6:黒と呼ばれる所以Ⅵ

 何が変わったというのだろう。ギルの動きに冴えが見えた。銃を向けるクランツに向かってギルは、最小限の動きで詰め寄る。





「ちっ、なんて奴だ」





 クランツは次々に弾を撃つ。カンカンッとバラ撒かれる薬莢は、一気に撃ち出された弾丸の数を物語る。リロードも激しく繰り返された。


 それでもギルは、強靭な脚力で追い詰めて行く。クランツがギルとの距離を保つ為に駆け抜けると、ギルも弾道を見切って大きく回るように壁横を走る。連続した四発の弾丸が襲った。ギルは大きく飛び上がり、壁を蹴る。そのまま垂直の壁を駆け抜けた。





「……!?」





 壁を蹴る勢いで一気に走り抜ける。負傷の体だというのに、その凄まじい動きとスピードは計り知れない。だが、クランツは恐れない。退く筈もない。





 距離を開けるクランツが突如、間合いを縮めた。今までとは真逆の行動。何を考えているのか。分からずとも、ギルは迎え撃つ為に腕を伸ばした。


 しかし、交差するであろう一瞬、ギルは何が起こったのか分からなかった。だが、呆けもいられない。すぐに頭を回転させて理解に及んだ。





「ちっ……」





 答えは、蹴顎を下から上に向かって蹴り上げられたのだ。深く沈んだあと、足のバネを利用して飛び上がるようにクランツに蹴り飛ばされていた。その後、空中に打ち上げられた後、回転を加えたクランツの回し蹴りが炸裂する。





「っ……」





 こめかみに受けたギルはたまらず飛んだ。地に頭から倒れ込む瞬間、身を翻してうまく着地し、すぐにクランツに接近した。





「……な、んだと」





 クランツは思わぬ動きに驚く。対抗しようとするがいささか体勢が悪い。まだクランツは着地しきれていない。普通に着地するか。蹴飛ばされ、落下速度がついたかの差が生まれてしまった。


 だがそれでも銃は撃てる。何かあったときの予備として、クランツはあまり同時には撃たない。それを、この時ばかりは二丁の銃口を向けた。





「……!?」





 右と左、合計五発もの弾丸を撃ち込む。本来なら、これだけの銀シルバー・の弾丸ブレッドを喰らえば、処刑人といえどひとたまりもない。





「出ろ……」





 弾丸を防ぐためだけに、ギルは最小限の黒き炎を召喚した。弾丸を全て無効化し、ギルはクランツの懐に飛び込んだ。





「まだ弾は残っているぞ!?」





 右手に持つ装飾銃をつきつけ、クランツは叫ぶ。





「銀色シルバー・の閃光レイ!」





 銃口が僅かに光り、真っ直ぐにその光は、ギルを貫く。一筋の光は銀色に輝くレーザーのようであった。





「ギル……!?」





 大きく紗希の声が響いた。肉体を貫かれ血が飛び散るギルの耳にも聞こえた。いや、自分を呼んでいる声が届いたのだ。





「まだまだ……倒れるわけにはいかねぇな」





 ギルは足を大きく動かして踏み締める。グラつく瀕死の体を、無理矢理耐え忍んだ。倒れることなく、怯むこともなく。ギルはクランツの目の前に立ち続けた。





「っ……」





 伸ばした右腕でクランツの右腕を掴む。掴んだ箇所は肘より上。僅かにミシッと音が鳴った。





「あああぁぁああ!?」





 掴んだ右腕に力を込める。勢いのままに、すれ違うようにクランツの右腕を引き千切った。





「ぐ……ぁ……ああああぁぁ!?」





 堪らなく叫ぶ。クランツの肩口から、溢れ出る鮮血が辺りを赤く染め上げた。


 リリアは静かにその一部始終を見ていた。





「……っ」





 紗希も、目の前の光景はあまりに衝撃的だった。赤い血に慣れることなんて出来ない。何も言葉を発せずにいた。


 そして、当事者のギルは何を思うのだろう。クランツの腕を手中に収めたまま、膝を崩しそうになるクランツを見据えていた。





「ハァ、ハァ……ハァ……」





 腕を一本失い、腹に風穴が空いている酷い損傷。クランツは瀕死だ。ギルが静かに歩み寄る。





「お前の、負けだな」


「ハァ……ハァ……」





 クランツは答えない。ただ激しい呼吸を繰り返しているだけだった。





「こうなったのも、自業自得だ。……きっちり、お前は俺が殺してやる」


「……!?」





 紗希は思う。私は何をしてるんだろう。呆けている場合じゃないのに。





「ま、待って……」





 紗希は言った。はっきりと現状を見定められた今、ようやく感情が湧き起こっていた。





「紗希……」





 ギルは紗希の動きをただ見守る。走って近付いた紗希はクランツが最初に脱ぎ捨てたコートを手に取っていた。そのままクランツの元に駆け寄る。何とか腕からの流血を止めようと、コートを必死に傷口にあてがう。





「どうしよう。止まらない。ギル、さすがにやりすぎだよ……」


「……いや、まだ終わってない」





 気遣う紗希を無視して、膝を折るクランツは左手に持つ銃口をギルに向けた。紗希に気を奪われていたせいで、ギルは僅かに反応が遅れた。





ドンッ!―





「ぐっ……ぁ……!?」





 ギルは手にしていたクランツの右腕を落とす。クランツはすぐさま自分の腕を奪還した。左に持っていた銃を収納し、左手で自身の右腕を掴む。切り離された右手にも堅く銃が握られている。二丁の銃ともにクランツは放さなかった。





「ちっ……てめぇ!」





 撃たれた箇所を押さえながら、ギルは言葉を吐いた。





「吠える……な。貴様は必ず……俺が殺す……!」





 そう言葉を残すと、クランツは消え去った。正確には、いつの間にか大破している天井から飛び去ったのだが、紗希には精々そう映る程度であった。

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