ〜」
エリザのほんわかした呟きをBGM代わりにして、もう少しだけアリスは考えてみることにした。
……しかし、答えは出ない。出しようがなかった。
……だがそれは当然だ。
もう彼らの意識は遠く離れたところにあるのだから。同じ
けれど。それでも、とアリスは思う。 今朝この町にやって来たという人の様に、外に繋がりを持とうとする人と出会い、理解し合える日がやってくるのではないか、と。
そんな日がやって来てもいいのではないか、と。アリスは考えたのだ。
「……でも、おかしな話よね」
けれど、かつては同じ世界を生きた人々だったということを考えると、そう考えざるを得ない今の世界に対して、アリスは少し寂しい気もしたのだった。
「ねぇアリスぅ。わたしぃ、やっぱりよくわかんないけどさぁ、それでもね、もうちょいだけ歴史勉強するわ」
「……マジか」
「おぉ〜、マキナちゃん本気になった〜」
ただ、それでも今よりはずっといいかもしれないな、と、アリスは前向きに考えることにしたのだった。
三人娘と遠い隣町 澄岡京樹 @TapiokanotC
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます