5:罠Ⅱ
時間は少しだけ遡る。
「ん……」
私、どうしたんだっけ。確か……。
「……!?」
思考を起動させ、今の自分の状況を理解する。拐われたはずだが、ここがどこだか分からない。暗闇のなかだった。
立ち上がって辺りを歩く。拘束といった類は何もされていなかった。
「お目覚めか?」
明かりが点けられて私は驚愕し、足が震えた。
まわりは惨劇に満ちていた。どす黒い血が広がっている。壁も床も関係なく飛び散っていた。屍肉がそこら中に転がり、耐えられない異臭を放っている。
「うっ……」
私はたまらず口を押さえる。酷い。吐き気がこみあがってくる。
「心配しなくても、この中に人間は一体もいねぇ。家畜ばかりだ」
解体し尽された血肉に、原型は残っていなかった。人間がいないといっても、異常な光景には変わらない。
「雑食だからよ。別に家畜でもいけるんだよ。人間だとバレやすいだろ?」
訊いてもいないことを、得意気に話す。銀髪というのは珍しいが、姿は人間と変わらなかった。
「私を……殺すの?」
「さっきも言っただろ? 今はまだだ。処刑人を殺したあとにゆっくりと殺すぜ」
「ギル、を……?」
はっきりと、私を殺すと言いのける。同時に、ギルさえも同様の扱いであることに、背筋が凍った。
「ああ。これだけの家畜を殺すよりも人間を殺すよりもそりゃあ愉しくなりそうだ」
そう言うと、散乱する肉片の上を歩いてくる。すると、銀髪がふわりと揺れ、左腕が服の上からパックリと斬れた。指の先から血がドロリと垂れ落ちていく。
「……まだ生きていたのか」
左手に伝う血を、舌を出して男は舐め取る。視線は奥へと向いていた。当然ながら、私もその先を見据えた。
「……っ」
私は絶句したあと、呼んだ。彼女の名前を。
「リアちゃん!!」
「……サキ……」
酷い有り様だった。初めてリアちゃんと会ったときと同じ……いやそれ以上かもしれない。黒い四本の足がふらついていた。
「なんだなんだ。知り合いだったのかよ。世界が小せぇとはよく言ったもんだな」
「何でこんな!?」
「何で? 弱肉強食って知ってるか? 強いやつが弱いやつを食う。当然の摂理だ。まぁそいつが刃向かってきたのもあるがな」
ユラリと血を流している左腕を振り上げる。
「待って! やめて!」
「……」
振り上げたまま、動きがない。止めてくれるのかと私は安堵した。
「……お前、うざいな」
「えっ……」
「サキ!」
身動きが取れなかった。何が起こったんだろう。散乱する動物たちの肉片が吹き飛ぶ。私の足元には、えぐれた凹みが出来あがっていた。そこからシュウゥゥと煙を上げていたのだ。何をしたのかは分からない。距離は離れていたはずなのに。
「あぁ、やっぱ人間はうざったくてしょうがねえ。お前から殺しちまうか」
やばい。狂気に満ちている。そう思った。男の目は微妙に焦点が合わなくなる。裂けるのではないかと思うくらいに、笑みを浮かべていた。次に何をし出すか予測がつけられなかった。
その時、何処から入ってきたのか。下校のときに見た、目のようなものがパタパタと飛んでいた。
「お、来たのか」
僅かではあるが、目のような「それ」は、頷いたように見えた。
「そうか……」
「リアちゃん!?」
そう言った途端、男は近くにいたリアちゃんを蹴り飛ばした。
私はたまらず駆け込み、彼女を抱きかかえる。当然ながら、ぐったりしていた。
「さて、楽しい殺戮ショーの始まりだ」
私達にはもう見向きもせず、悦びにうち震えた笑いを残して部屋を出ていった。最低限灯りを消し、部屋に鍵をかけたようだった。
「大丈夫?」
月明かりの入る場所まで移動し、リアちゃんの状態を確認する。
「これくらい、平気……」
そう言って立ち上がろとするのを、私は止めるよう促す。でもリアちゃんはまた大丈夫と微笑んでみせる。
「それより、あいつ強い。処刑人でも、勝てないかも」
「……リアちゃんも心配なんだね」
何気無い一言のはずが、リアちゃんにとっては勘にさわったらしい。直ぐ様否定した。
「違う。その、もし処刑人もやられたら、紗希が危険だから……」
言葉が途切れたが、どうやら私のことを心配してのことだったらしい。どうしようもなく嬉しくなってしまう。こんな時なのに、可愛く思えてしまった。けど……。
「もしかしてあいつが言ってた刃向かったってのは……」
「え? えっと……使い魔を追ったら、ここに来たの。あいつ、紗希を狙ってたみたいだから」
リアちゃんが帰って来なかった理由が今わかった。陰で私のために戦っていてくれてたんだ。
「ありがとう。でも、あんまりそういう危ないことはしないでね」
諭すような口調で言う。リアちゃんは、しばしの間沈黙を作ったが、すぐにうん……と了承をしてくれた。
突如、部屋の向こうで凄い音が鳴り響いた。ギルが来たのかもしれない。
「動ける?」
「ん……。大丈夫…」
フラつきつつであったが、リアちゃんが立ち上がる。私はひょいと、黒猫と変わらないその体を抱きかかえた。
兎に角、まずは此処から脱出しないといけない。怖いけど待ってるわけにもいかなかった。
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