6:黒と呼ばれる所以Ⅶ

「紗希……」





 リアちゃんが私の側に歩み寄る。ヨロヨロと足取りはおぼつかなかったが、何とかまっすぐに歩いてくる。





「ズビシッ!」


「あいたっ!」





 よろけるリアちゃんを支えようと、腰を低くした私の頭に、リアちゃんがチョップを繰り出す。その際、何故かわざわざ声に出していた。





「な、何すんの……?」





 小さな体なのに、けっこう痛い。腰を落とした後、両手で頭を押さえながら私は訊いた。





「交戦中に近付くなんて、紗希は馬鹿」


「うぅ……」





 言われてみれば、と反論で出来ない。ギルにも、前に似たようなことを言われたような気がする。





「あ、えとそれより動いて大丈夫なの?」


「ん、これくらいなら平気」





 そっけなく答えるリアちゃんに、本当に大丈夫かと思う。けど、チョップしたり、優しく笑う様子からして言葉通りなんだろう。





「おい紗希」





 これまたいつの間にか、ギルも私のそばまでやって来ていた。二人とも負傷しているのに、私とは比べものにならないほど、動きが速い。座り込んだままだったので、ギルを見上げた。





「ギルはいくらなんでも、そんなに動いちゃ…!?」





 ギルの安否を心配して声をかけると、一瞬、何をされたのか分からず反応出来なかった。ギルもしゃがみ込み、ほっぺをむぎゅうと摘ままれていることに気付くのに遅れてしまう。





「……に、にゃにしゅんの(な、なにすんの)?」





 さっきまでの戦いぶりからすると、うまく手加減してるかもしれないが、やっぱり痛い。





「うるせーよ。いきなり割り込んでくるし、トドメさせなかっただろうが……」


「しょ、しょんなことひっひゃへ(そ、そんなこといったって)……」





 止めさせようと腕を伸ばす。私の力じゃやっぱり無理だ。とても引き剥がせそうになかった。





「紗希をいじめるな」





 代わりにリアちゃんが制止にかかってくれた。ギルは何か言いたげにしていたけど、結局は何も言わずに離す。それでもまだほっぺがひりひりと痛む。


 そしてギルは私から、クランツが残した上着を奪い取った。





「こんなもん……」


「あっ、何すんの?」


「燃やすんだよ」





 そう言ってギルは実行に移す。手に持った上着が炎に焼かれた。先ほど用いた黒色の炎だった。





「な、何で」


「詳しくは知らねえが、これも特殊な技術で作ったもんだからな。万が一にも残すわけにはいかねぇんだよ。魔界や機関に関わるものは排除しとくに限る」





 そういうものなのか。見た目は全く普通の上着ではあるけど。聞けば、黒炎だと一瞬で焼き尽くすところだった。この上着も普通じゃないからこそ、焼け残ったそうだ。





「あいつの私物なんざ燃えろ燃えろ」


「……」





 どうもギルの悪そうな顔を見ると、それだけの理由じゃなさそうに思う。ただの八つ当たりにしか見えない。


 ギルは燃やし終えると満足したようだ。その頃合いを見計らって私は提案する。





「それじゃ、とりあえず帰ろうか」


「うん」


「あぁ」





 二人の同意を得たわけだが、リアちゃんと違い、ギルはどうにも動かない。出口の方に向いてはいるが、歩を全く進めていなかった。





「ギル?」





 駆け寄る。すると、ギルは急に前のめりに倒れてきた。つまりは私に倒れてくる。





「え、ど、どうしたの?」


「……悪い。何でも、ねぇ」





 慌てながら、何とかギルの体を支える。何でもないなんて言ってるけど、ギルは私に体を預けてしまっていた。やせ我慢でもしていたのか。限界が来たみたいだ。





「無理しなくても……」


「これくらい、何ともねぇよ……」





 そう言って、重心がズレたギルは地に倒れ込んだ。





「だ……、大丈夫!?」





 救急用具も何もない。とりあえず楽になるように仰向けに寝かせた。血は既に止まっていたから、血止めの必要はないようだった。





「くそ……」


「やっぱり限界だったんじゃん。意地っ張り」


「うるせぇ……。もう少ししたら動けるようになる」


「リアちゃんも本当に大丈夫?」


「ん、やっぱり無理かも。でも私も楽にしてれば大丈夫」





 軽くリアちゃんは撤回した。ギルもリアちゃんも楽にしてれば、マシになっていくらしい。ならリアちゃんもと私は言った。





「えぇ~と、ホントにこれでいいの?」





 疑問を持つしかなかった。リアちゃんの要望した楽な姿勢とは、座った私の腕の中にスッポリと収まる状態のことだった。





「うん……」





 そっけなくだが肯定する。まぁ本人がそう言うのならいいのかなと思う。





「で、ギルは?」


「何がだよ?」


「だから撃たれてたのに、ホントに大丈夫かなって」


「あいつが撃つ特製の弾丸は形があって無いようなもんだ。俺たちの体を蝕むように溶けこむからな。弾丸は残ってない」


「……それって逆にまずいんじゃないの?」


「俺がそんな弾丸で死ぬと思うか?」





 今まさに死にそうになってるんじゃと思ったけど、これを言ったら駄目なんだろう。言ったらまたアイアンクローとか、デコピンとか、頬を引っ張られるとかされそうだ。それを察知出来るようになっただけでも、私は成長したかもしれない。





「なんか嬉しそうだな」


「そ、そんなことないよ」





 いけない。いけない。うっかり顔に出てたのかもしれない。気を付けないと。首を横に振ってそう答えておいた。





「相変わらず、変な奴だな」


「言っとくけど、ギルの方が絶対変だからね」





 力いっぱい言った。本当にそう思う。それに、そこだけは譲れないと思った。





「そうか?」





 まさかと首をかしげるようにギルは驚いた。





「リアちゃんも」


「私も?」





 リアちゃんも意外そうだ。二人に自覚はないようだけど、絶対二人は変わってる。





 多分間違ってないと思いながら、私は不思議がる二人を見ていた。ギルもリアちゃんもそれ以上は何も言わなかった。

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