5:罠

「あぁ、暇だ」





 そう言って私の部屋に入り浸るギルの姿があった。





「あのねぇ、私そろそろ寝たいんだけど」





 時計の針は既に十一時を過ぎていて、もうすぐ次の日に差し掛かろうとしていた。帰ってきている両親二人に見付かりそうになっても、いつまでもギルに帰る様子はない。


 ギルの前でパジャマというのも恥ずかしいので、私はTシャツに半ズボンという格好だった。ベッドに腰掛けていて、床に寝そべるギルを見下ろす形である。





「今日じゃねぇのか?」





 窓のほうを見ながらギルが呟く。いったい何のことか分からない私は尋ねた。





「何のこと?」


「紗希は監視されてたから、今日あたりにでも来るかと思ったんだよ。紗希が寝てからか?」





 恐いことをさらりと言いのける。寝込みを襲われるなら、おちおち寝ていられない。





「大丈夫なの?」


「あぁ? 俺が殺られるとでも思ったか?」


「いや、寝ても大丈夫かと」


「勝手に寝てろ」





 私が何してようとどうでもいいみたいだ。興味を示すことなく、ギルは座り込んで片肘をついていた。








 寝るのも何だか恐いし、ずぅっと起きておくなんてのも無理だった。どうしようか迷う。


 そういえばと、リアちゃんのことを考える。今日は朝だけで、夜は来なかった。毎回来るとは行ってないし、リアちゃんも何かしらすることがあるかもしれない。





「……!?」





 今までと同じ。何の前触れもない。電気がフッと消えた。もちろん私もギルも消そうとしたわけじゃない。勝に電気が消えた。


 そして、耳を塞ぎたくなるような、鋭い音が聞こえた。そんなに大きい音でもないのに、耳の奥にまで響き渡る。金属同士を擦りあわせたような音に似ていた。





「な、何!?」





 両手で耳を押さえ、私はギルに訊く。ギルは何ともないのか、耳を押さえず立ち上がって口にした。





「来たか……」





 止める暇もなく、ギルは窓を開けて駆け抜けた。闇のなかへと姿を消した。


 私も立ち上がって窓際に寄る。窓からは、薄暗い闇であるけれど、光がいくつも輝いていた。電気が消えたのは、私の家だけのようだ。





 程なくして、耳障りな音が消えた。多分ギルが止めることに成功したのだと思う。


 物静かになると、改めて自分一人でいることに、ぶるっと身体が震える。。ギルと会うまではこんなことはなかった。けど今は、襲われる可能性があまりにも高すぎる。少しでも膨らむ恐怖心を抑えようと、電気のスイッチを押すことにした。部屋の扉に近付く。





「んん……!」





 口を塞がれ、手は後ろで強制的に組まされる。それはあまりに唐突だった。





「ん~……」





 強い拘束のせいか、首をろくに動かすことも出来ず、私の後ろにいるのが何かも確認することが出来ない。





「大人しくしていれば殺さねぇ。今は、な」





 視界が闇に覆われていく。一寸の光もなく、抗うことも出来ずに、ただゆっくりと、引きずり込まれていった。








§








 甲高い耳障りな音は早急に止める必要があった。抵抗の薄い人間の耳に叩き込まれると、精神に異常をきたす可能性がある。強い邪気をも感じた為、本体がいるだろうと考えた。


 だが結局は外れだ。体色が紫色の、蛇のような奴がいただけだ。音はそいつが出していた。


 多少の抵抗はあったものの、所詮は使いっ走りだ。ギルはすぐに殺した。








 ギルが帰ってきてみれば紗希の部屋のなかは空だった。こんな時にまで、むやみに外を出歩かないだろうと思いたい。


 いや、よく見れば、目玉に羽が生えた使い魔が単身残されていた。人間は預かったというメッセージのつもりなのか。どうやら紗希は連れ去られたらしい。








 ギルのなかで感情が渦巻いていた。助ける義理があるのか。そんなものがあるはずもない。殺されてしまえばそれまで。そのはずだった。





 だが放っておく選択肢は最初から浮かばなかった。


 ギルは、紗希が殺されたことを考えてみる。このままであれば、敵には舐められるだろうし、美味い飯が食えなくなるし、囮役はいなくなるし、見てて飽きない、からかいがいのある暇潰しが消えるのはいいものではない。おそらくはそういうことだろう。





「目当ては俺か?」





 ご丁寧に、残された使い魔が道案内をするつもりらしい。殺されることを用心してか、だいぶ上空をうろうろしている。それでもギルの届く範囲内ではあったが。





 なかなかに速度を出して、駆けた。思ったよりはそんなに遠くではなく、わりとすぐに着いたようだ。道案内の使い魔は、潰れかけの廃工場あたりの上を、円を描くように飛び回っていた。





 ギルはその使い魔を殺したあと、屋根を突き破って侵入した。











「ははははは…!?」





 ギルが着地したとき、凄い砂煙と笑い声が起こった。





「まさか上からか。それは盲点だったな」





 明かりが灯った。突き破ったとはいえ、照明はまだ生きていたようだ。互いの姿が映し出されてくる。





「……!」





 ギルもそうだが、敵も人間の姿に近い。長い銀髪と赤き眼。それ以外は、人間の男と変わらなかった。


 部屋全体が分かるようになっても、紗希の姿は見えないのが気がかりである。





「紗希はどうした?」


「サキ? あぁ、あの人間か。心配しなくてもまだ殺しちゃあいねぇ。この奥だ」





 親指のみを立て、後ろを指した。そこには扉が存在している。その中にいるというわけだ。





「お前の狙いは紗希じゃねぇのか?」


「人間に興味などない。俺の狙いはてめぇだよ」


「そうかよ。……じゃあ、殺ろうか」





 瞬間、左右へとフェイントをつけながらギルが急接近する。その勢いを維持したまま、相手の心臓部を貫く。





「せっかちだな。名ぐらい名乗らせろよ」


「……!?」





 怯むこともなく、痛がる素振りも見せない。血も流していなかった。それはそうである。肉体には届いていない。寸前で腕を掴まれ止められていた。





「俺の名前はヒュドラ。てめぇを殺す男の名だ!」

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