6:黒と呼ばれる所以Ⅱ

「なん……だと?」





 疑ったのは私だけじゃない。鬼も訊き直していた。





「その人間がどうにかなったとして、俺に関係があるはずがないだろ……」





 ギルが前も言ってたことだ。護る気なんてない。それでも私は何処かで信じようとしていた。私がリアちゃんを助けようとしたように、ギルの助けになろうと扉を壊して此処に来たように、きっとギルも一緒なんだろうと。でも、その思いは覆された。





「く……そがぁ!」





 私が人質として使えないと分かると、鬼は手腕に力を込める。





「あ……、あぁあ、あぁぁあ……!?」





 痛い。とても痛い。耐え切れそうにない痛みに悲痛な声をあげる。私に出来る抵抗は何一つなかった。





「……っ!」





 スパッと何かが通りすぎた。私は重力に従い、地へ落ちる。締め付けられる痛みから解放された。





「アァア……、ウオオォオォオォアァァアア!?」





 鬼が絶叫した。私には、まだ何が起こったのか分からない。見上げてみて、初めて理解出来た。





「……もう、これで、何も出来ない……」





 少女の姿となっていたリアちゃんが、鬼の腕を切り裂き奪っていた。どさっと、離れた場所にゴツイ腕が落ちる。片腕の鬼は、残った腕も失くしたことになる。





「ハァ……、くそっ、本当に……しぶとい奴だっ!?」





 鬼はリアちゃんを睨みつける。私のことなんか、もう眼中にない。





「はっ、でかした黒猫」





 ギルが言葉だけで割り込む。ギルは決して近付いたわけではないが、戦う力が激減した鬼にとっては、それだけで十分だった。


 不思議なことに、黒いものがギルの周りにあったはずが今はない。ただの見間違いだったのか。





 ひと呼吸おいたあと、意を決したのか、ヤケになったのか。鬼はギルへと向かった。





「くそがあぁあぁぁぁぁ!?」





 ギルは構えてもいない。ただ笑っていた。すごい流血で、足元もおぼつかないのに。





 鬼の決死の一撃。両腕を失った最後の攻撃方法。家畜を噛み砕いたであろうその牙で、ギルを狙う。私はつい目を閉じてしまいそうになった。





「……ガアアアァ、アァァアアア!?」





 同時に耳を塞ぎたくなる。本当に悲痛な叫び声が響き渡る。





「炎……?」





 鬼は漆黒の炎で焼かれていた。牙が届く刹那、ギルが炎を一気に放射したようだ。叫び声はすぐに止んだ。黒い炎もその勢いを失くしていった。存在感のあった鬼の姿は一瞬で消え去る。炎が燃え盛った場所は、床さえ消し飛ばし、その周りも溶かしていた。今までと違う、魔界の住人の死に際だった。ただ、切り放された腕は、後を追うように砂と化し消えた。








 ひとまず終わったと思った。今回も危なかったけど、何とか生きてると。





「……悪かったな」





 ギルが突然謝ってきた。でも何のことか分からない。それに背を向けていて、とても謝る態度ではなかった。





「だがな……」





 と、私の方に向き直して言う。何だろう。





「いきなり出てきて、捕まるお前はずっと悪い。だから謝れ」


「……」





 は、はあ!?


 数秒、思考が停止してしまい、何も言えなかった。けどすぐに抗議する。しなきゃおさまらない。





「な、何それ! 私は、リアちゃんがギルでも勝てないって言うから、助けてあげようと……」


「あの様でか?」





 ぐっ……!?


 痛いところを突かれた。確かにすぐ捕まって何も出来なかった。かもしれないけど。





「それより、紗希怪我は?」





 リアちゃんが割って心配してくれてる。少女の姿のままだった。





「ん、私は何とか大丈夫みたい」


「そう」





 どうやら安心してくれてるみたいだ。でもむしろ、私よりリアちゃんの方が怪我していた。





「そっちは?」





 リアちゃんはギルにも尋ねる。今度は気のせいか鋭い印象の口ぶりである。





「あ? 別に……」


「感覚は?」





 虚勢を張ろうとしたのかもしれない。けど、リアちゃんが言わせない。ギルは軽く舌打ちしたあと答えた。





「あいつを殺したら嘘のように治った」


「感覚?」





 私は何のことか尋ねる。





「五感を失ってたから」





 リアちゃんが即答した。





「私も、五感を奪われてやられたから分かる」





 それは酷く申し訳なさそうだった。だから私は再度念入りに注意する。





「気にしないで。リアちゃんが頑張ってくれたのは分かるから。さっきも助かったし。ありがとう」


「あれくらいどうってことない」





 お礼の言葉を述べたのだけど、リアちゃん照れてしまったようで少し顔が紅い。





「でももう、今度から無茶はダメだからね」


「うん。分かってる」


「は、弱いからな」





 と、ギルが腕を組んでまた余計なことを言った。リアちゃんも明らかにむっとしている。私は膝を落とす。リアちゃんの目線に合わせて言った。





「大丈夫。リアちゃんは強いよ。さっき私を助けたんだから」


「あ……うん」





 みるみる紅くなって頷いた。そのまま顔を下げていたが、視線が低い今の私には喜んでいる表情が見えしまう。





「誰かさんとは違って」





 ついでに嫌味もつけ足しとく。その誰かを見上げた。





「だからあん時は……」





 ギルも抗議しようとしたが塞ぎ込んだ。舌打ちして顔を背ける。何か不都合でもあったのだろうか。





「視覚もやばかったから、狙いがうまく定まらなかったんだよ……。あぁ言ったら離すと思ったんだが……」


「え…? 何か言った?」


「何でもねぇよ」





 確かに何か言ってたような気がしたんだけど。ギルはそれ以上喋ろうとしない。まぁ、いいけど。


 あとはもう帰るだけだ。そう思っていたところ、ぎぎっと外への扉が開いた。





「生きていたか」





 誰かが部屋の中に入って来る。また敵のなのかと警戒する。けど入ってきたのは、執行者と呼ばれているクランツだった。





「今更何しに来やがった」


「なに、状況視察といったところか」





 そう言うクランツは、両手に対となる白い銃を握りしめている。クスリと笑うクランツに、私は不安を憶えてならなかった。

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