エピローグ

「ん、じゃあ行くか」


「え、もう?」





 そんなに時間も経ってないのに、ギルは体を起こそうとしていた。けど、明らかに回復しているとは思えない。上半身を起き上げるだけでも、もたついていた。





「まだどう見ても無理でしょ」


「余裕だっての」





 そう言ってまだふらつきつつ立ち上がった。続いてリアちゃんも立ち上がる。





「私も」





 えぇ?


 ついさっきまで無理そうって言ってたのに。二人の急な行動に私は困惑した。





「な、何で急に?」





 とっさに尋ねた。何かあったのかもしれない。もしかしたら、嬉しそうにしてたのが、勘にさわったのかなんて考えてしまう。





「寒いんだろ? 早く帰ろうぜ」


「寒そうだから。早く帰ろ」





 二人同時に発せられた言葉は、私の考えなど一瞬にして吹き飛ばした。自分達の方が傷付いているのに。その原因は、私が呼び寄せてるからなのに。それでも、二人とも私を気遣ってくれている。





「紗希? どうしたの?」





 魔界というとこからやって来た人間じゃない存在。それでも暖かい優しさを確かに持ってる。


 ギルもリアちゃんも魔界の住人だからって、殺すべき存在なんて私には思えない。他の魔界の住人と比べると、やっぱり変わってる。





「紗希、どうした?」





 目頭が熱くなって、視界が歪みそうになった。





「うぅん、ホントに何でもない」





 ふらつくギルに肩を貸そうかと言ったのに、ギルは堅く断った。やっぱり意地っ張りだった。代わりに黒猫との姿となったリアちゃんが私の肩に乗る。





 長く長く感じられた夜が終りを告げていた。うっすらと光が闇を照らす。





「ありがと……」


「紗希、何か言った?」





 肩に乗っていたリアちゃんには多少聞こえてしまつたらしい。





「何でもないよ」


「お前、さっきからそればっかだな」





 横を行くギルが呆れた表情を見せていた。





「えへへ……」


「何笑ってんだよ」





 今も自分は生きている。そう実感出来ていることも良かったと思うけど、それ以上に二人に感謝してる。





「紗希ホントにどうしたの?」


「何でもないよ」





 同じ言葉を繰り返す。精一杯の笑顔を向けて、この今を大切に思った。





「それより腹減った。帰ったら何かつくれよ」





 ついさっきまでの死闘が嘘のような、緊張感のカケラもないことをギルが言う。





「つくってほしいなら、もっとちゃんと助けてほしんだけど」





 相変わらずギャップの激しいギルに呆れて、私はおどけて言った。





「……気が向いたらな」





 返ってきた言葉は、以前と違っていたように思う。魔界の住人。本来世界が違う者同士だ。それでも、空いていた距離は少し縮まったように感じた。

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