6:黒と呼ばれる所以Ⅴ

「……!?」





 またも残像だ。本体のギルはすぐさま逆方向、クランツの右から攻める。ギルのかざした右手が触れかけた時、クランツは左の銃で撃った。ギルはそれを読み、飛び上がって避ける。そのまま、クランツへと右腕を叩き付ける。


 クランツは僅かな動きでそれを避ける。ギルは勢いのまま、地盤を割った。着地したばかりのギルを、クランツは狙い撃った。


「ぐぁっ……!」





 肩、腕、腹、足と撃ち込まれる。本来、普通の弾丸では魔界の住人にはたいしたダメージがない。しかし、クランツが扱う、対魔界の住人用に造られた弾丸は、その肉体を遠慮なく貫いていく。そして損傷の箇所から、徐々に機能を失わせる。魔界の住人にとって、劇薬も同然だった。


 だが、怯んではいられない。走る痛みを抑え、血に染まりながらギルは構える。





「……がっ!?」





 右腕を伸ばし、クランツのどでっ腹を突き破る。





「ぐ……ぅ、ぁああ!」





 銃身でギルを殴る。横になぎ払うように打ちのめす。





「つっ!?」





 まともに頭部に喰らった為、ギルはよろめいてしまう。





「……!?」





 何とか倒れるのだけは踏みとどまる。だがギルが次の行動を取ろうとする頃には、足が浮いていた。クランツが払ったのである。


 素早く低姿勢から体勢を戻して、仰向きに倒れたギルを踏みつけた。





「がっ……は……!?」





 腹部を踏まれる。ギルは呻く。撃ち込んだ箇所もひっくるめて足蹴にされた。呼吸がうまく作用しているか怪しいところである。





「ギル!?」





 紗希が堪らなくなり叫んだ。信じるとは確かに言った。しかし、さすがにこの状況は絶望的だ。クランツは踏みつけたまま抵抗をさせない。その上で当然ながら銃を向ける。





「ハァ……、何故、急に黒炎を使わなくなった?」


「うる、せぇよ……」


「隠すな。その技は貴様の体に負担をかけるからな。既に限界なんだろう。黒炎を使わなければ、どうなるのか分からなかったのにな……」





「紗希!?」





 突如響いたリリアの声に、ギルとクランツはようやく気付く。


 神崎紗希がそばにまで近寄っていたことに。





「もう、やめてよ……」





 泣きながら、精一杯ギルをかばおうとするか弱き少女が、クランツの視界に入った。弾丸の起動上に少女が割り込んできた。クランツは踏んでいた足を退けざるを得なくなる。





「何をしている。そこを退け」





 だが、銃口は尚も紗希とギルを狙う。腹に風穴が空いて辛そうにしつつも、冷淡な表情と声は変わらない。





「退かない……」





 か弱いはずの少女は、強い意志を見せてその場を動かない。クランツには彼女の行動が理解出来なかった。一瞬、疑問をそのままぶつけようと、クランツは口を僅かに開かせる。だがその時、クランツよりも早くにギルのほうが言葉にした。





「紗希、邪魔なんだよ」


「何、言ってんの……? このままじゃ、殺されちゃうんだよ?」





 一心に、クランツを視線の先に見据え、小さな背をギルに見せる。ギルにも分かる。声で分かる。





(何で……泣いてんだよ……)





「まだ、分からないのか? こいつは……殺すべきだ。邪じゃに満ちた炎を、先程見ただろう!」





 クランツは声を荒げて力を込める。強い意志を持って、痛みも構わずに叫んだ。いや、少女の強い意志を崩すように吠えた。ギリッと唇を噛んで、クランツは焦燥感にかられる。





「ギルは、私を助けてくれた。たまたまだったかもしれないけど、囮だからかもしれないけど。でもだから……私も助ける」





 紗希の意志は折れてなかった。強く、ただ強くそこに在り続けた。





「……なら、はっきり言ってやる。いつか、こいつ自身があんたを殺すことになるぞ!」





 乱れる息を整えようとしながらクランツは言う。それでも、怪我を負傷した時よりも、今の方がよりよっぽど辛そうな表情であった。








「ギルを、信じるよ……」


「……!?」





 紗希は背を向けていたギルを見た。瞳に涙を確かに乗せていた。それでも、紗希は柔らかくニッコリと、確かに笑った。








「……紗希。……下がってろ」





 このときのギルは、嘘のように、ゆったりと優しい声色だった。





「でも……」


「いいから。下がってないと、巻き添え食うぞ……」





 ギルはゆっくりと立ち上がった。 それに合わせて、支えるように紗希も立った。ギルはポンと紗希の頭に手を乗せ、紗希をあやす。不意打ちがないように、ギルはクランツを見ていたが、意識は間違いなく紗希のほうに向いていた。





 クランツは戸惑ったものの、今は眼を細めた。何故、こいつを信じられるのか。魔界の住人であるのに、処刑人であるのに。沸き立つ感情をクランツは押し殺して、冷静になるように努めた。





「……行くぞ」





 クランツが息苦しく呟く。もう長くは戦ってられない。早めに決着をつける。弾を裝填し終えた後に、クランツは再び銃を構えた。

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