6:黒と呼ばれる所以Ⅲ

 コツ、コツと嫌に足音が響いている気がする。ギルとリアちゃんは私を蒲かばうようにして前に出る。





「神崎紗希。あんたも見ただろう」





 前に出た二人を無視して、クランツが話し掛けたのは私だった。





「な、何を……」


「決まっている。ギルの能力をだ」


「み、見たけど……」


「紗希、聞くな!」





 ギルの声が響く。





「貴様は黙ってろ」





 ギルとは対照的に、重く沈むような声だった。クランツはまだ歩みを止めない。二丁の銃をクルクル回したあと、弾装を片方ずつ確認していく。





「もったいぶるなよ。何が言いたいんだ?」





 ギルが僅かに構える。いつでも戦闘に入れそうだった。もちろんそれは、リアちゃんも同様だった。





「たいした意味はない。神崎紗希に、普通の人間ならどう思うのか感想を聞きたいだけだ」


「わざわざその為だけに来たってのか」


「俺の勝手だ。神崎紗希、あんたはどう思った?」





 あの漆黒の炎を見た私は……。何を……。





「素直に感じたことを述べればいい。何も隠す必要はない。といっても、その反応だとある程度の予想はつくがな」





「……!?」





 私は今、どんな反応をした?


 どんな態度をとってしまったんだろう。





「紗希……」





 リアちゃんが心配そうに、下から顔を覗こうとしていた。





「クランツお前……」


「恐ろしい……と思ったんじゃないか? それでも、ギルと共にいるというのか?」


「何の、話だ?」





 尋ねるギルを無視して、クランツは続けた。





「俺と来い。機関でなら、安全を保障してやれる」


「お前。紗希に何を吹き込みやがった」


「本当にギルを信用出来るのか? いつかギルに殺されるかもしれないぞ」


「てめぇ!?」





 勢いよくギルが突っ込んだ。小細工はない。ただただ大きく振り上げた拳を振り下ろす。


 ふっと笑いを溢こぼしたクランツは、ギルの攻撃をあっさりと避わし、蹴りを繰り出す。奇抜なモーションは何もない。ただそこに蹴る対象があったから蹴る。そんな動きだった。吹き飛ばされたギルは部屋の隅へと衝突する。視界覆う煙が上がった。





「ギル……!」





 私がギルの安否を気にする横でクランツは呟く。





「上はまだ沈黙を保っている。だがな。許可が下りなくとも、向かってきた奴は殺してもよいとされている」


「……!?」





 まさか、それじゃあ……。


 私の視線に気付いたのか。吹き飛んだギルを見据えていたクランツは私に向き直って口にした。





「そう、正当防衛ってやつだ。今ギルは俺に向かってきた。つまり今俺は、あいつを殺してもいいことになった」





 違う。こいつは、そうなるよう仕向けた。どうしてもギルを殺したいが、どういうわけか許可が下りない。だから、正当防衛と言えるように、ギルが自分に向かってくるように、そんな状況を作り出した。私と、ギルを利用したんだ。








 ドクン―





「来たか」





 クランツは余裕の笑みを浮かべた。そして出てくるであろうギルに、片手のみ銃を向ける。





 ドクン―





「俺を殺すためにか?」





 姿はまだ見えないがギルの声が聞こえる。





「その為に、ベラベラと余計なこと喋ったのか?」





 ドクン―





「どこまで喋った?」





 煙は消し飛び、一気に真っ黒い炎が燃え上がる。





「さぁな」





 銃声が二発鳴り響く。そこからはもう、私には見えない。私には、見ることも叶わない世界が、確かに広がっていた。








§








 瞬時に体を反らして、ギルは二発とも避わす。もちろんクランツへと突っ込みながらだ。


 銃を使うクランツは明らかに遠距離タイプである。ギルは逆に近距離で攻めていく。





「俺はそう甘くねぇよ」


「……!?」





 自分に有利な間合いを図る為、離れていくはずが、むしろギルが攻め寄った。それでも、こんなにもというほどの近距離で、クランツが銃を射抜く。


 銃声が響いた。ギルは間一髪で避わしている。左頬に赤い一筋の傷が生まれた。





「喰われろ」





 ギルは腕を起点に炎を展開した。大きくそれは広がる。漆黒に包まれた荒ぶる魔炎。黒魔(ヘル)の炎(・ブレイズ)であった。

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